Girl on the run






よいしょっ、よいしょっ
一条かれんがそんな男たちの掛け声に気がついたのは、木陰でそろそろ休憩でも、と
思った矢先だった。
恐る恐る声の方へと進み、茂みから顔を覗かせ様子を伺う。
「冬木くん?」
そこにいたのはひいこらと2人がかりでスクラップを相手に悪戦苦闘している。
冬木武一と東郷雅一の姿だった。

「おかげで助かったぜ、お嬢さん…さすがララがライバルと認めるだけはあるぜ」
規格外の一条のパワーにより、無事車のボンネットをこじ開け、
目的のバッテリーを取り出すことが出来たことについて、感謝の言葉を口にする東郷、
「あ…その私、これくらいしかとりえがなくって」
「そいつは過小評価ってえモンさ、フッ」
東郷はニヤリと歯を覗かせて不敵に笑う、だが一条はどうもこの男のノリについていけない、
だからよけいに肩を小さくして、視線を合わせないようにする。
「おやおやコイツは随分と控えめなお嬢さんだ」
しかし東郷はそんな微妙な空気を気にも止めない。

(そろそろかな…まったく委員長って奴はどこのクラスでも変わらないね)
「電圧の調整、終わったよ」
そこでようやくタイミングを計っていた冬木が、東郷へと声をかけ、
一条は"ありがと"といわんばかりに軽く頭を下げるのだった。

「うわ…すっごい」
部屋に通された一条が感嘆の声を上げる。
もとは殺風景な空き部屋だったのであろう、しかし今やその部屋は、
事務机やモニターがずらりと並ぶ機能的な空間へと変貌していた。
「驚いてくれたかな、お嬢さん、そうここが俺たちの反攻基地ってワケさ」

「そしてこれが秘密兵器ね」
冬木が部屋の中央の机にかけられた布を取り払うと、そこには先ほどのバッテリーに繋がれた、
最新型のノートパソコンが誇らしげに起動画面を表示していたのだった。
だが、エヘンと胸を張っていた2人は、
「このパソコンで脱出計画を立てるんですか?」
そんな何気ない一条の言葉を聞くと、急にトーンダウンしてしまう。
「まぁ…そいつは言わぬがホトケさ」

そう、正直パソコンの詳しい扱い方など、彼らにはまるでわからなかった。
机はともかくモニターもそれらしくなるようにかき集めてきただけに過ぎない。
だが、それでも…例え徒労でも何かをしていないと、いかに彼らといえども泣いてしまいそうだったから。
それに…自分たちにはわからないけど、もしかしたらわかる人間がいるかもしれない。
そのための準備だけは整えておきたかった。

「ようは秘密基地ごっこさ」
冬木が達観したかのように呟く…そうつまりは逃避に過ぎない。
「で、でもすごいと思います、ドジビロンの基地みたいで」
「ありがとよ、お嬢さん」
もっとも東郷は冬木ほどにはまだ諦めてはなさそうだった。

「一条はこれからどうするんだい?」
やはり自販機をこじ開けてゲットした缶コーヒーを一条に手渡して尋ねる冬木。
「あ、わ私…ゴメンなさい行かないといけないんです」
「ふーん、今鳥?」
「え、あ…」
見事に図星をつかれ赤面する一条、それを見てにやにやと笑う冬木と東郷。
「今鳥くんって多分やる気無くしてると思うんです…それに伝えたいこととかもあるから」
「わかるわかる」
一条が今鳥に並々ならぬ想いを抱いていることは、女性に目敏い冬木には周知の事実だったし、
クラスメートとしても、五虎将の同僚としても今鳥の性格はよく知っている。
投げやりになって、ぼんやりと傍観者になりきった姿がありありと想像できた。

「OK!オマエさんには残ってほしかったんだけどな」
東郷はポケットからキーを取り出して一条に投げ渡す。
「そこに止めてある折りたたみ自転車、使っときな」
「え、…え、でも」
嬉しいことは嬉しいのだがいきなりの申し出に恐縮する一条、
「お礼はいいってコトさ!嬢ちゃん」
東郷はいかにもな仕草で軽く髪をかき上げる、どうやらあまり話が通じていないようだった。

「ありがとう、東郷くん、冬木くん」
それから暫く経って自転車にまたがり、出発の準備を整えた一条、
東郷の巨体にはやや持て余し気味だった自転車も、小柄な彼女にはピッタリだった。
そんな彼女に冬木が声をかける。
「もし高野に出会えたらこっちに来るように行ってくれないだろうか?」

「高野さん?」
「うん…なんか機械に詳しそうだからさ」
「あのミステリアスなお嬢さんかい?」
東郷の言葉に、少し不安げに頷く冬木、彼の目をもってしても高野には確かに得体の知れない部分がある、
だが、だからこそ冬木は彼女に賭けたかった。
「わかった…それと私も今鳥くんを見つけたらすぐに戻るね」
「ああ、いつでも待ってるぜ」
サムズアップで応じる東郷、それを照れながらちらりと見返すと…一条はもう振り返ることなく
ペダルを踏みしめると、猛烈なスピードで文字通り風のごとくその場から去っていった。

「一条さん、無事に会えるといいな」
寂しげに後姿を見送る冬木、そんな彼の肩をがっちりと掴む東郷、オマケに何を勘違いしているのか
妙にムードを作った口調で囁いたりしている。
「ま、彼女の幸せを祈ってやるんだな」
東郷の吐息を耳元に受けながら冬木は思った。
彼が”いい奴”なのはわかる…だが正直暑苦しくてたまらない。
花井が主張を他人に押し付けるタイプなら、東郷は信頼を他人に押し付けるタイプだ。
これさえなきゃ、もう少し女性にモテるだろうにな…と
冬木はためいき混じりに東郷へと振り返った。

【冬木武一】
【現在位置:C-03】
[状態]:健康(やや現実逃避気味)
[道具]:支給品一式 ノートパソコン
[行動方針] :反主催、秘密基地作り

【東郷雅一】
【現在位置:C-03】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 
[行動方針] :反主催、秘密基地作り

【一条かれん】
【現在位置:C-03】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 ドジビロンストラップ(限定品)、折りたたみ自転車(東郷の支給品)
[行動方針] :今鳥を探す
(自転車が一条のパワーに耐え切れず、分解する可能性あり)



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