劉備の天命






「はぁー…どうしたもんかねぇ…」

とある民家の一室で、齢五十ほどの男がため息をつく。

これから曹操と天下分け目の大戦をやらかそうって時にこれかい。
乱世に挑んで数十年。化け物みてぇな奴も山ほど見たし、怖い思いや死ぬような思いしたことなんざ数えきれねぇ。
だけど他人様に自分の命握られてるってのはやっぱいい気がしねぇな。

さてどうしたもんか?
関さんや益徳とも離れ離れでおいら一人だし、兵も将も軍師もいなきゃ得意のホラも吹けねぇし。
支給品って奴にもろくなものが入ってなかった。
何べんも天下を周って、黒光りしちまった夢にあと一歩ってとこまで来たのになぁ……。
ようやくおいらの方に風が吹いてきたってのに本気でついてねぇ。

もしかして神さんがおいらに死ねって言ってんのか?
これ以上乱世を長引かせんな、おまえのわがままでこれ以上人を死なせんな。
おまえはあの時死んどくべきだったんだ、ってか?

……だけど悪かねぇ、悪かねぇ人生だった。
ムシロ織りやってたおいらが、器だけで王様にまでなれたんだ。
もういい、十分がんばったじゃねぇかよ劉備。

「――だからもういいよな、関さん、益徳……」

杯に注いだ酒に映る自分の顔。おいらもずいぶん歳食っちまった。
自慢じゃないが、おいらってば一人じゃなーんも出来ないんだぜ?
若いときならまだ戦えたがもう歳だしよ。
策を考える軍師みてぇな真似も、戦場で敵将の首刎ねたりなんてことも出来ねぇ。
今までおいらの嚢にいれたそいつらが、みんなどっかに行っちまった。
にしてもこりゃ蜜柑の香りか?蜜柑で作った酒なんてめずらしいもんもあるもんだ。



――トントン



もうお迎えが来やがったか、せめてこれ飲むまでまってくれよ。
「…入りな。おいらも覚悟くらいできてっからよ。」


こんなことなら曄夏ともっとやっとくんだったなぁ……。
あ、思いだしたら息子が起き上ってきやがった。

自分の元を去った妻との一夜に思いを馳せていると、背を向けた扉から何者かが入ってくる。
あー、こりゃ普通の奴じゃあないわなぁ。
歩法で分かる。この状況で堂々としてやがるし、おいら終わったな。
さよなら趙さん、あばよみんな。

「……失礼する。貴殿はこの殺し合いに、乗っておられるのか?」


……女かよ。
だけどいい声してら。曄夏みてぇに勇ましいや。


「……乗るもなにも、おいらはもう老い先短い爺さんだぜ?やるなら早くやれってんだ。」


あぁ、今から死ぬってのはこんな気持ちなんだな。
へへっ、思ったより怖くねぇじゃねぇか。


「――貴殿は、死ぬのが怖くないのか?」


刃物のひんやり冷てぇのが首に当たってやがるぜ……。
こいつを心地よく感じちまうなんてな。
あー、酒がうめぇ。


「んなもん、曹操や董卓のが万倍怖いぜ。それに比べりゃ死ぬことなんざまだいいほうかもな。」
「――ッ!? 曹操殿と董卓殿を知っておられるのか?」
「知ってるもなにも戦ったこともあるぜ?勝ったことはねぇけど。そういうあんたは一体誰よ?曹操の女か?」
「ばっ、バカっ!ふざけるなっ!我が名は関羽雲長!曹操殿とは断じてそんな関係ではない!!」





私が名を名乗ると、背を向け酒を飲んでいた男が盛大に吹き出した。


「かかかかかかかかっ、関さんだとぉぉぉぉおおおおお?!!」
「へっ?た、たしかに私は関羽だがそのように呼ばれたことは、」
「お嬢ちゃん、ほんとに、ほんとに関羽なのかいっ!?おいらたちの名前が二度書かれてたがあんたも関羽なのかいっ!?」


さっきまで背を丸めていた男が酒を投げ出し私の肩に掴みかかってくる。正直痛い。


「もしかして張飛と劉備って兄弟がいるのかいっ!?いや、いるはずだ!あんたも関さんなら絶対いるはずだっ!!」
「だ、だから私は関羽だというに!張飛と劉備殿なら私の姉と妹だ!いったい貴殿はなんなんださっきから!!」


なにをこんなにこの人は興奮しているんだ。黒髪の美人山賊狩りとして有名になったことはあったが…。


「はは…はははっ!来たぜっ!来やがったぜ向こうから!聞いて驚け!
 おいらは幽州の北斗七星改め漢中王、劉備玄徳じゃぁぁぁああああい!!」


「………はぁ」


姓は「関」、名を「羽」、字を「雲長」、真名は「愛紗」
愛紗はこのような男を一度見たことがある。
『劉備玄徳』
口先に実力が伴わない男で、出世欲ばかりの人物だった。
彼も自称高貴な血を受け継いでいると言っていたが、漢中王はさすがに……。

「関さん、おれぁ決めたぜ。さっきまでおいらが死ぬのは神さんが決めたことだと思ってた。
 だがそりゃ違ってたぜ。おいらは生きる!関さんも益徳も、もちろんお嬢ちゃんの姉妹も一緒によ!」


生きる。みんなで――。
この殺し合いに対する怒りはもちろんある。このようなことをする輩は成敗しなければいけないという思いが。
だが一方で、姉と妹を救うためには従うしかない、他者を殺戮せしめれば私達は生きて帰れる。
そんな悪鬼の甘言があった。それを一撃でぶち壊してしまうこの言葉。
だがここから出る方法も、この首輪をどうにかする方法も分からないのに、この人はどうするつもりだろう。


「は、はぁ…ではあなたは、いったいどのような方法で皆を救うというのですか?」
「わからん」
「はぁ!?」
「だが、生きて帰れるぜ俺達。おいら達が死ぬってならなんで一番最初に出会ったのが関さんなんだい?
 おいらの勘にびんびん来てる。生きろって言ってんだよ、天が。」
「な、なぜそう言い切れるっ!」


その不思議な男はこともなげに、当たり前のことのように答えた。


「おいらが天下の器だからさ。」


て、天下の器?
私が天下の器だと思った人物は二人いる。
曹操孟徳、孫策伯符…その二人に匹敵する人物だというのか、この人が。


「こんな殺し合いおいらみてぇな爺一人、すぐおっちぬのが関の山よ。
 だがな、最初においらのとこ来たやつの名前が関羽雲長だって言うじゃねーかよ!
 頼むお嬢ちゃん、おいらの器の中身になってくれ。おいらの嚢にゃなんでも入る。
 そうやってばんばんいろんなやつをおいらの嚢に入れてよ。
 物がわからなけりゃわかるやつに知恵借りて、戦う力がなけりゃ強ぇやつの力を借りる!
 これがおいらのやることよ!」


「そ、それが天下の、器…ですか?」


この人の言うことは正直はちゃめちゃだ。
曹操殿のような知恵も軍略も、孫策殿のように自ら切り込んでいくような武力もない。
でもなぜだろう、自分でもわからないが、あの二人と同じなんだこの人は。
どんなに強大な敵が相手でも、屈服せずいつかそれを飲み込んでやるという気概。

「よ、よいでしょう劉備殿。私に夢を見させた責任、とってもらいます。あなたが本当に天下の器かどうか、見定めた上で。」

この劉備という男が信用できるかは分からない。だが惹かれるところがあったのも事実だ。
ひ、惹かれたというのはあれな意味ではないぞ!?
そもそも私とこの劉備殿では年の差がありすぎてだな…!
…そういえば鈴々と旅をしていたころも、こうして星や翠と知り合い道中を共にしたものだった。
『劉備』という名前は私の義姉と同じだが、この人にも張飛と関羽という兄弟がいるのか…性別こそ違えど、すごい偶然だ。
…いや、それが本当のことという保証はないか。

関羽は劉備の器に触れた。
劉備はもう一人の関羽との出会いに天命を感じた。


『劉備玄徳』


ひとつの世界では英雄として、もうひとつの世界ではホラ吹きとして語られる名。
決して交わることのなかった二つの世界が交差したとき、その名はどちらで語られるのだろうか――。


【F-2/民家/日中】
【関羽@真・恋姫†無双】
 [状態]:健康
 [服装]:私服 
 [装備]:三又槍@めだかボックス
 [道具]:支給品一式、確認済み支給品0〜2
 [方針・思考]
  基本:姉妹そろってのゲームからの脱出
  1:天下の器…か
  2:しばらく劉備に着いていきこの男を見定める。
  3:劉備、張飛(真・恋姫†無双)との合流。
 [備考]
  ※ 参戦時期はアニメ本編終了後。
  ※ 蒼天劉備のことをアニメ第一期に登場した偽劉備と同類の男ではないかと疑っています。
そのため義兄弟に関羽、張飛がいるというのも半信半疑です。

【劉備玄徳@蒼天航路】
 [状態]:健康、少量飲酒済み。
 [服装]:私服
 [装備]:なし
 [道具]:支給品一式、蜜柑酒、確認済み支給品1〜2(劉備曰く、ろくなものがない)
 [方針・思考]
  基本:仲間たちを集め、ゲームから脱出する。
  1:関さんと同じ名前で、劉備と張飛って姉妹がいるお嬢ちゃんが来てくれた!こりゃ運命でがしょー!
  2:自分の『嚢』の中に入る者達を探す。
  3:関羽、張飛(蒼天航路)との合流。もうひとりの劉備、張飛(真・恋姫†無双)と会ってみたい。
 [備考]
  ※ 参戦時期は関羽の死亡直前。
  ※ 関羽@真・恋姫無双との出会いは天命であると確信しています。

【三又槍@めだかボックス】
3年13組、宗像 形が使用する武器のひとつ。

【蜜柑酒@真・恋姫†無双】
蜜柑で作った世にもめずらしいお酒。
原作では周喩と孫策の喧嘩の原因となった。



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