Daytime Beast
(あ…こんな時でも眠い…)
塚本八雲はごしごしと目を擦る。
姉を探してここまで無理を押してここまで歩いたのが、少し堪えてるのかもしれない。
「どこか日陰…探して」
今の日本は冬なのはずなのだが妙に気温が高い気がする、だからといってそれほど
暑いわけでもないのだが…。
「南の方、なのかな?」
汗ばむほどもない程度の陽気だが、そう思うとまた温度が上がったような気がした。
「あ、小屋」
とりあえず休もう…バッグからペットボトルを取り出し、一口含む八雲、
そのバックは大きさの割にはスカスカだ、
ちなみに肝心のアイテムはフラッシュメモリが1つ入っていただけだった。
視線を地面に落とすと、靴紐が解けかけている。
結び直そうとしゃがんだ時だった…、頭の上を何かが通過した。
「えっ?」
振り向くと、そこには手斧が転がっていてさらに小屋から、
「へへへぇ…へへへぇ」
獣のような声がする。
「あ…ああ…」
逃げなきゃ…だが、動けない。
八雲が抜けた腰のままじりじりと後ずさる、そのリズムに合わせるように。
小屋から獣が姿を現す…背が高く、どこか亡羊とした雰囲気の少年、
しかし…その顔はまさに獣のそれと化していた。
「ああ、塚本の妹かぁ」
のそりのそりと近づく獣…いきてりゃいいこともあるなぁと口走る。
「しくじったと思ったけど、こっちが正解だったなぁ」
血走った目が八雲の体を上から下へと舐めるように動いてる。
「しっかしほんとにオメー塚本の妹か?」
男は八雲にとっては何度も聞かれた疑問を口にする。
「前から狙ってたんだよ、花井や播磨が相手じゃかちめねーと思ってたけどよ」
その言葉で八雲の顔が一層青ざめる、さらに後ずさると手に触れるものがある、
「花井のように頭もよくねぇし、麻生のように顔もよくなきゃ今鳥のように要領もよくねぇよ
だからといって吉田山や奈良のようになりたかねぇし、こんなおれにごほうびがあっても別にいいだろよぉ」
歯茎を剥き出しにして笑う顔が、八雲の間近へと迫って行く…。
小刻みに震える手がスカートに触れた時だった。
人を傷つける禁忌は、死をも超える恐怖によっていとも簡単に駆逐された。
八雲はためらうことなく、握った手斧を野呂木へと叩きつけた。
斧は唸りを上げて野呂木の肩口に突き刺さる、べきべきと骨が砕ける音がして
八雲の服に血が飛び散る…が。
「?」
野呂木はまるで何事もなかったかのように…わずかによろめいて転んだだけだった。
八雲の筋力では急所まで届かなかったのかもしれないが、
それでも鎖骨を断ち割られて無事なはずがない、にもかかわらず。
「すげぇな…ホントだったんだ」
「それって…」
「おれはせいせきゆーしゅーだからとくべつにすーぱーまんにしてくれるって
センセがいったんだよぉ」
誇らしげに笑う野呂木、だが常に笑いっぱなしなのでどこがどう誇らしいのかわからない。
「この薬を飲んでみんなを守れってでもよお、俺がさいきょうなら別に好きなことしていいよなぁ
おれは超人だ、さいきょーだ、だから何やってもいいよなぁ」
ガタガタと歯の根が震える…もはや自体は女子校生の理解の範疇を超えていた。
だが…それでも八雲は心の中で叫び続ける。
(お願い動いて私の足、お願い早く)
「今度はこっちからいくぞう…はははは」
もはやマトモな判断力も残ってないのだろう、先ほどは得物を投げる程度の知恵は回っていたようだが、
今は肩に手斧をめり込ませたまま立ち上がる野呂木…それでも視線だけは八雲から離さない。
(動いて動いて動いて!…動く!)
電光石火の足払いが野呂木の脛にヒットする、もちろん痛みなど感じるわけがないが、
転ばせるには充分、そして八雲の身体能力を持ってすれば、
その程度のスキさえあれば狂人からの逃走など簡単だった。
野呂木は追ってこない…大丈夫。
木陰にもたれてへたりこむ八雲…もう眠気など完全に無くなっていた。
いや、もう夜になったって眠れそうにない…。
「怖い…怖いよ…姉さん…播磨先輩…助けて」
八雲はこの島に来て以来、初めて助けを求めた。
そしてそのころ、司令室の中では6人の教諭たちが言葉を交わすこともなく
ただ、黙ってそれぞれ自分の正面のモニターと睨めっこをしていた。
誰かが欠伸をしたときだった…初めて画面に変化、メールだ…しかもbccで。
そして肝心のメールの中身は。
『機密情報が流出、この中に裏切り者がいる』
とのみ記されていた…。
(なぜだ、少なくとも上にバレるはずはない筈)
危険を顧みずあえて情報を生徒に託した教諭は誰にも悟られないように息を呑む。
この島には監視こそあるとはいえ、管理に関わる分野で基本的に自分たち以外の人員はいないはず、
もちろん労働力としての人員なら他にもいるのだが、
彼らが上へのホットラインを持っているとは考えがたい。
つまり…タレコミでもしないかぎり、ここまでの詳しい経緯はわからないはずなのだ、
まして自分たちは無理やり言うことを聞かされてるに過ぎない、
被害者である生徒たちを助けるための情報リークをどうして咎める?
ということは…。
(つまりこの6人の中に、本当の意味での裏切り者…主催者の犬がいる…のか)
【塚本八雲】
【現在位置:I-09から海岸沿いに内陸部へ】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 256Mフラッシュメモリ1本
[行動方針] :姉さんに会いたい、播磨先輩に会いたい
【野呂木光晴】
【現在位置:I-09】
[状態]:薬物による狂戦士状態、重傷
[道具]:支給品一式 手斧(肩に刺さったままです)
[行動方針] :とりあえず手当たりしだい
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