人数不足
この島に来てから三度目の放送が終わった。
郡山の怒鳴り声は散々聞いてきたが、こんなにも怒りを覚えるのは初めてだ。
冬木は学校の方角を睨みつけ、三沢も片手で頭を抱えて俯いていた。
また多くの級友が死んでいった。
委員長としてクラスをまとめていた大塚。そして今鳥、菅、石山は同じ西本軍団として契りを結んだ仲だった。
(一条…!)
彼女も恐らく今の放送を聞いていただろう。『今鳥を探す』と言って自転車をこいでいった一条の姿を思い出す。
想い人に先立たれた彼女は、今鳥が死ぬ前に再会を果たすことができたのだろうか。
放送後しばらくして、落ち着いた二人は今後の方針について話し合った。
「とりあえず俺が起きてる間は何も問題は無かったな。誰も来なかったし、異常も無し」
そう言いながら三沢は机の上にメモを出す。
見張りの間に、東郷が残したメモを幾つか書き写したらしい。
『なるべく色んな奴に渡した方がいいと思ってさ。あんまり考えたくないけど、俺達が死んだ場合も考えて…』
実際暗くてかなり書きづらかったのだが、東郷が残した遺言を無駄にしたくはないという考えからだった。
(俺達が死んだ場合、か…)
冬木は三沢が写した東郷のメモを見る。
(…東郷は、どういう気持ちでこれを書いていたんだろうな)
自分が死んだ後の事なんて、正直怖いしあまり考えたくない。しかしあの自信満々な男が、自分がこの先死ぬなんて考えるだろうか?
――もしかしたら、東郷は何となく分かっていたのかもしれない。
彼の父親が防衛庁に勤めている事は、教師達なら知っているはずだ。
そして東郷がこの殺し合いに関して多少なりとも情報を持っている事も、確実にとまではいかなくとも可能性としてはありえると考えるだろう。
だから東郷がその情報を話そうとした場合、または危険だと判断された場合…
主催者側に意図的に殺されるという事を、彼は覚悟していたのだろう。(最も城戸に殺されるという事までは考えていなかっただろうが)
「俺はやっぱりここにとどまった方がいいと思うんだ」
そう言うのは三沢だ。
夜が明けたらホテルを目指したいという冬木の意見に彼は反対だった。
下手に動くよりはこの建物に籠もっていた方が安全であり、さらに自分達が行動を起こすには情報が少なすぎるというのが三沢の主張だ。
確かに一理ある、と冬木は思う。
自分達はまだ東郷を殺した犯人でさえ正確には知らない。
今の所分かっているのは播磨が殺し合いに乗っている可能性があるという事、そして彼がパソコンを持っているという事だけだ。
誰がマーダーかもよく分からないまま島を回るのはかなり危険であるという事に間違いはない。
だがそれでも、冬木は何らかの行動を起こしたいと考えていた。
ここまで18人の級友が死んでいった間、自分はこの建物にいるだけで何もできなかった。
それが冬木には歯痒かったのだ。
二手に分かれるという手もあったのだが、武器はスコーピオン一つだけだし、なにより単独行動はかなりの危険を伴う。
しばらくお互い話しあったが、議論は平行線を辿った。
「…それじゃあ、こうしよう」
冬木が妥協案を提案した。
「あのパソコン、持ってバッテリーは4〜5時間だと思うんだ。播磨が持っていったのが昨夜の11時頃だから、
夜中の3〜4時位には充電が切れたと思う。つまりそこから播磨が充電しに戻ってくるとしたらまた4時間位かかるって事だ。
だから、朝の8時までここにいよう。それまで播磨が戻ってこなかったら、ホテルへ行こう。それでどうだ?」
その意見に、三沢もしぶしぶながら了承した。
「でも、戻ってきた播磨が俺達を殺しにかかってくるかもしれないんだよな…」
まだ播磨が怖い三沢はそう言う。実際播磨がすがる三沢からパソコンを強奪したというのは事実なのだ。
「…その時は、スコーピオンを使うしかない。殺したくはないけどそうも言ってられないだろう」
できれば冬木もクラスメートを殺すなんて考えたくない。
だが、播磨がみんなを殺して回ってるなら…東郷を殺したのだとすれば、野放しにしていくわけにはいかなかった。
とにかく、今の所パソコンを取り戻すというのが二人の最大の目的だった。
首輪の事を考えるにしろ、脱出する作戦を考えるにしろやはりパソコンが無いと始まらない。
パソコンが奪われて既に二回の放送があった事を考えると、新たに二つの機能が追加された事になる。その機能についても気になる。
(もう明るくなってきたな…)
僅かだが、朝日の光はもう部屋に入ってきている。夜が明けてきたのだろう。
「三沢、東郷を埋めてやろう。探せばスコップくらいあるだろう」
大柄な東郷の遺体を二人がかりで運びながら、二人は外へと出ていった。
一方その頃、冬木と三沢が渇望しているパソコンがあるホテルでは。
放送を聞いて、播磨、周防、西本は悲しみに暮れていた。
屋上で絶命していた菅に加え、消息不明の石山も死んでいた。
つい先程まで行動を共にしていた仲間の死。それに加え、新たに判明した二人の死…。
(今鳥…バカだねアンタ…こんな事で死んじまうなんてさ…)
勝手にミコちんとかいうあだ名を付けて、馴れ馴れしく話しかけてきてたあいつ。
鬱陶しい事もあったけど、彼と話すのも意外と楽しかった。
(逝っちまったか…今鳥のアホめ…)
播磨もまたショックを受けていた。
本人に聞けば否定するだろうが、周りは友達だと思っていたほど、二人はつるんでいる事が多かった。
そして、この三人の中で最もショックが大きいであろう西本。
中学からの同級生だった大塚、西本軍団として友情で結ばれていた今鳥、同じく西本軍団でこのゲームでも行動を共にした菅と石山。
今回死亡した四人は、いずれも西本と関係の深い者だった。
「西本君…」
西本は放送後、ずっと俯いている。周防も播磨も何と彼に声をかけていいか分からなかった。
やがて西本は黙って立ち上がり、
「…石山君を探してくるダス」
そう言ってその場を去っていった。残された二人は何とも言えない気持ちで西本の後ろ姿を見送った。
親しい者四人の死亡を聞かされても、西本は自分でも驚くほど冷静だった。
彼は西本軍団という集団を束ねるリーダー、仏の西本である。
リーダーである以上、仲間の前で感情的になってはいけない、常に冷静であれ。それが彼の考えだった。
…それでも悲しい事に変わりは無い。
一人になり、西本は声を出さずに泣いた。
『キチンと整理しないからよ!片づかないなら今度の日曜手伝ってあげるわ』
(大塚さん…正直おせっかいが過ぎると思うことも多かったダスが…それが相手の事を思いやっての事だって事は分かっていたダス…」
『さすが仏の西本!改めて尊敬しやす!』
(今鳥君…五虎大将堕つ…ダスか…。まだまだ見せたいビデオやDVDが沢山あったんダスがな…)
『ありがとう西本。なんだか俺、勇気がでてきた。』
『ば、馬鹿野郎!お前がいなくなったら俺達はお終いだろうが!』
(菅君…石山君…君達にあのビデオを見せられないことが本当に残念ダス…)
三階の廊下に、何やら大きい物を引きづった跡がある。
…それは血だった。血は301号室まで続いている。
301号室のドアを開けると、そこに石山はいた。死んでいるというのにまるで勝ち誇ったような顔をして。
「石山君…!こんなに刺されて…」
石山の死体には何カ所もナイフに刺された痕があり、二本のナイフが刺さりっぱなしになっていた。
あまりに痛々しいのでそのナイフを抜いた。そしてもう意味も無いことだが、部屋にあったシーツを切って止血しておいた。
「ナイフによる刺殺…やはり、菅君を殺した奴と同一犯ダスな」
悲しみの次は怒りが沸いてくる。菅と石山をこんな残酷に殺した奴に、今鳥や大塚を殺した奴に。
―だが、すぐに復讐してやろうとは思わない。
確かに四人を殺した犯人は殺してやりたいくらい憎い。しかし自分達の目標は、先生達に勝ちこの島を脱出する事だ。
自分はリーダーである。目先の事に捕らわれてはいけない。復讐より優先しなければならない事がある。
(みんな…こんなワスを冷たいと思うだろうダスが…)
石山をベッドに寝かせ、黙祷を捧げる。
(ワスはまだ死ねないダス。この殺し合いから脱出し、みんなと八神町に帰るダス。
だから、菅君も、石山君も、今鳥君も、先にそっちに行ってる筈の吉田山君と一緒に待ってて欲しいダス。
そしてワスが人生を大往生して、そっちに行って…我らが西本軍団がまた揃った時、その時こそ鑑賞会を決行しようダス。
大塚さんも、その時だけは見逃してほしいダス…)
西本は言い聞かせる。自分が落ち込んでいてはいけないと。
そうでないと、あっという間に悲しみで押し潰されてしまいそうだから。
「西本君…大丈夫かい?」
ヘリポートに戻ってきた西本に、周防は心配そうに話しかける。
「ワスの事なら心配ないダス。それから石山君の事ダスが…301号室にいたダス」
「…やっぱそいつが犯人じゃなかったって事か」
「そういう事ダスな。石山君も菅君と同じく、ナイフで刺殺されたようダス。やはり二人を殺したのは同一人物のようダス」
淡々と話す西本を見て、周防は彼の顔に涙がある事に気付いた。強いんだな、と感心する。
そして西本は石山に刺さっていた二本のナイフを見せる。もちろん血は拭いてある。
「気分は悪いダスが、これも立派な武器になるダス。彼の遺品と思って使うダス。それから、これからの事ダスが…」
西本は、播磨が持つパソコンを指す。
「播磨君の情報が正しければ、今の放送でまた機能が追加された筈ダス。このパソコンは状況を打破する切り札になるかもしれないダス」
「やっぱ、復旧作業を急いだ方がいいって事か?」
「そういう事ダスな。恐らく播磨君がパソコンを持ち出した場所に充電機器があると思うんダスが…。
播磨君、このパソコンがあった場所には本当に誰もいなかったダスか?」
「お、おうよ」
この播磨の発言はもちろん嘘である。三沢から強奪したとは言いにくいし(そもそも三沢の名前を覚えていない)、東郷の事もある。
「となると、パソコンがあったっていうC-03に行かなきゃね…ってあれ?そういえば西本君、分校に行きたいって言ってなかった?」
「それなんダス…」
今の所西本が悩んでいるのはそれだった。
パソコン復活の為に行かなくてはいけないC-03、そして西本が行きたがっている分校の位置はまるで逆方向なのだ。
二手に分かれるにしろ、どちらか片方が一人になる。そして決定的な武器になりそうなのはこのバカでかい狙撃銃だけだ。
(せめて二人が生きていてくれれば…いや、そんな事を考えていてはいけないダスな)
(まいったな…)
西本と周防の話し合いを危機ながら播磨は思う。どうやらいつの間にか自分も戦力に数えられているようだ。
自分としては今すぐにでも天満を探しにいきたいというのに。
このパソコンが使えない以上、闇雲に動き回るよりはパソコンの復旧を待った方がいい気もした。
だが、できればC-03には戻りたくない。東郷の死の真相を知るのが怖かった。
彼もまたこれからの方針を悩んでいる。
(あ…そういえばこのインカムの事、言った方がいいかな…)
【二日目 6時〜7時】
【冬木武一】
【現在位置:C-03】
[状態]:疲労、精神とも多少回復
[道具]:支給品一式×2(食料のうち一つはカレーパン)、東郷のメモ
[行動方針] :1.反主催をかたく決意 2.播磨に会ったら伝言を伝える 3.パソコンが戻ったら、東郷の残した情報を見る
4.8時になってパソコンが戻らなければ、ホテルに出発
【三沢伸】
【現在位置:C-03】
[状態]:精神にやや疲労、肉体的には健康
[道具]:支給品一式 、vz64スコーピオン/残り弾数40、東郷のメモの模写×3
[行動方針] :1.8時になってパソコンが戻らなければ、ホテルに出発 2.東郷の残した情報が気になる
[備考(共通)]:盗聴器に気付いています。
【西本願司】
【現在位置:E-04 ヘリポート】
[状態]:健康、筋肉痛(多少回復)、かなりの精神的ショック
[道具]:支給品一式(食料2、水2) 携帯電話 山菜多数
[行動方針] :1.分校跡に行くか、C-03に行くか悩む 2.仲間を集める
【周防美琴】
【現在位置:E-04 ヘリポート】
[状態]:健康、かなりの精神的ショック(多少回復)
[道具]:支給品一式(食料2、水2) ドラグノフ狙撃銃(残弾10発)
[行動方針] :1.分校跡に行くか、C-03に行くか悩む 2.仲間を集める(特に天満、沢近、高野、花井、麻生)
【播磨拳児】
【現在位置:E-04 ヘリポート】
[状態]:健康、精神的な焦り、怒り
[道具]:支給品一式(食料6、水4)、インカム一組、ノートパソコン(バッテリー切れ)
[行動方針] :1.天満を探しに行きたい(C-03にはあんまり行きたくない)2.沢近の誤解を解く
[備考]:サングラスを外しています(そろそろかける?)。吉田山が死んだとは思っていません。
「もしかしたら自分が東郷を殺したのかも…」と思っています。
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