偶像崇拝と主の実証
途方に暮れたと言わんばかりの顔で自動販売機から出てきたジュースを取り出すとプルトップを開けて呷る。視線は僅かに水滴の付いた空き缶と共に台の上に乗っているテレビへと行くが、しかしそこには青々とした画面があるだけだ。手元のリモコンでアナログやBSやらのボタンを押しても、せいぜい青一面がレインボーの長方形か砂嵐に変わるだけで、既に小一時間はCMの一つも見ていない。震災の時だってこんな事は無かった。仮にも芸能界で活躍している身分としては、その光景は余りに非日常のものであった。
(――ドッキリにしては手が込み過ぎてるよね……でも現実なわけないし。)
ああ、これがドッキリだったらこれまでジュース二本開けたほかはちょっと人を探したり近くを調べただけのここは全部カットだろうなぁ、けっこう怖かったのに、ていうかこれは拉致だよ拉致などと思いながら本田未央は溜め息を吐いた。
本田未央。職業、アイドル。
動物の耳を思わせる外はねした明るい髪に暖色で揃えたカジュアルな格好の彼女は、深夜の消灯した病院には似合わない。もっともそれが無人の病院となれば、好奇心から肝試しにでも来たのだろうと邪推させるような奔放さを感じさせる少女だ。しかしそのような人でもまさか彼女が殺し合いに巻き込まれているなどというのは推測しようがなかろう。彼女は同じアイドルグループの他二人ともどもバトルロワイアルの参加者なのだ。
(――やっぱり、しまむーもしぶりんもいるよね。いや本当にいるのかわかんないけど、名簿的には。それにさっきプロデューサーもちらっと見えた気がするし。てーことはこれはニュージェネレーション全員まるっとドッキリにかけられたってことですかな?あの二人が仕掛け人だったら気づくし。)
しかしこの少女、全く自覚は無かった。
生き馬の目を抜く芸能界、魔法やらなんやらより怖いのは人間である。自分をトップアイドルと言い切るにはいかんせん恐縮してしまう彼女だが、それでもトップクラスのアイドル、間違い無く一流芸能人の彼女にとって、この状況は悪質なドッキリと受け取るのが至極真っ当な解釈であった。世の中には大河俳優を拉致して海外ロケをしたりジャングルの掘っ立て小屋で何日もロケさせたりする番組もあるという。それを考えると、今の状況はまさしくドッキリであった。ルールに書いてある72時間というのも、五日間のロケと考えれば妥当な上限だろう。この期間なら自分達三人もレギュラー番組のスケジュールとギリギリ重ならない、というのが彼女のこの『企画』への理解である。そういえば海外で似たようなテレビの企画があると同じ事務所のアイドルから聞いたことがあるあれは一般人を集めての長期のロケらしいがそれを芸能人でやるということなのだろうかそういえば名簿に外人っぽい名前があるのもそのせい――
ガコンッッ!!
「ぴよぉっ!?」
(ぴよぉっ、ってなんだよぴよぉっって!もうちょいカッコイイ悲鳴にしとくんだった……)
待合室に響いた音はさして大きくはない。慎重に開けようと試みられたその音はテレビの砂嵐の雑音よりなお小さく、その後に発せられた未央の奇声にかき消されてしまうほどのものだ。それでも彼女の耳には爆音の如く聞こえた――怖いもん。
彼女がこの島に放たれて二秒、徒歩五歩の所にあったこのB-3東端のホテル。元々開いていた扉を開けとりあえず中に入ってみて一応鍵も受付近くの守衛室から拝借した鍵で閉めて(ここまでで三十分かかった)、その後ジュース二本開けた未央。はっきり言って最初は夢としか思っていなかった。それも悪夢のたぐいである。なのでおっかなびっくり見知らぬスマホの液晶を懐中電灯として見知らぬ病院に入り、さんざん看護婦を小声で探し、警備員に助けをと思い守衛室まで行ってその後さんざん病院内(明かりがついてる待合室付近に限る)を探索して一休みしながら、やっべえこれドッキリだ、と現実を受け入れていたところにこれである。正直、チビリかけた。
(聞こえたかな?聞こえてないよね、うん、聞こえてなって無理があるでしょ!)
自分にノリツッコミするほどテンパっている。
(落ち着け未央、KOOLだ、KOOLになるんだ!そう、しぶりんのように……よしよし、スタッフさんか演者の人!きっとそう!違ってもそう接する!よし行くぞ!)
だが吹っ切った。
そして見た。
でかああああああああああい。
説明不要。
身長はだいたい諸星きらり。
人相は優しげな外人。
そして向かって左側の鎧。
匂い立つ死のイメージ。
枕営業要求しそう。
煌びやかな宝物。
炎と白骨と川。
マジヤバイ。
陰鬱な城。
女子供。
死体。
血。
「あ、死んだ。」
思わずそう口にする『死』がそこにあった。
◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆
◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆
「ほう、これが自動販売機ですか。実際に使ったのは初めてです。このカードで支払いを?なるほど。」
「こういうSuicaみたいなのって外国には無いんですか?」
「そういったものがあるとは聞いていましたが、見たことはありませんでした。いやあお恥ずかしい。」
そう言いながら音を立てて落ちてきたジュースの缶をしげしげといった感じで取り出す騎士を見て、未央はようやく笑った。
騎士の醸し出す、いや、醸し出してしまう剣呑な空気に当てられて腰をぬかした彼女だが、その後の対応は早かった。引きつりながらも「おはようございます!」の大音声からの自分がアイドルで同じグループのみんなも殺し合いに参加していてプロデューサーが人質に取られていて――と慣れぬ敬語を大急ぎで捲し立てて会話の主導権を強引に握り、そして落ち着いて自己紹介をということでまずは飲み物でもと今に至る。そんな未央に苦笑しつつも騎士は彼女と並んで長椅子に座った。
「さて、一応聞いておきたいのですが……貴方は殺し合いに乗っていますか?」
(うわっ、すごいシリアスな顔。あそっか、どこでカメラ回ってるかわかんないし演技し続けないといけないのか。キッツいロケだなあ。ところで殺し合いって乗るものなの?)
「そんなわけないじゃないですか!私もしまむーもしぶりんも絶対乗ったりしませんよ!」
彼女は騎士に驚いていた。纏う雰囲気に言動、全てが殺し合いという企画にいてもおかしくなさそうな、人の一人や二人殺してそうな男の佇まいに。自分も一応女優としての活動の心得はあると自負しているが、それ故に騎士の自然体の演技には感心してしまう。本職は違う、そう心の中で思った。
「ええ、貴方の人となりを見れば殺人などできないと……そして貴方がそう言う御友人方も同じだとわかります。ところで貴方はその二人がここにいることを知っていた理由を聞いてもよろしいかな?」
「?スマホのホーム画面に『名簿』ってありませんでした?」
「スマホ……ああこれですね。実は私スマホを触ったのは殆ど無いので、壊してはいけないと思い触れないようにしてきたのです。使いた方を教えて頂いても?」
「馴れれば簡単ですよ。まずは待受――え。」
「持った途端黒くなりましたな。」
「え、なん、あ戻った。また消えた!?」
「ふむ……失礼ですが、貴方のスマホで教えて頂いても?」
「はい。じゃあまずはこう持って――また消えた!?」
「なるほど、本人以外が持つと使えなくなるようですねぇ。」
指紋認証みたいなものか?未央はスマホを検めた。よく見れば、見たことの無い機種だ。メーカー名らしきものも書かれていない。そしてよくよく考えれば電池が減っている様子もない。微妙に大きくて重いそののっぺりとした板を前にうーんと頭をひねるがなにもそれ以上に新しい情報は得られなかった。
「じゃあ私と同じように触れてみて、ください。ここの表みたいな絵のアイコンをタッチすると。」
「名前が出ましたな。」
「で、画面をなぞると。」
「おお、動くと。これは……いや、なかなかに心地良いものです……」
「ここ押すと英語とかに切り替わって、で、ここを押すとホーム画面に戻ります。」
「ふむ。この天秤の絵は何ですかな?」
「ルールブック、らしいです?」
「……状況は把握できました。」
元から知識自体は聖杯により頭に入れられている。スマホの使い方講座を受けて使いこなせるようになった騎士は目を見開いてルールを読み、たっぷりと時間をかけたあとそう言った。目が飛び出しているという慣用句はあるがそれを実際に目にしたのは初めてである未央はそれだけで背筋がゾワリとしたが、根性で耐える。迫真の演技に呑まれてはいけないというアイドルの挟持が彼女を奮い立たせた。
やおら騎士は立ち上がると、スマホをカンテラ代わりに使い辺りを見渡した。そして受付に目当てのものを見つけると「日本語を教えてほしい」と言って未央を呼ぶ。その手にはボールペンが握られていた。
『声を出さないで、我々は監視されています。』
筆談。未央は察した。
『ここだと文字見えちゃいません?』
『――監視の方法に心当りが?』
『なんとなく、受付なら監視カメラとかありそうかなって。』
どこから撮られているかわからない以上、ぶっちゃけた話はできない。そこで隠しカメラに撮られぬよう筆談なのだろうと、未央は考えた。
一方の騎士は驚いていた。なんの魔道の知識も無さそうな彼女だが、最初の慌てぶりが嘘のように聡明な推察である。もしや彼女もまた自分と同じようにこの殺し合いの違和感に気づいているのではと思う。そして筆を取った。
『この殺し合い(という聖杯戦争)、本当のところどうお考えかな?』
『殺し合い(っていうロケ)なら、二人とはなるべく会いたくないな。』
『?』
『バラバラの方が(別々のカットでそれぞれ映れる的な意味で)見せ場をつくれるし。』
『見せ場(各自による戦闘と策謀)ですか。(戦うことの)自信があると。』
『(プレイヤーとして)自信はあんまりないけど、もう始まっちゃってるしやるしかないでしょ!』
殺るしかない。その文字に騎士は戦慄した。目の前の少女は、恐らくなんの戦力もない。だがしかし、闘争への確固たる意志を持っている!
そうだ、殺し合いをさせるならば監視は重要だ。自分でもそうする。苦労して集めた人間の死に様を主催者は是が非でも見たいだろう。なんなら何人か哀れな子羊を追い立てる狼も放ってこの聖杯戦争を遂行させるだろう。そして目の前の少女はそれを読んでいる。勘の良さか頭の回転の速さかは定かではないが、自身が監視されていることを知り、そしてその状況で自分という人間の本質を見抜きその正体を現した――そう誤解した。
(これならば、迂遠な真似をする必要もなさそうですね。)
「私はここを拠点に主催打倒(という名目)の軍を創ろうと思います。病院であれば負傷したプレイヤーが目指すでしょうし、情報も集まるでしょう。」
「(イベント的な奴かな、賛成しとこ)本当ですか!実は私もそんなことしたいと思ってたんですよ。ニュージェネレーションで集まりたいって。」
「(監視者への撹乱ですか、意志は伝わっているようですね)それではまずは互いの装備を確認しませんか?私は旗と本でした。」
「(高そうな旗と悪趣味な本……これで殺し合いは絶対無いな。なんかのアイテムかな?)あー、まだガチャ引いてないんですよ。この病院のどこかにショップていうのがあるらしいんです。それに使おうかなーって(て言っとかないと、怖くてやるの忘れてましたなんて言えないし)。」
「わかりました、捜索しましょう。」
互いが互いの誤解に気づくことなく会話は終了した。二人はそれぞれに荷物を持つと立ち上がる。そうして歩き始めようとして、はっとした表情で未央は騎士へとかけた。
「名前言うの忘れてた!本田未央、15歳!346プロでニュージェネレーションってグループでアイドルやってます!」
「私もすっかり失念しておりました。不肖ジル・ド・レェ、此度は貴方のお傍らに侍らさせていただきます。」
【1日目/朝/B-3 病院内】
【本田未央@THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS】
【状態】無傷
【所持品】ジュース、財布、一日分の水(残量100%)
【ストレージ】交換石10個
【思考】
基本方針:ロケを頑張る
1:ジルさんと病院を調べる
【備考】
※この殺し合いをドッキリのロケと誤認しました
【ジル・ド・レェ[セイバー]@Fate/Grand Order】
【状態】無傷
【所持品】ジュース、螺湮城教本@Fate/Grand Order、ペノン@Fate/Grand Order、一日分の水(残量100%)
【ストレージ】なし
【思考】
基本方針:未定
1:まずは主催打倒を名目に人を集め情報収集する
【備考】
※本田未央をマーダーと誤認しました
【ペノン@Fate/Grand Order】
騎士階級が持つ三角旗で、『神聖たる旗に集いて吼えよ』の際に掲げられる旗。この旗自体はジル・ド・レェの鎧や剣と同程度の神秘しかないが、本人の気の持ちようで能力が増減するきっかけになる。
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