俺様覇王伝説(未完)
「これ、本物……だよな?」
学校北にあるお堂の縁にて、岡樺樹は震える手で支給品の銃をいじっていた。
「こんなとこで支給されるくらいだもんな……リボルバーっての? ハハ、すげぇや」
目に見えて身体の震えが止まっていく。
カバンの中身も確かめずに、おっかなびっくり怯えながらここまできた彼だったが、その怯えすらも消えていく。
手にした大振りなリボルバーは、絶対的な力の象徴として彼の心を侵しつつあった。
「すげぇ、すげぇぜ! これさえあれば優勝も夢じゃないんじゃ……!?」
ぽつぽつと呟きのような声しか発していなかった彼だが、次第に声が大きくなってきた。
心なしか、表情には歪んだ笑いが張り付いてきたようにも思える。
「そうだ、これさえあれば誰にも負けねぇ。播磨だろうと花井だろうと敵じゃない!
いくらなんでも銃には勝てねぇだろ!」
他の生徒にも銃が支給されている可能性を完全に失念しているが、ハイになっている彼はそんなことまで気が回らない。
しかも、完全に銃の力と自分の力を混同していた。
と、
「ハッ!? ま、待て、俺今閃きましたよ!」
神が降りた!
とばかりに驚愕の表情を浮かべて手に持った銃を見つめる。
「俺にはコイツがあるだろ? で、うそみてーな話だけど今は周り全部敵のマジバトルロイヤル。
人を殺せなんて言うくらいだから何やったって正当化される……ということは……」
にへら、と顔がだらしなく緩んだ。
「……じょ、女子達にコイツ突きつけて、色々要求しても……い、いいんじゃないか?」
異常事態に、完全にタガが外れた。
言葉に出した瞬間、水着ずもうなど比較にならない桃色展開が脳裏に浮かぶ。
「やべぇ、やべぇぜコレ! こうしちゃいらんねぇ。さっそくみんな探し出して……」
――カタン
「……カタン?」
ますますだらしない顔になりつつ、カバンを引っ掴んで立ち去ろうとした矢先。
お堂の中から聞こえた微かな物音に、岡はゆっくりと振り向いた。
そおっと、お堂正面の木製の扉に耳を当て、中の様子を窺う。
『ちょ、ちょっと何音出してんのバカッ!(小声)』
『ご、ごめん……!(小声)』
複数の女子の声。
(いる!)
思った瞬間、岡はバンッと勢いよく音を立てて扉を開け放った。
「きゃああっ!?」
音に動転してか悲鳴が上がる。
うす暗いお堂の中に太陽の光が差し込み、奥で固まっていた女生徒達の顔が露わになった。
「よぉ。雪野に砺波に、委員長じゃねぇの。3人も固まってたなんて全然気が付かなかったぜ」
「岡くん! ちょっ、こっち来ないでよ!」
牽制のつもりか、手に持った薙刀を振り回しつつ大塚舞が吼える。
その後ろで、雪野美奈と砺波順子が肩を寄せ合いつつ、それぞれの得物を構えているのが見えた。
「バールに木槌……なんだそりゃ、鎖鎌? 随分扱いづらそうなもの支給されてんじゃん」
どれも銃に勝てるような武器ではない。
それを確認して、岡は一歩踏み出した。
女子3人は一瞬ビクッと震え、同じく一歩下がる。
雪野と砺波は露骨に怯えた表情で。
舞はギッと歯を食いしばって岡を睨みつけているが、それでも怯えの色は隠せていなかった。
――ぞくっ
(お、おお? なんだこの感情は?)
その様子に岡は妙な興奮を感じた。
ゴクッと唾を飲み込んで問いかける。
「な、なぁ委員長、さっきの俺の独り言、聞こえてたんだよな?」
カッと舞の頬に朱が射した。
「う、うっさい、いいからどっか行ってよ! でないとこの薙刀でぶっ刺すわよ!!」
普段聞くことのない上擦った声でがなりたてる。
聞こえていたと白状しているようなものだが、そんなことより今の舞の反応の方が岡にとっては問題だった。
――ぞくぞくぞくぅ!
(おおおお、ヤバイなんだこりゃあ! ま、まさかこれがSの目覚めなのか!?)
圧倒的に高い立場から弱者をいたぶる歪んだ悦楽を感じ、ますますハイになっていく。
(ヤバイ……なんか俺、一風変わった方向にレベルアップしちまった……
嗚呼、この道の行き着く先で鬼怒川が手を振ってるのが見える)
鬼怒川綾乃に聞かれたら蹴り飛ばされそうなことを考えながら、岡はさらに一歩踏み出した。
「だから来ないでって! ぶっ刺すって言ってるでしょ!」
「じょ、冗談だよね?」
「岡くん……変だよ、どうしたの?」
「へ、へへ、そんな邪険にすんなよ。どうせ助からねぇんだからさぁ、楽しんだ方が得だって」
と話しているうちに下ネタが浮かんだ。
普段の彼ならまず言わないだろうが、おかしくなっている今の岡は意を決して口にしてみる。
「逆によ、お、俺の薙刀でぶっ刺し……てやろぅ……カァ……?」
が、言ってる途中で恥ずかしくなりセリフの最後の方はトーンダウンした。というか視線が泳いで顔が赤い。
慣れないことはするものじゃなかった。
これには女子勢も引いたか、「うっ」という声が漏れた。
「うわっ……サイッテー」
「薙刀って、舞ちゃんのしかないよね?」
「照れるくらいなら言わなきゃいいのに……」
「え、え? 今のってそういうセリフなの?」
「美奈……」
「う、うるせーっ!」
「っ!」
気恥ずかしさと約一名通じてない空しさに耐え切れなくなったか、腕を振り上げ銃口を3人に向ける。
3人が息を飲んだ。
「いいから! 言うこと聞けよっ! この銃が見えねーのかよ!」
舞、砺波、雪野と順番に、顔に向けて銃口を移動させる。
言うまでもないが、銃弾はたやすく人の命を奪う。
その発射口を向けられることは、恐怖以外の何者でもない。
雪野の顔に銃口を向けたとたん、彼女は「ひっ」と声を上げてへたり込んだ。
「言っとくけどな! 俺はいつでもコイツぶっ放……あ?」
「ひっ……ひぅっ、ぅぐ、う……」
喚き散らしていた岡のセリフが止まる。そして――
「う……うええぇぇぇぇぇぇん!」
その視線の先で、恐怖のあまりとうとう雪野は泣き出してしまった。
しくしく、ではなく、大声で。
「み、美奈……泣き止んで、泣き止んでよぅ。誰か来ちゃうよ!」
肩を揺さぶり、砺波が必死になだめようとするが、
「美奈ってばぁ……う、うぁ……うああぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
友人の涙に釣られたか、砺波の涙腺もあっさりと決壊した。
(お、おい……なんだよ、マジ泣き? や、やべーって、何泣かせてんだよ俺!)
予想外のこの反応に、岡は熱に浮かされた頭がすーっと冷えていくのを感じた。
実際そうなのだが、なんだか自分がものすごく悪いことをしているような気がしてくる。
(え……あれ? こんなはずじゃ……何やってんだ俺……)
「……出てって」
「え?」
呟きが聞こえた。
見ると、こちらも涙を滲ませ、舞が薙刀を構えていた。
「いや、あの、委員長……?」
「もうイヤよ……なんで、なんでクラスメイト同士でこんなことになってんのよ!
出てって! もう、出てけえぇぇぇぇぇぇっ!!」
「うおっ!?」
半狂乱で叫びながら薙刀を振り上げ突撃してくる舞に向けて、反射的に銃を向ける。
だが、さっきまではいつでも撃てると思えたのに、今は引き金に添えた指が凍ったように動かない。
(ヤバイ、ヤバイヤバイ!)
薙刀の刃がギラリと陽光を反射した。
演習用の刃挽きではなく、間違いなく実戦用。斬られたら死ぬ。
助かるためには――
(委員長を撃つしかない! 撃て、撃て、撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て――るか馬鹿野郎ッ!!)
舞に向けていた銃口を天井近くまで振り上げる。
「これで止まってくれえっ!」
――バンッ!
銃声。
そして同時に、あたり一面に何かが飛び散った。
「!!」
まさか当ててしまったのではと、岡の背筋が凍る。
だが舞は、銃声で反射的に目をつぶって身をすくめたまま変わらずそこに立っていた。
「……あ、あれ? 私、生きてる?」
恐る恐る目を開けた舞の顔に、ぱさりと何かが落ちた。
「ひっ!」
短い悲鳴を上げてとっさにそれを振り払い――
「な、なにこ……れ?」
その正体に絶句した。
「……」
「……」
「……」
「……」
泣き声も止まって沈黙が支配する中、4人の目は点になっていた。
それもそのはず。辺りに舞い散るは『紙吹雪』、舞の手には『万国旗』。
しかも万国旗の一部はまだ頭や肩に引っかかっていて、その場のシュールさを演出する。
「……あ、あれ?」
思考停止状態になっていた岡の頭がようやく動き出した。
考える。さらに考える。これは、そう、つまり、うん、あれだ。
「じ、実は、おもちゃ、だった……かな?」
ぐしゃり。
舞の手の中の万国旗が握りつぶされた。
「もぅーーーーーーっ!!」
同時に助走をつけたかと思うとサッカーボールキック。
――ゲシッ!
「qwせdrftgyふじこlp!!」
女には永遠に分からない痛みにもんどりうって倒れる岡樺樹。
舞は、そんな岡に容赦なく薙刀の柄で制裁を加えていく。
「信じらんない、信じらんない! 何それ!? そんなんで私達……あぁ〜〜〜〜もう!
死ねっ! 死んじゃえッ!! もう涅槃の底に沈んで上がってくんなっ!!」
「がふっ……す、すいま……ゴメッ……! ほんと、勘弁……しッ……アッーーー!」
「ま、舞ちゃん、ちょっと落ち着いて〜」
「と、止めなきゃ! あ、でも腰抜けて立てない……」
岡がぐったりとし、動けるようになった砺波と雪野が止めに入るまで、このリンチは続いた。
【午後:14〜16時】
【大塚舞】
【現在位置:C-06】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 薙刀
[行動方針] :ゲームに乗る気なし。みんなを集めてどうにかする。岡をタコ殴り中。
【砺波順子】
【現在位置:C-06】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 鎖鎌(チェーンは5m)
[行動方針] :ゲームに乗る気なし。大塚舞、雪野美奈と行動をともにする。
【雪野美奈】
【現在位置:C-06】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 工具セット(バール、木槌、他数種類の基本的な工具あり)
[行動方針] :ゲームに乗る気なし。大塚舞、砺波順子と行動をともにする。
【岡樺樹】
【現在位置:C-06】
[状態]:打撲傷多数/息子達の危機
[道具]:支給品一式 パーティーガバメント
[行動方針] :正気に戻った。タコ殴られ中。
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