途切れる、日記
おはようございます、三原です。
今日は朝の四時くらいに奈良君に揺さぶれて目を覚ましました。ああ、そういえば見張りを交代するんだった。
奈良君、寝ないでちゃんと見張っててくれてたみたい…そのせいかすごく眠そうです。
「じゃ、後は私が見張るから寝なよ」って言ってあげたら案の定こてんと寝てしまいました。
さて、こんなに朝早くに起きたのも久しぶりです。なんだか周りも新鮮に見えます。
冴子が死んだのはやっぱり今もショックだけど…でも、それでも生きないとね。
冴子だって、きっとそう思ってくれるよね?
哀しい気分を払って、ちょっと寝惚け気味の頭を動かします。…そういえば、ここに私が置いていった地図がありません。
結城さん、一応地図だけは持って行けたんだ。これなら外で禁止エリアのせいで…という事もないはずです。
寝ている奈良君の横で結城さんの荷物から地図を貰いました。まだ私の地図を持ってるなら、いいよね?
…でも、それだと結城さんはどこにいるんだろう。地図を見ながらどこかに行ったのかな?
あまり足がよくないみたいだし、近くに居るなら探すべきです。
それとも、こちらに戻ってくるのかな?それなら誰かが待っていてあげないといけません。
…放送が終わったら奈良君にここで待っててもらって、私は近くで結城さんを探そうかな。
そういえば、放送までもう少しなんだ…奈良君はあんまり寝れないんだし、やっぱり待っていてもらおう。
昨日はもう頭が回らなかったけど、奈良君は気を遣って私を先に休ませてくれたんだね…
子供のような顔をして寝ている奈良君をちょっと微笑ましく見ながら、時間が過ぎていきます。
…放送までもう間もなくになりました。ちょっと心苦しいけど、奈良君を揺さぶって起こします。
かなり寝惚けているみたいだけど、ちゃんと眠れたみたいでよかったです。
…チャイムが鳴り始めました。授業が終わる時のこの音は好きなのに…今は、恐いです。
もう二度と鳴らないで欲しいです。そしてもう二度と、あんな先生達の声を聞きたくありません。
だって、もしかしたら冴子のように、名前が呼ばれるかもしれないから。
ララ、結城さん、天満ちゃん、――今鳥君。
皆無事だと信じたいです。誰も死んでいなければいいのに…
今度の放送はゴリ山みたいです。相変わらずやかましい。
お願いだから、誰も死なないで…
――彼女の日記は、ここで途切れる。
けたたましい声で郡山が死者の名前を発表し始めた途端、三原の両目から涙が溢れ出した。
奈良はその様子に戸惑いながらも、それでも必死に死者や禁止エリアを書きとめていく。
時折三原の方を見るが、筆記具を持った彼女の手は全く機能していない。
本当なら声を掛けたかったが、今は情報をしっかり記録するのが彼女の為と我慢し、筆を走らせた。
放送が終わると、いよいよ三原は声を上げて泣き始めた。一体、彼女に何があったのか。
昨日の二度目の放送で、彼女は親友の死を告げられていた。
では、今日の放送でも…誰か、大切な人を失ったのだろうか。
今鳥恭介、大塚舞、菅柳平、石山広明…今回の放送でその名を告げられ、奈良がメモしておいた死者だ。
奈良は三原とそれほど親密だった訳ではない。この中の誰が、彼女にとってどんな人物だったのか、全く分からない。
…ただ、死者の名を告げ始めた途端に涙を流したという事は、恐らく――
親友の音篠冴子の死を告げられた時も、彼女は気丈だった。
当然涙を流していたが、それでも奈良を気遣う姿勢さえ見せた。
それだけに、奈良には今の三原の姿がとても信じられなかった。
彼女にとって…恐らく、今鳥なのだろうが…死んでしまった者の存在は、それほど大きかったのか。
まるで最後の希望が断たれたかのように、彼女はなおも泣き続けた。
放送から数分程度…だが、奈良にとっては数時間にも感じられる程の時間が過ぎる頃には、三原は落ち着きを取り戻した。
目の周辺は赤く、そして…その瞳だけは、とても暗く冷たかったが…
「…三原さん、大丈夫?」
声を掛けながら奈良は自分を呪う。気の利いた言葉一つ掛けられず、大丈夫な筈の無い相手にこんな事を言う自分を。
「…奈良君、ごめんね。放送途中から聞いてないんだ。…内容、写させてくれる?」
「も、もちろん!」
奈良が自分の地図を差し出すと、三原は結城の荷物から取り出したのであろう地図に写していく。ついでに第二回放送の記録も写していた。
「…ありがと」
三原に微笑まれ、奈良は何故か寒気を覚える。そう、瞳に光が宿っていないのだ。
「…結城さん、さ。もしかしたらこっちに戻ってくるかも知れないし、奈良君はしばらくここで休んでなよ」
「えっ…三原さん、どこか行くの?」
奈良の前で自分のリュックに地図をしまい、それを背負って立ち上がる三原。右手には拳銃が握られる。
「…ある程度待っても結城さんが帰ってこなかったら…悪いけど、近くを探してもらってもいい?
結城さん、足があまりよくないみたいだから…もしかしたら、またどこかで倒れてるかもしれないし」
「…待ってよ、三原さんはどこに…」
聞くな、という事なのか。奈良の眼前に拳銃が向けられる。恐怖に歪むその顔を、三原に見据えられた。
「…奈良君、あんたも天満ちゃんも…誰も殺して、ないよね?」
逸らす事無くただ一点…奈良の瞳を見て、三原が口を開く。
拳銃に恐怖心を煽られながら、それでも奈良も視線を逸らす事無く三原を見返す。…今の質問の意味を理解しながら。
「僕も、塚本も…三原さん達に会うまでは、誰にも会わなかった。それに、誰も殺してないよ。絶対に」
「…だよね。よかった…ありがとう、奈良君」
銃を下げ、三原はまた冷たい笑みを浮かべる。今の彼女の危うい冷静さが見て取れた気がした。
「じゃ、さ…結城さんによろしくね」
それだけ言い残し、三原は無学寺を走り去っていく。奈良には、その後ろ姿を祈るように見送る事しかできなかった。
今鳥君が、死んだ――
彼女は走りながら、最後の希望が潰えたことを確認する。
何故だろうか、少し泣いたら彼女は冷静になれた気がした。
必要な情報を確保して、奈良に結城の事を託して…大切な人を失っていながら、必要な事は全てこなした。
そして、そんな彼女が今最も望む事は…こんな世界から、消える事。
音篠、そして今鳥…大切な人が皆死んでしまった。もう、自分が無理をして生きたいとは思えなくなっていた。
ララ、結城、奈良、天満と、この島に来てから大切に想える人も出来た。だが、それでも失った者が大きすぎる。
彼女が走る理由は…そう、死に場所を目指す為だった。
死に場所とは、綺麗な海岸。サーフィンをしたいとすら思った場所だ。どうせなら、大好きな海で…
しばらく走り続けた彼女の眼前に広がる海は、朝日を浴びて美しい光を放っていた。
既に1/3近くのクラスメートが死んだ舞台の一部とは、およそ信じられないほどの光景。
走る最中、ずっと右手に持っていた拳銃を握る力が、急激に弱まっていく。
彼女はこれまで、美しい海を何度も見てきた。だが、今の彼女にとって、この海は今までで最も美しい海だった。
親友が死に、想い人が死に…そんな心境だからこそ、余計に美しく見える物なのだろうか。
「…やめよう。こんな綺麗な海で、死ねないや…」
一面の光を目に焼き付けた後、三原は海に沿って南へと向かっていく。そう、ララと一緒に下った道だ。
「…そうだ、まだ私は死ねないよね。冴子も、今鳥君も、誰かが殺したっていうのに…」
不思議と三原は晴れやかな気分だった。美しいこの海が、彼女の気持ちを一つにまとめていく。
「…探そう。冴子や今鳥君を殺した奴を。そして…」
三原は再び拳銃を握り締めたが、走ってきた時に比べ力は入っていない。…いや、無駄な力を入れていないだけだ。
「…ララや天満ちゃんと同じ道に行けば、きっと見つけられるよね」
海岸沿いに歩きながら、三原は今日一番の笑みを浮かべる。瞳に今までとは違う光を宿して。
親友を失い、想い人を失った。親友の冴子がそうなったように、三原もまた、人としての感覚を失っていた。
【午前:6〜7時】
【三原梢】
【現在位置:F-09】
[状態]:膝に怪我(ただしちゃんと洗ってある)、精神不安定
[道具]:支給品一式(水3) ベレッタM92(残弾16発) 9ミリ弾200発
[行動方針] 1:音篠、今鳥を殺した相手を探し殺す 2:その後は…
[備考] :ハリーを警戒。伊織がちょっと気になる。結城が心配
播磨が天王寺、吉田山を殺し刃物を所持していると思っています。
【奈良健太郎】
【現在位置:F-08】
[状態]:健康、不安
[道具]:支給品一式*2(地図1、食料6、水4)
[行動方針] :無学寺で結城を待ってみる。その後の方針は後で考える。
[備考]:ハリーを警戒。播磨が吉田山、天王寺を殺し刃物を所持していると思っています。 天満、三原を心配。
前話
目次
次話