とあるロリたちのバトルロワイアル
開放した視界の中には、いつもの日常、いつもの景色、いつもの南家があった。
食卓を三人で囲み、ハルカ姉さまが心を込めて作った手料理を、口の中にほうばる。
舌の上で転がる豚肉からじわっと油を吐き出せば、何とも香ばしい香りが口内に充満した。
ああ、さすがハルカ姉さま。
安物の豚肉でも、超高級な牛肉に変えてしまうとは。
っておいカナ!何でお前はまたケチャップなんて出して新しい味を開発しようとしているんだ!
妙なひらめきは要らないんだよ!素直にそのまま食べていろ!
…おわっ!!あ…!お前のせいでハルカ姉さまが作った料理が床に…!
違うんですハルカ姉さま。今のはこいつが…。
い、いえ、すみません。私もおとなげなかったです。
私が子供相手に意地になってしまったから極上松坂牛ステーキが台無しになってしまったのです。
カナ、さっきはごめん、ついムキになっちゃって。本当にごめん、悪かったね。カナは何も悪くないんだよ。
ん?何だその目は。別にバカにしているわけじゃないよ。私は大人の対応というものを知っているだけだ。
コラ!髪をひっぱるんじゃない!やめろ!こ、このっ…!
……はい、すみません、食事中でした。
これが私たちだ。
これが南家の生活だ。
これが当たり前なんだ。
開放した視界の中には、いつもと違う日常、いつもと違う景色、いつもと違う南家があった。
食卓の前を私一人が陣取り、コンビニで買ってきた弁当を、口の中に詰めこむ。
舌の上にへばりつく白米が鬱陶しく、塩っこい涙が味覚を狂わせて食欲を削り取る。
今日はハルカ姉さまとカナは居ない。
今日もハルカ姉さまとカナは居ない。
明日も明後日も明々後日も、ハルカ姉さまとカナは居ない。
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…………………………………………………………………………………………………………………………………寂しいよ。
これがこれからの私だ。
これがこれからの南家の生活だ。
これが当たり前になってしまうんだ。
ハルカ姉さまもカナも大好きだよ。私には必要だよ。大切だよ。
三人でずっと一緒に居ようよ。みんなでずっと、“南家”で居ようよ。
金も地位も利益も愛も力も誰かとの繋がりも、二人さえ居てくれればもう要らないよ。
誰かに壊されるのなんて、そんなの、
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。
二人のためだ、なんて言わないよ。
全部私のためだよ、全部私のエゴだよ。
認めるよ、ちゃんと認める。誰かのせいになんてしない。
私は、私自身のために、二人を守る。
だから、邪魔者は××ちゃっても、いいよね。
だって、私の宝物なんだから――。
―――開放した視界の中には、自分の身体を見下ろす木々の姿があった。
覆い茂る緑たちが世界を構成している。自然の心地よい香りが鼻腔を満たす。
けれども心は癒えない。空ろな瞳に光彩は戻らない。
横たわった上体を立ち上げると、側らに恐らく自身の物であろう荷物が転がっていることに気付く。
たしか主催者の男は、この中に支給品である武器が入っていると説明していた。
武器……それは、人を傷つけたり、人を殺したりする道具を示唆する言葉である。
“殺し”という単語に身体が怯んで、バックに伸ばした手を一旦引き戻した。
この殺し合いで生き残るには二つの手段がある。
一つは会場内の参加者を殺していく方法、もう一つは主催側で用意されたゲームに勝つ方法。
……千秋は一瞬悩むが、後者は危険な賭けをするのと同じだ。
ゲームに負けて、武器が無くなったら、ただの小学生である自分に、何ができる?
拉致されて最初に立っていたあの部屋に、人を殺すことくらい簡単そうな大人は何人居た?
確実に、ハルカとカナにとって危険となる人物を排除できる方法は、明らかに前者。
結局は、やるしか、殺るしかないのだ。
殺さなければ。私が殺さなければ、ハルカ姉さまとカナは生き残れない。
きっと心優しい二人は、他の参加者を殺そうだなんて考えないから。
しかし全力のパンチでさえ大した威力の無いだろう、この幼い身体では正面から挑みかかったところで返り討ちに遭うだけ。
……だから逆に、全力の蹴りでさえ大した威力の無い、この幼い身体を利用すれば。
か弱い無垢な子供を演じていれば、油断させた上で相手に近付き、隙をついて確実に目標を殺害することができるはず。
…方針をまとめて、改めてバックを身へと引き寄せる。
ズズズ、と側面と地が奏でた摩擦音が、バックに宿る重量を示していた。
不安と期待が織り交ざった複雑な感情を抱きつつ恐る恐るチャックを開くと、
中には救急セットと、人魚の魔法薬とかいう胡散臭い液体入りの瓶。
そしてこの中で唯一殺傷力を備えた長包丁。
銃器だと標的が集団で行動している場合、他の連中に自分の正体がばれてしまう恐れがあるため、期待通りと言って良いだろう。
「………!」
「誰だ!?」
「ひっ」
迂闊だった。思案を練ることに夢中で、注意力が散漫になっていた。
後方から来たった子供の存在に、過敏に反応する。
振り向いた先に立つ子供は自分が手中に収めたままの包丁に怯んで動けないらしい。
丁度いいかもしれない。
試してみるチャンスかもしれない。
自分の一回りほど小柄な少女くらいなら、一発で殺れる自信はある。
初めて足を使って立ち上がる赤子のように、ふらふらと、千秋は立ち上がった。
「ごめん」
口から漏れるは謝罪の言葉。
その、あまりにも平坦な羅列には、感情が篭ってないようにも思える。
二歩、三歩と少女に詰め寄ると、千秋は包丁を振りかざし――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『鶺鴒計画』
忌々しく、憎らしく、腹立たしく、呪わしいワード。
大企業、M・B・I社長が発動させた極秘プロジェクトである。
プロジェクトの内容とは、放たれた108羽のセキレイが選ばれし人間・葦牙と共に生き残りを賭けて闘うというもの。
セキレイは闘うために、傷つけ合うために、失うために、生みだされたのだ。
争うことが嫌いな草野にとって、それが事実であることだけは認めたくなかった。
他の107羽が、ただ命を吹き込まれた人形であることを認めたって、草野だけは否定していたかった。
なのに、それなのに。
平穏な暮らし、平和な世界を手に入れたと思ったら、見ず知らずの人間の手によって引き剥がされて。
信じていた希望が、遠ざかって。
信じていたって、結局は非道な真実を突きつけられるだけで。
大好きな皆人までもを危険に晒してしまって。
大好きなみんなが居なくなってしまいそうで。
怖くて
怖くて
怖くて
怖くて
怖くて
怖くて
怖くて
怖くて
怖くて
怖くて
怖くて
怖くて、
一人が怖くて。
小さな背丈の自分を覆い囲む木々の姿が、あの部屋に居た見ず知らずの人間に見えてしまって。
不安と恐怖に押しつぶされそうで。
それでも、皆人も結も月海も松も居ない。この手を取ってくれる人が居ない。
だから光を求めて、草野は森の中を無我夢中で走った。
ひょっとしたら、皆人に、結に、月海に、松に、美哉に、焔に、椎名に、逢えるかも知れない。
そんな幻想に向かって、ただ足を動かすことしかできなかった。
「っ………!!」
行く手を阻む草木を思い切り突き抜けると、自分ほどでは無いが、
草野を取り巻く人々より比較的小さな体格の少女が背を向けて座っていた。
自分の意思で一人から逃げたはずなのに、少女を見つけた瞬間に右足を一歩後退させてしまう。
「誰だ!?」
「ひっ」
少女が振り返ったことで、相手の肩越しから“人殺しの道具”が顔を覗かせた。
鋭い先端の煌きと視線が絡み合い、恐怖が全身を這いつくばって、身体を硬直へと導く。
動け動けと足に命じることすら忘れて、ただ包丁に釘付けになるしかなかった。
「…ごめん」
振り上げられた包丁。己に向けられた切っ先。
それが、皆人に出逢う前に襲撃してきたセキレイを思い出させた。
くーのせいでくーのせいでくーのせいで、
……あのときも、佐橋高美が傷付いて。
巻き込んで、血を流させて。
くーがわるいんだ。
たかみちゃんもおにいちゃんも、くーのせいでけがするんだ。
だから、くーがまもらなきゃ。
わるいひとから、くーがおにいちゃんをまもらなきゃ!!
「び、――――」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「びあ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
「え?」
子供が泣き叫ぶと、それを合図に周辺に聳えた木々が急激な速度で成長し、千秋に襲い掛かる。
尖った枝先が包丁を、指先ごと引きちぎり子供から遠ざけ、
今までに感じたことの無い猛烈な痛みが駆け抜ける。
「あっ、あっ…!」
科学的には立証できない出来事に、鯉のように口を開閉させることしかできない。
未知なる恐怖が渦巻いて、包丁を拾いに行くだとか、ここから逃げ出すだとか、防衛本能すら働こうとしなかった。
「う゛っ……ぐあ゛ああ!」
樹木に取り囲む蔓の群が貫通した千秋の肩に赤い花を咲かせ、千秋はその
新たに生み出された激痛によって、ようやくただ辟易していただけの千秋の意識が強制的に現実へと引き戻される。
一刻も早くここから逃げなければ、私が死んでしまう!
まだハルカ姉さまやカナの害になる者を一人も消していないんだ!
このガキはひとまず後回しにして、まずは自分の安全を確保すべきだ!
「うわああああああああああっ!」
一秒の経過も見送らない内に算段を練り上げ、
ジャングルへと変貌をとげた空間から逃れるべく子供を突き飛ばし猛スピードで駆け出す。
戦闘放棄しても尚木々たちの攻撃は続いたが、徹底無視を貫いている内に徐々に収まっていった。
走って
走って
走って
走って
走って、
………どれくらい走っただろうか。
荒く呼吸をしても、肺はまた酸素を求めた。
引き裂かれたかのように痛む喉には血の味が滲み、森の新鮮な空気がひどく染みる。
「ゼェ、ハァッ…ハッ、ハァーッ、ゼェッ、ハァ…く……っ」
前進を止めると、ガクガクと震える足の振動が増して、遂に支えきれなくなった身体が地面に堕ちる。
ここにはあんな化け物が何人も居るのだろうか。
だとしたらハルカ姉さまやカナは今頃…。
考えたくない考えたくない考えたくない、だけれど嫌な予測ばかりが脳裏を過ぎる。
止めろ。
恐れるな。
そんなことでは何一つ守れやしない。
決めたじゃないか。
ハルカ姉さまもカナも、私が守ってみせるんだ。
大丈夫だ、できる、やれる、殺れる。
生きているんだ、私は、まだ生きてる。
指が無くなったとはいえ、左手と両足はちゃんと機能している。
何一つ問題は無い。
この怪我だって作戦に使える。
大きな油断を誘えるじゃないか。
怖いものなんてない、きっと、絶対に、殺ってみせる。
さあ、立て、身体。
私にはやらなきゃいけないことがあるのだから。
「……」
狂った念が、千秋のよろめく身体を、無理矢理立ち上がらせた。
未だに震えを維持したままの足は、彼女をどこへ運ぶのか。
行き先は地獄か、はたまた――。
【N-10 森 / 一日目、深夜】
【南千秋@みなみけ】
[状態]:全身にかすり傷、肩に刺し傷
[装備]:無し
[道具]:支給品一式 救急セット@現実、人魚の魔法薬@瀬戸の花嫁
[思考]
基本:自分のために春香と夏奈を生き残らせる。そのために、他の人間を殺す。
1:誰かに会うためにとりあえず歩く。
2:大人や正面から太刀打ちできそうにない者の前ではか弱い子供を演じ、油断を誘う。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
こわいゆめをみたの。
おにいちゃんが、むーちゃんが、つーちゃんが、みんなが、わるいひとに××されるゆめ。
くーはなくことしかできなくて、みんながきずつくすがたをずっとみてた。
きづいたら、くーはひとりぼっち。
たかみちゃんも、しーちゃんも、おにいちゃんたちも、みんないなくなってた。
くーだけ、とりのこされてた。
いやだ、ひとりはいや。
どうしてそんなひどいことをするの?
どうしてくーのたいせつなひとをきずつけるの?
ゆるさない。
くーは、くーのだいすきなひとを××そうとする、わるいひとをゆるさない。
みんながくーのせいできずつくのなら、
くーがつよくなって、おにいちゃんたちをまもるんだも。
もう、ないたりしないも。
「おにいちゃん。こんどはくーがたすけてあげる」
歪んだ信念を抱くもう一人の少女。
彼女の奏でる絶望の音色は、止む様子を見せない。
【N-9 森 / 一日目、深夜】
【草野@セキレイ】
[状態]:健康
[装備]:無し
[道具]:支給品一式 救急セット@現実、人魚の魔法薬@瀬戸の花嫁
[思考]
基本:わるいひと(=会場内の全ての人間)からおにいちゃんたちをたすける。
1:もうなかないも。
※草野はLGT事務局の人間がMBIの組織の人間だと勘違いしているため、
自分が皆人を殺し合いに巻き込んだものだと思い込んでいます。
※千秋が落とした長包丁はエリアN-9に放置されたままです。
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