第四回放送






爽やかな青空の下、もはや恒例となったチャイムが鳴り響いた。

「こんにちわ、刑部です。早速死亡者と禁止エリアの発表をしておこうか。

 女子22番 ララ・ゴンザレス
 女子11番 塚本 天満
 女子 8番 周防 美琴
 男子15番 冬木 武一
 男子17番 三沢 伸

 これで残りは20人だ。丁度ゲーム開始から24時間経った所だし、きりが良い数で結構だと思う。

 続いて禁止エリアの発表と行こうか。13時にD-01、15時にH-10、17時にG-06が対象になる。

 では、これからも頑張って欲しい。以上」

決して刑部の口調は早口ではなかったものの、放送はあっという間に終わっていった。

「お疲れ様です、刑部先生!」
「ああ、どうも……笹倉先生」
笹倉の出迎えにもそこそこに応じただけで、刑部はすぐに自分の座席に腰を下ろした。
刑部が今言った通り、このゲームが始まってから丁度24時間が経過した。
だが、時間に差があれど睡眠を取れた多くの生徒達と違い、教師達は今まで不眠不休だった。
まして、数時間前には"侵入者"騒ぎがあっただけに、余計に彼らの疲れは溜まってしまっていた。
「ははは、お疲れのようですな、刑部先生……」
郡山が労いたいのか刑部に笑顔を向けてくるが、刑部にはいつもの半分も愛想を込めた笑いができない。
彼もいつしか苦笑いを浮かべモニターに視線を戻したが、刑部は特に気に留める事も無かった。

「ああ、それにしても……優勝者とマーダーランキングで二冠が狙えるかもしれませんよ、私!」
放送が終わり、再び陰鬱な雰囲気が漂い出した管理室において、一人異色な存在になりつつあった笹倉がその笑顔を輝かせた。
「笹倉先生の予想は優勝が高野君で、トップマーダーの方はハリー君でしたっけ? ……えらい露骨な勝ち狙いですね」
「当たり前じゃないですか、せっかくの賭けですもの!」
苦笑いと、満面の笑み。刑部と笹倉、二人の対照的な笑みが並ぶ。
「マーダーランキング? ……ああ、そういえばそんな賭けもありましたか……」
そんな華やかな女性側と違い、まだまだ暗い雰囲気の男性側では、賭けという単語を聞いた加藤が溜息を漏らす。
「優勝者予想では東郷が死に、マーダーランキングの方は天王寺が早々に……ああ、何と予想外な……」
尽く外れているのは暗号解読の時と同じですね、などと言う訳にもいかない。刑部は適当に慰めの言葉を返しておいた。
マーダーランキングとは、今回賭けを行なう"ついで"に作った部門だ。
単純に誰が生き残るかというだけではなく、誰が一番多く殺せるかという、こちらもゲームが始まってみるまでは結果が分からない内容だ。
当然元々の身体能力が高ければ有利だが、それも支給品の存在がその壁を低くする(逆に更に高くなる場合もあるが)。
最も、こちらについては優勝者予想の時とは違い、教師間でも希望者の間だけで行なう事になっていた。
一人二万円也。やはり今の世の中、そこまで財布が温かい人間ばかりではない。
刑部が記憶する限り、笹倉がハリーに、加藤が天王寺に、姉ヶ崎が播磨に賭けていた程度の物だった。
「――まあ、今頃あちらではさぞ盛り上がっているんだろうがね」
モニターを見つめ、刑部は一人ごちる。笹倉からは何か言いましたかと問われたが、彼女はそれも適当にあしらった。

「……すみません。私、そろそろ休憩してもよろしいでしょうか?」
放送後の束の間の一息も終わり、さあ業務再開という時、声を発したのは姉ヶ崎だった。
先ほどの侵入者の件で久々に喋っていたという印象を持つ教師が殆どの中、谷は一人それに振り向く。
「まあ、確かにもう丸一日以上は働いていますし……いいんじゃないですか、休んでも」
「谷先生、そんな勝手に……」
あっけなく姉ヶ崎に応じた谷に対し、やはり彼につっかかったのは加藤だった。
「やはり、我々の仕事はきちんとこなさないと……」
「そうは言いますが、寝不足でミスを起こしてしまうくらいなら、交代で休みを取っていった方がミスも無く確実じゃないですか?
 幸い、生徒の残りは丁度20人。しかもグループ単位で考えれば、たったの9つしかありませんよ。一人当たり、2グループもない」
淡々と、谷は盗聴を続けながらも姉ヶ崎を支持していく。
イヤホンを外してまで抗議する加藤と比べ、どちらが働いているように見えるかは言うまでも無い。
「しかし……いや、まあ、それもいいかもしれませんね。では、姉ヶ崎先生には三時間休んで頂きましょうか。
 その後は交代で誰かが三時間ずつ休んでいく。そうしま」
「じゃあ姉ヶ崎先生、しばらくごゆっくり」
「ありがとうございます、谷先生」
加藤が承諾の笑顔を向ける頃には、姉ヶ崎は谷に会釈を済ませている所だった。
そして愛用のクッションを机の上に乗せ、そこに座ったままうつ伏せになって姉ヶ崎は眠り始める。
「……まるでどこぞの2-Cの生徒のようですね」
姉ヶ崎の分の盗聴作業を引き継ぐ谷の横で、加藤は眉間に皺を寄せるばかりだった。

姉ヶ崎は逃げたのだろうか。そんな彼らの様子を窺いながら、ふと刑部はそう思う。
とても疲れが溜まっただけとは思えぬ郡山の苦々しい表情。先ほどの事もあろうが、明らかに皺が5割増の加藤。
ひょうひょうとした谷や、笑顔全開の笹倉はいまいち読めない物があるが、それにしてもだ。
今回の放送はあまりに辛辣な物だった。生徒達の中でも、特に様々な人物と関わりがあった者が何人も死んでいる。
教師達の心のうちはどうあれ、盗聴器から聞こえてくる生徒達の声は、きっと聞くに堪えない物には違いないのだろう。

放送の度に静けさが増す管理室。裏切り者、主催者の犬、盗聴器、侵入者……様々な出来事がそれを加速する。
だが、それだけが原因ではないのだとふと刑部は気付いた。これまで絶えず聞いてきた生徒達の壊れた言葉や断末魔。
それらが自分達を壊しているのだ。そして、それがこれから更に皆の心を不可逆的に破壊していく事にも。

こうして、ゲーム開始から24時間が過ぎた。



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