烏丸の異常な愛情 または僕は如何にして心配するのを止めてカレーを愛するようになったか
「…カレーパン?」
「そう、カレーパン」
私は戸惑いを隠せない顔で聞き返してみたが答えはやっぱりカレーパン。
殺伐とした島での思わぬ質問に頭が軽く混乱する。
何?何?ひょっとして私を和ませるジョークのつもりなの?
でもこんな真剣そうな烏丸を見るのは初めて。
う〜ん、何て返せばいいんだろう。
これがギャグやジョークならやっぱり私もジョークで返すべきかな?
何か気の利いた言い回しは無いかと烏丸君の顔を見ながら考える。
(そんなのあったカレー、パン?)
……駄目、私には全然センス無いみたい。
「ごめん、悪いけど僕は真面目に質問してるんだ」
何も言ってない内から突然烏丸君にそう言われてしまった。
烏丸君はやっぱり真剣そのもので、ジョークを返そうとした私が馬鹿みたいに思える。
恥ずかしい、きっと私の顔は真っ赤になっていると思う。
その場に何ともいえない沈黙が流れる。
烏丸もまずい事を言ってしまったかなと少し困惑した表情を浮かべる。
この沈黙を破ったのは砺波の意外な音だった。
ぐ〜〜〜〜っ
空腹を知らせる解りやすい合図が自分の腹から出た事に砺波はますます赤くなってしまう。
もう最悪、さっきの勘違いより数段恥ずかしいよ。
でもここで恥ずかしがってると烏丸君も気まずいよね。
しっかりしろ順子!
これは逆にチャンスじゃないの!
私は勇気を出して顔を上げた。
そして元気を振り絞って明るい声を出す。
「あはは、私ったら恥ずかしいよね。でもお腹ペコペコだもん、しょうがないわよ」
相手が美奈だったら「やーい、順子の食いしんぼー!」とそのまま笑い会うところだけど
生憎今目の前に居るのは烏丸君。
黙ったままの彼に見られると「外したかな?」と不安になってしまう。
「そういえば僕もお腹が空いてたんだ。ごめん砺波さん、出発は止めて朝ごはんにしよう」
ようやく烏丸君が喋ってくれてホッとする。
とりあえず出発は延期、止まった私達は海岸近くの倒木をベンチ代わりに腰を下ろした。
「さっきの質問だけど今から確かめてみる」
私はリュックを開けて中を探った。
今までパンの種類どころでは無く、包装もじっくり見てなかったので個数以外意識していなかった。
岡君の分も詰まっているのでちょっと悪いかも、と残された彼を少し気の毒に思う。
あれ?これはなかなか掘り出し物かもしれない。
そう思って私は一つずつリュックから取り出して倒木の上に並べ始める
まず取り出したのはカステラ。
長崎名物のあのお菓子だ。
さすがに有名菓子店の包みでは無いけど和紙で丁寧に包まれている。
ひょっとしたら高いものかな?
二つ目はみそパン。
群馬名物のものじゃなくて味噌を練りこんだ硬いパンだ。
なかなか素朴な味で私も結構好きなパン。
三つ目を取り出した時烏丸君の目が輝いた気がした。
それは確かにカレーパンだった。
ただし袋が真っ赤な警告色、『激辛』とゴシックで強調された文字が目に付く激辛カレーパン。
これはちょっと私に食べられそう無い、烏丸君は平気なのかな?
四つ目はナン、インドのパンらしい。
これにはカップ入りのチキンカレーとベジタブルカレーが付属していた。
カレーを付けて食べろということだろう。
「はい烏丸君。ちゃんとしたカレーパンじゃないかもしれないけどあげるね」
私は激辛カレーパンとカレー付きのナンを烏丸君に手渡した。
今度は私が烏丸君を驚かせた見たいで気分が良い。
「カレーがこんなに、本当にありがとう砺波さん」
「気にしなくていいよ、烏丸君は命の恩人なんだからね」
とびきりの笑顔は追加サービス。
でも、食べる時はちょっと分けて欲しいかな、何てちょっぴり意地汚く思う。
「そういう訳にはいかない、食べ物のお礼は食べ物で返したい」
どうやら烏丸君は二つの食料を簡単に受け取る事に抵抗を感じているみたいだった。
気にしなくて良いと思うけど義理堅い性格なのかな?
「僕が持っているのはカレーパンの他は乾パンだけ、これではとても見合わない」
乾パンでもいいよ、言おうとしたら烏丸君が突然立ち上がった。
「悪いけど少しここで待ってて欲しい、食べるものを探してくる」
「えっ?いいけど食べるものって?」
食べるものといえば支給されたこのパンぐらいしか無いと思うけどどうするのだろう。
不思議に思いながら見ていると烏丸君が生えていた竹を日本刀で切り倒した。
あまり大きな音が出なかったけど、気のせいか刀が全然見えなかった。
ひょっとして烏丸君てぱ強い?
そんな事を考えているうちに烏丸君は倒れた竹を次々に切ってゆく。
あっという間に輪切りにした竹で器を作ってしまうと細い竹を切ったモリのようなものを持って海の方へ行ってしまった。
ひょっとして魚捕り?
「待っていればいいのに」
「いいの!だって気になるもん。それに食料集めなら私も手伝うよ?」
気になった私はじっとしてもいられず烏丸君に付いていく事にした。
それに空腹のまま待っているよりは体を動かした方が楽だった。
烏丸君が向かったのは潮溜まり、ちょうど今は干潮だからという事らしい。
「きゃっ、居る居る!」
「足元には気を付けて、そこの岩は滑りやすくて危ないよ」
潮溜まりには取り残されたハゼなどの小魚やエビ、色んな貝がいて賑やかだった。
私は海水に手を入れて竹の器に貝を集める。
これはサザエかな?
烏丸君はといえば竹のモリで小魚を次々に捕っていた。
凄い、あっという間に器が一杯になってしまう。
「これくらいでいい、砺波さんありがとう」
烏丸君は今度はタコを捕まえてしまった。
墨を吐くその姿を見て可笑しくなってしまう。
水は冷たかったけどこういうのって何か楽しい。
まるで小さい頃に戻ったみたいだった。
しかも一緒に居るのが烏丸君なんて数日前までは思いもしなかった。
2人で集めたお魚さんを持って倒木の所に戻ると烏丸君が火起こしを始める。
海岸で拾ったフリントという硬い石を火打石として使うって言うけどどうするんだろう?
見ていると朽木から採った木屑や枯草を砕いたもの、ポケットから集めた糸屑の上に抜き身の日本刀を乗せ、峰を火打石でカチッと叩いた。
それだけで日本刀から火花が飛んで下の木屑などに着火する。
火はじわじわと広がって直ぐ炎が見えてきた。
「凄ーい!」
今まで烏丸君の事全然知らなかったけどこんな色んな事が出来る人だとは思わなかった。
このまま一緒に行けばどんな烏丸君を見れるのかな?とちょっと気になる。
続いて石でかまどを作って竹を縦半分に切った鍋を乗せると海水を支給品の水で薄めて
竹で作った包丁で下ごしらえした魚や貝、それに薪を集めるついでに見つけたというキノコと一緒にぐつぐつと煮込んだ。
う〜ん、いい匂い。
「でも、こんな場所で焚き火なんかして誰かに見つかったりしない?」
ふと疑問に思って烏丸君に聞いてみた。
高野さんがゲームに乗っているというのなら目立つ事は不味いかもしれない。
「それは心配ないと思うよ、よく乾いた薪を使っているから煙はあまり立たない。それに海からの風が結構強いから煙はすぐ散ってくれる」
言われてみれば火力の割に煙があまり出ていない。
私の考える事は烏丸君にはとっくに思いついていたんだろう。
またしてもちょっと恥ずかしくなったけど、烏丸君が頼れる存在だとも教えてくれていた。
うーん、私はまだまだだ。
「いただきまーす」
「いただきます」
やがて鍋にも火が通り、やはり烏丸君お手製の竹箸でようやく朝食にありつけた。
2人でいただきますをして箸を伸ばす。
よく煮えた魚を口に運ぶとふーふー息を吹いて冷ましながら最初の一口。
美味しい!キノコからいい出汁が出てるし竹の香りがさらに味を良くしている。
烏丸君が採ったタコはイイダコといって今が旬みたい。
プリプリしたそれを噛み締めると口の中で卵が弾けて磯の香りが一杯に広がる。
「どうかな?僕にはカレーパンの代価として用意できるものがこれぐらいしか無かったのだけど」
私はふるふると首を振る。
「とんでもないよ、助けてもらっただけじゃなくてこんなご馳走まで作ってもらって……お礼を言うのは私だよ」
感激のあまり涙が出そうになる。
嬉しさだけじゃない、もしクラスに何も無くてキャンプに行った時にみんなで楽しくこれを食べれたらって想像してしまった。
でも舞ちゃんはもう居ない、クラスのみんなも半分近く死んでしまった。
これ以上考えると本当に泣きそうだったので今の私は感激しているから涙が出そうなんだと強引に自分を誤魔化して食べる。
「…そう、良かった」
烏丸君は私の気持ちに気が付いたのだろうか?
それだけを言うと後は黙って自分の食事を摂っていた。
平らな石を焼いてナンを乗せ、カレーのカップにも焼けた小石を入れて焼きたて、作りたての温かさにする。
ナンをちぎってはカレーを付けて一つ一つ丁寧に味わっていた。
「カレーが有れば僕は生きていける、僕は今幸せだよ」
しみじみとそう言われるとやっぱり烏丸君は変っているかもしれないと思う。
カレーが好きな人は多いけど烏丸君は格が違うというか。
その理由も一緒に居ればわかるだろうか?
私は満腹になって気持ちの余裕が出てきたのかそんな事を考えてしまった。
「ご馳走様」
「御粗末様でした」
そんなこんなで私も烏丸君も充実した食事ができた。
時間を使ってしまったけどこれで今日一日頑張れると思う。
気のせいかカレーを食べた烏丸君は一回り存在感が増した気がする。
よくわからないけどもっと頼りになりそうと思った方がいいのかな?
火も消し終わり、リュックを背負って改めて出発しようと準備していた時だった。
突然烏丸君が動きを止めて海の方をじっと見詰め始めた。
「あれは……?」
不思議に思った私も同じ方向を見てみたがそこにあるのは海ばかり、何もおかしなものは見つけられない。
「烏丸君、一体どうしたの?」
烏丸に見えたものが砺波には全く解らなかった。
それは水平線の向こうより立ち上った一筋の黒煙。
そしてやや遅れて非常に小さな爆発音を烏丸は感じた。
煙を目撃した時間と音が届いた時間差から素早く距離を計算すると凡そ6-8km程という答えが出る。
異変の原因についても様々な可能性が烏丸の脳裏を駆け巡った。
「…待たせてごめん、出発しよう」
烏丸は怪訝な表情の砺波に対して自分が感じた事を何も言わなかった。
あの爆発がどんな意味を持つのかわからない以上は話してもかえって混乱させてしまうかも知れない。
ここで起こるかわからない変化を待つよりも予定通り鷹野神社へ行くべきだと烏丸は判断した。
「ひょっとして、何か見えたの?」
無言で歩き始めた烏丸に付いて行きながら砺波が尋ねる。
「大したものが見えた訳じゃないんだ、多分僕達にはあまり関係無い事だよ」
抑揚の無い声で答えを返され、砺波は「そう」と納得しかけるが気になってもう一度海の方を振り向いてみる。
そこに見えたのは船一隻見えないどこまでも広がる単調な青い光景に過ぎなかった。
少なくとも砺波の目にはそう映っていた。
「砺波さん、そのまま居るなら僕は行くよ」
「あーっ!ごめーん!直ぐ行くから!」
立ち止まってる間に何時の間にか烏丸君は随分先へと進んでいた。
私はそれに気付くと慌てて後を追い始める。
(やっぱり烏丸君の言うように大したものは見えなかったのよね)
早足で烏丸の背中を目指しながら砺波はそう結論付ける。
その後砺波はもう海を振り向く事は無かった。
2人はそのまま海岸を離れ島の内部へと歩いてゆく。
立ち上った黒煙は既に無く、背後の海岸では波が打ち寄せては消え、また打ち寄せては消えるという変らない光景があるだけだった。
【午前10〜11時】
【砺波順子】
【現在位置:D-08】
[状態]:健康。
[道具]:支給品一式×2(食料はみそパン、カステラ 水1) パーティーガバメント 竹の食器
[行動方針]:烏丸についていってみる。雪野の救出。
【烏丸大路】
【現在位置:D-08】
[状態]: 健康。服は返り血まみれ
[道具]:支給品一式(食料はカンパン、カレーパン、激辛カレーパン 水1) 日本刀 火打石 竹製包丁
[行動方針]:1.鷹野神社へ向かう
2.次なるカレーパン探し
3.原稿を描く(播磨に手伝って欲しい)
4.2が終了後冬木らに協力する
前話
目次
次話