束の間の休息
麻生、サラ、三原の3人は島の東西を結ぶ道路に出ようと森の中を歩いていた。
この森は常緑樹が多いらしく冬にも関わらず温暖なこの島の気候と相まって先が見通せない程緑が濃い。
油断無くウージーを構えた麻生がになって進み、邪魔なツタや下草を踏みしめて後ろの2人が歩きやすいようにする。
「うおっ!?」
突然麻生が体勢を崩した。
そのまま転びそうになるがかろうじて堪える。
「先輩!」「麻生君!」
それを見たサラと三原が慌てて駆け寄る。
「すまん、ちょっと足をとられた」
見れば麻生の右足がくるぶしあたりまで水の中に入っていた。
草で解らなかったがどうやらここは湿地帯らしい。
「2人共足元に気をつけろ」
そう言って麻生は注意深く歩く事を再開する。
地図には載ってないが近くに水場があるのかもしれない、そんな事を考えながら茂みをかき分けると突然目の前が明るくなる。
森の暗さに慣れた麻生は目に入る光が眩しくて思わず掌をかざした。
やがて目が慣れるとそこには泉があった。
恐らく神塚山の伏流水が湧き水となって出てきたのだろう。
少しの濁りも無く底の砂粒がはっきり見える程澄み切っている。
先程の水はここから流れてきたものらしかった。
「ちょうどいい、ここで水を補給しておくか。これだけ綺麗な水なら生水でも大丈夫そうだしな」
3人はリュックからペットボトルを取り出して水を詰め始める。
ボトルを水に沈めると心地良い冷たさが掌に伝わってきた。
「あのう、私ここで水浴びしたいんだけどいいかな?」
水の補給が終わると三原がそんな事を言い出した。
麻生はその言葉に一瞬面食らったが改めて見れば3人ともかなり汚れていた。
死者を埋葬する為に掘り出した土や死者の血液が体に付いて酷い有様だ。
おまけにその作業によって流した大量の汗で服の内側から汗臭さが漂ってくる。
これでは女の子が気にするのも当然だろう。
「そうだな、じゃあサラも体を洗うといい。その間俺が見張っておいてやる」
先を急ぎたい気持ちはあるがここは三原の提案に賛同する。
今の姿では他人に会ったところで警戒されてしまうかもしれなかった。
「先輩、私はこのくらい別に気にしませんから」
サラはそういうが普段のきれい好きな彼女を知っている麻生にとって、今の姿は見ている自分の方が辛い。
「じゃあ今から休憩時間だ。俺も休む、お前達の為に立ち止まる訳じゃないから気にするな」
「サラちゃん、今はその言葉に甘えてもいいんじゃないかな?」
「……そうですね。先輩、では少し休ませてもらいます」
2人の言葉にサラもようやく賛同する。
正直、彼女も体を洗いたかったのだ。
「そういや暖まる為の火も起こさなきゃならないな」
この島は温暖とはいえ今は冬だ。
冷えた体をそのままにしておくのはいかにも不味い。
「でも私達ライターもマッチも持ってませんよ?どうやって火を起こすんですか?」
「大丈夫だ俺に考えがある。2人共すまないが荷物を貸してくれ」
麻生は差し出された三原のリュックから9ミリ弾を取り出すとサラの装備であるボウガンの矢を工具代わりにして弾頭部分を取り外した。
そして残った薬莢を2人に見せる。
「こいつの火薬を利用するのさ」
湧き水の影響なのかやや開けた場所が近くにあった。
3人はそこに移動して麻生の火起こしをサラと三原が興味深く眺めていた。
麻生はまず枯草や小枝など燃えやすい物を集めると薬莢を傾けて中の火薬を振り掛ける。
「成る程、あとは銃で撃って火を付けるんですね!」
「おいおい、それじゃあ音が出るだろう。こうするんだよ」
三原の考察を取り下げて麻生は盛り上がった火薬の上に薬莢を逆さに載せる。
そしてボウガンの矢を低部にあてがい、ウージーをハンマー代わりにして叩きつけた。
薬莢の底部には発射薬に点火する為の雷管があり、通常銃器の撃針がそこを叩くことによって発射薬に点火する仕組みである。
麻生はボウガンの矢をその代用として使い、見事火薬への点火に成功する。
「ま、こんなもんだ」
枯草から炎が立ち上ったのを確認して麻生は笑った。
その手際の良さに見ていた2人も感心する。
後は3人がかりで周囲から必要な分の焚き木を集め積み上げた。
これで水浴びの準備が整った訳である。
時間の節約の為には2人が水浴びをしている間に麻生が焚き木を集めても良かったのだが
泉と焚き火の場所が近い以上、さすがにそうするのは遠慮された。
「それじゃあ俺は見張りをしてるからな、何かあったら大声を出せよ」
「銃があるんだし大丈夫よ、麻生君こそ絶対覗かないでよね?」
「三原先輩、先輩は信用できますよ?それは私が保証します」
三原が明るい調子からかうと麻生も心配そうな表情を崩した。
それが麻生への三原なりの気遣いという事は麻生もサラも理解する。
やがて麻生が背を向けて茂みの向こうへと去ったのを確認すると残った2人は着ているものを脱ぎ始めた。
こんにちは、三原梢です。今私はサラちゃんと泉で水浴びをしています。
サラちゃんの肌はとても白くてまるで雪のように綺麗です。さすがは白人さんです、
でも胸については年上の私の勝ちです。クラスでも上位だという自信はあるんですよ、えっへん。
それとサラちゃんてば意外と大人っぽい下着を着けているんですね、人は見かけによりません。
あまりジロジロ見ていると恥ずかしがっちゃったのかサラちゃんが赤くなります。
調子に乗りすぎました、ごめんなさい。
最後に入浴したのが一昨日の夜ですから一日半ぶりに汗を流します。
これが熱い温泉だったらと最初思いましたが冷たい水も悪くありません、滝に打たれる修行者の様に身も心も引き締まりそうです。
水がとっても澄んでますのでえいっと潜りますとサラちゃんの下半身がばっちり見えちゃいます。
顔を出したら怒ったサラちゃんに水をかけられてしまいました。
それと洗うのは体だけではありません、汚れた制服や汗に濡れた下着も洗っちゃいます。
サラちゃんと2人で洗って汚れがキレイに落ちました、後は乾かすだけです。
という訳で、今私達はワイシャツ一枚という姿で焚き火の前に座っています。
私とサラちゃんの周りには制服から靴下まで草の上に並べて乾かしている最中です。
麻生君が薪を一杯集めてくれましたので時々火の中に投げ入れてみます。
パチンと火の粉が飛んできました、ちょっと怖いです。
乾くまでの間、サラちゃんと一杯お話しました。
ゲームの事ではありません。学校の事や最近あった面白い事など普段のように楽しくお話しできました。
でも麻生君の事を聞いたらはぐらかされたのが残念です。
一方、離れた場所で見張りを行っている麻生である。
実は彼は先程からかなりの空腹を感じていた。
一日中屋外で動き回って食べたのは菓子パン2個だけで育ち盛りの身には非常に辛い。
今まで極度の緊張感で空腹を感じられなかったのだろうが限界が来たのだろう。
背負っているリュックからパンを取り出して食べればいいのだが律儀な性格だけに食事は皆と一緒と決めていた。
(考えたらまともな食事したのは一昨日の朝食が最後だよな)
社会科見学という偽りでパスに乗せられたのが朝のHRだった。
せめて昼食の後だったのなら今少し持ったかもしれない。
それでも数時間程度の違いだっただろうが。
今はまだパンの残りがあるが問題はこれからだ。
ゲームの期限は3日間とされているが麻生達は当然その間に死ぬつもりも殺すつもりも無い。
なんとか首輪を無力化して他のクラスメイトと共に脱出を図るつもりである。
先は長い、となると食料をどうするか。
殺し合いを止めさせたとしてもパンが尽きれば食料目当てで争いが再び起こらないとも言い切れないのだ。
殺し合いに乗らない自分は誰かの食料を当てにするつもりはない。
それ以外の入手方法は多くない、麻生には食べられる植物の知識は無いしサラや三原だって同じだろう。
心苦しいが民家の食料や畑に野菜などが残ってないか探すという選択肢もある。
死者の荷物にも手を付けたくは無いがやむを得ない時が来るかもしれない。
まずは周防と合流したい、その後脱出はもちろん食料探しについても提案しようと考えた。
(それにしてもパンだけというのはキツいな。もっと腹の足しになりそうな物を食いたいんだがな)
先程自分が起こした火を思い出す。
あれを使ってサラや三原にも腹一杯に食べられるものを作れないか?
焼肉でも食べれば元気が出るだろう。
(カラスの丸焼き、は無理だな。友人を食べたかもしれないカラスを喰うのは俺も無理だ)
そこで麻生は一つの心当たりに突き当たる。
肉ならカラス以外のものが大量にある。
それも新鮮で食べきれない量が。
先程自分達が埋めたそれ……
(馬鹿な!俺は何を考えてるんだ!)
麻生はぞっとした。
正気と思っていた自分も知らず知らずのうちにおかしくなっているのかもしれない。
普段なら絶対考えない答えを出してしまったのがそれを裏付けている、と恐怖を感じてしまう。
その時泉の方から自分を呼ぶ声が聞こえた。
どうやら水浴びはもう終わったようだ。
何も無かった事に一安心して2人の所に戻ろうと踵を返す。
途中何度も頭を振って先程の思考を追い出そうと試みる。
しかし、一度生じたネガティブな考えはべったりと頭の奥に張り付いて離れようとはしなかった。
それでも無理に押さえつけて決して2人に動揺を悟られないようにしようと決意する。
そんなこんなで私とサラちゃんはすっかりリフレッシュできました。
どうやらまだ頑張れそうです。
サラちゃんとは裸のお付き合いをした事でもっと仲良くなれた気がします。
服も着終わりましたので見張ってくれている麻生君に伝えます。
「麻生君、もうこっち来ていいよーーっ!」
呼びかけるとやがて麻生君が茂みを掻き分けて戻ってきた。
「こっちは何も無かった、どうやら2人共綺麗になったみたいだな」
汚れが落ちた両者を見て麻生は安心した表情を作る。
どうやら離れ離れでいる間心配をしてくれたらしい。
「次は先輩が体を洗ってください、私達が見張ってますから」
「いや、俺は顔や手足を洗えば十分だ。あまり長居をしている訳にはいかない」
麻生はサラの勧めをやんわりと退けた。
男の自分はあまり汚れを気にしないから周防を早く探したいという事だろう。
その気持ちを察してサラもこれ以上は言わない。
(俺はまだ正常だ)
麻生は両手で泉の水を掬って顔を洗いながら自分にそう言い聞かせた。
冷たさで身が引き締まる。
あれは空腹と疲れから来た心の悪戯に違いない、これ以上考えるのはよそうと決めた。
「よし、それじゃあ火を消して出発しよう」
これで3人の休息は終わった。
サラと三原は肉体的にも精神的にもかなり良い影響があったが、麻生だけはそうはいかなかった。
だが、それは表に出る事なく一行は泉を後にする。
麻生が思い当たった答えは誰にでも浮かぶ『くだらない考え』の一種で間違いは無い。
普段なら二度と思い起こす事も無くそのまま忘れてしまう程度のものだ。
しかし、今まで信じてきた事も信じられなくなるこのゲームを目の当たりにして麻生は自分自身を疑ってしまった。
”果たして俺は正気なのか?”
心に浮かんだ一つの疑問が今後どのように波紋を投げかけるのか、その答えは誰も知らなかった。
【午前11時30分】
【麻生広義】
【現在位置:G-07】
[状態]:健康(疲労は回復、空腹を感じています) 自分の精神状態に疑問を感じ始める。
[道具]:支給品一式(食料5、水4) UZI(サブマシンガン) 9mmパラベラム弾(50発) メリケンサック
[行動方針] :サラを護ることが最優先。サラの願いを叶えたい。
周防を捜す。菅の仇を討つ? 高野に敵対。食料の欠乏を心配。
今後、出会った相手は基本的に警戒。播磨とハリーを特に警戒
[備考] :播磨が天王寺、吉田山を殺し刃物を所持していると思っています。
【サラ・アディエマス】
【現在位置:G-07】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(食料3、水4) 壊れたボウガン(M-1600、現在二本装填) ボウガンの矢3本(リュックの中) アクション12×50CF(双眼鏡)
[行動方針] :反主催・みんなを守る。
[備考]:麻生を信頼、高野を信頼。護るために戦う。
播磨が天王寺、吉田山を殺し刃物を所持していると疑っています。
【三原梢】
【現在位置:G-07】
[状態]:健康、精神的に若干持ち直す
[道具]:支給品一式(食料2、水3) ベレッタM92(残弾16発) 9ミリ弾198発 エチケットブラシ(鏡付き)
[行動方針] :音篠、今鳥を殺した相手を探して…その後どうするかは迷っている。
自分のするべきことを見つける。できれば殺し合いをやめさせたい。
[備考] :ハリーを警戒。結城が心配。
播磨が天王寺、吉田山を殺し刃物を所持していると思っています。
[共通備考]:盗聴器に気づいています。
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