胡蝶の夢






『砺波っ』
 ユサユサと、私の肩が揺すられる。
『とーなーみー!』
『ん……?』
 誰かが私を呼んでいる。せっかく人が安らかな時間を過ごしているというのに、邪魔をするのは一体どこの誰だろうか。
 抗議の一つでもしてやろうかと目をあけると、仁王立ちの閻魔様――もとい我らが学級委員長が、そこに立っていた。
『砺波、起きなさいよ。もうとっくに授業終わったわよ』
『アレ? 舞ちゃん? ここは……学校?』
 寝ぼけ眼で前を見ると、そこにあるのはいつも見慣れた安っぽいつくりの机と椅子の列。
 下を見ると、やはり私が長い間お世話になっている机とよだ……。
『わわぁっ!?』
『全く、無防備にも程があるわよ』
 呆れきった顔で舞ちゃんが呟く。
 多分、今の私の顔は茹で蛸みたいに真っ赤になっているのだろう。うぅ、情けない。
『……いつの間に眠ってたんだろ』
『六時間目の途中からずっと』
 時計を見ると、現在の時刻は四時半。
 電気が消えた教室は、夕日で赤く色づいている。
『あちゃー。またやってしまったか』
『まぁ、確かに加藤先生の授業はつまんないけどさぁ。あんた達熟睡しすぎよ』
 そう言って、舞ちゃんは私から見て左の方へと視線の向きを変えた。
『え? あんた達って……』
 つられて、私も横を見る。その瞬間、全ての事情が飲み込めた。
『播磨君と、塚本さん……』
 そこにはこれまた見慣れた光景が広がっていた。クラス一のほほんとした塚本さんと、クラス一の不良な“はず”の播磨君。
 こうして並べて見ると、何だかあまり、というより全然違和感がない。
『谷先生なんて呆れて、起こそうともせずに帰っちゃったわよ』
『あは、あはは……』
 憔悴しきった先生の顔が簡単に想像できる。
 天然っ子と不良が揃いも揃って居眠りじゃあ、どう対応していいかわからないもんねぇ。
 まぁ、今回については私も加害者なんだろうけど。
 そんなことを考えている内に、ガララッ、という音とともに教室の前の戸が開く。
 こんな時間に誰だろうと注意を向けると、顔を出したのは見慣れた美しいお顔であった。
『ん? なんだい君達、まだ帰ってなかったのか』
『あ、刑部先生』
 刑部先生はそのまま教室へ入ってきて、塚本さんと播磨君の眠っている姿に溜息をついた。
 それから私の机の上のよだ――もとい私の寝ぼけた顔を見て状況を察したらしく、呆れ顔で呟いた。
『修学旅行も終わって気が抜けるのはわかるが、来年は君達も最高学年だ。
 もう少し、自覚を持った行動をだねぇ……』
『そういう刑部先生は、お仕事いいんですか?』
 舞ちゃんが、首を傾げながら尋ねる。
 その視線の先には、刑部先生の右手。黒い革の鞄が握られていた。
 そういえば、なぜかコートまで着込んでいる。明らかに帰る気満々な格好だ。
『……どういう事だね、大塚君』
『さっき、笹倉先生と郡山先生が探してましたよ。何でも職員か』
『邪魔したね。好きなだけ教室でなごんでいたまえ』
 そそくさ、という擬音があまりにも似合いそうな格好で、刑部先生が退散していく。
 先生って職業はこんなにも自由が許されるのだろうか、という疑問がふと浮かんだが、全国の教師から苦情が来そうなので心の中に留めておく事にした。
『相変わらずだね、刑部先生』
『ほんっと、ウチの学校は生徒だけじゃなくて先生も……』
 流石の舞ちゃんもダメージが大きすぎたようだった。苦笑いが痛々しい。
 私も、同じような笑いで返すしかない。
 気付くと、ひとしきり笑い終えて気をとり直したらしい舞ちゃんが、私の分の鞄を持ち上げていた。
『さ、それじゃあ私達も帰りましょうか』
『うん。あ、でもこの二人は?』
 あんまり静かにした覚えはないのに、塚本さんと播磨君は相変わらず爆睡中。
 というか起きる気配がない。このまま放っておいたらある意味一夜を共にしそうだ。
『塚本さんは、高野さん達に任せれば大丈夫でしょ。播磨君は、まぁ、沢近さんとかが多分』
『そう、だよね』
 塚本さんに、周防さん。高野さんと沢近さんと、そして播磨君。
 クラスでも一番目立っているメンバー。播磨君と沢近さんの仲はどうなのかよくわからないけど、まぁ、放っておくようなことはないと思うし。
 正直、起こしたところで播磨君と何を話していいか分からないもんなぁ。

『それじゃあ、帰ろうか』
 舞ちゃんの手から鞄を受け取って、教室を後にする。
 なんとなく名残惜しいような気もしたが、舞ちゃんの私を呼ぶ声に急かされて、私は帰路へとついた。
 もう時間も遅いので、買い食いもせずに真っ直ぐ歩いていく。
 修学旅行の思い出など何気ない会話が続く中、舞ちゃんが思いついたように『そう言えばさ』と、口に出した。
『何?』
『さっき刑部先生も言ってたけど、私達もうすぐ三年生になるのよね。来年こそは、もう少しまとまりがあるクラスがいいわ』
 切実さがにじみ出るような口調で、舞ちゃんがぼやく。
 以前に舞ちゃんが、この一年間の唯一の救いはハリセン効果で二の腕がだいぶ引き締まったことだけだ、と言っていた事を思い出した。
『でも、今のクラスもなかなか楽しいじゃない』
『それは、まぁ、否定しないけどね』
 複雑な表情だけど、舞ちゃんは決して嫌そうには見えなかった。
 今年の2−C、私はとてもいいクラスだったと思う。皆の仲が良くて、ふざけあって、まとまりが無い様で、実はどこか一体感があって。
 こんないい友達にめぐり合うことはそうそうあることじゃない。
 ついついニヤニヤしちゃう顔が抑えられない。というか、抑える必要も無いのだけど。
『ハリセン姿も、様になってるよ?』
『……それ、あんまり嬉しくない』
 一日一回は、舞ちゃんのハリセンが奏でる旋律を聞かないと調子が出ないなんて告白したら、舞ちゃんはどんな顔をするのだろうか。
 そんなことを考えたが、あまりよい結末が思いつかなかったのでやっぱり口にしないことにした。
『あーあ。三年生になったら、もっと青春らしい事したいなぁ!』
 少し恥ずかしい台詞を、舞ちゃんがちょっと大きな声で叫ぶ。
『恋とか?』
『恋とか』
 恋愛ってのは、乙女が求め続ける不朽のテーマであるわけでして。
 舞ちゃんは前、テニス部の三年生に気になる人がいるって言ってたけど、その人もこのままいけば卒業しちゃう。
 全然告白とかするつもりもないみたいだけど、それはなんでだろ? ひょっとして、他に気になる人でもいるのだろうか。
『舞ちゃんって、西本君と仲いいよね。もしかして』
『それ以上言ったら絶交だからね』
『ゴメンナサイ』
 殺意ともとれる怪しげな光が舞ちゃんの瞳に浮かび、私は反射的に謝っていた。
 こんな舞ちゃんは見たこと無い。今後一切、この事について触れるのは止めておこう。
『あんたは、どうなの?』
 土下座へと移行しようかなんて考えていたところ、不意に上から舞ちゃんの声がかかる。
 どうなのよと言われても、ピンとこない。
 流石に白馬の王子様を待ち焦がれる歳は卒業したけれど。正直、少女漫画のような恋に憧れている部分がまだあると自覚している。
 周りの男子は面白い人ばかりだが、恋愛対象といえるかと問われれば、それはどうだろうと首を捻らずにはいられない。
『私? 私は……あんまりそういう事考えてないなぁ』
『枯れてるわねぇ、私達』
 溜息交じりに、舞ちゃんが呟く。
 いやまぁ、否定は出来ない。
『あはは』
『まぁ、人生これからよ、これから!』
 右の拳を突き上げて、思いっきり強がりにしか見えないよ舞ちゃん。
 なんかちょっと涙目だし。私も哀しくなってきたよ。
『私の青春はハリセンぶん回すためにあるんじゃないもの。きっと来年こそはっ! ……そう思い続けて十七年間』
 がっくりと肩を落として、そのまま舞ちゃんはトボトボと前を歩いていった。
 それは、私も同じようなものだけれど。でも、私たちにはまだまだ先があるんじゃない。
 まだ若いんだし、人生これからいくらでも……。
『あ、れ?』
 両の頬を流れる、冷たい感触。
 舞ちゃんは、鞄で頭をガードして、慌てた素振りで私を手招きしている。
『雨が降ってきちゃったわね。砺波、早く帰るわよ』
 違う、これは雨じゃないよ。
 なんでだろう? どうして、私は動けないんだろう?
 待ってよ舞ちゃん。足が、足が動かないの。
『どうしたの? 早く早く!』
 そんなに急ぐ必要ないよ。もう少し、もう少しだけゆっくりしよ?
 ダラダラと歩きながらさ、将来の話とか。そうだ、舞ちゃんは小学校の先生になりたいんだよね。やっぱり、大学もそっち方面に強いところいくのかな?
『これは大降りになりそうよ。ほら、急いで!』
 いや、だよ。行きたくないよ。ねぇ、舞ちゃん。
『我が侭言わないで。ほら、砺波っ!』
 駄目だよ、行かないよ。あと少し、このまま、このまま……。
『砺波っ! とーなーみー』
 呼んだって駄目だよ。
 私はいかない。呼ばれたっていかない。だってわかっているんだもの。
 本当の舞ちゃんは、きっともう、私の名前を呼ぶことができない。

   ▼   ▼   ▼   ▼   ▼

「砺波さん。砺波さん」
「あ、れ? ここは?」
 気がつくと、目の前には烏丸君の顔。
 額に冷たさを覚え、手をやるとそこには水で濡らしたハンカチが置いてあった。
 ぼんやりした頭を覚醒させるため起き上がろうとすると、細かい砂の感触が手に伝わってくる。
「島の東。海岸線」
「島? だって私さっきまで学校に……」
 右を向くと、そこに広がっているのは見慣れない海。
 朝陽が水面にうつりこみ、きらきらと輝く。
「そうか、やっぱりあれは夢だったんだ」
「夢?」
 こんな事態になるとは、微塵も思っていなかった頃の記憶。
 あんまりパッとはしなくても、それなりに未来への期待とかでウキウキできた頃の思い出。
 それらがいっしょくたになったようなものが、今の夢そのものであった。
 どうでもない日常さえ、今の私にとっては楽園のように思えてしまう。夢で見た舞ちゃんの笑顔は、あまりにも眩し過ぎた。
「そうだ! 烏丸君。舞ちゃんっ! 舞ちゃんは……」
 夢を見る前の、最後の光景が頭に浮かぶ。
 制服を真っ赤に染めた舞ちゃん。それを抱きかかえる高野さん。岡君と美奈がその傍らにいて、対峙する様に立っていた烏丸君。
 その全身は、やはり真っ赤に染まっていて。日本刀の柄に手がかかっていた。
「まさか、烏丸君が舞ちゃんを……」
 後ずさりしたくても、身体が硬直して言うことを聞かない。
 そうこうしている内に、烏丸君の手が私のほうへと伸びてきた。
 どうしよう、次に殺されるのは私かもしれない。
 ああ、お父さんお母さん。残念ながら、私はここで終わりのようです。
「砺波さん」
 これまで生きてきて十七年間、彼氏が一度もできなかったっていうのが唯一の心残りかもしれません。
 冷蔵庫の中のプリンは、誰にもあげませんからお墓の前に納めてください。
「砺波さん」
「ひぃっ!?」
 我ながら情けない声を出して、必死に身体をのけぞらせる。
 しかし突き出されたのは日本刀ではなく、一枚の紙切れ――いや、地図であった。
「あの、コレ」
 左手にある時計を見ると、現在の時刻は八時半過ぎ。烏丸君が差し出した地図には、六時の放送の内容がきちんとメモされていた。
「放送は命に関わるからね。砺波さんの分もメモしておいたよ」
 そう言って私に地図を手渡し、烏丸君は私に背を向けてしまった。
「あ、ありがとう……」
 ろくに頭も働かず、とりあえず今貰ったメモの詳しい内容をチェックすることにする。
 新たに死んでしまったのは四人。その中には、やはり、舞ちゃんの名前も書いてあった。
「舞、ちゃん」
 この島に来て初めて、友人達の殺し合いによる人の死を目の当たりにした。
 それまでは、放送で次々と死者の名前が呼ばれても、なかなか現実味を帯びてこなかったのに。
 しかし目の前で舞ちゃんが死んでしまった。殺されてしまった。
「大塚さんは、殺されたんだ。……高野さんに」
 烏丸君が何時の間にか私の顔を覗き込んでおり、目が合った瞬間、静かにそう告げた。
「た、高野さんがっ!?」
 私は、自分の耳を疑った。
 そんなバカな話があるわけが無い。友達だと思っていた人に、友達が殺されるだなんて。
 そんなことあるわけが無い、と叫びだしたかったが、でも、現実はやっぱり残酷で。
 この島では、既に二十人以上の友達が殺しあっているという事実が頭にこびりついて離れない。
「うん。そうして僕に罪を擦り付け、彼女はまだ雪野さんや岡君と一緒にいる。
 高野さんは銃を隠し持っていて、僕は砺波さんを連れて逃げ出すので精一杯だった」
 信じられない。いや、信じたくなかった。
 高野さんを仲間に迎えいれるのに、最後まで難色を示していたのは舞ちゃん。美奈はわりと、っていうかかなり歓迎していたし、私は私で疑おうとはしなかった。
 最終的に舞ちゃんを説得して、高野さんを仲間に引き入れたのは私だ。
 吐き気に近い感覚がこみあげてきた。
「信じがたいのはわかってる。砺波さんから見れば、僕が殺したっていう可能性も十二分にあるんだろうし」
「それは……」
 確かに、そうだ。烏丸君が舞ちゃんを殺した可能性だってある。でもそれなら、なんで私は生きているんだろうかということになる。
 そりゃ、首が折れるかと思う程の衝撃が認識出来た瞬間は生きた心地しなかったけど。今は確かに生きている。足もあるし、砂浜に影だってうつりこんでいる。

「僕の事を信じては欲しい。でも、それを無理強いは出来ない。僕といるのが不安だというなら、別行動をとってもらっても一向に構わない」
 そういえば、烏丸君の目的は播磨君を探す事だったはず。
 私がついてこないとしても、彼の予定は変わらないに違いない。
 普段のマイペースぶりが健在なのは、いつの間にか出発の準備を始めだしているという事実が嫌というほど物語っている。
「でも、高野さん達のところに戻っては駄目だ。きっと、君は殺されてしまう」
 手は止めずに、烏丸君が釘を差した。彼の話を信用するなら、私は高野さんの企みを知ってしまった事になる。
 高野さんの目的は、この島から逃げ出す事なんかじゃ決してなく、最後まで生き残る事。
 その為には、きっと私なんか躊躇なく殺してみせるのだろう。
「……美奈」
 美奈だって、いずれ殺されてしまう。そう考えると、一気に背筋が凍りついた。
「烏丸君の話が本当なら、美奈が危険だよっ! あの娘、高野さんの事を信用しきっちゃってる。
 もし烏丸君が嘘をついていないっていうなら、美奈を助けるのを手伝って!」
 でも、烏丸君は何も応えてくれない。うつ向いたまま、黙々と作業を進める。
「烏丸君っ!」
「それは、出来ない」
 やっと彼の口から出てきた言葉は、私の期待に全く応えてくれなかった。
 失望と悲しみで、頭が真っ白になる。
「ど、どうして」
「彼女は――雪野さんは、高野さんに心酔しきっているみたいだ。高野さんもその点をよく心得ている。役に立つ駒だと、そう表現していたよ」
「駒って、そんな。美奈は、高野さんを信じて……」
 それ以上、言葉が見つからなかった。高野さんをつれてきた時の美奈の幸せそうな顔は、今でも鮮明に思いだせる。
 この島に来てから不安そうな顔と泣き顔しか見せなかった雪野が笑ってくれた事は、とても嬉しい事だったのに。
 自然と、目から液体が流れてきた。これは心の汗に違いない。
 泣いてたまるものか。泣いたって、何も変わりはしないんだ。
「同じ場所に止まっていても、どうにもならない」
 準備を終えたらしい烏丸君が、最終宣告のようにそう告げる。
 でもその言葉とは裏腹に、口調には冷ややかさなんて微塵も無かった。
 こちらを気遣うような、優しい声。
 塚本さんが烏丸君を好きな理由が、少しだけわかったような気がした。
「僕は播磨君を探しに向かう。砺波さんは、どうするの?」
「私は……」
 様々な情報が、頭の中をグルグルと回る。
 二年生になってクラスも決まったあの日。皆でチアガールもした体育祭。イカレた矢神祭。イギリスにいくはずだった京都修学旅行。
 そしてこの島に来てから起きた様々な事。判断材料はたっぷりある。
 ……でも、色々考えたけど、結局最後に頼れるのはそんなものじゃなかった。
「私は、烏丸君と一緒に行く」
 頼るべきなのは、女の勘ってやつだ。
「僕を信じてくれるのかい?」
「……わかんない」
 首を傾げて、烏丸君がこちらを見ている。
 首を傾げたいのはこっちの方だ。皆して好き勝手やっちゃって。振り回されるこっちの身にもなって欲しいよまったく。
「わかんないけどっ! ……烏丸君が嘘をつく理由があるとも思えないし。実際、ついていく以外の選択肢が浮かばないの」
「正直だね」
 馬鹿にしているのか、素直な感想なのか。
 烏丸君の能面の様な顔からは何も読み取ることができず、なんだか自分だけがピエロをやっているみたいに思えてきた。
 顔から火が出る位に恥ずかしい。
「う、うるさいなぁもうっ!」
 あいも変わらず、烏丸君は無表情。独り相撲がなんだか虚しくなってきたよ。
 ……でも。
「ただ、これだけは約束して」
「?」
 一つだけ、言っておかなくちゃいけないことがある。
 救えるものなら救いたい。それが友達の命なら、なおさらだ。
「もし、高野さんや雪野と鉢合わせになったとしても、雪野に傷はつけないで。そんな状況になったら、私が雪野を説得する」
 烏丸君は、それにも淡々と答えた。
「さっきの話、聞いてなかったの? 雪野さんはもう……」
 最後までは言わせず、烏丸君の口を指先一本で封じる。
 諦めてなんかやるもんか。そんなこと、お天道様が許しても舞ちゃんが許してくれそうに無い。
 生きるんだ、皆で。冷蔵庫の中のプリンは、私が食べるって決めてあるんだ。
「手遅れなんて言わせない。私が説得してみせる。もし言う事を聞かなかったりしたら……ぶん殴ってでも目を覚まさせる!」
 烏丸君に向けていた拳をグーに握り、高々と天に向けて突き出す。
 私は本気だ。舞ちゃんのハリセン並の力が私の腕に宿っているかはしらないけど、バストアップ体操で鍛えた私の筋肉は飾りじゃない。

「女の子って、強いね」
「これくらい開き直らなくちゃ、こんな状況でやっていけないわよ!」
 半泣き状態で、どうしようもない憤りを烏丸君にぶつける。
 そしてその時、見てしまった。烏丸君の、珍しい表情を。
「そう、かもね」
 そう言って烏丸君は、ほんの僅かだけだけど、笑った。
 一瞬の出来事だったから私の気のせいかもしれないけど、私には笑っているように見えた。
 突然降ってきたメガトン級の攻撃に、私のハートは16ビートを刻んでいる。
 しかしそうこうしている内に、烏丸君は新たな目的地へと歩き出した。
 私も、慌ててリュックを背負って烏丸君についていく。
「待って烏丸君。まずはどこを目指すの?」
「禁止エリアを避けて、鷹野神社へ。その後の事は、その後で考えよう」
 人探しってのは、人の多いところを探すのが基本。
 ここから近くて烏丸君が通ったことの無くて人の集まりやすいスポットと言ったら、ホテル跡くらいしかないのだから、その予定は適切だといえた。
 烏丸君についていくという選択が、どういう方向に進んでいくのかはまだわからない。
 けれど彼となら、なんとなくよい方向に向かっていくような気がした。
 もちろん、まだ彼が舞ちゃんを殺した可能性だってゼロではないはずなのだけれど。
 なぜか私には、烏丸君が舞ちゃんを殺すなんてマネするようには思えなかったから。
 さっきの不意打ちの笑顔が、ふと頭に浮かぶ。……うう、いかんいかん。烏丸君は塚本さんのだったっけ。
「ところで砺波さん」
「はいっ!?」
 私の動揺を察したかのような、タイミングのいい――いや悪い問いかけに、私の声は裏返る。
 烏丸君の視線は、しかし私には向けられず、私の持っているリュックに向けて注がれていた。
 これまでに無いような、真剣な表情。私のリュックの中に、いったい何が入っているのだろうか。
 緊張で、心拍数が上がる。烏丸君はゆっくりと口を開き、そして、言った。
「カレーパン、持ってる?」
「……はい?」






【二日目:午前8時〜9時】

【砺波順子】
【現在位置:D-08】
[状態]:健康。
[道具]:支給品一式×2(食料4 水2) パーティーガバメント
[行動方針]:烏丸についていってみる。
      雪野の救出。

【烏丸大路】
【現在位置:D-08】
[状態]: 健康。服は返り血まみれ
[道具]:支給品一式(食料はカンパン、カレーパン、水2) 日本刀
[行動方針]:1.カレーパン探し
      2.原稿を描く(播磨に手伝って欲しい)
      3.2が終了後冬木らに協力する



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