SWIM!
「ちょ、ちょっと待ってよ……仲間を集めて脱出するって言ったじゃない……!」
松浦果南はE-4エリア空港南端の断崖に追い詰められていた。
どうしてこうなったのか、彼女自身にも全く理解できていない。
訳が分からないままこんな島に放り込まれ、最初に出会った女性が脱出を考えていると知ってほっとしたのも束の間。
その女性がいきなり短剣で切り掛かってきたのだ。
軽症で済んだのは奇跡的な偶然でしかない。
女性の前を歩いていて、たまたま振り返ったときに攻撃が繰り出されたので、幸運にも狙いが逸れてくれただけだ。
突然のことに果南は頭が真っ白になりながらも、反射的にバッグを振り回し、女性に投げつけて一目散に逃げ出した。
三キロもの荷物を捨てた身軽さに物を言わせて距離を引き離すことができたが、何も考えずに走り続けたのが悪かった。
果南は知らず知らずのうちに空港がある半島部の南端に向かっており、自分から逃げ場のない断崖絶壁へ駆け込んでしまったのだ。
――そして状況は今に至る。
女性は落ち着いた態度で悠々と距離を詰めている。
今になって思えば、彼女が慌てることなく追いかけてきているのは、南に走っても逃げ場がないと知っていたからなのだろう。
「あれは嘘だったの、ヴィーラさん!」
「その引用は不正確ですね。私の目的はお姉様を無事に脱出させること。仲間を集めるというのは、そのために必要な人材を調達するということです」
赤い衣装の女性、ヴィーラは平然とそう言ってのけ、果南との距離を一歩ずつ詰めていく。
「だ、だからって何で私を……」
「どうして貴女を襲うのか、ですか? 単純なことです。そうした方がお姉様を助けられる可能性が高まるからですよ」
この人は危険だ――普通の女子高生に過ぎない果南にも、ヴィーラの異常性は嫌というほど理解できた。
笑顔なのに理性が感じられない。お姉様とかいう人のために誰かを殺すことに、何の疑問も抱いていないとしか思えない。
「貴女はお姉様の力になれる人間ではないでしょう? そういう方を生かしておいて、お姉様の邪魔をする不埒者に殺されたら迷惑なんです。どれだけ手を尽しても、殺害報酬の石一つは与えることになってしまいますから」
「石、一つ……そんなことの、ために……」
「たとえ小石の一つでも、お姉様のためにならないものは看過いたしません」
ヴィーラが素早い足さばきで一気に距離を詰める。
殺される。果南は生まれて初めて死の恐怖を覚えた。日常生活では決して感じることのない、冷えた鉄のような感覚だった。
「嫌っ!」
果南がとっさに選んだ対応は、後ろへ逃げることだった。
そこにはもう地面はない。果南の体は重力に引かれ、崖の下の海面へと落ちていった。
「……まったく、悪あがきにも程があります」
ヴィーラは空港南端の崖の縁に立ち、呆れ顔でそれを眺めた。
崖から落下した果南は、何と無事に着水しただけでなく海を泳いでの逃走を試みていた。
「石を使って飛び道具を……いえ、必要ありませんね」
残り二つの支給品で飛び道具を調達できれば、哀れな少女をスマートフォンとかいう装置ごと水底に沈めることもできるだろう。
だが、そこまでする必要があるかのかと考えると、いささか疑問だった。
スマートフォンに記された文章によると、交換石は無作為の交換だけでなく、何かしらの特典を得るためのコストとしても要求されうるらしい。
ならば、必要に迫られない限りは取り置いておくこともひとつの選択肢。
むしろ敬愛する『お姉様』への貢献を考えれば、自由度の高い石の状態のまま捧げる方が望ましいのではないだろうか。
それにあの少女は、方向から察するに同じE-4エリアの公園側の陸地を目指して泳いでいる。
確かに最短距離ではあるものの、それでも一キロは下らない遠泳を強いられる難行だ。
泳ぎが達者ならば着衣のままでも泳ぎきれる可能性はあるが、それもこの海が安全ならの話。
鮫のような危険生物の存在や、急な潮の流れひとつで容易く命を散らすことになるだろう。
「さて、もうここに用はありませんね」
逃げ出した松浦果南はもはや眼中になく、この場所にも特に目を引くものはない。
ヴィーラはあっさりと踵を返し、空港南の岬を後にした。
【1日目/朝/E-4 空港側陸地】
【ヴィーラ@GRANBLUE FANTASY】
【状態】無傷
【所持品】ソードブレイカー@現実、一日分の水(残量100%)×2
【ストレージ】交換石7個
【思考】
基本方針:お姉様(カタリナ)を無事に脱出させる
1:お姉様との合流
2:お姉様の脱出に役立つ人材を集め、それ以外は排除する
【備考】
「……はぁ、はぁ……」
結論から言うと、果南は一キロを超える距離を見事に泳ぎきった。
常日頃から水泳やダイビングに慣れ親しんできたことで鍛えられた泳力が、予想外のタイミングで役に立った形だった。
「助かったぁ……」
夏服の制服姿で、頭から靴の仲間でびしょ濡れのまま、公園の片隅で膝を突く。
命こそ助かりはしたもののコンディションは最悪だ。
ただでさえ疲労困憊なうえに、濡れた衣服が体温を容赦なく奪い続けている。
そのうえ飲み水を全て放り出してきてしまったという有様である。
不幸中の幸いは支給されたスマートフォンだけは死守できたことだ。
「良かった、ちゃんと動く。暖まるものとか着替えとか、出てくれればいいんだけど」
望みを託してガチャを回す。引き当てたのは都合のいいことに『衣服』のたぐいだった。
ただし、普通の服とは似ても似つかない特異な代物だが。
――カルデア戦闘服。
人理継続保証期間・カルデアの技術部が作り出した、激しい戦闘に耐えうることを前提とした魔術礼装。
機能の高さは折り紙付きだが、全身にピッタリと張り付く構造上、体のラインが否応なしに強調されてしまうデザインをしている。
「やった! 着替えだ!」
ところが、果南は怯むどころか喜色満面でそれを実体化させ、物陰であっさりと着替えてしまった。
果南の特技はダイビング――そう、この手の衣服はダイビング用のウェットスーツで着慣れていたのだ。
「これでよしっと。多分、あの人は追ってきてないと思うから……まずは皆と合流しないと」
肉体的な疲れは残っているが、休んでいる時間が惜しい。
果南は自分を奮い立たせ、公園の外へと駆け出した。
【1日目/朝/E-4 公園側陸地】
【松浦果南@ラブライブ!】
【状態】疲労
【所持品】カルデア戦闘服(装備中)@Fate/Grand Order、浦の星女学院制服(夏服)@ラブライブ!
【ストレージ】交換石7個
【思考】
1:仲間と合流する
【備考】
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