Bad Item...
「あ〜…ちくしょう…」
極端なまでに自己主張した髪を揺らし、吉田山次郎は空を仰いだ。
殺しあえ、生き残れと言われ放り出されてから数時間。何をすべきかわからぬまま
島を彷徨い歩き、彼は寺にたどり着いた。位置や方角も確認せず、
ただひたすらに歩き回ったのも無駄ではなかったようで、やがて一人見知った人物を目にする。
奈良健太郎―話によると彼も同じく途方にくれ、自らの境遇に絶望し足を動かしている間に
吉田山の姿を確認したらしい。彼はよほど誰かに会えたのが嬉しかったのか、牙をむくことなく
それどころか従順ですらあった。それ幸いと吉田山は彼を付近の散策に向かわせ、
自らは休息をとっているのが現状である。
足の疲れが少し納まり、見た目は大きな頭に余裕ができると吉田山は今後のことを必死で考えた。
偶然優れた支給品を受け取ることができて、教師らに反逆。
あの邪魔な播磨を始末し憧れの沢近愛理の心を射止めるという胸躍らせる妄想に
取り付かれるのも一瞬。首輪、時間制限、誰かがゲームにのる可能性…
(…無理だろ、これ…)
脱出はありえない。かといって「殺し合い」をしたとしても最後まで生き残れるとは思えない。
おまけに自分の支給品はこのままでは使えない。奈良の支給品も武器ではない。
奪う?素手でどうやって?相手が強力な武器―例えば銃を持っていたら?
考えれば考えるほど、嫌な結果ばかりが思い浮かぶ。彼はもう一度頭を揺らし、天を仰いだ。
「あ、いたいた。おーい吉田山君!」
後ろから自分を呼ぶ声が聞こえる。奈良だ。どことなくその声には喜びの感情が感じられる。
自分の苦労(といえるほどのものでもないが)を考えもせずに…どうせ大した報告もないのだろう。
そう思い振り向くとそこには声の主以外にもう一人、予期しない女生徒の姿があった。
「!…塚本ぉ?」
塚本天満―自分達と同様、彼女もこの「ゲーム」に途方にくれ、知人友人を捜し歩いていたらしい。
「あーもうよかったあ!誰もいないのかと思っちゃったよ。奈良君に声をかけられてびっくりしたけど
嬉しくて嬉しくて!」
ご機嫌の理由はこれか。吉田山はジロリと奈良を睨むが、本人はそれに気付きもしていない。
ゲームに参加している自覚が疑わしい塚本と、褒められて有頂天の奈良。二人の態度は妙に自分を苛立たせた。
(まあいい―肝心なのは塚本の―コイツが相手なら―もし、銃を持っていれば…成り上がる!)
「…でさ、塚本の支給品は何なんだ?」
邪な考えと過大な希望を抱き、吉田山は質問する。ほんの数秒しか経過していないにも関わらず、
彼には塚本天満のリュックが何者にも代え難い宝箱のように感じられた。
「え?いいよ、教えてあげる。…はい、弓矢だよ」
「………弓矢?」
刃渡り30センチのナイフでも、期待した銃でも、強力な爆弾でもない。
弦の長さが両手を広げたくらいはありそうな弓と20本ほどのまとまった矢が入っている筒を見せられ、
吉田山は落胆した。そんなもの、自分は使ったこともないし使ってもまともに当たるとも思えない。
しかし矢じりは刃物だろう。何かに使えるかと思い筒から矢を一本取り出してみる。
「………はあ?なんだこりゃ」
矢の先に見受けられるは鋭い刃物……どころか口をあけている。形状は丸く感触はやわらかく、ゴムである。
要するにオモチャのようなものだ。手のひらにくっつく様が何ともいえない脱力感を与えてくれた。
(クソ…期待した俺がバカだった……塚本は運動神経鈍そうだし、頭も弱そうだし頼れねえ…)
何やら話し込んでいる二人を無視し、吉田山は地面を見つめる。もうどうにでもなれ、と頭を垂れ
今にも地面に突き刺さりそうな彼の頭を止めたのは、塚本天満の歓声であった。
「すっごい奈良君!それ使おうよ!」
奈良健太郎の支給品、『スピーカー』を指し天満は顔を輝かせる。
「島の真ん中へ行ってさ、皆に聞こえるよう大声で叫ぶの!こんなことやめようって。それを聞けば
皆集まってくるよ。簡単に合流できる!八雲も、愛理ちゃんも、美琴ちゃんも、晶ちゃんも!
他にも恵ちゃんや播磨君、花井君、麻生君…皆心細くなってると思う!」
(あと…当然烏丸君も!会いたいなあ、烏丸君…)
吉田山は絶句した。そんな目立つ真似をして、誰かに狙われたらどうするのか。
頼れる仲間がやってきてくれればいいが、危険も大きい。少なくとも自分はやりたくない。
…が、ちらりと横目に見えるのは浮かれた表情の奈良。コイツは塚本に言われれば「やる」
「…なあ、そんなことしてやばい奴がやってきたらどうするんだよ?」
「何言ってるの吉田山君!こんなゲームに誰が従うっていうの?大丈夫だよ、大丈夫。」
「ぼ、僕も大丈夫だと思うな。塚本…に賛成、うん」
もはや説得は諦めた。どうやら相当危機感というものに疎いらしい。
ゲームの宣言を受けたときに死んだ二人のことを覚えていないのだろうか?
つきあいたくないが、かといって二人から離れるのも心細い。頼りにはならなくても
一人より三人である。吉田山はいざとなったら逃げ出すことを心に誓い、二人に従うことにした。
「そういえばさ、吉田山君は何持ってるの?」
目指すは中央、神塚山。寺を発ってまもなく、先導する天満の頭を疑問がよぎる。
「銃弾だよ、銃弾。でも肝心の銃がねーの。何のか知らねーけどいっぱい入ってたな」
拳銃に用いられる、9ミリ弾が大量に詰まった箱が彼には支給されていた。
ただの弾丸でも、使う人が使えば武器になるのだが…それは彼の存じないこと。
そして物騒な単語を聞いてもふーん、という反応しか返さない天満。
彼女はやはり少々楽観的すぎるようである。
(…ところで、方角はこっちであってるのかなあ?まあ、いいか)
奈良健太郎はコンパスと地図を見比べ、自分達の進む方角にいささかの不安を覚えながらも
心を寄せる人と出会えたことに喜びを感じ続けるのであった。
【午後:14〜16時】
【塚本天満】
【現在位置:F-08】
[状態]:健康(かなり楽観)
[道具]:支給品一式 弓矢(矢20本、全てゴム。ただし弓はしっかりしてるので普通の矢があれば凶器)
[行動方針] :神塚山中央を目指し(迷う可能性大)、スピーカーで皆を集める
【吉田山次郎】
【現在位置:F-08】
[状態]:健康(心理的に疲労、不安)
[道具]:支給品一式 9ミリ弾200発
[行動方針] :とりあえず二人についていく。チャンスがあったら成り上がる
【奈良健太郎】
【現在位置:F-08】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 スピーカー
[行動方針] :天満に従い、スピーカーを使う
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