第三回放送
東の空が若干赤みを帯びてきている中、矢神高校のチャイムが鳴り響いた。
「郡山だ!おいお前ら、さっさと起きんか!もう朝だろうが!
ったく、修学旅行の時もお前らなかなか起きないで…この島でくらいしっかり早起きしろ!
…よし、お待ちかねの死亡者と禁止エリアの発表だ。いいか、今から発表だからな!しっかり起きて聞けよ!?
まずは死亡者からいくぞ!
男子 3番 今鳥 恭介
女子 2番 大塚 舞
男子 8番 菅 柳平
男子 2番 石山 広明
これで残りは25名だ。ちと物足りないが、まあまあ頑張っているじゃないか。
じゃあ次は禁止エリアの発表だ。7時にC-08、9時にF-02、11時にI-03が対象になるぞ!
よし、これで放送は終わりだ。お前ら…しっかりやれよ!」
再びチャイムが鳴り、寝惚け頭にも優しい実に簡潔な放送は終わった。
「郡山先生、お疲れ様です」
「おお、いざ放送になるとあまり言葉が浮かびませんでした…加藤先生はよく色々喋れますなあ…」
「いえいえ、慣れっこですから」
三度目の余裕…などではないだろう。放送が終わったというのに、管理室には今までのような盛り上がりは無い。
盛り上げ役の一人である姉ヶ崎が今も無言を貫いているのが一番の原因なのだろうか。彼女は今も誰とも視線を合わせようとしない。
結局、男性教師達は件の「暗号」を解読する事が出来なかった。
第二回放送後、すぐに谷が英訳が書き込まれたノートを放り投げ、加藤はそれを見て笑った。
…そしてそれから30分もすれば、加藤も同じようにメモ帳を放り投げた。
彼らは力の限りを尽くしたが、限界だった。もはやこじつけ以外では「盗聴器」の文字は浮かばないのだ。
現在、彼らは盗聴器に関する情報漏洩の件は「奴ら」に報告せず、放置する事を選んでいる。
何も追求がなければそれでいいし、もし報告を迫られたら…解読に向けたこれまでの努力を、精一杯伝えるつもりだった。
「はあ、放送が終わったら腹が減ってきた。皆さんも何か食べませんか?ちょっと取ってきますよ」
放送直後のせいか、徹夜のせいか。いつもよりやや上ずった声で郡山は朝食を勧めた。
「…あ、郡山先生。どうせなら支給しないままのリュックからパンを持って来たらどうですか?わざわざ部屋を出なくても済みますよ?」
そう言ってリュックが置いてあった棚を指差したのは笹倉だった。棚には、ぽつんと二つだけリュックが残されている。
「おっ、そういえばパンがちょうどあったんだった!では朝は軽くパンにしておきますか!」
笹倉にうんうんと頷いた後、郡山は足どり軽く棚へと向かった。
そして、リュックを開けた時。郡山の絶叫が響き渡った。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」
張り裂けんばかりの悲鳴を耳にし、一同は一斉に銃を構えた。
大柄な郡山が悲鳴を上げひっくり返った姿など、彼らは今まで見たこともない。
「郡山先生、大丈夫ですか!?」
イングラムの安全装置を慣れない手付きで解除した後、加藤が郡山の元へ駆ける。
「加藤先生、危険です!」
刑部が警告を発するが、少しばかり遅すぎた。すでに加藤は郡山にかなり接近しており、そして…
「ひぎゃああああああああああああああああああああ!!」
郡山に比べ幾分小さく、そして情けない悲鳴が上がる。その頃には他の教師達は特に慌てるでもなく、呆然としていた。
「ああ、あああああ!?た、助けてぇぇぇぇぇ!」
顔の近くで手を振り回し、足をばたつかせる加藤。
せっかく安全装置を解除していたのに、イングラムはとっくに遠くに放り投げられてしまっている。
そしてそれを拾ったのは…郡山だった。
「…あー、加藤先生。騒いでしまってすみません…それ、ただのカエルですよ?」
はあ、という今まで聞いたことも無い波長の声を発する加藤。冷静に自分の右頬に手をやり、捕まえたのは…やっぱりカエルだった。
「ははは…カエルが顔に跳んでくるなんて随分久しぶりでした!一瞬驚いてしまいましたよ!」
大声を出した事を特に恥じる様子も無く、郡山は豪快にソーセージパンにかぶりついた。
「全く、ふざけている!誰ですかこんな物を支給品にしようとしていたのは!」
そんな郡山と違い、机の上にピザまんを置いた加藤はひたすら不機嫌そうに捲くし立てる。
その横で谷の口元が歪んでいるのは、果たして彼が支給品にしようとしていた犯人なのか、単に加藤を笑っていたのか…
一瞬加藤と目が合うと、彼は歪みを隠すように二切れある明太子フランスパンの一つを頬張った。
「ふふ…加藤先生もそう怒らないでいいじゃないですか。ああ、それにしても…これが飛び出した時の生徒達の顔が見たかったですね」
ミニドーナツの一つをつまみ、笹倉は口に放り込む。5つ入っているとはいえ、女性でなければ物足りない量だろう。
「…このカエル、何となくどこかで見たような…」
一番ボリュームがありそうなチョコチップメロンパンを少しちぎり、刑部はカエルに差し出す。
…食べた。その光景には他の教師達も思わず釘付けになった。…ただ一人、姉ヶ崎を除いて。
「…バキン!…バリ、ボリ、バリ、バリ…!」
姉ヶ崎は一人壁を見つめ、郡山から渡された堅パンを食べる。
"お子様の歯の発育に"というパッケージの文面に相応しい硬さが、ただ食べる音を聞いているだけで伝わってくるようだった。
今までと同様、そのうち彼らからは会話がなくなっていく。
ゲームの管理が本格的に開始された証だ。ゲーム開始から数え、これで四度目の長い無言の時間が始まる。
…但し、バキバキと堅パンを食べる音だけは、時折管理室にこだましていった。
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