オープニング






そこにあったのは、暗闇だった。
ただただ、暗闇が続いていた。
漆黒。
そうとしか表現のしようのない光景。
仮に、僅かな光源、例えばくず星のひとつでもあれば、少しは何かが見えるのだろう。
だが、そこには光は無い。
ただ一筋の明りが差し込む余地さえ、そこには許されては居なかった。
そう、許しが無いのだ。
その徹底した暗黒空間はすなわち自然に生じうるものとは違う、人の持つ意思のようなものを感じさせた。
完璧な、僅かな隙すら許さない、狂気的で偏執的な、ある種の感情。
そう、一言で言うなれば、それは「悪意」。

人の気配がする。
最初は気がつかなかったが、その暗闇に慣れるにつれ―そう、このような暗闇でさえ、人は慣れるのだ―その場に居るのが自分一人でないことに気づく。
息づく音、体温、鼓動。
人の発する僅かな変化が、暗闇の中で強調されるかのようだ。
その一つ一つは微かであり、その発生源がどこにあるのか、いくつあるのかは判然としない。
肩が触れる近さなのか、数米先なのか。
一人なのか、複数なのか。
そしてそれは、敵なのか、味方なのか……

「お待たせしました」
突然、声が響き渡った。
それと同時に、眼前に一筋の光が降り注ぐ。
スポットライトのように照らし出されたそこには、一体の人影が佇んでいた。
光の加減でその顔色や表情は窺えない。体格からどうやら男のようだ。
身に付けた簡素な装飾品が鈍く光る。
聴衆の注目を一身に集めながらも、男はただ立ち尽くす。
そして、声は続く。

「ようこそ、バトルロワイアルへ。
 これから皆さんには、簡単なゲームに参加していただきます。
 基本的なルールは至極簡単。
 それは即ち“他の参加者を殺し、最後の一人になること”です」
声は淡々と、残酷で非現実的な事を述べる。

「優勝者には豪華景品をご用意しております。
 ただし、脱走を図るなどのルール違反を認めた場合、罰則を設けております。
 その内容は、“死”です。
 その執行法を今より提示致します」

その声が止まない内より、眼前の男に異変が生じた。
立ち尽くしていた男が突然驚いたかのように身じろぐと、落ち着きなく、取り乱したかのように喚きだしたのだ。
「お、おい、話が違うぞ!
 言う事聞いていれば見逃してくれるんじゃ無かったのか!?」
どうやら、今まで聞いていた声は男の物ではなく、誰か別の者が発していたようだ。
この男はただ、この場に立つことだけを命じられていたのだ。
「ウソだろ? 冗談は止めてくれよ、
 いや、や、やめろッ! お、俺はまだ、死にたくな」

――ボン。

小さな破裂音が響く。
それと同時に、眼前に赤い飛沫が舞った。

私は見ていた。
男が身に付けた、唯一の装飾品―首輪―が、白く光ったのを。

「以上です。では次に、詳細なルールについて説明します。
 まず――」
声は続く。
淡々と、機械的に。
私は、自然と、半ば強制的に、自らの境遇を悟る。
それが、この“バトルロワイアル”の始まりだった。


そこにあったのは、暗闇だった。
ただただ、暗闇が続いていた。



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