目指す場所
三原梢が無学寺を後にして以後、奈良は建物の中で一人悩み続けていた。
(結城さん来ないな、やっぱりどこか別の場所に行ってしまったのかな。僕はどうすればいいんだろう)
時計の針はとっくに7時を過ぎている。
これ以上待っても無駄なのでは無いかという思いが奈良の中で次第に大きくなってきた。
じっとしていられずに意味も無く建物の中を歩き回ったり、窓から何度も外の様子を伺っては今後の方針について考えるのだった。
「しょうがない、書置きでも残して僕も出発…」
結城を待つ事に見切りを付けようとした途端、窓の外に動くものが見えた。
それが見慣れた制服だと一瞬遅れて理解した奈良は慌てて外へと飛び出してゆく。
来訪者が敵である可能性もあったがあの制服は女子のものだ。
待ち人の結城、あるいは探していた天満かもしれないと思うと一刻も早く誰かを確認したかった。
結城つむぎは12時間ぶりに無学寺へと戻ってきた。
6時の放送時以外は殆ど休憩を挟まずに歩き通しての帰還である。
ただでさえ足が弱いのに加え、禁止エリアに入るかもしれないという怯えが彼女を一層疲労させていた。
それでもしっかりと歩いてこれたのは少し前の放送で花井の名が呼ばれなかったという希望。
そして、彼女の心を占めつつある歪んだ愛情によって支えられてきたからだ。
すぐにでも休みたかったが気を緩めるにはまだ早い。
ショットガンを構えつつ居るかもしれない他人を警戒し、ゆっくりと入り口に近づいてゆく。
するとドタドタという足音を立てて誰かが入り口から姿を現した。
「結城さんっ!?良かった、無事だったんだ!」
全く警戒する素振りも無く現れたのは男子の奈良健太郎だった。
ショットガンを向けられているにも関わらず結城の姿を見て喜んでいる。
(花井くんじゃないんだ、残念ね…)
結城は現れたのが想い人でなかった事に落胆する。
本当には直ぐ引き金を引いて死人にしたかったのがどうしても聞き逃した第二回放送の情報を得なければならなかった。
「落ち着いてよ、僕は結城さんに何かしようなんて考えてない。三原さんに聞いて君の事を待ってたんだ」
両手を上げながら奈良は自分に敵意が無い事をアピールする。
結城がショットガンを持っているとは聞いていなかったし、それを向けられて驚いたが
三原から結城が殺人者を怖がっていたという話を聞いた事で警戒するような相手ではないという思いがあった。
「…三原さんが? まだ中に居るの?」
自分を見捨てた相手への怒りがふつふつと湧き上がってきた。
思わずショットガンを構える腕に力が入る。
「いや、今は僕一人だよ。三原さんはさっきの放送のすぐ後に出て行ったんだ。本当だよ」
結城の目を見ながら奈良はそう説明する。
恐らく本当だろう、彼の事をよく知っている訳では無いが銃口の前で平然と嘘が付ける人物とは思えなかった。
少しの間、両者は無言のまま見詰め合う。
「…わかった、信じるわ。詳しい話を聞かせてくれる?」
結城が銃口を下げると奈良がホッとした表情を浮かべた。
そのまま奈良の後を付いて無学寺へと入る。
本当はショットガンを突きつけたままでいたかったのだが結城の体力では構え続けるのが辛かっただけだ。
奈良など今の結城には用が済めば躊躇い無く撃てる有象無象に過ぎなかった。
二人が本堂の隅に腰を落ち着けると、まず奈良が今まで起こった事を丁寧に説明する。
花井に関する情報が無かったのは残念だが結城にとっては貴重なものだ。
第二回放送を聞き逃した事を告げると「災難だったね」と気の毒そうな表情で自分の地図や名簿を結城に見せた。
これによりようやく不安の原因が解消されて結城は喜ぶ。
(これで奈良君はもう必要無いわね、後は隙を見て一発撃ってと)
自分の地図と名簿に情報を写し終えた結城は早くも奈良をどう始末するかに考えを巡らせる。
そんな事はおくびにも出さず、ありがとうとお礼を言う。
「次は私が知っている事を教えるべきなんだけど…、正直すぐにでも休みたいの。その後でもいいかな?」
半分嘘で半分本当だ。
疲労で頭を働かせるのが辛いが、どうせ殺す相手にわざわざ話す事など何も無いのも本音である。
実際、結城の表情や汚れた制服、手足の擦り傷は奈良から見ても辛そうで無理も無いと思った。
「わかった、じゃあ横によっているといいよ。僕が見張りをやっておくから」
奈良もいろいろ聞きたいだろうが何も言わずに休息を勧めた。
早速リュックを枕代わりにして横になる。
先程の言葉は前言撤回、休息中の見張り程度は役に立つ。
ショットガンを預ける事には不安も無い訳では無いが仕方ない。
緊張が途切れると後は早い。
たちどころにまぶたが重くなり、結城は闇の中へと沈んでいった。
(余程疲れていたんだろうな、待っていて良かった)
奈良はそんな結城の寝顔を確認するとショットガンを構えて見張りに向かう。
待ち人が来たという事、そして自分が彼女の役に立っているという事に奈良は喜びを感じていた。
もし出発を決意するのが少し早かったらと思うとぞっとする。
(三原さん、今頃どうしているんだろう)
ここで奈良は少し前に別れた三原の事を考えた。
敵討ちを考える彼女を止めるぺきなのだろうか。
(もし自分が三原さんの立場だったら?)
奈良の想い人は天満だ。
放送で呼ばれていたのが彼女の名だったとしたら…
(駄目だ!そんな事考える事できる訳ないじゃないか!)
頭を振ってその考えを追い出す。
結局答えを求められないまま結城が起きるまで奈良は見張りの役目を果たす事にした。
数時間後、結城が目を覚まして上半身を起こすとそれを見た奈良がすぐ駆け寄る。
今の時間を聞くともう10時になっていた。
まだ疲労が残っているものの身体は大分楽になっている、普通に行動する分は支障無いだろう。
「奈良君ありがとう、迷惑ばかりかけてしまって」
「気にする事無いよ、迷惑だなんてとんでもない」
奈良は照れながら頭をかく。
全く警戒心を持たない奈良に対して結城はほくそ笑む。
このままショットガンを返してもらえばそれで終わりだ。
(本当にありがとう、これで花井君に会いに行けるわ)
結城の脳裏に無残に射殺された奈良の姿が鮮明に浮かぶ。
ここで奈良は結城の視線が何処に向かっているのか気が付いた。
「あ、ごめん。今返すよ」
余計な警戒心を抱かせたかもしれないと自分を責め、ショットガンを差し出そうとする。
結城がそれを受け取ろうを手を伸ばしかけた瞬間意外な声を掛けられた。
「そうだ、これからの事なんだけど診療所を目指したいんだ。結城さんの手当てしないと」
奈良は心配そうな目で結城を見る。
全身の擦り傷は深くは無いものの、手足のあちこちにかさぶたが出来ていた。
応急措置として水で軽く洗った程度しかしておらず、化膿する恐れは十分にある。
(傷の手当て、ね。どうしよう?)
ゆっくりとショットガンを受け取りつつ結城は奈良の提案を健闘する。
今すぐ奈良を殺して花井を探しに行きたいが傷が痛むのも事実だった。
「それに、ひょっとしたら誰かそこに居るかもしれないしさ」
その言葉が結城を刺激した。
予定を変更するべきか結城は真剣に考える。
見張りの最中、奈良は今後の行動について考えた。
自分にとっては天満との再会を目指したかったが結城の状態を見ると言い出しにくかった。
かといってここに留まっていても事態が良い方向に向かうとも思えない。
そこで思いついたのが診療所への移動である。
結城の治療を行いたいのも本心だが、診療所か途中で天満に出会う可能性もある。
天満以外の人間と会ってもその人物は天満達と接触している可能性は十分高い。
その部分に触れなかったのは結城が今後もここで休みたいと言うのではないかと考えたからだった。
あくまでも結城の気遣いから出た言葉だと思ってもらえれば断りづらいのでは無いかという訳である。
傷をダシにする事に奈良の心がチリチリと痛んだが大げさに結城を心配してみせる事で自分を誤魔化す。
(ごめん結城…)
答えを待っていると結城の唇がゆっくりと動く。
「私なんか気遣ってくれてありがとう、じゃあお言葉に甘えてる事にするわ」
ここは奈良の提案に乗ってみよう、花井に会う前にみっともない傷は隠したかった。
殺すのは何時でも出来る、なら利用するだけ利用してからでも遅くは無い。
ショットガンを杖代わりにして立ち上がると奈良に対して笑顔を向ける。
(寿命が延びたわね奈良君。といってもせいぜい数時間でしょうけど)
そんな心を露程も知らずに奈良も結城に笑い返す。
一見互いを気遣っているように見える二人だか、その心には修正不能な程の大きなズレが存在していた。
後は話もそこそこに出発の準備を整える。
結城の持っていた殺虫剤などは奈良のリュックに移し、防弾傘は奈良が、ショットガンは結城が持つ事に決まる。
「それじゃすぐ出発しましょう、時間は惜しいんだから」
こうして二人は無学寺を後にした。
「結城さん大丈夫?、やっぱりもう少し休んでからの方が良かったかな」
海を右手に暫く歩き続けた二人は三叉路を超え、G-09とH-09の境となる曲がり角の手前で休息をとった。
十分な休息を取った奈良はそれ程疲れてないものの結城の方は息が上がりかけている。
「私はまだ平気よ、早く診療所に行きましょう」
結城はあくまで強がっていた。
数時間程度の休息ではやはり足りなかった、しかし根を上げる訳には行かない。
(待ってて、花井君)
花井の事を考え、なんとか気力を奮い立たせる。
休憩はこれで終わりと主張するように立ち上がった。
「無理しないでゆっくり行こうよ、診療所は逃げないんだから」
背後の結城を気遣いながら奈良はスローペースで前を進む。
間も無く第四回の放送が行われる。
天満の声が呼ばれるはず無いと信じながら奈良は新たな一歩を踏み出した。
同時刻、奈良達と正反対の方向からも診療所を目指す二人が存在した。
「おいおキヌ、氷川村が見えてきたぜ!」
前方を行く斎藤が声を上げる。
I-03が禁止エリアになる前にその場所を抜けた斎藤と鬼怒川の二人は現在I-05の道を順調に進んでいた。
道の向こうに集落の屋根が立ち並んでいる、あそこが目的地の診療所がある氷川村だ。
距離はまだあるが目的地が目に入った事で足を動かす励みになる。
このペースなら1時間半〜2時間程度で診療所に辿り着けるだろう。
「ところでおキヌ。診療所で薬を取った後はどうすんだ? 無学寺へ行くのか?」
斎藤が疑問を口に出す。
天満とララから得られた情報では無学寺に誰かが居る可能性は高い。
「その事なんだけど診療所に行ったらそこを動かず待ち伏せしない? これからはケガ人も増えるだろうし必ず誰かがやって来るわ」
「何だよそりゃ。ちょっと後ろ向き過ぎないか?」
待ち伏せという考えは斎藤の性格に合わないのかあまり良い顔をしなかった。
「ねえ斎藤くん。私達の強みって何だと思う?」
「何だよいきなり…、銃を持ってるって事か?」
斎藤が手に持つAR15を掲げてみせる。
「違うわ、それは私達には探したい相手がいないという事。つまり私達は動き回る必要なんて無いのよ」
「なる程、そういやそうだよなな。だからこその待ち伏せって事か」
確かに自分が探している相手はいない。
探したい相手は目の前に居る鬼怒川だけだ。
「わかってくれた? 待ち伏せなら体力も温存できるし悪くないと思うんだけど」
二人は朝から歩き通しで足が痛くなりはじめている。
確かに今後は体力の温存を優先すべきかもしれない。
「じゃあ診療所で役に立つ物を集めたら残りは処分しておこうぜ。俺達だけが薬を持っていればかなり有利になるだろう?」
どうやら斎藤も納得したらしく
しかし斎藤の提案を鬼怒川は首を振って否定する。
「そのやり方はあまり良くないと思うわ、中を確認してすぐ逃げられてしまう可能性が高いもの。診療所の状態が伝われば誰も来なくなってしまうかもしれないし」
そう言うと鬼怒川は自分の作戦を語りだした。
「まず私達が必要な分を手に入れる、後はそのまま置いておくわ。ただしちょっとした細工してね」
斎藤は黙って鬼怒川の声に耳を傾ける。
「その後で誰かが診療所にやって来る、慎重に中を調べると荒らされた形跡も無く安心してケガの治療をするか薬を持っていく。けどその薬が毒だとしたら?」
鬼怒川の言いたい事を理解して斎藤が目を見開いた。
「誰かが診療所から持ってきた毒を他人に飲ませる、あるいは消毒薬と思って毒を塗る…」
淡々と鬼怒川は語り続ける。
その光景を想像すると斎藤も背筋が寒くなった。
「確実に集団の内部には深刻な疑念が生まれるわね。仲間割れに繋がっても不思議では無い程にね」
「でもよ、すると俺達はそれを見てるだけなのか?」
感心しつつも新たな疑問を口にする。
「私達は診療所が良く観察できる民家に隠れるわ、相手が3人以上なら積極的に仕掛けないし薬だけが目的ならそのまま行かせる」
「なら1人か2人の時はどうすんだ?」
「その時は診療所から出てきた所を隙を見て襲うわ、人数が1人でも減っていれば御の字よ」
「成る程、そのまま仲間割れしてくれるかもしれないよな」
「そう、終わったら死体を隠して静かに次に誰かが来るを待てばいいわ」
斎藤は舌を巻いた。
自分の頭ではとても思いつかなかったアイディアだ。
「でも最初は毒の効果を調べる為に手を出さないで様子見が必要ね」
毒の効果がこの作戦の鍵だ。
実験台はどうしても必要だろう。
「しかし問題は診療所に毒が有るかだろう? そこまで用意されてないかもしれないじゃないか?」
「大丈夫、薬というものは適量が違うだけでも毒になるの。中身を入れ替えるだけでもそれなりの効果が見込めるわ。
無かったとしても農家だった家や倉庫を調べれば農薬が残っているかもしれない、それを消毒薬に溶かし込んだり薬瓶の中身と入れ替えれば良いわよ。
包帯やガーゼに薬剤を染み込ませるなど出来る事は沢山あるわ」
自分が思いついた疑問にことごとく答えを返されて斎藤はもう言うべき事が無い。
「お前って恐ろしい奴だなあ…」
感心するその言葉を鬼怒川は黙って聞いていた。
斎藤は気付いてないが今の提案は鬼怒川の心境の変化から生まれたものだった。
仲間割れで殺し合ってくれるなら直接自分が手を下さずに済む。
勝手に毒を持って行って自分の目の届かない場所で飲むのなら罪の意識が少なくて済む。
積極的に動かなければ殺し合いの現実をあまり目にしなくて済む。
やがて次の放送が始まるはずだ。
順調にいけば今後、自分達の蒔いた種によって多くのクラスメート達の名が呼ばれるだろう。
やがて呼ぶ名前が全て尽きるまで自分の心が保ってほしい。
そう願いながら少しずつ近づく氷川村とそこにある診療所を目指してゆく。
互いに距離を縮める2組の男女の事など知るよしも無く、診療所はただ無言のままそこに存在する。
建てられた目的とはまるで正反対の使い方をされるために。
【午前11時30分】
【現在位置:G-09】
【結城つむぎ】
[状態]:全身にすり傷。やや疲労
[道具]:支給品一式(地図、食料3、水2) 散弾銃(モスバーグM500)残弾3 レンズ片
[行動方針] :診療所で傷の手当てを行った後奈良を殺す。花井を探して合流する。
花井以外をまず殺す(周防、八雲、高野を優先)
花井も殺して自分だけのものにする。
[備考]:花井以外を警戒。診療所で誰かと会った場合の対応はその時考える。眼鏡の右レンズ破損。
【奈良健太郎】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(地図1、食料5、水3) 防弾傘(一部に破れ) 殺虫スプレー(450ml) ロウソク×3 マッチ一箱
[行動方針] :診療所で結城を治療する。天満本人か天満の情報を持つ他人が診療所に居ないか確かめたい。
[備考]:結城を疑っていない。ハリーを警戒。播磨が吉田山、天王寺を殺し刃物を所持していると思っています。 天満、三原を心配。
【現在位置:I−05】
【鬼怒川綾乃】
[状態]:健康、殺し合いに不安
[道具]:支給品一式(食料6、水4) スタンガン(残り使用回数2回) 折りたたみ自転車(体重の軽い鬼怒川が丁寧に扱えば少しは保つ)
[行動方針]1:診療所を目指す 2:斉藤と協力しゲームに乗る…
【斎藤末男】
[状態]:鼻骨骨折(止血済み、痛みあり)、顔に引っかき傷、興奮は落ち着いている。
[道具]:支給品一式(食料6、水4) 突撃ライフル(コルト AR15)/弾数:44発 キャンピングライト(弱で残り2〜3時間)
[行動方針]1:診療所を目指す 2:鬼怒川と協力しゲームに乗る
[共通備考]:播磨が八雲、沢近を探していたと思っています
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