偽りの聖者達






 私達はこの悲劇の黒幕を打ち破れるのでしょうか?
 打ち破れたとして何が残るのでしょうか?
 それならば戦う意味なんてものが、本当にあるのでしょうか?



 放送前になると私は花井先輩と一条先輩を起こしました。
 それから必要なこと以外は一言も喋らないで、そして放送を聴きました。
 今鳥先輩の名前が呼ばれても、他の先輩の名前が呼ばれても、私はただ地図とにらめっこを続けていました。たまに聞こえる悲しみに震えた呻き声をひたすら聞かないようにしながら。
 かけてあげるべき言葉なんて、私にはわからないですから。
 こんな私は酷い女の子なのでしょうか? きっとそうなのでしょう。
 だってこんなにも悲しみに包まれた部屋にいるというのに、私は自分の願いを考えて気を紛らわすのです。
 姉さんに、サラに――そして播磨先輩に会いたいと。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 ただひたすら謝れば、私の罪は許されるのでしょうか?
 いいえ、きっと許されない。

 それならばいっそ――。

「夢を見ました……もう二度と戻ってこない人たちの夢を」
 私だけが悪魔のささやきを聞いたと同時に、一条先輩は突然そう言って悲しそうな笑みを浮かべました。
 一条先輩の頬を伝うのは、押さえ切れなかった涙。
「今鳥さんも、本当にもう戻ってこないんですね」
「……」
 私にはもちろん、花井先輩にも返す言葉が見つかりませんでした。


「二人とも暗い顔をしないでください! 私決めましたから」
 一条先輩の顔に、なんとか笑顔が戻ります。
「一人でも多くの人たちを救って」
 かといって空元気で作れる笑顔ではないようです。
「主催者の人たちに一泡吹かせてやりましょう」

 そんなことは無理。

 脳にこびりつくように私の中で何者かが声高らかに言葉を発している。
「そう、だ。その通りだ。死んでいった仲間達の為にも、僕達が出来ることはただ一つ」

 本当に一つだけ? 

 聞きたくない。けれどもその声は執拗に私の頭を駆け巡る。
「皆で力を合わせればきっと出来るさ、なぁ八雲君?」
「えっ?」
 私は咄嗟に答えられませんでした。
「はい……きっと」
 なぜなら、本当の私は無理だと言っているから。
「そうだよね八雲ちゃん」
 浮かぶのは私を犯そうと襲い掛かってきた先輩の恐ろしい顔。
「ああ、そうだ八雲君」
 浮かぶのはいきなり銃を向けてきた二人組の先輩。
「なんとかなるさ」
 そして、見つめるのはもう二度と目覚めない今鳥先輩の横顔。



 私は何も言わずに先輩達に微笑みました。
 先輩達も微笑み返してくれました。
 互いの微笑が意味するものが違うことを、私だけが知っています。
 私だけがもう、諦めていました。

 こんな私に、サラは聖女のようだといってくれたけど、それは間違い。
 今の私はさながら悪魔。吐く言葉は嘘ばかり。
 でも、姉さん達に会いたいっていう気持ちは、それだけは本当です。
 すぐに会いたい。今すぐに。
 願わくば心の隅まで闇に染まりきる前に――。

 悪魔が完全に、私を包み込む前に――。



「鎌石村に向かえば誰かに会えるかもしれない」
「でも、それじゃあ鬼怒川さん達を止められません」
「彼らと出会った場所へ戻っても、まだ居る保証は無いんだぞ? それに彼らは本気だ。もう前のようにはいかないだろう」
「ええ、そうかもしれません。でもこのままじゃ――」
 分校の傍に今鳥先輩を皆で協力して埋めた後、悲しみにくれるように立ちすくみ話し合う私達は確かな疲労を覚えていました。
 人を背負ったり荷物を人一倍持ってくれたりと頑張っていた花井先輩はもちろんのこと、戦いにも今鳥先輩の蘇生にも自ら参加した一条先輩も、そして呆れることに私もです。
 皆、一時間と眠ってはいませんし、その上、人一人を埋めたのですから尚更のことでした。
 そして精神的な疲れは尚のこと私達を苦しめ続けます。
 それでも夜までは動いていたい私達は次はどこに向かうべきか話し合っていました。


「鬼怒川さん達がこれ以上誰かを手にかける前に止めないと」
「危険を冒して、それに見つけられない可能性のほうが高いんだ。冷静に考えてくれ」
 しかし、よく働かない頭では話は平行線をたどります。
「それに僕は、僕は一条君に何かあったら、い、今鳥に見せる顔が無いんだ。気持ちはわかるけど安全に越したことはない。それをわかってほしい」
「……」
 今鳥、という言葉が出た瞬間、口に出した花井先輩までもが明らかに動揺しました。
「今から、あえて道を外し林を突っ切って鎌石村に急いで向かえばなんとか次の放送には間に合うさ」
 一条先輩を多分に動揺させてしまった花井先輩は申し訳なさそうに続けます。
「道を外せば余計な危険に巻き込まれずに済む。色んな仲間と合流出来ないのは痛いが、きっと僕らと同じ反対派は拠点を構えてじっとしているだろうさ」
「……そうかもしれません」
 一条先輩は元気のない声を出し。その言葉は花井先輩の顔にも少し影を落としましたが、依然先輩方の瞳の輝きは消えていませんでした。
「誰か見つかるといいですね」
 空気の重さにたまらず、私はそう言いました。
「そうだな」
「そうだね」
 元気を少し取り戻してくれた二人に、私はなぜか罪悪感を覚えながら頷きました。



 さっそく私達は荷物の分担を手早く済まし食べ物には手を付けないで旅立ちの準備を始めました。
 荷物は全部花井先輩が持つと言いましたが、一条先輩がそれに猛反発し結局ショットガンは一条先輩と私で交代交代持ち運ぶことになりました。
 一条先輩が別人のように積極的になった理由がわかっているだけに、花井先輩もすぐに折れてくれたのです。
 そのため、渋々花井先輩がショットガンの発射の仕方等のレクチャーをしてくれました。
 そして、何故そんなに急ぐのかというような速さで先輩方は準備を済ませます。
「それじゃあ、いざ鎌石村へ!」


「はいっ!」
「あ、えっと、はい」
 それぞれの想いを抱え一斉に歩みを進めた時、ふと花井先輩が今鳥先輩のお墓を一瞥していたのを私は見逃しませんでした。
 このことで私は一条先輩が気になり目をやると、花井先輩とは逆に今鳥先輩のお墓を意識しないように不自然なくらい前だけを見ています。
 まるで何かに取り憑かれたかのように、先輩達は決して後ろを振り向かず前に進みます。
 それは、今鳥先輩のことから逃げるかのように。現実をなるべく見ないとするかのように。
 それが最善だと知っているから、ただ前を向いて歩いていこうとしているだけなのかもしれません。
 しかし、私だけが迷っているわけじゃないと――その時確かに感じたのです。

 きっと彼らも聞いているのでしょう。



 悪魔による囁きを。


【8時〜9時】

【G-03】
【花井春樹】
[状態]:肉体的・精神的に疲労
[道具]:支給品一式(食料二食分。水なし)
[行動方針]:なるべく危険を回避しながら鎌石村を目指す
       一人でも多くの人を助ける事を強く決意

【塚本八雲】
[状態]:肉体的・精神的に疲労
[道具]:256Mフラッシュメモリ1本(ポケット内)
[行動方針]:なるべく危険を回避しながら鎌石村を目指す
       天満を探す、サラを探す、播磨さんに会いたい
[備考]:反主催を半ば諦めかけている

【一条かれん】
[状態]:肉体的・精神的に疲労
[道具]:ショットガン(スパス15)/弾数:5発
[行動方針]:なるべく危険を回避しながら鎌石村を目指す
       一人でも多くの人を助ける事を強く決意



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