仏と悪女






「ふむ、まだ始まって1時間くらいダスか…早い段階で三人も集まったのは幸いダス。
いちかばちかだったダスが、人目につきそうな道路で待機していてよかった…」
足元にあった岩にどっしりと腰を下ろして腕組みをした西本願司は、菅柳平と石山広明を見据えた。
ここは地図で言うE-06の山中である。木々の間からは出発地点にして現在禁止エリアである、学校のような建物が見える。
「なあ…これから俺達、どうするんだ?」
落ち葉の上に適当に座っていた石山は不安そうな声を上げた。目の前で級友が死ぬのを見たのだ、無理もない。
「…このままゲームに乗っては生き残れたとして一人だけ…しかも、無事に帰してもらえる保障はないダスな」
「じゃあ、やっぱゴリ山達を倒して!」
「それも恐らく無駄ダスな」
思わず立ち上がって力説する菅を、西本は片手で制した。尻についた落ち葉が落ちきる前に、菅は再び腰を下ろす。
「まず、先生達の居場所を攻撃する手段が今の時点ではないダス。仮に山の上から物を投げつけた所で、きっと届かない…」
「じゃあ、ロケットランチャーだ!ああいう武器なら!」
「そんな強力な武器が都合よく手に入ればいいんダスが」
「うっ…」
鳥の囀りすら聞こえぬ山に、訪れた更なる静寂。まだ昼だというのに薄暗く感じられた。
「…第一、ワスはこのゲームの黒幕は先生達ではないと思うんダス」
「な、何だって!?」
「考えてもみて欲しいダス。こんな島一つ使って、四十人以上の人間を同時に拉致して、武器や兵士まで用意して…
そんな事、普通の教師のお給料だけで出来ると思うダスか?」
「い、いや…」
「それに、先生達はどこか怯えているようにも見えたダス。ゴリ山の乱射だって、今思えばわざとはずしたのかも…」
西本の説に聞き入りながら、菅と石山は西本の冷静さと分析力に驚嘆していた。
元より西本は(一部)男子達のリーダー的存在だった。体が大きいだけでなく、とても温厚な男だ。
勉強の方は…まあそこそこといった所だが、頭はキレる。実際に、彼の提案した数々の作戦は男達の心を癒し、励ました。
「…という訳で、黒幕は他にいるんじゃないかとワスは睨んでいるダス」

「で、でもさ!だったら俺達どうすればいいんだよ!?黒幕なんてどうしようもないじゃないか!」
「そうダス…今のままなら、その通り」
今のままなら。そう強調した所に西本のリーダー性が窺えた。決して希望を捨てさせないその物言いが男達を惹きつける。
「だが、ワスらには他にも仲間がいるダス。同志達と合流し、支給された道具をかき集めれば、策が浮かぶかもしれないダス!」
これまでの冷静な喋り方から一転して力強く喋る西本。絶望しかけていた菅や石山の顔にも笑顔が戻ってきた。
「そうだ、麻生だ!あいつなら絶対こんなゲームに乗らないし、仲間にすれば心強いぜ!」
「冬木もだ!それに、他のやつだってきっと協力してくれる!」
覇気を取り戻した男達を西本は嬉しそうに眺めた。西本軍団は健在ダス、そう彼は呟く。
「あとは、坊乃岬だな。あいつ銃に詳しいし、きっと頼りになるぜ」
「フム…じゃああとは各自の支給品を確認した後、どこか人の集まりそうな場所に行くダスか」
「おう!…ところで西本、ちょっといいか?」
「何ダスか、菅君?」
「いや、なんかさ…今日のお前いつにも増してやる気じゃないか?」
確かに、と石山も菅に頷いてみた。西本はフゥー、と息を吐き、ポツリと漏らした。
「…今日は、新作のHビデオが手に入る予定だったんダス。だからワスは絶対に死ねないんダス!」
「な、何だと!?西本、そういう事は早く言えよ!」
「そうだそうだ!Hビデオがあると聞いて人殺しをするような奴はいないぜ!」
何だか別の興奮状態になった二人を西本は必死に諌める。
「よし、皆で帰ったらHビデオ鑑賞会ダス!だからみんな、頑張るダスよ!」
「おう!」
こうしてどことも知れぬ孤島で、西本軍団は蘇った。

【西本願司】
【現在位置:E-06】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 アイテム不明
[行動方針]
1:人の集まりそうな場所へ移動
2:他の仲間を集める
最終方針:帰ってから皆でHビデオ鑑賞会

【菅柳平】
【現在位置:E-06】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 アイテム不明
[行動方針]
1:人の集まりそうな場所へ移動
2:他の仲間(特に麻生)を集める
最終方針:帰ってから西本の家でHビデオ鑑賞会

【石山広明】
【現在位置:E-06】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 アイテム不明
[行動方針]
1:人の集まりそうな場所へ移動
2:他の仲間を集める
最終方針:帰ってから西本の家でHビデオ鑑賞会

【午後:13〜14時】



「おーい、冴子!」
「ん…あっ、飯合君?坊乃岬君も!」
鷹野神社の石段に座っていた音篠冴子を見付けた飯合祐次と坊乃岬大和は、笑顔で手を振ってきた冴子を見て安堵した。
彼らはE-06で西本軍団が蘇った頃に神社付近の道路で合流し、そのまま神社に向かって来たのだ。
「よかったぁ!今まで誰もいないから不安だったの!」
不安といいながらも、冴子の笑顔からは微塵も不安さなど感じられない。そしてその笑顔が男達を癒した。
「僕達もついさっき合流したばっかなんだ!どう、僕達と一緒に行かない?」
「もちろん!だって女の子一人じゃ恐いもん。…ところでさ、二人は何を支給されたの?」
「あー、それが二人ともいまいちでさ。こいつはただのヘルメットだし、俺だって殺虫剤だし話になんねーよ」
メッシュをした髪を掻きながら飯合がリュックから殺虫剤を取り出してみせた。どう見ても市販品である。
坊乃岬の頭に被せられたヘルメットと、赤いパッケージの殺虫剤。一瞬冴子の表情が冷めたのだが、二人は気づかなかった。
「まあ、殺虫剤はライターがあればちょっとした火炎放射器みたいに使えるし、うまく使えば何とか…」
坊乃岬が間に入る間に、冴子は自分のリュックの口を開ける。中からはすでに銃口が顔を覗かせていた。
「で、さ。冴子はどうなの?できれば武器が欲しいよな」
殺虫剤を自分のリュックにしまい、飯合は冴子に笑いかけた…が、先ほどまでの冴子の笑顔は帰ってこなかった。
「…さっき自分で見たんだけどさ、使い方が分からなかったんだ…坊乃岬君は銃に詳しいよね?これ、何?」
冴子が取り出したものに二人は驚愕した。長さが1Mはあろうかという銃が握られていたのだ。
「そ、それはショットガンだよ…確かモスバーグの…軍用のものを民間用にしたやつだ…」
「へえ、そうなんだ。これって弾は何発あるの?」
「た、確か6発だった…と思う」
「へぇ…」坊乃岬に視線を合わせる事もなく、冴子は銃身をまじまじと見つめる。その眼光は二人の背筋を凍らせた。
「さ、冴子…さん。それ危ないしさ、出来ればなおしてくれないかな…?」
飯合が自分の事をさん付けで呼ぶ瞬間を、冴子は見逃さなかった。まさに立場が完全に逆転した瞬間だった。

「…ねえ、坊乃岬君。これ、どうやって撃てばいいの?」
答えられない。いや、答えたくない。冴子の表情を見た坊乃岬の本能がそう告げ続けていた。
「あ、この銃の下にある…ツツ?これを引けばいいんだ」
ガシャン、悪意に満ちた銃弾が装填された瞬間、ついに坊乃岬の緊張は限界を超えた。

「飯合、逃げろ!」
叫ぶや否やの坊乃岬の逃亡劇。彼が回れ右をして冴子に背を向けた時、飯合は今だ恐怖に歪んだ顔を冴子に向けていた。
その直後、発射音と共に石段に血が撒き散らされた。無論、二人分の血だ。
二人が石段を転げ落ちる。逃げようとしていた坊乃岬の方が勢いよく転がった。
「は、ははは…すごいや」
撃ったときの衝撃で手が恐ろしく痺れ、地面に腰を打っていながらも、冴子は銃の威力に感動していた。
さすがは散弾である。一瞬にして周囲に弾をばら撒き、二人同時に血祭りにしてみせた。
銃にまるで慣れない冴子には反動がきつく銃身がブレたが、元より射撃精度があまり必要のない散弾なら問題ではなかった。
「あ あ あああううううう……た、す…け…」
顔まで血まみれになっていたにも関わらず、坊乃岬はまだ息が合ったようだ。
体をがくがく震わせながら助けを請う姿が、冴子にはひどく滑稽に感じられた。
「…だってさ、あんた達じゃ私を守れないでしょ?それに私、まだ死にたくないし」
再び装填音が神社に響く。先ほどの射撃を教訓に、冴子は足腰に力を入れた。
次は坊乃岬だけを狙って凶弾が放たれた。石段はより一層の銃痕と血に彩られ、冴子は笑った。
「坊乃岬君のリュックは…ボロボロだなあ。背中向けちゃだめじゃん。…あ、でも飯合君のは大丈夫そうだ」
そんな血まみれの死体にまるで怯える事もなく、冴子は飯合のリュックから殺虫剤と食料を取り出した。
目の前での級友の死、そして今目の前での級友の殺害…冴子の精神は、既に人としての感情が完全に麻痺してしまっていた。
「あーあ、リュック重っ!こんな事ならどっちか荷物持ちにすればよかった」
身長の半分以上もある銃を抱え、冴子は神社を後にした。

【音篠冴子】
【現在位置:G-06】
[状態]:健康、ちょっと腕に痺れ
[道具]:支給品一式(食料二人分)、散弾銃(モスバーグM500)残弾4、殺虫スプレー(450ml)
[行動方針] :使える奴を捜す(使えない奴は殺す)

【飯合祐次:死亡】

【坊乃岬大和:死亡】
            ――残り36人


【午後:13〜14時】



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