彼女たちにはもう時間がないカウントダウン・ワン
川面は黄金色の朝焼けを乱反射してきらきらと輝き、静かな美しさをたたえている。
その反射光を浴びながら、佇む少女が一人。
「……」
彼女の名を、春日未来という。
765プロが推し進める「39プロジェクト」のメンバーにして、その中心的存在の一人。
既に「765プロライブ劇場」でのライブを何度も経験し、ファンの間でも徐々に名前が知られつつある存在であった。
明るさなら誰にも負けない彼女に、朝の川辺というシチュエーション。
これがグラビアの撮影ならばさぞ映える光景だっただろうが、その青ざめた表情が全てを台無しにしていた。
アイドルという厳しくも華やかな舞台で切磋琢磨していた彼女が突如巻き込まれた殺し合い。
それだけでも十二分すぎるほど理解不能なものであったが、この場所に立つ前に最後に見た光景が彼女の目に焼き付いていた。
「プロデューサー……」
名前を呟く。
39プロジェクトを推し進める中心人物にして、彼女のことも担当していた765プロのプロデューサー。
教師と生徒、あるいは上司と部下か。その関係は世間一般にいう子供と大人の関係とは微妙に違っていたけれど、まだ14歳の彼女にとっては自分の親、いやそれ以上の信頼を置く大人だった。
そのプロデューサーが、自分のために人質になっているかもしれないということ。
(どうしよう……でも……)
あの声の主が言っていた「聖杯」というのはよくわからないが、とにかく自分が最後の一人にならなければプロデューサーは助からないというのだけは分かった。
――けれども。
(……でも、そんなのダメだよね)
青ざめた顔に少しずつ光が帯びる。
そんなのは「楽しくない」。
ライブはとってもキラキラして、ワクワクして、楽しいものだ。だから、自分のステージを見に来た人たちには何よりも、楽しくなってもらいたい。
そう、初めてライブでセンターを務める時に、大先輩の天海春香と、他ならぬプロデューサーに教わったこと。
殺し合いなんて楽しくない。アイドルが楽しくないことをやっても、喜ぶ人なんてどこにもいない。プロデューサーだってきっと悲しむ。
ただの少女に過ぎない未来には、この島から抜け出す方法も、プロデューサーを助け出す方法も、殺し合いを止める方法も、何も思い浮かばない。
けれどここには仲間の最上静香も、伊吹翼もいる。
今は何もできなくても。彼女たちと一緒なら、どんな困難もきっと大丈夫。
「よーし! 春日未来っ、がんばります!!」
三人でずっと一緒に舞台に立ってきた日々を思い返しながら、大声で叫んで。
まずは二人を探そう――そう思った時、人の気配をすぐそばに感じた。
必死に考えるあまり全く周りが見えていなかったらしい。苦笑いして、心の中で舌を出しながら、少し緊張して振り返って。
しかしその緊張はすぐに解けることになる。
なぜならそこにいたのは、この場で誰よりも会いたかった二人のうちの一人だったから。
プロデューサーのことをいつも頼りないって言ってるけど、本当は素直じゃないだけで。
共に頑張って、共に舞台に立ち、同じ未来(あす)を追ってきた大切な友達。
けれど、朝焼けに照らされたその顔を見た時、言いようのない不安にとらわれて。
「しずかちゃ―――?」
その不安を声に出す前に。
「ごめんなさい」
小さな銃口がかすかに光ったのが見えて、彼女の意識は暗転していった。
♪
どうしてこうなっちゃったんだろう?
一緒にたくさん練習して。舞台に立って、踊って。一緒にキラキラを一杯に浴びて。泣いて、笑って。
そんなふうにしてるうちに、静香ちゃんのことなら何でも知ってるって、そう勘違いしちゃったのかな。
どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるんだろう?
あはは……何もわかってなかったね。
私がバカだからいけないのかな?
そういえばプロデューサーさんにも、勉強はちゃんとしなさいってよく言われてたっけ。
静香ちゃんは勉強がよくできたから、もっと教えてもらえばよかったのかな。
そうしたらもっと静香ちゃんのこと、わかってあげられたのかも。
――ごめんね。静香ちゃん。
♪
崩れ落ち、かすかに血を引きながら静かな川の流れに流されていく春日未来の姿を、少女はじっと見つめていた。
少女の名は最上静香。
未来が誰よりも会いたがった、その一人である。
殺し合いが始まる寸前、参加者に見せられた幻影。
それは一人一人にとっての大切なものだったかもしれないし、あるいは何も見えなかった者もいるかもしれない。
参加者がアイドルであるならば、共に歩むプロデューサーの姿だったかもしれない。
そして最上静香はそのアイドルの一人である。
だが、彼女が見た幻影はプロデューサーの姿ではなかった。
(……お父さん……)
それは――それだけは、絶対に駄目だ。
確かに、反発はしていた。アイドルへの夢をめぐって何度も対立していた。
けれども、嫌いになったわけじゃない。
たった一人の肉親なのだ。
失われれば取り返しがつかない。
だから、幼い彼女には、最初からこの道を選ぶしかなかった。
……けれど最上静香は決して、酷薄な少女ではなかったはずだ。
例えどんな理由があろうとも、「親友であるはずの」未来を手にかけることなどを選ぶはずはなかった。
――二人の不運は、その「ズレ」にあった。
このときの未来はすでに静香や翼と共に何度もステージを経験し、三人は親友同士として絆を結んでいた。
だがこのときの静香はまだ、やっとの思いで39プロジェクトのオーディションに受かったばかりだった。
つまり、未来の認識では静香は親友だったけれど、静香の認識では末来は顔見せをしたばかりの同期、という存在だった。――でしかなかった、とも言える。
殺し合いという異常なシチュエーション。人質に取られた父親。そして、時間のズレ。
その全てゆえに、少女でしかない彼女の心の天秤は「殺し合いに乗る」に傾いてしまった。
だが、彼女にとっての最大の不運は何より、春日未来に真っ先に会ってしまったことだったのかもしれない。
同じ事務所に所属し、共に切磋琢磨するはずだった、けれども出会ったばかりの、アイドルである彼女を手にかける。
それは彼女が子どものころからずっと夢見てきたアイドルの夢を捨て、ひたすら家族を思うただの少女に戻る事を意味していた。
もしも会ったのが同じアイドルであっても、他の事務所に所属するアイドルならば。彼女を正しい道に戻すこともできたかもしれない。
あるいはまた彼女たち二人が、「違う世界」にいる「同じ二人」だったならば――。
しかし、全てはもう動き始めてしまった。
「私には…こうするしかなかったの。ごめんなさい」
3つの未来(みらい/あす)は、ここに絶たれた。
【春日未来 死亡】
【残り51人】
【1日目/朝/F-5 地熱発電所】
【最上静香@THE IDOLM@STER MILLION LIVE!】
【状態】焦り
【所持品】一日分の水(残量100%)、
【ストレージ】交換石7個
【思考】
基本方針:最後の一人になって人質を救う。
1:自分が乗っていることは隠したい。
【備考】
※幻影として自分の父親が囚われているのを目撃しました。
【デリンジャー@現実】
最上静香がランダム支給品ガチャで入手。
女性でも扱える手のひらサイズの小型拳銃。
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