出口なき迷宮






「行ける…今なら行ける」
静かに波が打ち寄せる海岸線を見つめる田中一也。
やはり、ここにとどまって彼女を探すべきなのかもしれない。

だが…彼が地理や歴史に詳しかったことが逆に彼に迷いを抱かせる元となってしまっていた。
「思ったより離れてないんだよな」
ここに辿り着くまでに確かめた地名を心の中で反芻する、たしか海底資源がどうとかで、
付近が注目されていた…もっとも空振りだったことがわかってからは過疎の一方だったようだが。
望遠鏡で目を凝らして水平線の彼方には何も見えない、だがここが予想通りの場所なら10kmも泳げば、
本土にたどりつけるはず体力には自信がある。
「永山さん、必ず助けを呼んで帰るから…それまで生きていてくれよ…そしたら今度こそ」
意を決し、波打ち際から海へと身を乗り出そうとした田中だったが…。
「無駄ですよ」
いきなり背中に掛けられた声に慌てて振り返る、そこにいたのは、
「君は…確か茶道部の」
金髪の留学生、サラ・アディエマスだった。

「というわけで、10km泳げればなんとかなると思うんだ…」
彼なりの計算はあるのだろうが…その余りの無謀さに思わず頭を抱えてしまうサラ、
以前、懺悔室で見たときにはそうは思えなかったのだが…。

「やっぱり、止めてよかった」
苦笑しながらサラが説明を始める。
「いいですか…プールの10kmと海の10kmでは体力の消耗がまったく違います…まぁ」
サラは何かを確かめるように海水を掬う。
「暖かいだけ、あの時よりはマシかもしれない」

サラが思い出すのは、またあの忌まわしき出来事…。
あの時救いを求め、海に飛び込んだ友人はみるまに流氷すら漂う海に体力を奪われ、
眠るように海底へと沈み、また首尾よくボートを見つけた者は…
「あれは…」
双眼鏡を覗いていた田中の声に、視線を海に戻すサラ、
そこには、ゴムボートをえっちらと漕いで外海へと出ようとする影があった。

「いけないっ!」
「そうだ、ボートならっ、ボートならっ!」
俺も乗せて…と言わんばかりにザブザブと海の中に入っていく田中、
それを追いかけるかのようにサラも海の中に入っていく。
「何だよ、ボートなら別に大丈夫だろっ!」
「ダメですっ!そんな甘い話なんかどこにもっ!…早く早く叫んで…引き返せって、さもないと」

あの時ボートで脱出を図ろうとした子は…図ろうとした子は…、
またあの日の光景…サラに向かってボートの上から手を振る少年、
しかし…次の瞬間彼は機雷の餌食となった…そう。
「ああいう風に…」
轟音と共に水柱、木の葉のようにボートもろとも舞って水面に叩き付けられる身体、
そして砂浜にまで飛び散った肉片…即死は確実だった。

「いやまだ…まだ生きてる…」
まだ未練がましく双眼鏡を覗く田中の目に、波間に漂う級友の姿が映る。
「ダメですそれ以上見たら…もう」
戻れなくなる、サラが双眼鏡を取り合げようとする、
しかし首輪が反応し波間に漂う級友の頭を吹き飛ばす方が無情にも早く…そして田中は、
その光景をあの教室以来、再び目の当たりにするのだった。


「うっ…うううっ…ひっく…」
力なく双眼鏡を下ろした、田中の喉から嗚咽が漏れ始める。
それでも女の子の前で涙は見せたくない、そんな意地が背中から伝わってくる。
そして、そんな彼の姿をサラは何も言うことなく見つめているのみだった。

「どうして…どうして君は知っているんだ?」
やがて、田中の鋭い声がサラへと掛けられる、返答次第では許さない、そんな声だ。
暫しの間考えるサラ…今の時点で教えるのは早いかもしれないが…。

「3年前…イギリスで子供たちを乗せた飛行機が消息を絶ちました」
「何を言って…」
「子供たちが連れてこられたのは極寒の海に浮かぶ貨物船…持たされたのは武器と…それから」
サラは無言でただ首輪を示す。
田中は何も言うことはできない…やっとの思いで声を絞り出す。
「じゃあ…じゃあ…君は」
「ええ、私はかつて行われたこの戦いの生き残りです」

「じゃあ、君は今やってるこの戦いがどうなるのかも知ってるのか!
だったら教えてくれ!君の時はどうだった!最後はみんな助かったんだろ、な!」
サラは悲しげに首を振ってから応える。
「生き残ったのは…私だけです…クラス40人中39人が死に…」
「嘘だっ!」
サラの言葉は田中の叫びに遮られる。
「ちょっとクラスに出入りしてるだけで、高野や塚本の妹と仲がいいだけで何がわかるんだ!
ウチのクラスに人を殺せるやつなんか1人もいやしねぇ!みんないい奴ばっかりだ
播磨だって…きっと」


サラの襟元を掴んで叫ぶ田中、されるがままのサラ、
「私だって…そう思いたい…でも」
「でもっ!でもって何だ…いいかげん…いいかげん…」
さらに糾弾を続けようとする田中だったが、
その手から急速に力が抜けていく、何故ならサラの瞳に光るものを見てしまったから。

「最低だな…俺、女の子を泣かせるなんて」
正直安堵もしていた、あのままなら多分聞いてはいけないことまで聞いてしまっただろうから。
(お前も人殺しなのかっ!)
それについてはもう問わないことにした、多分、彼女の涙が教えてくれている。
「力…貸してくれないか」
ぼそりと呟く田中。
「みんなで力をあわせて脱出するんだ…」

「でも」
サラは力ない言葉を返す、それは望むところなのだが、
それでもあの無残な爆散を再び目の当たりにしてしまうと、大丈夫ですとはいえない。
「きっと方法はある…君たちの時は無理だったかもしれないけど
だからといって今回も無理だなんて決まったワケじゃない」
今度はサラが田中の目を見る…彼の目はまだ諦めてはいなかった。
「わかりました…」
小声でしかしはっきりとサラが答える。
「たいしたことはできないと思いますけど、それでも何とか役に立って見せます」

「さてと、探さなきゃいけない奴がいるんだ…それに」
もううかうかしてはいられない、外界への脱出の道は閉ざされ、
さらにこの戦いの非情な現実までをも知った今、やらなければならないことは1つだ。
「永山さんですか?無事出会えるといいですね」
「ああ…そうだな」
何気なく応じて、それから田中は気がつく、何でこの娘知ってるの!?

「あ…あのさ…なんでそのこと知って…」
まるでロボのようにぎくしゃくとサラへと尋ねる田中、当のサラは舌をペロリと出して
誤魔化すような仕草をしている。
そういえば、あの日…遠目でしかもカソックを着ていたのでわからなかったけど、
がんばれって…じゃあ…あの時の…彼女は…。
「さては懺悔室にいやがったな!」
「それは守秘義務ですっ!」
真っ赤になってサラを追いかける田中、捕まるまいと逃げ回るサラ、
そんな2人の顔には、笑顔が戻ってきていた。

【サラ・アディエマス】
【現在位置:J-06】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 ボウガン (装弾数8本)
[行動方針] :反主催・みんなを守る

【田中一也】
【現在位置:J-06】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 双眼鏡
[行動方針] :永山を探す、みんなで脱出
(最初に脱出を優先したのはクラスメートを信じていたからです)

【寄留野香織:死亡】(残り35人)
(支給品は救命ボートでした)

【午後:14〜16時】



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