chase game
ガラガラガラ――
乾いた金属音が、暗い廃墟に響き渡る。
整地の不十分な道を駆ける車輪の音はそれ故に大きく、
まさに狩人から悲鳴を上げながら逃げ惑う獲物のようだった。
「どうした? 幾ら頑張ったところで、その足では無駄な足掻きだろう
いい加減に観念したらどうだ?」
「うるさいッ!」
逃げる獲物はジョニイ・ジョースター。
天才ジョッキーでありながら“不慮の事故”で半身不随になった過去を持つ。
逃げる足を持たないジョニーは、車椅子で必死に駆ける。
追う狩人は仮面の全身タイツ男。
奇人変人を具現化したかのような外見に物腰。
その意外なフットワークの良さがジョニィを追い詰めてゆく。
事の起こりは、至極単純だった。
仮面の男がジョニィに接触を試み、ジョニィが拒否をした。ただそれだけである。
だが仮面の男は殺気に満ちていたし、それに気付かぬジョニィではない。
ジョニィの警戒を解かず、無造作かつ半強制的に男が接触を試みれば、この結果は至極当然であった。
SBRレースで乗りなれた愛馬のそれとは違い、無機質な車椅子での疾走は、必ずしもジョニィの得意分野とは言えない。
それに加え、暗闇と悪路。その悪条件のかなでも、ジョニィはなかなかのスピードを出せていたはずだ。
だが、仮面の男はそのジョニィに悠々と付いてゆく。
暗闇や障害物をものともせず、常識的な範囲を超えた身体能力を覗かせる。
2者の間隔は、徐々に狭まりつつあった。
「クソッ、止まれッ! 話がしたいというなら、先ずは止まれッ!! 止まらなければ撃つぞッ!!」
「NON! 俺に指図するんじゃ無い! それに、撃ちたいなら撃てばいいだろう。
ホラ、どうした? 撃って見せろ?」
焦るジョニィに対し、仮面の男はあくまで不敵。
そして強烈な殺気は衰えることなくジョニィを責め立てる。
このままでは追いつかれてしまう。
ならば、やるしかない。
「警告はしたからなッ!!」
振り向いたジョニィは、その手を鋭く振りかざした。
指さす先は、仮面の男。
「タスク!!」
次の瞬間、ジョニィの指先から弾丸が射出された。
飛び出すのは、爪。自身の爪を飛ばして攻撃するのがジョニィのスタンド「タスク」だ。
ただの爪と侮るなかれ、その威力は鉛の弾丸になんら引けを取らず、またその爪は黄金の回転を帯びている。
少なくとも、爪弾が直撃すれば、普通の人間であれば無事には済むまい。
指先から伸びた直線の軌跡が、男の身体に突き刺さる。
「ムっ!?」
撃ち出された数発の爪弾の狙いは、仮面の男の両足。
この攻撃を全く予期していなかったのか、まるで無防備なまま男は両足に爪弾の直撃を受けた。
常識的に考えれば、追跡の続行どころか歩行も困難な重症だ。
追い駆けっこは此処で終了。
……その筈だった。
「チンケな攻撃だな。もっと激しい事は出来ないのか?
まったく、此処に核金の一つもあれば俺が手本を見せてやるものを」
仮面の男は、攻撃に動じるそぶりも見せずに、先ほどと変わらない速度で追跡を続けてくる。
間違いない。
この男は普通ではない。
外見だけでなく、内面も。本質そのものが、だ。
この身体能力、耐久力。
また、さらなる能力を隠している可能性も高い。
――スタンド能力?
もしそうだとすれば、相手の能力が分からないまま交戦するのは危険だ。
今自分がいる状況も把握できないまま、新たな能力者と戦うのはリスクが高い。
出来ることならば、戦闘は回避したい。
だが、このまま逃げ切る事が出来るだろうか?
ジョニィの駆る車椅子は廃墟の中に滑り込んだ。
せめてもの目くらましである。
遮蔽物も通常の銃ならば不利だが、ジョニィのタスクには逆にメリットを齎す。
だが、相手の手の内が分からなければ、これが良手か悪手かは分からない。
しかし、他に選択肢はもうない。
今この瞬間も、仮面の男は自分の元に迫ってきているはずだ。
やるしかない、か――!?
迫りくる戦闘に備え、ジョニィの身体が固く強張る。
廃墟内の小部屋に飛び込み、唯一の出入り口に狙いを定める。
来るか……?
「ねえ、ちょっと良いかな?」
「――!?」
声の出所は背後。
ジョニィの注意が逸れていた方向からの、第三者の声だった。
まさか、部屋の中に先客がいたのか?
心中の狼狽を必死に抑えるジョニィに対し、声の主は静かに語りかける。
「あのさあ、さっき窓から見えてたんだけど、アンタあのマスクマンに追われてるみたいだねー
なんかしたの? ってかなんか撃ってたもんねー、そりゃ怒るか
あと、その指向けないでね。危ないから」
声の主の男は、ふざける様に、なんら動じることなく話を続ける。
顔立ちから、どうやら東洋人のようだ。
「でさあ、なんていうか、これはあくまで俺の善意なんだけどさあ、もし良かったらさー」
男は、気軽に、ごく簡単なことのように、こうジョニィに告げた。
「良かったらさ、俺がアイツに話付けてやるよ。
アンタもその体で喧嘩すんの嫌だろ?」
「な……? アンタ、何言ってんだ? あんなのと話……?
そ、それ以前にアンタ何物だ? そもそも、此処はどこなんだ!?」
まくしたてるジョニィを、男は軽く手で制す。
「シっ、あんまり騒いだら見つかっちゃうでしょ。
今は、答えは一個だけね」
建物の隙間から洩れる月明かりが、男の顔を照らす。
不敵に笑う、男の顔を。
「俺の名前は、貘。斑目 貘さ。
まあ、名前が分かんないと不便だしねっ
で、アンタの名前は?」
「……ジョニイ。ジョニィ・ジョースターだ」
「ふーん、あっそっ。で、返事は? で、文句無けりゃ俺は行くよ」
貘はそういうと、ジョニィに反論の隙を与えないまま、スタスタと歩きはじめた。
あの得体の知れない男と話す?
そんな余地があるのか? 問答無用で殺されるだけではないのか?
平和ボケしているだけなのか……?
――否。
この男は、違う。
修羅場を潜り抜けたスゴ味が、どこかに感じられる。
試してみる価値は、あるのではないか……?
この男、貘を、信じてみても良いのではないのか?
出会ってから、ほんの数瞬。
交わした言葉は、ほんの一言二言。
だが、ジョニィの心は、少しずつ飲み込まれていくようだった。
稀代のギャンブラー、“嘘喰い”に……
【一日目・深夜 C-3:村役場跡】
【ジョニィ・ジョースター@SBR 生存】
【斑目貘@嘘喰い 生存】
【パピヨン@武装錬金 生存】
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