The Irony of Fate






「よし・・・。こんなもんでいいか」
一通り傷薬や包帯を診療所で見つけた救急箱に詰めると斉藤は呟いた。

もうこの氷川村に二人が来て一時間近く経とうとしている。
一時間程前、村に着くと二人は診療所の場所を確認して周りの民家を探った。
薬に仕込む為の物や何か武器になりそうな物を探す為に。
ほとんどの家の中を探ってみたが殺傷力の高そうな武器はなかったが、まだ未開封の瓶に詰められた農薬は発見する事ができた。
これを診療所にある薬に仕込むことにして二人は診療所に向かった。
そこでついでに斉藤の顔の傷も治療し、自分達に必要な薬品を整理し今に至る。


後は薬に細工して自分達は隠れて、誰かが来るのを待つだけ。
そう言おうとして鬼怒川の方を向いた斉藤は鬼怒川の浮かない表情に戸惑いを感じる。
「・・・なあ。おキヌ・・・」
「・・・・・・」
「おキヌ!」
「!?・・・あ・・・何?」
「いや、だからさ・・・。薬の方を・・・」
「あ・・・。そうね。早くやりましょ」
座っていた椅子から立ち上がろうとしていた鬼怒川に斉藤は話しかける。
「おキヌ・・・。どこか具合でも悪いのか?何かここに来てから変だぞお前」
「・・・大丈夫よ。少し考え事してただけ」
「なら、いいけどよ・・・」
それ以上問う事もなく斉藤も行動を始める。

斉藤には大丈夫と言ったが鬼怒川の精神は不安定だった。
全ては先程の放送――――
自分達が殺した塚本の名前を聞いた時から不安のようなものが鬼怒川の心に広がった。
鬼怒川にとって初めて目の前で人が死に、その人の名前が呼ばれた放送。
鬼怒川本人はすでに割り切ったはずなのに放送を聞いてからここまで自分の頭の中で何度もあの光景が繰り返される。
クラスメイトに対する拷問。それに対する彼女の泣き叫ぶ姿。
そして・・・。彼が放った銃弾で彼女は・・・・・・。
そこで鬼怒川は頭を左右に振り思考を止めた。
だがいくら考えを止めようとも鬼怒川の頭からあの事が決して消える事はなかった。


気を紛らそうと鬼怒川も動き始めた。
立ち上がりふと窓の外に目をやると何かが目に入った。
その何かを確認すると鬼怒川は窓の側に行き、腰をかがめて外の様子を伺った。
「ん・・・。どうしたおキヌ?」
「シッ・・・。斉藤君・・・。あれ見て・・・」
鬼怒川にしゃがむように制され斉藤も腰をかがめて窓の側に近付いていく。
「あれは・・・。奈良と・・・。もう一人は誰だ?」
「多分結城さんだと思う。うちのクラスで眼鏡かけてるのあの人だけだし」
「そっか。で、どうするおキヌ?アイツらここが目当てで来たのかな?だとしたらもう隠れる時間ないぜ」
斉藤の問い掛けにすぐには答えられず鬼怒川は自分の頭で思考を巡らせていた。
まさかこんなに早く自分達以外の人間がここに来るとは思ってもみなかった。
いや、それ以前にここに来てから時間をかけすぎた事が問題だった。冷静な自分だったら今までの作業にこんなに時間をかける事はなかったはず。
これも全て自分の迷いから来ているものだという事は鬼怒川自身も理解していた。
だが今更前の出来事を悔やんでも仕方ない。今は目の前の事に集中しなければ。
「・・・とりあえず入口の方で隠れて待ち伏せしましょう。入って来たところに斉藤君が銃を突き付けて・・・」
「花井達の時と同じようにか?でも・・・」
「大丈夫よ。今度はあの時みたいなヘマはやらないわ」
「おキヌ・・・。分かった。じゃあ俺は銃取って来るわ」
そういって斉藤は壁に立て掛けて置いた銃を取る為に外から見られないように這うように窓から離れた。
その一方で鬼怒川はまだ窓から外の様子を伺っていた。
外の二人は確実にこちらに向かって来ている。どうやら目的はこの診療所のようだ。
できれば自分の手を下さずに始末したかったがこの状況ではそうも言ってられない。
もう自分は覚悟したのだ。ゲームに乗ってクラスメイトを殺す事。
もう後戻りはできない。躊躇はしない。
改めて覚悟を決めた鬼怒川の背中でそれは起こった――――。




ガッシャ――――――ン!!!


「!?」
自分の背中の方から何か物が落ちる音がした。
その音に反応し思わず振り返ると床に先程救急箱に詰めた傷薬や包帯が散らばっていた。
「やっべ・・・・・・!」
斉藤は自分の失態を悔いた。
銃を取りに床を這っている時に片足を机の足に引っ掛けてしまったのだ。
そのせいで机の上に置いてあった救急箱がバランスを崩して床に落ちてしまったのだ。
引っ掛かった時慌てて足を引いたが時すでに遅く救急箱は床にぶちまけられてしまった。

その音は外まで響くのには十分すぎた。
鬼怒川は慌てて再び外の様子を見たが明らかに外の二人はこちらを見ている。
(認識された・・・・・・!!)

これまで自分達は先手を取り相手に仕掛けていた。
だが今回は違う。完全に後手に回ってしまったのだ。
この診療所には裏口がない。あるのは入口だけ。それ以外で逃げ道はない。
窓から逃げる事は可能だろうが向こうがゲームに乗ってるかどうか分からない以上そんな事はできない。
鬼怒川が頭を伏せて必死に思考回路を巡らせる中、斉藤は何とか立て掛けた銃を手にしたがその表情は厳しいものだった。
悔やんでも悔やみ切れない自分の失態。
敵に自分達の居場所を知らせてしまったのだ。戦場においてこれ以上の失敗があるだろうが。
とにかく敵はこっちに向かっている。それだけは確かだ。
こうなってしまっては手段は選べない。相手が殺意を持った者かはまだ分からないが殺られる前に殺るしかない。
そして今の状況を作り出したのは他ならぬ自分だ。自らの失敗は自分で返す。
今にも窓の外に乗り出し突撃しようかと考えて窓の外に目をやると思いも寄らぬ光景が目に浮かんだ。

(あれは・・・・・・ッ!まさか!?)

「おキヌっ!!伏せろォォ――――ッ!!」

そう斉藤が叫んだ次の瞬間鬼怒川は斉藤の方に目を向けると同時に自分の頭の上で何かが大きな音を立てるのを聞いた。
そしてその音と同時に自分にその何かが勢いよく降ってきていた。
鬼怒川にはすぐには分からなかったがその何かとは紛れもなくガラスの破片だった。
そんな事は露知らずその後のまた何かが爆発する音を聞いて鬼怒川は意識を失った。


――――斉藤が見たもの。それはこちらに向けられた銃口だった。
傘のようなもので遮られてはっきりとは見えなかったがそれは確かに銃口だった。
それを確認した後鬼怒川に伏せるようにと叫び、撃たれる前にこちらから仕掛けようとしたがこちらが撃つ前にむこうが先に発射したのだ。
発射された弾丸は窓ガラスを破壊し部屋に飛び込んで来た。
斉藤にとって幸いだったのはその弾丸は自分達とは離れた場所の床に突き刺さった事だ。
今自分達がいる部屋はかなり広く隅の方にベッドが二つ置かれてもまだかなりのスペースがあるほどだ。
そんな広い部屋の中にいる人に外から直撃させる程弾丸を放った者は凄腕ではない。
しかし斉藤はその弾丸が散弾であった事までは予想しておらず床で弾けた散弾の破片が自分の方に向かって来た事までは考えていなかった。
そしてその破片が斉藤の身体を襲った。




「グッ・・・・・・。ちぃっ!!!」
斉藤の足や腰の辺りに痛みが走ったがそんな事は気にしていられない。
これで向こうは完全にやる気になっている事を斉藤は認識した。 そう考えると痛む左足に鞭を打ち窓の側に駆け寄り身を乗り出して反撃に転じた。
当たらなくてもいい。とにかく今は撃たなければ。そして・・・。
三発程相手に向かって撃った後すぐに自分のすぐ側で部屋の中心に頭を向けて俯せに倒れている鬼怒川の安否を確認した。

 ※                         ※                         ※
 ※                         ※                         ※

「ゆ、結城さんっ!?」
奈良は驚愕の表情を浮かべて結城の方を見た。
だが結城は表情一つ変えずにただ自分が弾丸を放った方。診療所を見つめていた。



今から数分前に奈良と結城は氷川村に着いた。
道沿いに進み禁止エリアを避けて何とか目的の診療所に着く事ができた。
そして早速診療所に向かおうとした際に診療所の方から何かが落ちる音がした。
(誰かいる・・・・・・?)
物が勝手に落ちるとは思わなかった奈良は結城に誰かいるかもしれないと言おうとした瞬間先に出た結城の言葉に遮られてしまった。
「奈良君・・・。預けといた傘・・・。貸してくれる・・・?」
「え・・・。あ、うん」
結城にそう言われて持っていた傘を奈良は結城に渡した。
それを受け取ると結城はすぐに傘を広げて地面に置き自分はその広げた傘に隠れるようにしゃがんだ。
「あの・・・。結城さん・・・?」
奈良には彼女が何をしようとしているのか理解できなかった。
だが次の瞬間奈良は自分の目を疑いたくなるような光景を目にした。
結城はしゃがんだ後傘の破れた隙間に内側から持っていた銃を通し。
そして―――――。


奈良はまだ目の前の光景が信じられなかった。
だが結城はそんな奈良を気にせず二発目を撃ちこもうとしていた。
一発目は偶然窓を突き抜け室内に撃ちこむ事ができたが次も上手くいくとは限らない。 次はもっと近付いて・・・・・・。
そう考えた瞬間、窓から人が一人銃を構えて身を乗り出しているのがうっすらと見えた。

(撃ってくる―――――。)

そう認識した結城はすぐに弾丸を防ぐ為に傘の内部に隠れた。
その直後に鳴り響く数発の銃声――――。
「うわっ!?」
奈良はその銃声に驚き思わず腰を地面に落とした。
発射された三発の弾丸は当たりはしなかったものの自分の数メートル近くにまで届いていた。
その途端に奈良の身体に恐怖が走る。
もし当たっていたら・・・。無事では済まなかった事は確かだ。 初めて聞く銃声とその恐ろしさに奈良はただ尻餅をついて震える事しかできなかった。
一方結城の方も何とか直撃は避ける事ができた。
だが発射された三発の弾の内一発が自分の目の前にある傘を貫通し自分の左腕をわずかにかすめた。
それと同時にその傘が弾が貫通したショックでかなり破損してしまった。
貫通した際に傘の骨の一部を弾丸が破壊してしまったのだ。
まだ使えない事はないが今、銃撃を受けて敵の持っている銃の弾丸をこの傘では防げないらしい。
そう感じた結城は傘のスイッチを押して閉じると傘を放り投げ再び銃を構えた。
狙いはもちろん診療所の中にいる人間。
(殺さなくちゃ・・・・・・。花井君以外の人を・・・・・・。そして・・・・・・花井君を!!)
今の結城にはクラスメイトを殺すという感情しか持っていなかった。
その感情に従い、受けたかすり傷も気にせず、何の躊躇もなく結城は二発目の銃撃を行った。


「おい!おキヌッ!しっかりしろ!おい!!」
反撃を行った直後に斉藤は鬼怒川の様子を伺った。
窓の周りは崩壊したガラスの破片が飛び散っておりその破片の中で鬼怒川は倒れていた。
だが話しかけてみても鬼怒川は窓とは反対の方に頭を向けて俯せにに倒れて意識を失ったままだった。
「おい!おキヌ!・・・・・・!血が・・・・・・」
斉藤は鬼怒川の身体の下から血が流れているのを確認した。特に足と腕からの出血が目立つ。
すぐにその傷を確認する為に仰向けに寝かせようとした斉藤だったが―――――。


―――――ダァン!!

「くっ・・・・・・!!」
また弾丸が自分を襲いそれが鬼怒川に近付く事を妨げた。
今度の弾丸は部屋の中には入らずどうやら外の壁に当たったらしい。
この部屋はコンクリートでできていたので流石に敵が撃ってきた弾丸はコンクリートを破壊しなかった。
しかし怪我はしなかったものの斉藤は撃ってきた相手に対して更なる確信を得た。

――――敵は完全にこちらを殺る気だ――――と。

今すぐにでも鬼怒川の手当てをしたいがそんな事をしていたら二人共敵にやられてしまう。

自分はどうなってもいいがこいつだけは――――。
自分にとって大切なものだけは何としても守ってみせる。何としても・・・・・・。
そう考えていた斉藤は今の状況をもう一度確認して一つの結論を出した。その結論を出した直後に斉藤の頭にふと鬼怒川のある言葉が思い浮かんだ。

(・・・・・・二人で生き残るんだから。ね。)

平瀬村で鬼怒川が言った言葉。
そう。自分達は二人で協力してこのゲームを生き残る事にしたのだ。それは斉藤も十分承知はしていた。
それでもこのゲームで生き残れるのは一人だけ。
もしその時が来た時はおそらく自分は譲るのだろうとまで考えていた。別に自分の命は惜しくなどない。
気付いてはもらえなかったが好意を寄せた相手の為なら。
だが―――――。

「わりぃ・・・。おキヌ・・・。せっかくここまで一緒に来たけどさ・・・。やっぱ俺、お前に生きてもらいたいわ。少しでも長く・・・」

倒れている鬼怒川の方を見て斉藤はそう呟いた。
その表情はどこか悲しく、寂しそうな顔だった。
しかし一度力強く目をつぶり開くとそこには花井達を襲った時と同じ目付きになり、同時に何かを決意した表情になっていた。
そして横に置いた銃を持ってもう一度鬼怒川の方に目をやった後崩壊した窓から勢いよく外へ飛び出して行った。


結城は二発目を放った後立ち上がり診療所の方へ足を進めた。
二発の銃撃を行って結城はもっと近付かなければ直撃させられないと分かったからだ。
確実にあの中にいる人間を殺す為に。
静かに歩を進める。だが後ろから誰かに肩を掴まれて足を止めた。
「ゆ、結城さん。待って」
奈良は結城を止めようとしていた。先程まで腰を落として身震いしていたが結城が動き出すとそれに身体が無意識の内に反応したのだ。
おそらくまた銃を撃つつもりなのだろう。それだけは止めたかった。
何故結城が突然銃撃を行ったのかは奈良には理解できなかった。
先の診療所からの物音に驚いて興奮したからだろうか。
しかし結城は明らかに冷静に銃を構えて診療所に向かって撃っていた。しかも二発も。
とにかくこれ以上の銃の使用だけは止めさせなければ。結城の肩を掴んだまま奈良は続けた。

「ゆ、結城さん。さっきの物音に驚いたのは分かるけど、とりあえず落ち着こうよ。
向こうも突然撃たれてそれでさ・・・。きっと興奮して撃ってきたんだと思うし・・・。とりあえず・・・さ」
「五月蠅い・・・・・・」
「えっ・・・・・・」
ゴッ―――――。

奈良は結城が振り返ったと同時に何か鈍い音を聞いた。
それが結城の持っていた銃によって自分の頭を結城が殴った音という事には薄れゆく意識の中で気付いた。
「がっ・・・・・・!?ゆ、ゆうき・・・さ・・・・・・。ど、どうし・・・・・・」
なす術もなく奈良はがっくりと膝を落とし、自分の頭を抱えて俯せになって倒れる事しかできなかった。

(これで邪魔者がまた一人消えた)
そう考えると結城は倒れている奈良には目もくれず銃を構えて診療所に向かった。

この村に来る前の放送の時から結城は人としての全ての理性を捨てていた。
放送で自分にとって一番の障害であるあの女が死んだからだ。
その事が引き金となり花井以外を殺すという殺意の衝動が結城の心を埋め尽くした。
二発の銃撃は結城にとって決して楽なものではない。今も右腕が小刻みに震えている。
だがそんなものも気にせず動こうとする程結城の歪んだ愛憎は凄まじいものだった。
もう容赦はしない。皆殺してやる。ただそれだけが結城の精神に残り、その精神が操り人形のごとく結城を動かしていた。
利用価値のありそうだったそこの男も所詮はただの障害だった。
それが分かった直後すぐに始末してやった。それと同時に更なる興奮感の高まり。
もはやリミッターの外れた彼女は誰にも止める事はできなかった。
(そうだ・・・。あの中にいた男も殺して。持っていた銃を奪って更に殺して・・・。
もっともっと殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して・・・・・・コロシテ・・・)

―――――ハナイクント―――ヒトツニ―――フタリデ―――――ヒトツ二。


結城は完全に崩壊した。

そして目に移るのは窓から銃を持って飛び出して来た男。外に出ると何か喚いて診療所から走って離れて行く男。
結城はただ黙ってその走って行く男を追いかけるように歩を進めた。
今度こそその男を殺して銃を奪う為に・・・・・・。


「こっちだ!!結城ぃっ!!」
斉藤はそう叫びながら窓を出ておよそ二時の方角へ十数メートル走る。
診療所の窓と結城の位置と斉藤の今いる位置で三角形になり、二人の距離は六、七メートルといった所で斉藤は止まり腰を落として銃を構えた。
結城も銃口を自分の方に構えていた。それを見て恐怖を覚えないと言えば嘘になる。
それでも引くわけにはいかないと自らを奮い立たせて斉藤は恐怖を降り払った。
クラスメイトを殺す事にはもう躊躇はしない。それが彼女の為なら尚更の事だ。
全ては―――――あいつの為に―――――。

「うおああああああああああああっ!!!!」
斉藤は咆哮を上げながら引き金を引いた。
その時ほぼ同時に二つの銃声が辺りに鳴り響いた―――――。

 ※                         ※                         ※
 ※                         ※                         ※

「う・・・・・・」
深い闇の中から静かに奈良は意識を取り戻した。
「い、いてて・・・・・・。あれ・・・。僕は・・・・・・。確か寺から診療所に向かって・・・それで・・・・・・」
痛む頭を押さえながら奈良は少しずつ記憶を呼び覚ましていた。
「村に来たら診療所から物音が聞こえて・・・。それから結城さ・・・。そ、そうだ!結城さんはっ!?」
失っていた記憶を取り戻すと自分を殴った結城を探して奈良は立ち上がった。
何故自分が結城に殴られたのか。考えながら辺りを見回すと比較的短い草むらの中に何かがあった。

「結城さん・・・・・・? ッ!!うわあああああああああっ!?」
奈良はそこにあるモノを見て絶叫した。
そこには胸の辺りを中心に全身血まみれで仰向けに倒れている結城があった。
胸から喉元の真ん中辺りを狙撃された結城はそこから噴水のように血を吹き出しそれがほぼ全身を赤く染めている。
撃たれた位置でほぼ即死だった結城はその事にも関わらず口が避ける程の笑顔をして、カッと開かれた目は真っ直ぐ空を見つめていた。
「あ・・・あ・・・・・・あ・・・」
あまりに悲惨な姿に奈良は思わず腰を落として後ろずさりを始めた。
胃の中のものを吐き出しそうになる気分に襲われたが、それはぐっと耐えた。
ひたすら奈良の精神を恐怖が覆いつくそうとした時、診療所の方の草むらからガサッという音がした。
「・・・・・・!?」
その音に反応して震えながらもその方へ這うように。結城だったものから離れたいが為に奈良は近付いた。

結城から逃げるように音のした方へ進むと自分と同じ姿勢でゆっくりと診療所に向かう人間がいるのを奈良は見た。
「さ、斉藤・・・・・・君・・・?」
顔は見えなかったが前髪を立てているあの頭はうちのクラスでは斉藤位しかいなかった。
それを確認する為に更に近付くとそこには結城程ではないが身体のあちこちを赤く染めて震えながら這っている斉藤がいた。
「さ、斉藤君・・・。け、怪我して・・・・・・。す、すぐに手当て・・・を・・・」
「な・・・・・・なら・・・」

斉藤はもう虫の息だった。特に脇腹と喉元から大量の血が溢れており、一般人の奈良の目から見ても助からない事は一目瞭然な状態だった。
しかしそんな状態でも最後の力を振り絞り震える指で診療所の方を指した。
「斉藤君・・・・・・?」
「なか・・・に・・・い・・・・・・る・・・」
「中・・・?あの中に誰かいるの?」
「け、が、して・・・・・・。たの、む・・・・・・て、てあ・・・て・・・を」
血を吐きながら出てくるわずかな言葉を何とか聞いて、奈良は診療所を見た。
「・・・中に、まだいるんだね・・・?誰かが・・・」
「う・・・・・・あ・・・・・・」
まともに答えられなかったが斉藤はなおも診療所を指しただ見つめていた。
「・・・・・・分かったよ。僕が、手当てをする。必ず・・・」
その言葉を聞くと安堵したような表情を浮かべて、眠るように力ついて斉藤はその場に倒れ付し、二度と動く事はなかった。
「斉藤君?斉藤君っ!!」
いくら呼び掛けても斉藤は返事しなかった。
「・・・・・・」
数秒間倒れた斉藤を見つめた後、奈良は歯を食いしばって立ち上がり診療所の入口から土足のまま中へ入った。





廊下を進んで行くと奈良はドアの開いた部屋を見つけた。
中へ入って行くと中ははあちこちにガラスの破片が飛び散っており、一部の床は何かで破壊されていた。
その惨状に息を飲んだ奈良は窓の近くで倒れている一人の女子を発見した。
奈良はすぐに駆け寄り声をかける。
「この人は・・・鬼怒川さん・・・?っ・・・。鬼怒川さん!しっかりして!」
「うっ・・・・・・」
奈良が呼び掛けるとわずかだが鬼怒川は反応した
まだ息がある事を確認した奈良は彼女を抱き抱えて隅に置いてあるベッドまで運び静かに寝かせた。
制服の至る所が破けて切り傷ができているが頭や胸には大した傷はなかった。
それを確認すると奈良は安堵の表情を浮かべた。

だが次の瞬間鬼怒川の姿が先の放送で呼ばれた女子が血まみれで倒れている姿が奈良の目に移った。
「塚・・・本・・・?」
先の放送でその名が呼ばれた時、奈良はその現実を信じる事ができなかった。
(首輪が・・・故障して・・・。きっと主催者がそれで・・・間違えて・・・)
無理矢理な解釈で現実から奈良は目を背けていた。塚本は生きている。死んでなんかいない。奈良は自分にそう思い込ませた。
だが今のこの現実を見て少しずつ奈良の心に絶望の闇が漂い始めた。
三度目となる目の前でのクラスメイトの死。その悲惨さ。
それらが一体となって奈良の心を襲い、自分の好きな女子が血まみれの状態である幻覚を生み出した。
(塚本も・・・こんな風に・・・死・・・。!!何を考えてるんだ!僕は!!)
必死に心の闇を振り払い鬼怒川の手当てをする為に奈良は傷薬と包帯を探し始めた。
それでも一度襲った闇は消える事はなかった。
(鬼怒川さんの目が覚めたら・・・・・・聞いてみよう。塚本の事・・・・・・何か知らないか・・・)
しかしもし知っていたら。塚本がどうなったか知っていたら――――――。

その後――――僕は――――――――

彼女のいない世界で――――――。
絶望しかない今いる現実で―――僕は――――。
必死に答えのない問いに思考錯誤しながら奈良は床に落ちていた傷薬と包帯を拾って鬼怒川の傷の手当てを始めた。




―――――彼の皮肉な運命は―――ここから始まる―――――。





【午後2時30分〜3時30分】

【現在位置:I-07】
【奈良健太郎】
[状態]:やや疲労。精神的に不安定。
[道具]:支給品一式(地図1、食料5、水3)  殺虫スプレー(450ml) ロウソク×3 マッチ一箱
[行動方針] :鬼怒川の手当をして、塚本のことで何か知らないか聞く。その後は・・・。
[備考]:塚本は死んだとは思ってない。ハリーを警戒。播磨が吉田山、天王寺を殺し刃物を所持していると思っています。 三原を心配。

【鬼怒川綾乃】
[状態]:気絶中。体に切り傷。軽傷。
[道具]:支給品一式(食料6、水4) スタンガン(残り使用回数2回) 折りたたみ自転車(体重の軽い鬼怒川が丁寧に扱えば少しは保つ)


【斎藤末男:死亡】

【結城つむぎ:死亡】


――残り18名


※齊藤の荷物は奈良達がいる部屋に、結城の荷物は結城の遺体の側に、防弾傘(ほぼ破損)は遺体から離れた場所に放置されていて
  二人の所持していた銃はそれぞれの遺体のそばにあります。
  散弾銃(モスバーグM500)残弾0
  突撃ライフル(コルト AR15)/弾数:40発



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