その先にあるもの
誰も喋らない。誰も動かない。
今鳥が死に泣き叫んでいた花井と一条も今は黙っていた。黙っていたというより、もう喋る気力も沸かないといった感じだ。
やがて花井が立ち上がり、フラフラと歩き出す。しかし残った二人は何も言わなかった。
しばらく歩いた花井はその場に膝をつき、地面に思い切り拳を叩きつけた。
痛みが走るが、そんな事はお構いなしだ。
「くそっ…!くそっ…!」
クラスメートを守る。そんな事を言っておきながら自分はこれまで何をした?
野呂木と戦った時、討つと決めながら寸前で手を止めて。
無防備にペンライトを使って他の仲間を危険な目に遭わせて…。
いや、危険な目に遭わせたくらいでは済まない。それが原因で今鳥は命を落としたのだ。
「くそっ…!くそっ…!」
『君も僕と来るんだ。共に2−Cのみんなを守るために!』
一体どの口が言ったんだ。
野呂木を殺すという汚れ役を押しつけて、挙げ句死なせてしまった。
僕は学級委員では無かったのか。
クラスメートを守るのが使命じゃなかったのか。
僕が頑張れば、何とかなると思っていた。
でも僕は何もできていない。
自分の力を過信していた。
僕は無力だ。
僕は。
僕は…。
私はどうすればいいの?
今鳥の死体を前に、一条は自問自答する。
大切な人がどんどん死んでいく。一人は、どこで死んだかも原因も分からず。もう一人はたった今目の前で。
(今鳥さん…嵯峨野…)
親友も好きな人ももうこの世にはいない。
例えこの殺し合いから脱出しても、最後の一人になって優勝しても。
もう二人は帰ってこない。
でも…こちらから向こうに行くことはできる。
(そうよ…)
もうどんな事をしたって二人には会えない。
だったら、いつまでもこんな所にいる必要は無いじゃない。
(私も…二人の所に…)
目の前には花井が置いていったショットガン。
(今、そっちに…)
『ちょっと一条、何やってんのよ!』
『おいおいイチさん、冗談きついぜ?』
「!?」
どこからか声がした。
顔を上げると、そこは白い光の中だった。
「ここ…どこ?」
辺りを見回すが何も見えない。というより何も無い。
やがて光の中から二つの人物が現れる。
「嵯峨野…今鳥さん…!」
目の前にいるのは、もうこの世にはいない筈の二人。大切な友人と、愛する人。
『全くこの子は。力は強いくせにホント精神的に弱いんだから!』
『せっかく俺のナイスな作戦で助かった命なんだぜ、もう少し大切にしてくれよ。』
嵯峨野は座り込んだままの一条の肩に手を置く。
『ちょっと今鳥、何か言ってあげなさいよ。女の子を励ますのは男の役目でしょ!』
『えー!?やだよ、俺こういう雰囲気苦手だもん。』
いつも通り繰り広げられる会話。教室では当たり前だった光景。ほんの二日前の事なのに随分懐かしく感じられた。
思わず笑顔になってしまう。
「ふふ。私嬉しい。また嵯峨野や今鳥さんと逢えたから…」
一条がそう言うと、嵯峨野と今鳥は少し寂しそうに笑う。
『…でも、あんたはここにいちゃいけないのよ。』
「え…?」
『そういう事。まだまだイチさんには向こうで…』
「嫌っ!!」
今鳥の言葉を一条は叫んで止める。
「向こうに戻ったって、もういないんだもん!嵯峨野も今鳥さんも…もう…」
涙が溢れ、嗚咽が漏れる。
『ダメよ、一条。』
嵯峨野は一条を抱きしめる。
『あんたはまだ生きてる。だから…そんな事言っちゃダメ。私がしたかった事、出来なかった事…きっと、あんたならできるはずだから。』
「私が…できる…」
『そういう事!』
嵯峨野は一条の背中を叩き、立ち上がる。
『それじゃ、邪魔者は消えるとしますか!』
そう言うと嵯峨野は背を向けて歩き出す。
「ま、待って!嵯峨野!」
一条は立ち上がって彼女を呼び止めるが、すでに嵯峨野の姿は消えていた。
『しっかりしろよ、イチさん。』
まだこの場に残っている今鳥が声をかける。
「今鳥さん…」
『1000万パワーのイチさんだろ?まだこっちに来るのは早いって。』
今鳥はいつものおどけた調子で言った。
「でも…もう今鳥さんは…」
『いいんだって、俺は。最初は諦めてたし、ちょっとは格好いい所見せられたからな。』
しばし二人はお互い見つめ合う。
『…それじゃ、康介によろしくな。俺の分も頑張ってくれよ。』
今鳥もまた、嵯峨野と同じように背を向けようとした。
「あ…ま、待って下さい!」
慌てて今鳥を呼び止める一条。今鳥はきょとんとした顔で足を止める。
「わ、私…い、い、今鳥さんの事…」
光が強くなる。目の前の今鳥の姿も霞んでいく。
「…!」
最後の言葉は彼に聞こえただろうか。恥ずかしさで下を向いていた一条は、恐る恐る顔を上げる。
今鳥は、ニッと笑った。
目の前が光で包まれていく。
『ありがとよ』
「あ…」
はっと起きあがる八雲。どうやら知らない間に眠っていたようだ。
「目、覚めたかい…?」
声のする方を向くと、疲れた表情の花井が座っていた。その後ろでは、一条が眠っている。
「花井先輩…」
「八雲君…これからどうすればいいんだろうな…」
「え?」
花井は俯きながら話す。
「…僕は、学級委員としてこの殺し合いを止めようと思った。そしてその為に行動しようと誓って、やる気の無い今鳥を無理矢理連れて行ったんだ。でも、僕は何もしていない。今鳥に野呂木君を殺させて汚れ役を押しつけ、目の前で死なせてしまった…」
淡々と話す花井。
「目の前のクラスメートも救えずに、何が学級委員なんだろうな…。今鳥も、僕が連れ出さなければ死なずにすんだのかも…」
「先輩…」
八雲はかける言葉が見つからなかった。自分もまた、これまで何もできずにいたから。
「…でも」
何とか花井を励まして、元気を取り戻してほしかった。彼が自信を取り戻してくれれば、自分も元気になれると思った。
「今鳥先輩は、きっと最初に花井先輩に会えて良かったと思ってますよ…」
「…?」
「今鳥先輩は花井先輩を信頼していたと思います。だから、身を挺して私達を守ってくれたんだと…。
…私も今まで何もできていないから先輩の気持ちは分かります。でも私達は生きています、今鳥先輩に守ってもらって…。
だから私達は、今鳥先輩の分まで…死んでしまった人達の為に、生き残っている人達を助けるために行動すべきでは無いでしょうか…」
一生懸命花井を励まそうとする。それは自分にも言い聞かせているように見えた。
そして自分を慰めてくれる八雲を見て、花井は自分が情けなくなった。
(そうだ…つらいのは八雲君も同じだ。それなのに僕は何を…。八雲君に気を使わせるなんて、本来ならば僕の役目じゃないか。)
――でも私達は生きています、今鳥先輩に守ってもらって…。
そうだ。まだ僕は生きている。生きている限り出来ることはある。無力だと落ち込むにはまだ早い。
(こんな所周防に見られたら、「気合いが足りねえ!」とか言われて殴られてしまうな。)
何より目の前にいる守るべき人の前で、僕は何て醜態をさらしているんだ。
いや、八雲君だけではない。一緒にいる一条君に、まだこの島で生きているであろう他のクラスメート達。守るべき命に優先順位は無い。
「八雲君…すまなかった。」
花井は立ち上がる。その表情は、いつも通り自信に満ちていた。
「放送が終わって、一条君が起きたら鎌石村へ向かおう。それまで八雲君も休んでいてくれ。」
良かった…。
どうやら元気になってくれたようだ。やっぱり花井先輩が元気になると、自然にこちらも元気になる。
だからこの人は学級委員なんだろうな、と八雲は思った。
「私は大丈夫です。花井先輩こそ休んでください。放送前には起こしますので…。」
「む…。」
確かにこの島に来てから、花井はほとんど起きている。いくら彼といえど疲労はかなり溜まっていた。
「すまない。何かあったら遠慮無く起こしてくれたまえ。」
「分かりました。」
そう言って花井は横になった。
三回目の放送まであと少し。恐らくまた何人かの名前が呼ばれるんだろう。
だが、もう止まらない。
この殺し合いを終わらせるため。死んでしまった人のため。まだ生きている人のために。
(僕は負けない。最後まで抗ってみせる。)
もうすぐ明けるであろう夜空に、強く決意を固めた。
【5時〜5時半】
【G-03】
【花井春樹】
[状態]:肉体的・精神的にかなりの疲労
[道具]:支給品一式(食料二食分。水なし)、ショットガン(スパス15)/弾数:5発
[行動方針] :一条が目覚め、放送を聞いたら鎌石村を目指す
一人でも多くの人を助ける事を強く決意
【塚本八雲】
[状態]:かなりの疲労。今鳥の死による精神的ショック
[道具]:256Mフラッシュメモリ1本(ポケット内)
[行動方針] :一条が目覚め、放送を聞いたら鎌石村を目指す
天満を探す、サラを探す、播磨さんに会いたい
【一条かれん】
[状態]:睡眠中
[道具]:なし
[行動方針] :?
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