薔薇獄乙女






ほぼ直上からの日光が一帯を照らす閑静な町並み。
整然と建ち並ぶ日本家屋。
アスファルトで舗装された道路。
そこかしこに電柱やポストが伸びている。
一見何の変哲も無い、真昼の住宅街。
しかしそこには街を構成するための、もっとも重要な材料に欠けていた。
人の気配が無い。
どれほど周囲を見渡しても、人の影も形も無かった。人が生活する場所なら当然ある雑音も、ほとんど聞こえてこない。
これが家屋の多くが崩壊か老朽化でもしたような廃墟の街ならまだ、その状況に不自然は無いが
概観に何の異変も無いのに人間だけが取り除かれていることが、状況の異常性を際立たせていた。

「つまらない街ね……」

陽の日射しが満ちた街に、深い闇が降り立つ。
人の形を為した闇。観る者が居ればそう形容したかもしれない。
ゴシックな印象に彩られた藍色のドレス。
輝きと艶を放つ銀色の長髪。
透くと紛うほど白い肌。
紅い瞳に込められた光は、どこまでも鋭い。
背中から、まるで天使のような小さな黒い羽を生やし
それでいてドレスには堕天を象徴するかのごとく、逆十字の意匠がこらされていた。
幻想的なまでに、整えられた美貌。
それは実際に人の手によって作られた物だ。
今やその実在すら怪しまれている天才人形師ローゼンによって作られた
魂を持ち自律して動く生きた人形(ドール)。
究極の少女とされるアリスを目指して作られた薔薇乙女(ローゼンメイデン)。
彼女はローゼンメイデンの第1ドール、水銀燈である。
そのローゼンメイデンは全部で7体の姉妹が存在し
自らの命や魂の同義と言えるローザミスティカを奪い合う戦い、アリスゲームを行っていた。
そしてアリスゲームに勝ち抜き、全てのローザミスティカを集めたドールが
アリスとなり、自分たちを創造したローゼンに会うことができる。

しかし今は違う。
アリスゲームとはまるで勝手の違う殺し合いに参加していた。
スカリエッティと名乗った得体の知れない男に召喚され
爆弾の仕込まれた首輪を嵌められ、殺し合いを強いられているのが現状だ。

水銀燈の眼光がさらに鋭さを増し、不機嫌さを露にする。

「私にこんな美しくない首輪を嵌めるなんて…………」

飼い犬のように不恰好な首輪を嵌められ、ローゼンでも無い者に殺し合いを強いられる。
到底、薔薇乙女に許容できる処遇ではない。
しかし、ただ憤ったところで現状はそのままだ。
さっさと首輪を外し、こんな場所から抜け出す方法を考えるべきだ。
大まかに考えて方法は2つ。
殺し合いに勝ち残る方法と、スカリエッティを出し抜いて首輪を外す方法。

水銀燈は誇り高いローゼンメイデン。
アリスにも関わらない殺し合いに乗る由縁は無い。
だが、後者の方法はほとんど不可能だと言っていい。
まず首輪がどんな原理で作動しているのであれ、機械の知識もそれを解除するような異能もない水銀燈が
自力でそれを解析して外すなど出来はしない。
では、それが可能な誰かに協力を仰ぐか?
それもやはり無理がある。
すでに確認した名簿によると、殺し合いには自分以外の姉妹も参加している。
そして姉妹のいずれとも敵対している。
水銀燈と違い人間と馴れ合うのを好む連中のこと、殺し合いでも上手く人間の集団に潜り込むだろう。
そうなれば自分の情報と悪評が広がっていくのは想像に難くない。
つまりここでは味方を増やすのが極めて困難なのだ。
誰かを脅して首輪を解除させることも考えたが、殺し合いの参加者に容易に外せるようにはスカリエッティもしていないはず。
そもそも誰かに首輪を外させると言うことは、どこかの段階でその者に自分の身体を預けなければならない。
他の姉妹なら金糸雀も翠星石も蒼星石も雛苺も、そして真紅も必要ならそれが出来るだろう。

しかし自分には出来ない。

お父さまに作られてから、何万時間と生きてきた。
その間、アリスを目指し幾度も他のドールと戦い
そしてドールも人間も傷つけてきた。
云わばこれまでも殺し合いに乗ってきたようなもの。
ドールにも人間にも背を向けて歩んできた、血塗られた闇の道。
その果てに今の水銀燈がある。

今さら人間を利用しても、信用するようなことは出来はしない。

「…………結局、やるしかないようね」

そうと決めれば、人数以外はこれまでと変わらない。
どれほど血塗られても、ただアリスのみを見て進むだけだ。
殺し合いの枠内でもアリスゲームは出来るし、アリスゲームを進めながらでも殺し合うことは出来る。
全てのローザミスティカを集めて、必要だと言うのだったら他の人間も殺すまで。
そう意気込む、必要すら無い。
今までと同じく、ただ1体で戦いに臨むだけなのだから。
水銀燈は何気なく、民家の窓辺に腰を掛ける。

不意に背後の部屋から歌が聞こえてきたような気がした。

背後に視線を送る。民家の2階に無人のベッドが在る。
そこで横になって歌う少女。
が、一瞬だけ垣間見る。

「めぐ…………」

幻視した少女の名が口から零れる。
水銀燈の契約者(マスター)。
マスターなんて必要ないと思っていたのに、こんな時にも思い出される。

「…………馬鹿みたい」

人間のマスターが居たところで、どれ程人間を思った所で何の意味も無い。
薔薇乙女が見れる夢は、アリスしか無いのだから。

でも
それでも
全てが終わり、ローザミスティカを集まれば
その力でめぐの心臓を治しても良いと思った。

それも結局は一時の戯れに過ぎない。
闇を1人で生きるドールにとっては。


【A-7/市街地/日中】

【水銀燈@ローゼンメイデン】
 [状態]:健康
 [服装]:ドレス
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式、未確認支給品1〜3
 [方針・思考]
  基本:アリスゲームに勝ち残る。
  1:殺し合いに優勝する。
 [備考]
 ※参戦時期はローゼンメイデントロイメント第8話終了後です。



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