6つの印






 ゆらゆらと水の中で漂っている気分だった。体を包む水は、季節を考えると不思議なほどに暖かく心地いい。
ずっとこのままここにいよう。そう決めて何も考えずにいると、急に息苦しさが増していく。
そして同時に急に寒気が感じられてくる。顔周りの水だけが突然冷えてきたのだ。
突如として起きた異変に焦り、両手をばたばたとさせもがくが一向に改善する気配はない。
「う、うう……く、苦しいっ!!」
「やっと起きたか。三沢、おはよう」
「え?誰だ……その声、冬木か?何で……あ…」

 教師らに拉致されてから、就寝につく直前までの過程を瞬時に思い出し、三沢は改めて現状を確認する。
と同時に先程の苦しみの原因を理解した。それは胸元にひっかかっているのは濡れたハンカチだった。
「言っただろ、起きないと水かけるって」
「だからって濡れたハンカチを顔にのせることはないだろ…」

 ぶつぶつと文句を言いながら、三沢は体を起こし立ち上がる。ハンカチを返し、汲み置きの水で
洗顔し寝起き特有の気だるさを吹き飛ばす。


「じゃ、見張り交代か。……何かあったか?」
「……いいや、何も。悪いな、眠いんだ。見張りをよろしく頼む」
 そっけない態度で冬木は応えるが、三沢は特に不快には思わない。冬木は口に人差し指をあて、
残った片手で何やらメモのようなものを自分に突き出していたのだから。

「…ああ、おやすみ。放送の5分前くらいには起こしてやるよ。スコーピオンは?」
「机の上。何だか持ってると手元が狂ってやばいことになりそうだったから」
 盗聴されるとまずい内容なのだろう。メモを受け取り、スコーピオンを確認して三沢は休憩室の外へ出る。
その際にちらりと冬木を見るが、彼は既に横になっていた。どうやら眠いというのは本当らしい。

(とりあえず、これを読めるくらい明るいところへ行かないとな…)
 窓には狙撃対策に板が立てかけられており、月明かりは申し訳程度にしかさしこんでいない。
結局三沢は建物の外へ移動することになった。

(どれどれ。冬木の奴、何かいい考えでも浮かんだのか…?)
 ほのかな期待を抱きメモを開く。そこには自分にも支給されている島の地図が手で書き写されており、
その中にいくつかの小さな○が書き込んであった。それは持ち去られたパソコンの機能である、
首輪探知の画面を連想させる。○の意味もおそらく同じだろう。


『三沢へ。見張りの間に俺が考えたことをこのメモに書いておく。念のためだが、くれぐれも
 口に出さないで欲しい。重要なことなのかどうかはわからないけれど、先生達に知らせる必要もないからな。
 まず、この地図は見ればわかると思うけどパソコンの首輪探知機能の画面を記憶を頼りに再現してみた。
 印は俺が最後にパソコンを見たときの記憶を頼りに書いてあるから正確じゃない。
 けれどお前の記憶とそう差はないと思う。もちろん全員分は無理だけどな。俺が覚えてるのは
 人が多く集まってた箇所だけだから、それしか書いてない』

 なるほど、と三沢はそこまで読んで改めて手書きの地図を眺める。確かに印がしてあるのは
観音堂・ホテル・H-03の三箇所だけだった。それは自分の記憶とも一致する。
が、同時に違和感も感じてしまう。手書きのせいだろう、とこの時はあまり気にしないことにした。

『まず、パソコンについて。これを読んでる頃にはバッテリーが切れてるはずだから、もしかして
 誰かやってくるかもしれない。くれぐれも気をつけてくれ。ただ、俺には気になる点もある。
 取っていった奴はパソコンを使って、俺達が近くにいることがわかったはずだ。
 けれど何の接触もなかった。手当たり次第殺してまわるような奴なら見逃しはしないだろう。
 もしかして殺し合いに参加していないのかもしれない。……ただ、そうなると東郷の死がひっかかる』

(えーっと……結局気をつけろってことだよな。東郷を殺した奴が誰だろうが、近くにいるかもしれないし)

『いずれにせよ、パソコンを手に入れた奴はおそらく人の多いところに行くと思う。目的が何であれ、
 人が多いほうがいいはずだからな。バッテリー切れで戻ってくるのを待つ手もあるけれど、
 朝になったら一番近いホテルを目指すことも考えておいてくれ』

 確かに、冬木の言うことは間違っていないと三沢は思う。しかし同時に怖くもある。
移動して危険人物に遭遇する可能性を上げるよりは、この秘密基地で篭っていたほうが安全だろう。
護身用というには強すぎる感もあるがvz64スコーピオンもある。このあたりはもう一度相談すべきだと
結論付けて、更に手紙を読み進めた。

『次に、俺の書いた印に違和感はなかっただろうか?繰り返すが人の多かった箇所しか覚えていない。
何か一箇所、足りない気がしないだろうか?これ以上先を読む前に、少し考えてみてくれ』

(………?俺が多いなと思ったのは…ホテルと、観音堂と……H-03のあたりと…)



―――――――!

 そうだ、と三沢は思わず立ち上がる。最初、メモに記された地図と記憶とを照らし合わせて感じた違和感。
禁止エリアが記された自分の地図と冬木のメモとを見比べる。間違いない。違和感の正体がはっきりとした。

(D-06!スタート地点、学校だ!確かパソコンで見たときここにもマークがあった。しかも6つ!)

 自分の仮説が正しいか、急ぎ冬木の続きを読む。メモにはうっかり読んでしまわないよう、
数行分スペースが開けられていた。


『どうだろうか?……俺が用意してる答えは学校。D-06だ。しかもパソコンにあったのは6つ。ただ、勘違いという可能性もある。
 お前のほうが長く見てたはずだから、お前の記憶と違ってたら笑って読み飛ばしてくれ。同じと仮定して話を続ける。
 何で、出発地点の学校に6つもマークがあるんだろうか。だいたいここは最初に禁止エリアになったはずなのに。
 6という数は先生達でほぼ間違いないと思う。先生達も首輪をしてるということだろうか?』



『説明の時、少なくとも姉ヶ崎先生は解説のために首輪をしていた。けど今もしてる理由はないよな。
 首輪を外してるなら、俺の予想だと多分マークが消えるか黒になるはずなんだ。でもそうじゃない。
 禁止エリアにいても無事ということは、先生の首輪は禁止エリアにはひっかからない特別製なのかもしれない。
 なんで、わざわざ禁止エリアにはひっかからない特別の首輪をつけてるんだろうな』

 ファッションというにはこの首輪は窮屈すぎる。爆弾や盗聴器も先生の首輪にはついてるんだろうか?どう思う?
そのようなメッセージでメモは締めくくられていた。

(……先生達は、今も首輪をしてる。何でだ……殺し合いを強制させるための首輪を何でつけてる?)
 それがわかったところでどうにかなるわけではない。心のもやが少々外れる程度。
しかし三沢はそれが妙にひっかかった。おそらく冬木も同じだろう。だからこそメモに書いたのだ。

(東郷は気付いていたんだろうか?アイツが残したメモ……『フッ、まだまだ先生達も捨てたもんじゃないな』か…)

 メモを読み終えて、三沢は再び秘密基地に戻る。窓からの月明かりは遮られ、入り口付近のみが
照らされている。一度中に入ってしまえばこちらの姿は闇に紛れ、侵入者を迎撃するには最適の環境だ。
つくづく東郷の計算高さには舌を巻く。スコーピオンを携えて、三沢はじっと次の放送を待つことにした。首輪の真意を考えながら。


【午後:4時〜5時】

【冬木武一】
【現在位置:C-03】
[状態]:精神的・肉体的にかなり疲労、就寝中
[道具]:支給品一式×2(食料のうち一つはカレーパン)、東郷のメモ
[行動方針] :1.反主催をかたく決意 2.夜明けを待って東郷を埋葬する
           3.播磨に会ったら伝言を伝える 4.パソコンが戻ったら、東郷の残した情報を見る

【三沢伸】
【現在位置:C-03】
[状態]:精神的にやや疲労、肉体的には健康
[道具]:支給品一式 、vz64スコーピオン/残り弾数40
[行動方針] :1.次の放送まで見張り 2.朝からの行動を冬木と相談 3.東郷の残した情報が気になる

[備考(共通)]:盗聴器に気付いています。



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