彼女の笑顔
「順子ぉーーーっ!何処に居るのーーっ!!」
「おーいっ!出て来い烏丸ぁーっ!」
観音堂を出発した高野、雪野、岡の3人は時折声を出しながら烏丸と砺波の二人を捜索していた。
時間を節約する為に大塚の遺体の埋葬はできず、目を閉じさせた上で棺桶代わりとして押し入れに安置するのが精一杯だった。
雪野は後ろ髪引かれる思いだったが今は生きている友人の事を考えねばならないと叫び続ける。
高野本人は大声を出すのは不味いと思ったが、”声を掛けても反応が無かった”という理由付けがあった方が雪野も先に進みやすいと判断して黙認する。
この辺りの木立は人が隠れられる程生い茂っておらず、制服姿の男女が入り込んでいた場合は直ぐ見つかる筈だが人影は何処にも無い。
焦る気持ちから自然と早足になる雪野に引っ張られるように3人はどんどん先に進んでゆく。
(私としては彼女がこのまま見つからない方がありがたいわね)
高野は烏丸を警戒しながら内心そんな事を思っていた。
砺波が烏丸から事の真相を聞かされるのは確実だろう、だが砺波がそれを信じるかどうかは重要ではない。
問題はどちらの場合にせよ、間違いなく砺波は高野本人に本当かどうか問いただそうとする事だ。
烏丸の言葉を信じた場合、岡はとにかく友人の雪野を助けに戻って殺人者は自分だと訴えるだろう。
烏丸を信じられず自分達の所に戻ってきたとしても烏丸から何を言われたのか説明する過程で2人に伝わる。
2人がその後も自分を信じ続けるとしても疑心の種は蒔かれてしまう。
僅かな疑いさえも起こさせない為にはこのまま砺波と離れ離れの方が高野にとって都合が良かった。
「烏丸のヤロウ、一体何処まで行きやがったんだ」
2人の姿を見つける事を出来ないまま、一行はC-8エリアの中央近くまで来てようやく足を止めた。
茂みや木の陰を見回って疲れた雪野は肩で息をしているが反面彼女程捜索に熱心でなかった高野と岡の疲労はそれ程でも無かった。
「ううっ、順子…」
雪野は心配のあまりその場に座り込んでしまう。
最悪の事態を想像したのかしゃくりあげ始めた。
岡が何もできずに困った顔をしていると高野が彼女の両肩にそっと手を置いて慰める。
「大丈夫よ雪野さん、まだ砺波さんが死んだと決まった訳じゃないわ。だから決して泣いたりしないで」
そしてそのまま両腕を雪野の背中に回し、そっと抱きしめてあげる。
これは効果てきめんらしく、雪野の震えも徐々に収まっていった。
「ありがとう高野さん…、私まだ頑張れそうな気がしてきた」
雪野は顔を上げると目元の涙を拭って高野に笑顔を作る。
(まったく雪野さんは手がかかるわね、駒は駒らしく扱い易くなって欲しいわ)
高野は元々こういうスキンシップは好きではない。
自分の都合よく動かす為とはいえ、こうベタベタしなければならないのはかなりの苦痛である。
彼女も元気になってきたし離れようとしたところ、今度は雪野の方から腕を伸ばされ抱きつかれてしまう。
「でも、お願いだからあと少しだけこのままでいさせて」
「え、ええ、ちょっとぐらいなら構わないわよ」
思わず振り払いたくなったがぐっと我慢する。
そんな高野の心境を知らない雪野は顔を胸に埋めてしまった。
これにはさすがの高野も殺意が沸く。
「高野さんの胸あったかい…」
本気で突き飛ばしたくなるの堪える余り高野の眉がヒクヒクと震える。
そんな女同士のやりとりを見ていた岡はというと、恥ずかしさで目のやり場に困ったのかあらぬ方向を向いていた。
(まったく、女同士っていいよなぁ。でも男の俺をもっと頼ってくれよな)
この男、自分が何をしたのかもはや全然気にしてないらしかった。
結局、高野の我慢強さが勝りようやく離れた雪野と岡相手にこれからの方針を話し合う事にする。
「2人はもうこの辺りに居ないと考えて間違いないでしょうね、お堂で話した通りホテル跡かお寺のどちらかを目指すわ」
そこで一度言葉を区切った。
雪野と岡も異論は無く黙って頷く。
「俺は烏丸は無学寺に行ったと思うな。だってホテル跡までは山道だぜ?アイツが疲れてるってなら少しでも楽な道を選ぶんじゃないか?」
意外な事に議論の口火を切ったのは岡だった。
どうやら自分が頼りになる男だとアピールしたいらしく積極的に発言する。
「岡君の言う事も確かに一理あるわ、でも烏丸君ならその裏をかいてホテル跡を目指す可能性だって考えられるわね」
高野がやんわりとその意見に反論した。
正直高野にも烏丸の思考を読む事は難しい、そう単純にはいかないだろう。
2人が無学寺とホテル跡のどちらにも居ないという事も十分に考えられる。
「私の意見を言わせてもらうわね、ここはホテル跡を目指すべきよ」
高野はキッパリと言い切った。
正直、高野にはどうしても烏丸達を追わねばならない理由は無い。
遭遇するかわからない相手よりも自分自身の事を考える。
優勝に近づく為にはどちらへ向かった方が有利な結果をもたらすか。
そして出した結論がホテル跡を選ぶ事だった。
「烏丸君が話した事覚えている?探知機能付きのパソコンが鎌石村にあった言っていた、そしてホテル跡はその鎌石村に近いわ」
「もしホテル跡に順子が居なくても、村へ行ってそのパソコンを見つけられれば居場所がわかる、という訳なのね。さすが高野さん!」
雪野が言いたい事を察して感心した。
しかし烏丸を疑う岡からはそれに対して疑問の声があがる。
「でもよ、そもそも烏丸の話が信用できるのか?パソコンの情報を見れたはずの東郷が死んだんだぜ。ただの出任せかもしれないじゃないか?」
第二回放送の後に烏丸にぶつけた疑問をそのまま言う。
高野にはそれが信用に値する情報と思うが岡にとって烏丸は騙し討ちを行った殺人者だ。
彼のもたらした情報を信じられなくても当然だろう。
「そうかもしれないわね。でも手掛かりが乏しい現状では調べるだけの価値が十分にあるわ」
もし自分がそのパソコンを手に入れられれば今後が非常に有利になる。
その為に砺波の救出を出汁にして2人に手伝わせようというのが高野が決めた本当の行動方針だ。
烏丸はその後で追えば良い。
もちろん2人はそんな高野の心情など露程も知らないが。
岡はうーん、と考えていたが代案を出せるでもなく高野の提案を受け入れる事にした。
雪野はといえば自分の意見を出す訳でもなくすっかり高野に依存しきっている。
「私は高野さんの意見に従うよ?だって私よりも高野さんの考えの方がいいに決まっているもの」
高野はそんな雪野を見て、全く幸せな子ねと胸の中で毒づいた。
そして彼女は目の前に立ちはだかる神塚山のその山容をゆっくりと見上げる。
ホテル跡を目指すには禁止エリアを避けながら山の中腹をぐるりと回らねばならない。
到着は昼近くになるだろうか、いずれにせよ時間がかかる。
「雪野さん、それに岡君、ここから先は厳しくなるわよ。覚悟は出来ているかしら?」
改めて後ろの2人に問い掛ける。
もちろんここで2人が脱落するとは思ってない、これは気力を高めさせる手法の一つだ。
「へっ、あんな山どうって事ないさ」
「私だって順子を助ける為なら平気です!」
岡はそう言って笑い、雪野も弱音を吐かなかった。
予想通りの反応に高野は満足する。
「いい覚悟ね、では行きましょう」
海からは時折潮風が吹き寄せてくる。
3人はそれを背中に受けながら新たな目的地へ向かって動き出した。
数時間後、高野一行は山中の斜面を進んでいた。
その先頭を歩くのは岡である。
「頼りにしているわ」と高野に頼まれた事で鎖鎌を張り切って振るい、邪魔な枝や草を切り開いて道を作って先へゆく。
おかげで続く雪野と最後尾の高野は随分と楽だ。
しかも雪野も高野が少しでも楽になるようにとさらに草を掻き分けてくれるので高野本人はそれ程苦労しない――――はずなのだが誤算があった。
「きゃっ!」
また雪野が足を滑らせた。
そのまま転びそうになるのを高野が腕を掴んで引き起こす。
「ごめんなさい高野さん、また助けてもらったわね」
お礼を言いながら雪野は頬を赤らめる。
これで3度目だ、元々彼女の運動能力には期待していなかったがここまで足手まといになるとは思わなかった。
ひょっとしたら高野に助けられたくてわざと転んでいるのではないかと疑いたくもなる。
しかし捻挫でもされて動けなくなられても厄介なので助けざるを得ない。
パソコンを手に入れたら早めに切り捨てた方がいいかもしれないとつい考えてしまう。
(せめて一度くらい役に立って欲しいわね)
でなければ今まで何の為に堪えてきたのかわからない。
その時雪野が再び悲鳴を上げる。
またか、と一瞬思ったが彼女の足元に一匹の蛇が見えた。
どうやらあれを見て驚いたらしい。
蛇は雪野の足元を潜り抜けシュルシュルと音を立てて高野の方へと向かってくゆく。
しかし高野は全く動じずに腕を動かす。
薙刀の石突きが蛇の胴へと叩きつけられ、あっさりとそれを押さえ込んでしまった。
そのまま力を込めて殺そうとしたが――――思い直す。
これは案外使えるかもしれない。
「大丈夫雪野さん?まさか噛まれたりしなかった?」
気遣うふりをして蛇から目を離さないまま雪野に心配そうな声を掛ける。
チラリと確認すると雪野は蛇が怖いのかやや離れた場所で怯えながら立っていた。
「う、ううん。驚いたけど私は何処も噛まれてないよ」
雪野は震えながらもそう答える。
どうやら驚いただけらしい。
先頭に居た岡も異変に気付いて戻ってくる。
「待ってろ高野!俺が何とかしてやるぞ!」
株を上げるチャンスが巡ってきたと岡の鼻息は荒い。
だが高野は手を出してそれを制する。
「2人共ちょっと下がってくれないかしら、この蛇が毒を持ってないかを調べてみるわ」
雪野はああ言ったが噛まれた事に気付いて無いだけかもしれない、毒を持った蛇なのかよく見る必要があると理由を付けて下がらせる。
その言葉に雪野は青くなり、岡は蛇の種類など判断しようも無いので大人しく高野の言う事に従った。
2人が離れたのを確認した高野は彼らに背を向ける形で屈み込む。
これなら2人には私の背中しか見えてないはずだ。
観察するふりをして素早く薙刀の鞘だった革製の袋へと詰め込んでおく。
後ろからは蛇がそのまま逃げてしまったと思うだろう。
「…どうやら毒蛇では無いみたいね、安心していいわよ雪野さん」
そう言うと高野は袋を体の陰の隠して立ち上がる。
雪野はそれを聞いてホッと胸をなで下ろした。
これについては高野は嘘を言っていない。
高野は最初見た時から蛇の種類が毒を持たないシマヘビだと見抜いていた。
本当に毒蛇でも良かったのだがそれでも利用価値は見出せる。
安心した一行が再び歩き出すと最後尾を歩く高野は2人の目を盗んで蛇が入った革鞘をリュックの中へと収めておく。
実際に役に立つかはわからない。
しかし、その使い道を考える事自体が高野の悪戯心を刺激する。
(ふふっ、なかなか面白くなってきたわ)
雪野の後ろで一人高野は笑う。
そして思い出す、このゲームを知った時の事を。
数ヶ月前、退屈凌ぎにネットを巡っていた私はとあるサイトに行き当たった。
それはとある国の学校からクラス全員が誘拐され、殺し合いを強いられたと告発する内容だった。
具体的な地名や自分の属していた学校名、そして多くの個人名とその詳細が記載され、自分はそのゲームの優勝者であるという。
解放後警察や周囲にゲームの事を訴えたが誰も何もしてくれない、せめて一人でも多くの人間にこの事を知って欲しいと綴られていた。
ネットには興味深そうな話が海岸の砂粒程転がっているが大抵信用に値しない。
しかしそのサイトの内容は何故か私に強い印象を抱かせた。
流し読みして席を離れ、数時間後に戻った時にそのサイトは痕跡も残さず消えていた――――否、今から思えば消されたのが正解だろう。
後日何度か探してみても再びその内容を目にする事はなかった。
だけども記憶している地名や学校名を足が付かない形で調べたところ、一クラスに相当する学生がひっそりと死んでいる事を突き止めた。
驚いた、本当にそんなゲームが行われているのだろうか?
「もう、播磨君たら酷いんだよ!」
「何?またヒゲが何かやらかしたの?」
「おっ、面白そうな話だな。アタシにも詳しく聞かせてくれよ」
私は学校で何時ものように塚本さん達の他愛無い話を聞きながら思う。
いつもの授業、いつもと同じような会話、繰り返される平和な日常。
皆、それが卒業まで続くと信じているようだった。
もし、このクラスがあのゲームに選ばれたとしたら?
例えばこの能天気な程明るい塚本さん、殺し合いの中でもそんなに笑っていられるのかしら?
愛理や美琴だったらどうだろうか、ついそんな事を考えてしまう。
どんな行動をして、そして誰かを殺すのだろうか?
私はそれを実際に見てみたいと思っている事を自覚した。
そして最初の教室で目が覚めた時、これはあのゲームなのだと一瞬で理解した。
騒ぎ出すクラスメイトを見ながら私の心は沸き立ってゆき思わず笑み浮かべてしまった
永山さんと大塚さんを銃と刃物で殺した時、そしてそれを知った麻生君と烏丸君の反応は思い出してもまた格別に感じる。
あの平和なクラスが壊れてゆく様は本当に楽しめる。
楽しい――――けど足りない。
私はまだ満足していない。
もっと殺してみたい。
雪野さんの扱いには苦労させられる分、殺すその時が楽しみになる。
この子はどんな顔して死んでゆくのだろう、早くそれを見てみたい。
私が笑いたくなる程面白い事はめったに無い、普段の生活ではまず見つからない。
でもこのゲームでは心から笑えそうだ。
今もこうして口元が緩んでしまう。
しかし今は我慢しよう、優勝するまでの辛抱だ。
その時は誰にもはばかる事なく笑ってみよう。
そして高野は普段通りの無表情に戻る。
ほんの僅かな時間、彼女の口元に浮かんだ笑みを見たのは物言わぬ木と草だけだった。
先を行く2人はその間何も知らず、ただ高野が歩きやすいようにとひたすら道を作り続けている。
それを見て高野はまた笑ってしまいたくなるのを辛うじて堪えた。
【午前10時】
【高野晶】
【現在位置:E-06】
[状態]:軽く疲労
[道具]:支給品一式(食料は、残り2食分) 薙刀 シグ・ザウエルP226(AT拳銃/残弾15発) 薙刀の鞘袋(蛇入り)
[行動方針] :雪野は使えるなら利用する。岡も使えるなら利用する。パソコンに興味を持つ。
麻生と敵対。(ただし優先して排除しようとは考えていない)
[最終方針] :ゲームに乗る。パーティー潜伏型。
【雪野美奈】
【現在位置:E-06】
[状態]:少し疲労。晶に依存気味
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) 工具セット(バール、木槌、他数種類の基本的な工具あり)
[行動方針] 1:高野の為に動く。 2:高野晶と行動をともにする。3:順子を助ける
【岡樺樹】
【現在位置:E-06】
[状態]:打撲傷多数 、少し疲労
[道具]:鎖鎌 支給品一式(食料無し、水2)
[行動方針] :「高野の心の支えになるのは俺だっ!」と素敵な勘違い中。
[チーム方針]:ホテル跡を目指す、パソコンを探す。
前話
目次
次話