信じる心






「さて、どうするダスか……」

 西本願司は先ほど聞いた話を思い出しながら頭を痛めていた。
「これでは哀しみにくれている暇もないダスな」
 少し寂しそうに、でもどこかほっとした声で西本はそう言った。
「もし菅君たちが生きていたら、こんな薄情なワスを軽蔑するかもしれないダスな」
 それでも、と言いかけて西本はそれ以上言うのは止めた。西本は数多くのクラスメイト
や仲間たちの死によってある決意を断固足るものにさせられていた。
 西本の目の光は決して後ろを振り返ってなどいられなかった。
「もう、誰も」
 続く言葉を発しようとしたが、それは叶わなかった。
 その理由は、西本の塞がれた瞳から流れるものが無言で語っていた。

 西本は瞼の裏に、かつて語り合った友たちを、
 そして幼い頃から世話になった世話焼き な女の子を見ていたのかもしれない。



―――― 信じる心 ――――



 今より少し前、西本は播磨から俄かには信じがたい話を聞かされていた。
「今のは全部マジなんだって! いきなり俺が持ってたナイフが沢近めがけてとんでっちまったんだ」


 西本の不信がる表情を悟ったのか、播磨は声を大にして言った。
「一応はわかったダス。でもそれなら、なんで最初に言ってくれなかったんダスか?
信 じてくれないと思っていたってのはわかるのダスが嘘をつかなくてもよかったと思うダス。
あと、もうちょっと詳しく話を聞かせてもらいたいものダス」
 播磨はこの殺し合いが始まってから沢近との間に起きたことを簡単に説明していた。
 西本だって目の前にいる男の話を聞いたまま全部信じてやりたかったが、状況がそれを許してはくれなかった。
「それに、それだけで沢近さんが播磨君に殺人予告をするなんて到底思えないんダスが」
「お嬢の考えることなんざ俺に言われたってわかりゃしねぇよ」
 あいつはいつだって、と播磨は続けようとしたが、話がずれ始めていることに気づきもとの話に戻した。
「とにかく今は時間がねーから詳しい話をしてる暇はない。俺の話を信じてくれなきゃそれでいい」
 播磨は一呼吸すると、縋るような思いで声を絞り出した。
「ただ、信じて欲しい。そんで出来れば、これからここにやって来るだろうお嬢からの誤解を解いて欲しい」
 それを聞いた西本は押し黙って、少し複雑な表情をしていた。
 播磨にももちろん自分のしている話が、魔王と呼ばれた自分という存在から発せられるその言葉がとても信じられないことはわかっていた。
 それでも彼はどうしても西本というこの男に自分の言葉を信じて欲しかった。
 理由は簡単。天満を追いかけるための障害はなるだけ減らしておきたかった。ただそれだけである。
 それでも播磨にとってのそれはとても大切な問題だった。
「わりぃがこれ以上は黙って見つめ合っててもしょうがねぇ」
 なかなか口を開こうとしない西本に痺れを切らした播磨は言った。


「とにかく俺は行くぜ。後のことは、パソコンも沢近も色々任せた」
「待つダス!」
 そんじゃあな、と播磨が言おうとしたのを遮って、やっと西本の口から言葉がこぼれた。
「播磨君は、AVを見るダスか?」
「はぁ?」
 突然の西本の言葉に播磨は少し大きい声で反応をしたが、それを気にせず西本は続けた。
「ワスの家はビデオ屋なんダス。生まれついた頃からビデオを見ていたダス。
それはもう、ありとあらゆるものを何でも見ていたんダスが」
 あの時の出会いは一生忘れられない。西本のその言葉は心の底から出てくる言葉なんだと、
 西本をよく知らない播磨ですら理解できるほど熱を持って語っていた。
「本当ならワスは見てはいけないと言われている棚から、ビデオを一本持ってきたんダス。
最初はちょっとした遊び心だったんダスが、それを見た瞬間、背中に電撃が走ったんダス」
 この世の全てのものの見る目が変わったとか、それから徐々に深みにハマっていったとか、
 西本はAVとの馴れ初めを熱く語っていた。まるでそれが自分にとってとても大切な人であるかのように。
「おまえがAVを好きなのはよーくわかった。んで、だからどうしたってんだよ」
 しかし、播磨にとってはどうでもいい話だったし、何より急いでいたので話の進行をせかした。
「短気は損気なんダスが、まぁいいダス。
要するにワスにとってAVは今でもとても大切 なものなんダスが、播磨君には大切なものはあるダスか?」
「あぁ、ある」
 一瞬の迷いもなく返ってきた言葉は、何よりも大切なものがあることを物語っていた。
「どうやら、それは嘘じゃあなさそうダスな。それが聞ければ十分ダス」
「じゃあ信じてくれんのか?」
「悪いんダスがなにもかもそのまま信じることは出来ないダス。
播磨君にも勘違いがあったのかもしれないダスし。
それでも播磨君が沢近さんを襲おうとしたわけじゃないことは、 とりあえず信じるダス。大体それならワスや周防さんの命が危ないはずダス」


「まぁそんだけ信じてくれりゃ十分だ。んじゃ、後は任せたぜ!」
「あっ播磨君」
 西本がまだ続けようとしたのだが、それに構わず播磨は分校の方へ走って行ってしまった。


「皆が死ん……皆いなくなってしまったから、播磨君をAV鑑賞祭に誘おうと思ったんダスが」
 西本は空を睨みつける。しかし、青空に揺れる太陽も風に吹かれ流される雲も何も語らない。
「そういえばインカムと一緒にナイフも持っていたダス」
 西本は播磨の手に持たれていたナイフのことを思い出して呟いたが、銃を持つ自分より播磨が持っていたほうがいいと思い直した。
 気を取り直すと、前を向いてそして考える。

「さて、どうするダスか……」





 何かを心の底から大切に思うことが出来る人に人殺しなんて出来はしない。
 きっとそうだ、とそう思う西本の心には確かな自信が芽生えていた。



 信じる心。それは――。







 播磨拳児は信じていた。
 塚本天満が自分を必ず待っていると。例えどんなことがあろうと自分が天満を救ってみせると。
 例えお嬢に命を狙われようと、友であったのだろう東郷を殺してしまったのかもしれないと苦悩しようと、
 今鳥や天王寺ら小さいとは言えないような関わりがあった人間達が次々と命を落としていっても、天満のことを思えばなんとか耐えられた。
 天満の笑顔を見ることが出来るのならなんだってやってやるとも思っていた。


 そう……誰かの命が失われることに、なったとしても……


 播磨は少しずつ、ほんの少しずつ、だんだんと追い込まれて狂い始めていた。





「塚本」
 トレードマークのサングラスを陽で輝かせて走りながら一言そうぼやいた。
播磨は信じているのだ。


 塚本天満が生きている。


 播磨はそう信じていた。



 信じる心。それは時に、あまりに悲しい。






【午前:9〜11時】

【西本願司】
【現在位置:E-04 ヘリポート】
[状態]:健康、筋肉痛(多少回復)
[道具]:支給品一式(食料4、水4 食料2と水1は周防から預かり) 携帯電話 山菜多数 毒草少々
ドラグノフ狙撃銃(残弾10発)  山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載)
[行動方針] :1.周防と沢近を待つ 2.沢近から詳しく話を聞いて一応自分も説得する3.仲間を集める
[備考]:仲間の死で少し感傷的になっていましたが、対主催の決意を更に固めました。

【播磨拳児】
【現在位置:E-04 ヘリポート】
[状態]:やや疲労
[道具]:支給品一式(食料5、水3)、インカム子機、黒曜石のナイフ×1本 
[行動方針] :1.この場を離れる 2.天満を探す 2.とりあえず沢近は周防と西本に任せる
[備考]:サングラスを掛けなおしました。吉田山が死んだとは思っていません。
     「もしかしたら自分が東郷を殺したのかも…」と思っています。
     今は分校に向かっています。当然今は天満が死ぬもしくは死んだことは知りません。



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