なみえvs木多






なみえは息を殺し、後ろの茂みに退がろうとそっと足を戻しかけた。
そういうこともあるだろうと予想していたはずの事態だったのに、やはり体の
どこかが震えていた。瞬間、くるっと男が振り向いた。なみえと目が合っていた。
驚愕の色を広げた男の顔は幕張の木多康昭のものだった。
ああ―――ちくしょう、なんでまたよりにもよってこんなやつに―――
「待てよ!待てったら!」
―――ち――ばかじゃないの――
なみえは足を止めた。
「大声出さないで、ばかね」
「悪かったよ。けど、君が逃げるからだ」
「悪いけどあなたと一緒には、いたくないわ。ここで別れた方がお互いのためじゃない?」
「なんでだ」
なみえはまた心の中で舌打ちした。そういうギャグ漫画作家のくせにお坊ちゃんづらを
するような男だからよ。
「理由はお互い承知のはずよ?わかったわね、じゃ」
同じギャグ作家同士、相容れるはずなんてないじゃない。
あたしは孤高の女流作家・尾玉なみえよ。
なみえは踵を返しかけた。

止めた。視界の端、木多が右手に持ったものをなみえにむけるのが見えたので。
「なんのマネ?」
「こんなことしたくねえよ」
まさにその口調はなみえが大嫌いなそれだった。
「けど、俺と一緒にいろよ、な」
なみえは頭にきた。ひとりでパインを呼び出せるほどに頭にきた。
「死にたいの?」
「いいわ。相手になってあげる。あんたみたいなやつには絶対に負けないわ。
あたしの全存在をかけて、あんたを否定してあげる。わかった?了解した?
ばかだからわからないかな?」
「新連載先の心配より自分の命を大事にするのよ」
なみえは木多に半ば馬乗りになった姿勢で木多の髪の毛をつかんで、
その頭をぐいと引き上げた。位置は見当がついた。
木多がなみえの意図を理解したのか、反射的に目をつむるのがわかった。
無意味だった。なみえのGペンはしっかり閉じられた木多のまぶたを割って
木多の目をつぶしていた。
「ひぎぃぃぃぃぃぃ・・・た、たすけ・・・」
そんなわけないでしょ、あなた。
なみえは自分の唇が笑いの形に歪んでいるのがわかった。今度は怒っているんじゃないな、
と思った。あたしは楽しんでいるんだ、間違いない。
とにかく―――勝った。何にせよ、とにかく。


木多康昭、打ち切り
【残り24人】




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