第二話
恐らく、その『ゲーム』に参加した者の中で、
最も早くにそれが『ゲーム』なのだと認識した人間は、夜神月なのだろう。
そうたらしめる素因は幾つかあった。
まず第一に、彼と死神の出会いだ。
まさに人知の及ばぬ力を持ち、
人の命を自分が楽しむ為のおもちゃ程度にしか認識しない化物。
その化物の趣味嗜好とどこか似通った雰囲気が、その場所には立ち込めていた。
人の命を扱った『ゲーム』自体に対する慣れ。
それが、第一の理由だ。
そして第二に、このような『ゲーム』を実際に催す人間に心当たりがあった事。
その人物とは、世界一の探偵にして自らが唯一の宿敵と認める男、Lその人だ。
彼は持前の行動力と世界中の警察権力をフル活用することで、信じられないような捜査を行った過去がある。
唯の容疑者を拉致監禁し拷問することも、彼ならば必要に応じ実行しかねない。
だからこそ、これはキラ逮捕の為の大がかりな囮捜査である可能性は決して低くないと月は考える。
だが、Lが行うにしては規模が大きすぎであり、一方効率は決して良いとは思えない。
その点が引っ掛かる点ではあるが、それも何れ明らかになることだ。
月が動けば、必然的にLも動かざるを得ない状況が、必ず来る。
無論、Lが事の“真犯人”であれば、の話だが。
この推論が、第二の理由となる。
月もまた、テンマと同様、ある一室で目覚めた。
だが彼は他の参加者とは違い、即座に行動を開始している。
いち早く卓上のPDAに気付き、その内容を暗記する。
周囲に死神が居ないことも確認する。
元来いつもべったりと付きまとっている死神だが、彼らは生来気まぐれであり、
ふらりと居なくなることも無いではない。
さらに、死神と言えども世界中を把握している訳でも無いようなので、
もしかするとLが何か手を打ったのかもしれない。
そして、その身に纏った金属の輪を再確認する。
首輪の事ではない。
腕時計のことだ。
デスノートの切れ端を入れた、父から貰った腕時計。
それは、いつもと変わらず月の手首に嵌っていた。
Lがどこから監視しているか分からないため中を確認する事は出来ない。
寧ろ、Lが僕がキラであることを証明するために、敢えて身の回りの品々をそのままにしている可能性すらある。
無暗に使う事はすまい。
だが、それが必要な時が来れば――
月はその場で分かることを確認し終えると、速やかに行動を開始した。
まずは情報収集が不可欠である。
だが状況が不確かなまま無暗に動き回る事は、思わぬ危険と鉢合わせになる可能性も孕んでいた。
しかし月は、危険は少ないと考える。
相手がLならば、何の証拠も得ないまま自分を消す事は彼のプライドに関わるだろうし、
この『ゲーム』を遂行しようとするならば、『ルール』に則り、自分の身の安全は保障される。
そう考え、月は手近な部屋のドアを開けた。
そこで月は確信を得た。
その部屋の中に座して居たのは、東欧で指名手配中の連続殺人事件の容疑者その人だった。
ニュースやワイドショーでも何度か取り上げられたため、月もなんどかその顔を目にしている。
事件の全体像が明らかになってはいないものの、彼は言わば「黒に限りなく近いグレー」と言える程の超重要参考人である。
しかもご丁寧に武器まで持っているようだ。
露骨だ。
極めて単純で、暴力的で、品性のかけらもない。
つまりは、こういうことなのだ。
何らかの方法で殺人を行っている人間を危機的な状況に置くことで、
自らの安全を守るために、その“何らかの方法”を使わせるつもりなのだ。
この目の前の犯罪者は、言わば餌なのだ。
それも、食らいつけば針の飛び出る、罠付きの餌だ。
一方、こちらは生身。銃器を持った犯罪者が相手では、極めて危険な状況と言える。
余程幸運に恵まれでもしなければ、こちらの命に危険が及ぶ。
幸運……そう、『偶然にも目の前の殺人鬼が心臓発作で死亡する』といった幸運でも無い限り。
ならばどうする?
【DEATH NOTE】を使うのか?
空腹の余りにみすみす罠つきの餌に齧り付くのか?
冗談ではない!
L達がこのような強引な手段に出たとしたならば、キラ捜査は完全に行き詰っていると考えてよい。
ならば、ここで完全な身の潔白を証明する事は、自分の嫌疑を晴らすこの上ないチャンスなのだ。
また、相手が一体どのような方法でこちらを監視・観察をしているか分からない以上、迂闊にこちらの手の内を晒す事は出来ない。
つまりは、月が、デスノートの力に頼らず、月独りの力で生き延びる事が、今の月にとって求められている事なのだ。
良いだろう。
やってやるさ。
ここで引導を渡してやろう。
何処かに踏ん反り返って、見ているが良いさ。
最後に笑うのは、この僕だ!
沸き上がる決意と闘争心。
それらを込め、ゆっくりと、だが力強く月が口を開く。
「はじめまして、Dr 天馬」
夜神月が、それをゲームだと考えた第三の理由。
それは、彼の野望が、彼を神とする新世界の建設それ自体が、理想論に根ざした、半ば空想的なモノであったこと。
その野望達成自体を、月自身心のどこかで『ゲーム』に近しい感覚を持っていたこと。
これが、その『ゲーム』の延長にあると、素直に思えてしまったこと。
その深層心理が、最後の理由だろう。
【夜神月@DEATH NOTE 生存 残り72:30 】
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