宣言






 ホテル跡で起きた事件を引きずりながらも、西本願司は時間を無駄にしてはいけないと考えていた。
負の感情に屈してはならない。湧き上がる悲しみを押し込めて立ち上がるべきなのだ。
自分達が直面している二択についても早々に結論を出し、行動を起こさなくてはならない。
西本と周防は石山の残した食料を、播磨は自らの食料に手をつけ話し合いは続く。
「二手に分かれて…ってのはやばいよなやっぱ」
「ダス。どちらかに何かが起きても、放送がない限りわからないダス……」
「うーん……アタシはどうもこういうのは……播磨ぁ、お前はどっちがいいと思う?」
「え?お、俺か……ふ、二手にわかれるのがいいんじゃねえかな?」
「ん〜それもアリだと思うけど、西本の話を聞くとなあ」
 周防と西本がノートパソコンを復旧し、その間に自分は分校近くにいるはずの人間を探す。
東郷の死に触れることもない。パソコンが復活する。天満を探せる。播磨にとってはそれが理想だった。

「……じゃあ播磨君。すまないダスが、ノートパソコンのあった場所まで戻って充電器ごと持ってきてほしいダス」
「お、俺がかよ!?なんで?」
「だって詳しい場所が分かってるの播磨だろ?一人で生きる力が一番高いのも、きっとアンタだ」
 二人の客観的な意見になんとか反論しようと播磨は頭をひねる。
だが、その頭は東郷や天満のことを隠したまま説得できそうなアイデアを生み出してはくれなかった。


「うぐ……お、俺が行くの……は……その…」
 腹をくくるしかないのだろうか。だが今更嘘でしたと言って信じてもらえるかは怪しい。
だがこうして返答に窮している状況もいいとは言えない。八方塞に追い込まれてしまった。
「……播磨、アンタもしかして」
「!な、なんだ周防」
 挙動が不自然すぎたのか、周防から何かを疑うような視線を向けられる。
沢近のこと、東郷のこと――幾分かの心当たりが彼の不安をさらに増大させた。
「もしかして寝てない?そういえばここに来てからも全然……」
 彼女の発言は全くの予想外だった。安堵と同時にそういえば、と体に感じる疲労を思い出す。
「!お、おう……よくわかったな…そうだ、眠ってねえ」
「なるほど…すまんかったダスな、ワスらの都合だけ考えて押し付けてたダス」
「だよな…なんだ、隠すなよ。でもサンキュ」
 見た目は怖いが押しに弱い。何か理由をつけて頼めば、そう無碍に断られない。
周防は自らが知る播磨拳児という人間を思い出し、彼の不器用さと親切心に感謝した。


「とにかく播磨君は休むべきダスな。疲労した体で睡眠不足のまま一人動くのは危険すぎるダス」

(……よくわからんがよし!)

 何やら好意的にとられすぎている気もするが、ひとまず自分が鎌石村へ行くことはなくなった。
今のやり取りに関しては嘘偽りがないことも、心を落ち着かせてくれる。
先程の緊張が抜け落ち、かわりに単純な疲労感が増していくのを感じ取る。
「いいよ、アタシが行く。播磨、だいたいの場所でいいから教えてくれ。
 工務店で電気系統を見たり触ったりしてるから、充電器っぽいものはわかると思う」
「周防さん、それは……」
「西本君はここで大逆転の手段を考えてて。………アタシも、何かやりたいんだ。頼むよ」
 寂しさに迷い、ホテルで待ち続け、何もできないまま大事な仲間を失った。
自分には西本のように鋭い洞察力や、播磨ほど危険人物に対抗できる戦闘力があるわけではない。
受け手に回らず、自分から行動し役立つことで後悔や劣等感、無力感を吹き飛ばしたい。
そんな意思を込めながら頼み込む周防に、西本は首を縦に振るしかなかった。


「わかったダス。どうせ運動神経ゼロのワスでは周防さんについていくこともできないダス……ただし」
「ただし?」
「周防さんが役に立ってないなんてワスらは絶対に思ってないダス。菅君も石山君も、君に救われていたはずダス。
 女性という存在は男子にとって太陽と同義。自らを過小評価はして、焦ってはいけないダスよ」
「……ありがとう。わかってるって」
 西本の許可がおり、正式に役割が決定する。自らの責務の重大さが周防には逆に心地よかった。
地図を取り出し、パソコンのあった場所の詳細を播磨と話す。
「夜だったからあんまりな…多分、この辺だ。窓が木の板で覆われてる建物だったぜ」
「いいよ、大体で。いざとなったら村中探し回るさ」
「…このホテルにある停電用の発電機は使い物にならず、本来送迎用にあるはずの車は一台もなかったダス。
 自然にパソコンや充電器が置いてあるはずないダス。播磨君は会わなかったようダスが、
 村には誰かがいると思っていいダス。くれぐれも気をつけるダスよ」


 すべきことは決まった。ホテルから出て鎌石村にある充電器を探す。即充電ができるよう、
ノートパソコンを持ち立ち上がったところで播磨が周防を呼び止める。
「周防、ちょっと待て。コイツ、使えるんじゃねえかな」
「…播磨君、それはもしや……できれば早く言って欲しかったダス」
 播磨が周防に差し出したのは、一対の相互通信機器――インカムだった。
二手にわかれてもこれがあれば連絡をとることが可能になる。
「うわっパソコンといいコレといい……おいおい播磨、ホントもっと早く言えよな〜」
 喜んだ表情で播磨を睨み、周防は播磨の手にあるインカムを一つ摘み上げる。が、それを播磨は制した。
「そりゃ子機のほうだ。これは親からスイッチ入れてやらないと話せないぜ。こっちにしな。周防から話せたほうがいいだろ」
「あ、そうなんだ…ってかよく使い方わからないんだよね」
「簡単だっつーの。ちょっと貸してみろ」

 戸惑う周防に対し播磨は手早くインカムの使い方をレクチャーする。
五分後、通信が成功したことを無邪気に喜ぶ周防の姿があった。


「よしオッケー。ありがとう。……でも意外だな。播磨って機械強いのか?」
「ん、いや…ただインカムを絃子と使ったことがあるってだけだ」
「絃子?絃子先生?なんで……あ!そういえば西本君、あのこと播磨にも話さないと」
 教師達の真意と背後にいる黒幕の存在。可能性の話ではあるが、黙っておく必要はない。
むしろ一人にでも多く話しておくべきことである。周防に伝えた時のように、
特に意味はないが三人は点となりやがて西本が小声で話し出した。


(…というわけダス。繰り返すダスが、可能性の話ダスよ。ただし、先生達だけでこの舞台の用意は不可能ダス)
(播磨、どう思う?アタシは絶対裏に誰かがいると思うんだけど)
(……確かに驚いたけどよ……ただ絃子が助けてくれるかもってのは甘いんじゃねーのか。
アイツはそーゆー感情持ってない。喜んでぶっ殺す側に回るタイプだ。俺が言うんだから間違いねえ)
(おいおい……そこまで断言しなくてもいいじゃん)
(お前らはあの女の正体を知らねえからそんなことを………………)
 播磨はふと思う。先程手渡したインカム。病院で聞いたとおり、あれは絃子の『お手製』である。
既製品ではない。この世に、たった一つしかない(多分)貴重品なのだ。何故それがわざわざ支給されたのだろう。


 これが絃子の手作りと分かるのは、生徒に限れば自分以外にはいない。周防達のように普通のインカムとしか見ないだろう。
つまりわざわざ貴重な手作りの品を支給する理由はないはずなのだ。しかし実際、彼女のインカムがここにある。
それに、何か意味があるのだろうか?例えば、既製品にはない特別な――――
「甘いかなあ……まあいいや。とりあえず、今の話一応覚えておいてよ」
 珍しく頭を働かせていたところで周防に遮られる。考えても無駄だと播磨はそれっきり今の考えを忘れてしまった。


「携帯電話同様、インカムも常に使いっぱなしにはできんダス。定期連絡や、事件があったときのみお願いするダス。
 誰かに会ったら即連絡ダスよ。それが周防さんの命を助ける可能性を高めるダス」
「連絡はわかるけど…最後のはどういうこと?」
「ためらいなく殺せるのは、危険人物と接触したことを本人達以外誰も知らないからダス。
その場にいないワスらに連絡されたことを知れば、ヘタに動けないハズダス……少し考える力があれば」
 それは自衛のためというにはあまりに頼りない手段であった。だが気休め程度にすぎなくとも
打てる手は全て打つのが、彼女の勇気への応え方であり失った仲間達への弔いだと西本は信じる。


 連絡を入れるタイミングを決め互いの無事が確認できる体制を確認し、作業は荷物の整理に入る。

「銃はいいや。重くて仕方ないし、二人が見張りに使ってよ。荷物はパソコンと水一本でいいよ。どうせ戻ってくるし」
「ナイフくらい持っていったほうがよくねえか?丸腰じゃいくらなんでも…」
「石山君に刺さってた奴だよな……わかった、一コだけな。あ、あと気になってたんだけど」
「菅君と石山君……ダスか?」
 考えを読まれ、やや気まずそうにこくりと頷く。犠牲者の二人の死体をどうするか。
本来なら三人で焼くか埋めるかしてから自分達は行動を起こすべきである。
だがそれに消費される時間と体力は馬鹿にできない。静かに西本の返事を待つ。
「申し訳ないダスが……全てが終わってから、ワスらの流儀で手厚くやろうと考えているダス」
「……わかった。ごめん、菅君…石山君…」
 二人をこのまま放置する。それに当然心から賛同するわけではない。
だがそれはこの場にいる全員が同じなのだ。無念の上で考えた末に出た結論を今更変えることはできない。
「ゴメンな、変なこと聞いて。アタシはそろそろ行くよ」
「頼むダス。周防さんの無事を祈っているダスよ」
「……ま、無理すんなよ周防」


 周防がこちらに手を振りながら走り去っていく様子を、ヘリポートから播磨と西本は眺めていた。
やがて彼女の姿が森に消え、完全に確認できなくなる。西本は聴覚に意識を集中させた。
『こちら周防。聞こえる?西本君?』
「もしもし、こちら西本。聞こえるダスな。周防さん、気をつけて頼むダス」
『わかってるって。じゃ、また一時間後連絡するから。耳から外しててわからなかったは勘弁な』

 西本がインカムの調子を確認している間に、播磨は今後のことを考える。
疲れていないわけではない。睡眠不足も事実だった。しかしG-03地点には彼女がいるかもしれない。
彼女を探すためならば多少の無茶などなんでもない。周防が戻るまでに、自分も戻ればいいだろう。
ようやく動ける状況になった喜びと共に、播磨はホテル内への入り口目掛け、歩き出す。
「播磨君、どこ行くダスか?ホテル内も安全とは言えないダス。すまないダスが、ここで眠って欲しいダス」
「……悪いな。周防が戻ってくるまでちょっくら外出てくるぜ」
「な、なんダスと?どういうつもりダスか?」
 タイミング悪く抜け出す寸前で声をかけられ、播磨は内心舌打ちする。強引に振り切ることもできたが
人探しは自分に非があるわけではない。一応話だけはしておくかと播磨は思った。彼女のことは隠したままで。


「そういや言ってなかったな……パソコンがまだ使えた頃の話だがよ。G-03に人の反応があったんだ。
 四つくらいな。そいつらを探してくる。悪いが止めてもムダだぜ」
「…待つダス。何故もっと早く…まあいいダス。最後に確認したのは何時ごろの話ダスか?」
「三時と四時の間だよ。早くしねえといなくなっちまう。じゃあな」
「それなら、多分向こうからこちらに来てくれると思うダスよ」
「あっそ。……へ!?」
 いざとなったら殴り倒してでもと考えていた播磨にとって、西本の発言は全く予想できなかった。
詳しい話を聞かせてもらおうと、思わず傍にかけよる。
「その反応の動きがどうだったか、ワスも教えて欲しいダス。それでだいたい読めるダス」
「お、おう…最初見たときはもうちょっと南のほうだった。後からみたらG-03にいたぜ」

 ひとまず引き止めに成功し、西本は胸をなでおろす。
播磨の動機はわからないが、今彼が傍を離れてしまうのは非常にまずかった。
正直でまかせの部分もあるのだが、なんとか彼に留まってもらおうと必死に話を考える。
「うぉっほん!…南から来たのなら、当然目標は北ダス。その四人は多分分校跡で休んでいて、
 朝からまた動こうと考えてたと思うダス。そして放送で平瀬村に行けなくなったと分かれば」
「当然ホテル跡の道を通る、か……なるほど、すげえなお前!えっと…に、に、に」
「西本ダス」


 播磨の豪快な寝息を聞きながら、西本はやれやれとドグラノフ狙撃銃のレンズ越しに外の世界を監視していた。
誰か通ったら起こすと約束したものの、分校近くの四人が素直にこちらへ来てくれる可能性は高くない。
彼が目覚めた時誰も通らなかったと知ったらどう思うのだろう。
矛先が自分に向かないよう、こめかみのあたりをひっかきながら、新たな言い訳を模索するのであった。

* * * * * 

 地図によると道沿いに鎌石村へ向かう場合、一度南下して大回りする必要があるらしい。
しかし今は時間が惜しい。面倒なことはとてもではないがやってられない。近道をすることに決めた。
青々と生い茂る葉をかいくぐり、苔むした地面を渡り太い幹を持つ木を支えにぬかるみを超える。
根ざした茎に足をとられ倒れても、棘が肌をかすっても足はとめようとしない。
数々の障害物が潜んでいる悪路をものともせず、一気にE-04からE-03へと駆けた。
息が上がり限界が近づいてきた頃に、ようやく獣道から街道へと周防美琴はたどり着く。

「ふーっ、ショートカット成功!」
 危険な行為だとわかっているが、思わず大声を上げて喜びを表現してしまう。
次の連絡時間までにたっぷり進み、二人を驚かせてやろうという欲求が根底にはあった。
時計を確認するが、予定の九時まであと三十分近くある。


「さてと、もういっちょ走るか……D-03にはいかないとね」
 九時までにD-03にたどり着きし、次の一時間で鎌石村へ到着する。頭の中で予定が着々と組まれていく。
街道に沿っていてはまた回り道になってしまう。今の正確な位置はわからないが、直進すればなんとかなると
周防は単純に考える。補給のために幾度か含んだ水がたまらなく美味しい。

 出発しようとした直後だった。突然強め風が体を貫く。髪が乱雑に舞い、背後の茂みが揺れた。
突風に驚きつつも、周防は髪を軽く整えるため手を頭に添える。だが、それが終わっても背後の音は止まなかった。
それどころかどんどん力強くなっている。風以外が原因となのは明らかだった。
周防は恐怖を感じながらもゆっくりと背後を振り向く。
「みこ、と……?」
 呆けたような声だった。声だけではなく目も、口も。まるで海に生息する不思議な生態の生き物を
初めて見たときのような、関心と呆れの混じった表情。金の髪に鋭い瞳。寂しがり屋のひねくれ者。
毎日顔を合わせている、仲違いも仲直りも乗り越えた、大事な無二の親友がそこにいた。
「み……美琴!!」
「沢近ぁ!!」
 二人の少女は飛ぶように駆け出し、互いの体を包むように抱きしめた。互いの再会を喜び合い、
相手の無事を心ゆくまで確かめ合う。瞳にはうっすらと涙が滲む。
それは惨劇の開始から今に到るまで、彼女らが背負ってきた悲しみとは違う純粋な喜びの表現だった。


 どれくらいこうしていたのだろう。二人は少しずつ落ち着きを取り戻し、やがて照れるようにそっと体を離す。
先に口を開いたのは沢近だった。
「よかった……本当に…無事で……心配かけないでよ……」
「ったく…どっちがだよ。お前もホントにな……」
 いつものように、笑いながら軽口を叩き合う。もう一度顔を見つめあったところで周防の顔が初めて曇る。
「あ……お前…」
 友人の髪が、飽きるほど話を聞かされた彼女自慢の鮮やかな髪が、一本失われていた。
視線に気付いた沢近は自嘲気味に目を伏せ、口を歪める。
「……ああ、この髪?無様でしょう。実はね」
「あーいい、いい!せっかく会えたんだ、暗い話は結構!それよりさ、沢近一人?」
「一人……そうね。一人になっちゃった、かな」
「あーのーなー、なんでそういう言い方するんだよ……ちょっと待ってな。驚かせてやる」
 頭をかきむしりつつ、背のリュックを降ろしインカムを取り出す。つもる話は山ほどあるが、連絡が先と考えた。
辛いことがあったのだろう。だが彼女の性格上、仲間がいることを知れば勇気づくはずだ。


 手早くスイッチONに切り替え電源が入ったことを確認する。沢近は不思議そうな表情をしているが、
今見ているものが何か理解したのか表情が少しずつ変わっていく。

「もしもし、西本君?周防だけど、お元気ですかー?」
『西本ダス。こちらは異常なしダス。ちょっと予定より遅れてたから心配してたところダス』
「悪い悪い。でもいいニュースがあるんだよ。今E-03にいるんだけどさ。沢近に会ったんだよ!もちろんお互い無事!」
『本当ダスか!それはよかったダス。無事で何よりと伝えて欲しいダス』
「オーケー。でもさ、その前にほら、代わってくれよ。……な?」
 ニヤニヤと口元を綻ばせながら、何かを含めた言い回しで西本に伝える。
『ふっ、了解ダス。でも今寝てるので、ちょっと待って欲しいダス。おーい、起きるダスよ』
思ったとおり、すぐこちらの意図を理解してくれたようだ。ラジャー、と親指を立ててもらっている気がする。

「ねえ美琴、誰と話してるの?西本君?今彼と話してるの?代わるって、他に誰がいるの?どこに?」
「へっへっへ〜頼れる仲間がホテルにいるのさ。誰かは話してのお楽しみ。おっと、言い過ぎたかな?」
 もったいぶった言い回しに、沢近はなんとなくではあるが予想がついた。
自分を喜ばせるためにギリギリまで隠し通す存在。おそらくそれは――――――


 しばしの沈黙。おそらくインカムのむこうでは西本が寝ぼけた播磨と格闘しているのだろう。
まだかまだか、沢近に狙いが読まれる前に代わってくれと強く念じる。

『待たせたダスな。今代わるダスよ』
 ガチャガチャとインカムが耳から外され、再び装着される音が伝わってくる。
やがて目的の人物――播磨拳児の寝ぼけた声が聞こえてきた。

『ん……何だ周防、話って。何かあったのか?』
「いやーちょっとね。そのままでいいから、ちょっとだけ待ってくれよ」
『え?おい、そりゃ一体』
 何やら言っているようだがさらり無視し、今度は自分がインカムを外して沢近に渡す。
「沢近、これつけて。耳と…制服のこの辺にでも」
「う、うん……ありがとう」

 戸惑いと期待の入り混じった表情を見せる沢近に手早くインカムを装着させ、『話せよ』と目で合図を送る。
いよいよ種明かしの時間がやってきた。自分は真っ赤になった彼女に怒られるだろうが、それは何の問題もない。
彼女の照れ隠しに過ぎないのだから。日常にあった、自分達の他愛ないやりとりに過ぎないのだから。
わずかな間とはいえあの時間が戻ってくることがたまらなく楽しみだった。


「もしもし……誰……?晶?天満?」

 おやおや、一人足りないんじゃないですか沢近サン?

「……どうしたの、黙っちゃって。ねえ返事してよ。誰なの?……この待たせ方は晶ね?」

 播磨も驚いているのだろう。きっと同じ反応をしているに違いない。まったくもって似たもの同士だ。

「……その、声………………」

 肩がビクリと跳ね上がり、震える唇から発せられる呼吸がヒュ、ヒューと乱れている。この反応は予想外だ。

「……ねえヒゲ。ホテル跡にいるって聞いたけど本当?……そう。待ってて。そうしたら」

 おお、いきなり告白ですか?どうせならもうちょっとロマンチックに

「すぐに殺してあげるから」

 ………………え?


「ありがとう、美琴。確かに驚いたわ」
「沢……近……今、なんて…」
 乱暴にインカムのスイッチを切り、それを目の前で呆然としている持ち主に投げ渡す。
彼女と出会えた上にターゲットの居場所も分かった。朝の放送にまた心を痛め、平瀬村へ行けなくなり
ひとまずホテル跡を目指したところでこの幸運。日ごろの行いがよかったからだろうか。
状況が飲み込めていないであろう親友に簡潔に話を伝えておく。
「美琴、ヒゲは人殺しよ。梅津君を殺し嵯峨野さんを殺し、私も狙われたわ。なんとか髪だけで助かったけど」
「……な、何を言ってるんだよ…播磨が人殺しで、それをお前が……殺す?」
「ホテルに仲間がいるんでしょう。このままじゃ殺されちゃう。急ぐわよ!」
「お、おい待てよ!待てったら!もっと話を……!」

 こんなはずではなかった。一体何があったのだろう。ありえない事態に周防は混乱し、
パソコンの充電も再度西本と連絡をとることも思考の外に放り出されてしまう。
播磨は人殺しをするような人間ではない。沢近はタチの悪い嘘はつかない。
矛盾する思考を右往左往させながら、走り去る親友を必死で追う。見失うのが怖かった。
彼女は間違いなく『本気』だったのだから――――――


「おいっ!もしもし!おい!………ちくしょう。なあ、西。どういうことだ!?」
「西じゃなくて西本ダス。すまんが聞こえなかったダス。沢近さんと話したんじゃないダスか?」
 何かがおかしい。西本は狼狽する播磨の様子から異常を悟ることはできたがその内容までは見当がつかない。
事情を理解しようと努めるため、とにかく一点一点を確認しながら説明させる必要があった。

「何て言われたダスか?もしや話してる間に何かあったダスか?銃声や悲鳴ダスか?」
 油断していたところを近くに潜んでいた何者かに襲われたのかもしれない。
様々なケースを想定し、西本はごくりとつばを飲みこむ。
「最初周防だったんだが…お嬢の奴に代わって…」
「ふむ、それでどうしたダス?」
「……殺人予告、された」
「………………ダス?」
(ちっ……あのお嬢、人の話をちっとも聞きやしねえ……こっち来るっていってたな…どうする…)
 逃げるか、迎え撃つか、説得を試みるか。面倒なことを避け、当初の予定通りG-03へ行ったほうがいいのかもしれない。
迷っている時間はない。今度こそ彼は素早い決断を迫られていた。


【周防美琴】
【現在位置:E-03】
[状態]:混乱
[道具]:インカム親機 、水1、ノートパソコン(バッテリー切れ) 、黒曜石のナイフ×1本
[行動方針] :1.とにかく沢近を追う 2.仲間を集める(特に天満、沢近、高野、花井、麻生) 

【沢近愛理】
【現在位置:E-03】
[状態]:激しい憎悪、手、肩に傷(片方のツインテールをばっさり切られています)
[道具]:支給品一式(水2、食料5) デザートイーグル/弾数:8発
[行動方針] 1:ホテル跡へ行き播磨と決着をつける
2:天満らを一刻も早く捜す 3:嵯峨野をきちんと埋葬する


【西本願司】
【現在位置:E-04 ヘリポート】
[状態]:健康、筋肉痛(多少回復)
[道具]:支給品一式(食料4、水4 食料2と水1は周防から預かり) 携帯電話 山菜多数 毒草少々
ドラグノフ狙撃銃(残弾10発)  黒曜石のナイフ×1本 山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載)
[行動方針] :1.播磨から話を聞く 2.パソコンの復旧を待ってから分校跡を目指す 3.仲間を集める

【播磨拳児】
【現在位置:E-04 ヘリポート】
[状態]:やや疲労
[道具]:支給品一式(食料5、水3)、インカム子機
[行動方針] :1.沢近をどうする? 2.天満を探す 3.沢近の誤解を解く
[備考]:サングラスを外しています(そろそろかける?)。吉田山が死んだとは思っていません。
     「もしかしたら自分が東郷を殺したのかも…」と思っています。

【午前:9〜10時】



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