空白
場所が学校に近いせいか、烏丸大路と砺波順子が歩く道路には、十分にチャイムの音が響いていた。
周囲は見晴らしがすこぶるよく、高野達が潜伏できるような場所ではない。
烏丸はその事を確認した上でリュックを足元に下ろし、地図と筆記具を取り出す。
彼の横で砺波もそれに習ったが、心なしか砺波の表情は怯えていた。
――ああ、雪野さんの事か……烏丸は、砺波が高野と同行しているであろう雪野の事を心配しているのだと悟る。
放送で、大切な人の名前が呼ばれるかもしれないという恐怖。砺波の表情を通し、烏丸にもそれが伝わっていく。
だが、これまでの烏丸はどこかそんな感情とは無縁だった。確かに、知った名の人が死んでいくという事実は辛い。
大塚の名が呼ばれた時は、余計にそうだった。
だが……それでも、烏丸は信じていた。原稿を書き終えたら協力すると誓った冬木達。そして、今まで誰よりも自分と関わってくれた少女……
彼らの名が、呼ばれる事はないだろうと。願望ではない。彼らが死ぬなど、考えられなかったのだから。
放送が終わり、烏丸は砺波の顔を窺う。雪野の名こそ呼ばれなかったが、またしても何人も死者が出た事にショックを受けていたようだった。
「……烏丸君、大丈夫?」
ショックの色を隠せぬまま、それでも先に口を開いたのは砺波だった。そしてその内容は、烏丸を心配するものだ。
「……え?……うん、僕は平気」
烏丸はいつもと変わらぬ……本人は全く自覚も意識もしていないトーンで応じる。それでも砺波の表情は変わらなかった。
「……あのさ、冬木君と三沢君って……それに……」
そこから先を言わず、砺波は黙ってしまった。彼女が何を言おうとしたのか、烏丸にも容易に想像がつく。
塚本天満……彼女の名が、呼ばれた。砺波もその事を言おうとしたのだろう。
別に、烏丸は天満と付き合っていたなどという自覚は無い。ただ、自分と仲良くしてくれる、彼にとって素晴らしい友達だった。
彼女が死ぬとは思えなかった。烏丸と違い、天満は誰よりも明るくて、クラスの中でも輝いていた。
そんな彼女が、死んだ。自殺などするような者でないことは烏丸もよく分かっている。――誰かに、殺されたのだろう。
そして、冬木も死んだ。つまり、烏丸は彼との約束を果たす事が永久に出来なくなってしまったのだ。
いつか彼に協力し、ノートパソコンや皆の力を駆使してこのゲームをどうにかする。もはや果たせなくなった希望。
彼と一緒に居た筈の三沢も死んだ。それは、烏丸にとっての希望の終わりを意味していた。
一体誰が? 何故、彼らを殺した? 彼らは希望だった。誰よりも、大切な友達だった。
共にバンドをして、サバイバルゲームや文化祭で楽しんだ、かけがえの無い時間を共にした嵯峨野。
冬木が信頼し、自分の仲間だと何度も言われていた東郷。
彼らの死を知った時も、烏丸には少なからぬ心の空白が生まれた。
だが、今回の放送では人が死にすぎた。烏丸の心の空白は、嵯峨野や東郷の時とは比べ物にならない程の大きさだ。
天満の笑顔が、冬木の力強い瞳が、浮かんでは消えていく。
これまでに体験した事の無い自身の心の動きの中で、烏丸はいつしかその場に座り込んでしまっていた。
「……烏丸君、烏丸君!」
はたと烏丸は周囲を見回す。すぐ目の前に、自分を心配そうに見つめる砺波がいた。
「大丈夫? どこかで一旦休もうよ」
「……ごめん、僕は寝てたの?」
「え……いや、いきなり座り込んだから、心配して……」
砺波の返事に烏丸は軽い衝撃を受けた。何せ彼は、軽く数時間は眠っていたと思っていたのだから。
彼はどこか、見た事も無い闇の中を彷徨ったのような感覚を覚えていた。
まさか、それがほんの一瞬の出来事だったとは。
「……砺波さん、ごめん。全部はメモできてないから、写させてくれないかな?」
思考をクリアしようと、烏丸は砺波から彼女の地図を借り、自分の地図にメモしていない分も写し始める。
塚本天満、冬木武一、三沢伸……砺波の字で書かれた大切な人達の名を見て、改めて烏丸の心はどこかに飛びかけるような錯覚に襲われる。
が、それでも何とか心を体に戻し、烏丸は完全に自分の地図では写し忘れていた、禁止エリアを写す事にした。
そして、彼は気付いた。これから目指す筈だった鷹野神社が、禁止エリアとなってしまっていた事に。
それを知るや、烏丸の頭には現在地から西側……ホテル跡の存在がべったりとこびりついてしまった。
近場の無学寺。南部にある診療所。それらの場所を地図で見ても、今の烏丸の頭には残らない。
高野らが向かっているかもしれない。唯一浮かび上がったリスクですら、烏丸はすぐに何も感じなくなってしまう。
ただ、ホテル跡は冬木らがいたであろう鎌石村に近い事。たったこれだけの為に、他の全ての思考が消える。
天満への手がかりは何もない。だが、冬木達の事ならば、鎌石村周辺に行けば何かが分かるかもしれない。
それに、ノートパソコンが……もしもまだあるというのなら、きっと役に立つかもしれない。
そこまで考えて、ふと烏丸は手を止めた。ノートパソコンを、自分は何の役に立てるのだろうか?
何故、自分は筆記具を握るのにこんなに力を入れているのだろうか?
「……ごめん、砺波さん。地図は返すよ」
「あ、いいよ……ところで烏丸君、これからどうしようか……」
砺波が放送時に自分の地図につけたばかりの×印……鷹野神社の上につけたそれを指差し、尋ねてくる。
「やっぱり、ホテル跡に行こう。そこなら――」
そこまで言いかけ、烏丸は止まる。そこに行って、一体何をしたいのか? 自分ですら分からない疑問を改めてぶつける。
「……まあ、鷹野神社には間に合わないだろうし、ここからならどっちにも行けるんだから……やっぱりホテル跡にしようか」
その答えを出し切る前に、砺波は同意してしまった。確かに、砺波の意見は正しいし、反対する理由はない。
「……そうだね。それに、そこなら冬木君達のいた場所にも近いし、それで……」
砺波に同意しながら、それでも烏丸には「それで」の先が浮かばなかった。ただ、所々で空白が生まれていくだけだ。
「……それで……」
空白の合間を総動員し、烏丸は答えを捜し求める。天満……冬木……浮かんでは消えていく人達。そして、その先は。
「……冬木君達は、カレーパンを持ってるって言ってたんだ。それを探そう」
その瞬間、砺波からの強烈なツッコミが入ったのは言うまでも無い。
響き渡る軽やかな音と、それに反して全然感じない頭への痛み。まるで大塚のハリセンが炸裂したような、見事な感触だった。
「どんだけカレーパン好きなの!? どうせならノートパソコンとか探そうよ!?」
これまでの沈黙の反動か、砺波はまくし立てるように喋り始めた。内容は他愛も無いものだったが、それは僅かに烏丸の空白を埋めていった。
――カレーパンを回収したいのも事実だった。原稿も描かなければならないし、その為にも播磨を探したい。
だが、何故だろうか。烏丸にはそれ以外にもっと……やらなければならない事がある気がしてならなかった。
それが何か、砺波と二人で歩いている今は分からない。だが、右手に持った日本刀を握る力は、確実に強くなっていくばかりだった。
【午後:12〜13時】
【烏丸大路】
【現在位置:E-07】
[状態]: 健康、服は返り血まみれ、時折空白
[道具]:支給品一式(食料はカンパン、カレーパン、激辛カレーパン 水1) 日本刀 火打石 竹製包丁
[行動方針]:1.ホテル跡へ向かう
2.冬木らのカレーパン探し、と思おうとしているが……
3.原稿を描く(播磨に手伝って欲しい)
【砺波順子】
【現在位置:E-07】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式×2(食料はみそパン、カステラ 水1) パーティーガバメント 竹の食器
[行動方針]:烏丸についていってみる。雪野の救出。烏丸を心配。
前話
目次
次話