孤立無援






誰もいない遊園地。
普段なら一般人の目には触れないような光景が、そこにはあった。
空想の中ではよくある話だが、実際にその場にいてもどこか薄ら寒いものを感じる。
あって当然の物が欠落している異常。例えてみれば――首のない人間のようなもの。

BGMも人々の歓声一つ上がらないその中を、無心にひた走る一人の少年がいた。
理由があって走っているわけではない。ただ、立ち止まっていることは出来なかった。
少年の名を墨村良守という。
白い菱形の模様の付いた黒袴。右の手のひらには黒い枠のような印がある。
その印は間流結界術師の正統後継者の証だ。
烏森。
妖(あやかし)を呼び、妖に力を与える異常な地。
今では学校のそびえ立つその場所で、良守は代々続く役目として深夜に妖怪退治のようなことをする日々を送る。
幼少の頃、幼馴染の少女が彼を庇って一生の傷が残る怪我を負って以来、見知らぬ誰かであったとしても傷付く姿を見るのが嫌だった。
その危険と隣合わせの日常でも、……人が死ぬ姿を見たのは数えるほどしかない。
無残に殺された二人の姿が脳裏を掠める。重なるように浮かぶいつかの光景。
また何も出来ずに後悔するだけなのか。走りながら、苦い思いが胸中を駆け巡る。
ひとまずその感情を振り払い、やるべきことを探そうとするが思考がまとまらない。
白衣の男の言葉が意味を持たずにノイズとして流れていくばかりだ。

(どんなこと話してたっけ? さっきの術は何だ? ……ここにはどんな奴がいる? あいつは何者、っつかこの首輪どうやれば……)

考えばかりに意識が集中して俗に言う『足元がお留守ですよ』な状態。何かに足を取られて、地面に激突するのは当然の帰結だったのかもしれない。

「のわーっ!」

変な叫び声を上げながら、勢い良く転げまわる。
天と地が何度も入れ替わる。おまえがおれで、おれがおまえな勢い。
巻き込まれるものがいたら、人格ぐらい入れ替わっても不思議ではなかったが、幸いにも周りには誰一人いなかったことから最悪の事態は避けられた。
アトラクションの周りに張り巡らされた柵にぶつかることで良守自身も何とか事無しを得る。
……傍目には全然、無事なように見えないが不注意で転げ回ることはよくあることで、立ち直りはいつも通り早かった。自分の痛みより他人の痛みの方が彼には辛い。

「ぐぬぬ。こなくそーっ!」

勢い良く立ち上がった。何故か四国弁で。
自分を陥れた罠に対応するべく、良守は結界術を使用できるように片手で印を組みながら、油断無く周囲に目をやる。

「……これ靴か?」

一足の靴が地面に落ちているのが見付かった。どうやらこれに引っ掛かったらしい。
罠ではなかった。と早合点するのはこの状況では危険だが、何も起こらない以上、いつまでも気を張っているわけにもいかない。近付き無造作に靴を拾い上げて……、

「何だ……これ?」

――クシャッ。


 × × × × × × × × × × × × × × 


『素晴らしいものは地獄からしか生まれない』

これが、人体の解明を至上目的とし、人間を完成させるという目的に創設されたフラスコ計画の元統括であった彼女――名瀬夭歌、黒神くじら――の主張であり、主義である。
その信念に従って、彼女は自らの身を不幸に置くことに躊躇なく、一切合切――家族、記憶、幸福――を捨て去ることが出来た。そのため裏切りを繰り返すようなことにもなる。

『どっちつかずの名瀬』

そんな風にも呼ばれた知識欲以外の欲を捨てたような異常に禁欲的な彼女だが、親友の古賀いたみの危機を救われた恩義から、一応のところ一度は捨てた兄妹仲もある程度改善されていた。
だが、心情としてはまだまだ微妙ではある。ヨリを戻したくて戻したわけではないのだから……。

(さて、と……。
 組を組めていない奴を放送で伝えるってことは、次の放送まで二人が死んでいなければ、俺が組を解消すれば、その情報を全員に伝えることが出来るか。
 どうせ、あの二人は全員で助かる道なんてのを探すだろうからな。俺が一緒でいる必要なんてないわけだ)

誰とでも組める人間であるという情報を他の人間に伝えるチャンスはなかなか手に入らない。
他の人間と情報交換を行う点でも有利となる可能性もある。生き残る道を狭めてこそ逆に勝利に繋がるという考え方は彼女にとって常のものだった。
二人の方針の予測からすれば、この行為は裏切りにもならない。
誰かの首輪が爆発する条件を満たそうとすれば、黒神めだかはあっさりこちらに気兼ねすることなく他の誰かと組むことを選択するだろう。
――何と言っても、彼女の可愛い妹であるところのめだかちゃんは『身内には厳しい』のだ。
彼女の兄である黒神真黒は生粋の妹主義者である。彼女の妹のそういったところは当然把握している。
だから、それを止めることが不可能であることも当然理解しているだろう。……だから、結局のところは遅かれ早かれこの組は解消する方向に向かう。
ならば、早い方がいい。至って冷静に名瀬夭歌は開始早々にそんなことを考えていた。

ぶらぁり、ぶらぁり……と黒タイツに包まれた足が開け放たれた扉から揺れる。
床に寝そべって天井に目をやる彼女の顔には覆面のように包帯が巻かれているため、その下の表情は窺い知ることが出来ない。
ただ、とある男に死体を見る死体のように澱んだあの目、とまで言われた左眼だけが隙間から覗く。
投げやりにどこまでも物怖じもせず孤立して、彼女は、支給された首飾りの宝石を視界の中で弄ぶように触れた。
氷を更に凍らせたような不思議な輝きを秘めたその石は、見る者の心まで凍らせてしまうようだ。
風が強く吹く。首飾りの紐がたわみ揺れる。

――ぴたり。
何かの気配が近付いて来たことを意識してか、石を仕舞い込んで上体を起こす。
それだけの動作でもぐらりと揺れる不安定なその場にあって、日常の挨拶のように気怠げに声をかけた。

「よー王子様。意外に早かったな。
 いや、しかしどーしてこーして。ここまでたどり着くとはな。死んでなくてなによりだぜ」
「……これ、お前のでいいんだよな。何でこんな場所にいたんだ?」

シンデレラの靴のように置き去りにされた靴を拾い上げて、その中に詰め込まれていた紙に書かれていた通り、墨村良守は辿り着いたのだった。
――観覧車の頂点に位置するゴンドラの中にいた名瀬夭歌の元に。

「ケッ、俺はスタート地点から一歩も動いてねーよ。それより何だ。俺はてっきり観覧車の方を動かしてくれると期待してたんだけどなー」
「……動かし方なんてわかんねーよ」
「そういうこと言ってんじゃねーよ。何なんだよ。その足場みてーのは!」

手品のように空中に半透明の立方体が浮かんであり、その上に良守は立っていた。


 × × × × × × × × × × × × × × 


結界術。
開祖、間時守が考案した空間を支配する術で、指定した場所に自分だけの領域を創り出す代物だ。
創り出した結界は強度や大きさなどは術者の力量次第であり、基本的には内部のものを結界ごと破壊することで滅する、あるいは防御壁のように使う。
今回は移動のための足場として使い、アクションゲームのキャラクターのように次々と創り出した結界を乗り移っていくことで、観覧車の頂上まで達することが出来たのだ。

そこで観覧車にいた少女……を見た瞬間、良守の胸に去来したのは過去の妖の姿だった。
火黒。黒芒楼という烏森を狙った集団に属していた全身に包帯を巻いた姿をした元人間の妖。
包帯という単純な外見的特徴からだけなのかもしれないが、……ただ、包帯から覗く視線の異常な強さが更に似通っているという印象を強める。
敢えて付け加えるなら、火黒は良守に対して、「君はもっと不幸になるべきだ。大事な人や物を失って」と語り、世界との決定的なズレを認識していないのかと問うことがあった。
異常なまでの孤立感。親友の古賀いたみに普通の世界との決定的な違いを感じさせた、彼女自身の異常性(アブノーマル)が良守に火黒を思い起こさせたとも言えるかもしれない。

――閑話休題。

二人は無事に観覧車から降り立ち、簡単な情報交換を行う。
良守は言葉遣いは荒いが、顔に包帯を巻いている女性に対して問い詰めるようなことをするほど気遣いの出来ない人間ではなかったらしく、そのことには敢えて触れなかった。
結界術について基本的な話を聞いてから、名簿に何か違いがないのか確かめるように渡すと、軽い口調で名瀬が呟いた。

「ふーん。結界術ねー。へー、そー」
「別にいいけど、なんか納得できないみたいだな」
「いやいや、能力自体は努めて理解しやすかったぜ。球磨川の『大嘘憑き』のような何でも無しなんつーもんでもないからな。
 で、墨村くんはさー。家族に教えられて覚えたわけなんだよな。その能力……?」
「そうだけど。それがどうしたのか?」

黒神めだかの異常性、『完成』(ジ・エンド)は他人の異常性を使いこなし、完成させることが出来る。
フラスコ計画の目的からしても、素養があれば教えられて使える能力があったとして何の問題もない。

(……問題は俺がその辺りのことを欠片も掴めていなかったことなんだよな。こんなに簡単にばらす奴がいて、何代も伝えられているスキルだ。少なくとも何らかの情報が入っていたとしてもいいはず……。
 ……それに、この薔薇。これこそ俺が知らないはずがない!)

良守の支給品を確認した時に、見付かった青い薔薇。
――ブルーウィッシュ。
アリスという少女によって品種改良で生み出されたというそれを、理科生物学においては黒神めだか以上に優れている黒神くじらが知らないことなど断じて有り得ないはずだった。
別世界の存在。
それだけのことでいささか突拍子のない発想にまで考えが傾き始めた頃、それを中断させるような声がした。

「……なっ、なんで兄貴が」

実のところ良守は名簿を見ておらず、やっと彼は自分以外に肉親が巻き込まれていると気付いた。
先程までの比較的冷静な様子から一転、狼狽えているところを見るとすかさず名瀬は合いの手を入れる。

「さーて、墨村くんはどーするかな。俺とは違って、大事な大事なお兄ちゃんがいるみたいだからなー。
 俺も大親友の古賀ちゃんの命がかかってたら、悩むだろうなー。いや、きっと殺し合いに乗るか。
 だって、他の連中なんて俺はどーでもいいもんな。親友のために手を汚す、か。なかなかの不幸っぷりだぜ」
「……俺はそんなことしない」
「殺し合いに乗らないってことはお兄ちゃんに人殺しをさせるか、一緒に死んでくれってことになるかもしれないけど。それでいいんだよな?」
「……何言いたいんだ。お前」
「俺はそんなのに付き合って、死にたくないんでね。はっきり言って殺し合いを止めようなんて考えには賛成してないんだわ。適当に殺し合ってくれれば俺の生きる目も出てくるだろうからな」
「……本気で言ってるのか?」
「こんな冗談言ってどうすんだよ。それにお前がしたいのはこんな奴でも助けたいってことなんじゃねーの? 大体首輪をどうにか出来なきゃ、全員死んじまうだろ。誰かが助かるだけでも御の字ってもんだ。
 ……お前さ、全員に死んでくれって言って回るつもりかよ?」

良守は奥歯を噛み締め、目を伏せた。しばらく沈痛な表情でいると突如顔を背け、他の場所へと向かおうとディパックを担いだ。
名瀬はそれまでの挑発的で雄弁な態度を抑え、黙ってそれを見送る。
去り際に振り向き良守は名瀬に声をかけた。

「……わかった。けど、自分から進んで殺しとかするなよ。そうしたら止めなきゃいけなくなる」
「あー俺、頭脳労働専門だからさー。積極的に殺して回るなんてことはしないぜ。そこは安心しろや」


 × × × × × × × × × × × × × × 


どこへ向かえばいいのか走る勢いも失せてしまい、とぼとぼと歩きながら良守は隣の名瀬に視線を向ける。
「……何で付いて来るんだよ?」
引き離そうと思えば引き離せたが、そうする理由もなく、しばらく黙って歩いていたが、結局観念して声を掛けた。

「あー。どうにも困ってる様子だったからさ。仕方ない、この俺が特別に協力してやろうじゃねーか。
 人が減っていくのをただ待っているのも暇だからな。時間つぶしってヤツだよ」
「は? いや別にいらねーし」(キッパリ)
「いーや、お前は俺にお願いしたいことがあるはず。この人体を改造することにかけては――――――(略)」

そんなわけで、とりあえず二人は行動を共にすることになった。
反抗心が人一倍ある彼女は助けられたままにするほど恩知らずには出来ていなかった、とそれだけのことなのだが、ちょっと鬱陶しい。




【H−4/遊園地/日中】


 【名瀬妖歌(黒神くじら)@めだかボックス】
 [状態]:健康
 [服装]:顔を包帯で覆っている。制服。
 [装備]:百本の尖った鉛筆@化物語
 [道具]:支給品一式、氷泪石@幽☆遊☆白書、ブルーウィッシュ@ARMS
 [方針・思考]
  基本:この殺し合いの目的を探る
  1:暇つぶしに墨村良守に付いていく。
  2:適当に情報収集をしながら集められた対象を観察する。
  3:アリスに興味。
  4:……ナイフが欲しい。
  5.設置されてる機械を見付けたら、組を解消してみよっかなー
 [備考]
  ※ 参戦時期については次の書き手にお任せます。
  ※ 基本的な結界術の知識を得ました。


 【墨村良守@結界師】
 [状態]:健康
 [服装]:結界師の黒装束
 [装備]:
 [道具]:支給品一式、天体望遠鏡@化物語
 [方針・思考]
  基本:出来れば殺さずに何とかしたいが……。
  1:え? ついて来んの……?
  2:兄を見付けて、協力し合う。
 [備考]
  ※ 参戦時期については次の書き手にお任せます。


【支給品説明】
【氷泪石@幽☆遊☆白書】
氷女の涙の結晶。稀少な宝石として価値が高く、人間界では闇値で軽く数億円の価値がある。
氷女は子を産んだ時にも涙を流し、その時にできた氷泪石は子供に与えられる。
氷泪石には人の憎しみを吸い取るような効果があり、飛影や骸の心を癒した。
が、雪菜は氷河の国は滅んでしまえばいいとか物騒なことを言う辺り、氷女にはあまり効果がないのかもしれない。

【ブルーウィッシュ@ARMS】
天才児を作るというチャペル計画の元に誕生したアリスが品種改良で生み出した本来は存在しないはずの青い薔薇。自由を得ることがなかったアリスの願いが込められている。



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