監視
丸く切り抜かれた世界をレンズ越しにのぞいていると、どこかテレビの向こうの世界を見ているようで気が楽になる。こういうのが逃避というのだろうな、と漠然と思いながら菅はスコープから目を離した。
「代わろうか?」
いや、いい暇つぶしさ。背後から声をかけてくる黒髪の少女にむかって笑って首を振ると、もう一度スコープを覗き込む。ここに向かってくるには一本道がひとつ。木立の向こうに、左から曲がってくる道もおぼろげに見える。
森、池、ほかにルートも無いことは無いが、この時間にわざわざ山を抜けてくる人間はいないだろう、もしもいるとすれば……よほど用心深い人間かゲームに乗ってしまった人間だろう。菅は奥歯を強くかみ締めると、風に揺れる木々の間に視線を凝らした。
「……参ったナ、こんなに開けた場所だトハ思わなかっタ」
疲労で重くなった体を引きずり、湿った大地に伏せながらハリーマッケンジーは進路をふさぐ茨を丁寧に取り除いて行く。街道を進むのと比べて、ナメクジが這うような速度だ。本気でこの場でまぶたをおろしてしまおうかと時折考えてしまう。
もともと休める場所を探してきたのに、想像以上にホテルに続く道はホテルから丸見えで、周囲の自然は厳しかった。この時間、月夜といえどそうそう見つかりはしないかとも考えたが、そんな希望的観測に従っていては生き延びられまい。
少し進んでは動きを止め、しばらくしてからまた動く。風で動いたのか、生き物がいるのか判断し辛くするため。20秒に一歩、なんて話も聞くが、さすがにやってられない。
木立の向こう、屋上でわずか月の光を反射する何かを見上げながら、サングラスをはずした碧眼は、射抜くような鋭い光を放っていた。
「…………ふぅ」
もうそろそろ交代か。接近するマーダーに気づくことなく、屋上の二人は重いまぶたをこすっていた。緊張下、目はさえているが時折急にまぶたが重くなってしまう。二人は、眠気覚ましに雑談に興じることにした。
「どうするつもりなんだろうな、西本君……あたしは、分校に行く意味がいまいちわかんないんだよね。」
西本の提案を後押しした菅に向かって周防は首をかしげた。あの時は、少しやけになっていたから、ああいう言動にの出たのかもしれないと今は思うけれど。
「あぁ……なんでだろうな、俺もわからねぇんだけど、大丈夫じゃねえか?ヤツは信頼できる男だぜ。……って回答になってねぇな」
苦笑いしながら脇のバッグから地図を取り出し、月明かりの下目を凝らす。周防も覗き込んできたので、頭を少し引く。
「道を通って行くなら、平瀬村に沿って進むことになるんだね」
「そうだよなぁ……直線距離でいくのならともかく、それじゃあすっかり疲れきっちゃうしな……あえて素通りする理由はなんだろう?」
「もしくは……分校跡地に早く行く必要があるか……かぁ」
人を集めなければならない、と言った。そして分校に行くという。その場所に何かあるのだろうか?鼻先を突きあわせて、二人ともいつに無く真剣な表情であぁでもないこうでもないと意見を交える。
「学校の施設自体に何か使えそうなものがある、とかかな?」
「……スピーカーとか?いや、電気が来てないか。化学薬品とか、そういう道具……も使えないよなぁ、さすがに。あとは……」
「西本が言ったとおり、他の奴がそこにいると読んだのかな……」
首を捻りながら、周防は一度菅から離れ、スコープを覗き込み周囲を見渡す。そんな後姿、さりげない動作に揺れる黒髪を菅はじっと見つめる。守ってやろう、こいつが望む奴に合わせてやろう。かすかに闘志が湧き上がった。
「…………あぁ、分校の屋上からなら、もしかしたら村がある程度見渡せる、かな?家の中は無理でも、外に出た時なら……」
冷たい銃身をそっと撫で、周防は思いついたことを唇からもらす。
「それで、信用できそうな相手を見つけてから追いかける、ってわけか? ちょっと大変じゃねぇかな?距離はそこそこあるし。それに、やっぱりあいつがアソコまで言うなら、脱出の話じゃねぇかな?やっぱり外部にこっちのことを知らせる手段が……」
そこまで話して、菅は動きを止める、やがてゆっくりと夜空を見合げ、慎重に口を開く。
「この島結構古びた建物おおいじゃん?もしかしたら、分校の校舎、木造だったりしねぇかな?」
「……さぁ?けど、それがどうしたの?」
「いや、さ……離島、とは言っても、何百キロも本土から離れてるわけじゃねえんじゃねぇかな、と思ってさ。人住んでたんだし。根拠なんてねぇけど、晴れた日だったらうっすら見えるくらいかも。もしそうだったら気付いてもらえるかも知れねぇ、でっかい合図上げてさ」
瞳に力を取り戻し、普段の少し軽薄な、無邪気な笑みを浮かべ、振り向いた周防の側に寄る。
「合図?って、あぁ……学校くらいの大きさがあればもしかしたら」
木造なら、良く燃えるだろう、誰かが気付いてくれるかもしれない。けど、不安も残る。ここまで大規模な誘拐をやってのけ、銃を調達できる集団なのだ、主催者側は。もしかしたら、救助に来れないように手を打っているかもしれない。
そう考えて唇を開きかけたが、すぐに閉じて苦笑する。無駄になるとは決まっていない。やらないよりましだ、ここで気勢をそぐような野暮を言うのはやめよう。そう思い直すと周防は菅に向かってただ一つ頷いた。
「よし、交替の時に西本に話してみようぜ。アイツが考えてるアイディアと違っても、手段が増えるだけだ」
自分なりの目標が立った。そんな些細なことで活力がみなぎってくる。瞳を爛々と輝かせる菅と、母親のように見守る周防。二人は最後にもう一度頷きあうと、また警戒に戻った。
「は、ぁ……」
鋭い瞳に少なからぬ疲労の色を帯びて、金髪の狼はそっと茂みから抜け出した。小一時間はかかってしまった。すぐにでも休みたいところだが……。
「一見、窓からの監視は無いヨウだな……」
確認した後は早い。迷いを振り切り、スタスタと玄関に向かって歩いていく。エントランスにはやはり人影は無い。ワイヤーや鳴子の類が無いことを確認すると、静かにドアを開ける。
逃げろ、逃げろ、逃げろ。危ない、危ない、危ない。
自分の五感を疑ってしまう怖いくらいの静けさとねっとりとした闇。何時どこから”敵”が飛び出してくるかわからない状況、死を恐怖する自分の警告を偽りのものだと言い聞かせながら、警戒したまま階段を目指す。
「ソウ……逃げては、生き残れナイ」
二階に上がり周囲を見渡す。右左、上り階段……気配はない。その場にとどまり、じっと背後、一階の気配を探る。挟み撃ちもどうやらなさそうだ。
「確カ三階建て……屋上で見張るとすれば、上ダナ」
こんな状況、固まりたい心理がはたらくだろう。
「ト、その前に」
ためしに階段から二番目のドアを開く。あっさりと開いたドアの向こうには誰も居ない。鍵もかかるようだ。
「ヨシ」
安全地帯を確保した後、三階へ向かう。バッグを置いていこうかとも思ったが、不測の事態を考えて止めた。そっと三階の通路を見渡す、ここも一見二階と同じ。そのまま一気に屋上を目指す。
「……」
何の変哲もない屋上への鉄扉、なぜだろう?触れるだけで押しつぶされそうに思える。高鳴る鼓動を抑えながら、そっと扉を、ほんの数ミリ開く。
声が聞こえた。
ほんの数秒、それだけで十分だった。音を立てないように扉を閉じて、立ち止まることなく二階を目指す。
鉄扉の向こうから聞こえてきたのは男の声。落ち着いた感じの声色は、会話をしている。そう自分に確信させた。見晴らしのいい屋上で一対多数、自殺行為だ相手が飛び道具を持っていなくてもてこずるだろう。最悪仲間がいれば挟み撃ちだ。
「参ったナ、持久戦になりそうダ……」
じれったい、ここを逃すと武器を手に入れそこなうかもしれない。いや、焦るな。機会を待とう。先ほど調べた空き部屋にすべり込み、鍵をかけ、わずかに窓を開けるとまたため息を一つ。正直くたくただ。
「窓から飛び降りれない高さでもナイ。ならば」
夜が明けるまでは相手も動くまい、最悪でも相手の人数は確認できる。そう判断を下せば、大胆不敵にも”敵陣”の真っ只中で、壁に体重を預けると寝息を立て始めて……。
【二日目 2時〜4時】
【西本願司】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康 筋肉痛 睡眠中
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) 携帯電話 山菜多数
[行動方針] :夜明けを待って分校跡に行き他の仲間を集める(それ以外にも思うところアリ)
最終方針:帰ってから皆でHビデオ鑑賞祭
【菅柳平】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) MS210C−BE(チェーンソー、燃料1/4消費)
[行動方針] :夜明けを待って分校跡に行き他の仲間(特に麻生)を集める
:火災を起こして外部に気付いてもらう、というアイディアを検討中
:周防を守り、彼女が望む人物との再開を達成させる。
最終方針:帰ってから西本の家でHビデオ鑑賞祭
【石山広明】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康 睡眠中
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) 山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載) 山菜多数 毒草少々
[行動方針] :夜明けを待って分校跡に行き他の仲間を集める
最終方針:帰ってから西本の家でHビデオ鑑賞祭
【周防美琴】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) ドラグノフ狙撃銃(残弾10発)
[行動方針] :夜明けを待って分校跡に行き他の仲間(特に天満、沢近、高野、花井、麻生)を集める
最終方針:帰ってから皆で打ち上げ
【ハリー・マッケンジー】
【現在位置:E-04】
[状態]:疲労
[道具]:支給品一式(食料2、水4) UCRB1(サバイバルナイフ) スピーカー
黒曜石のナイフ×6本(投擲用)
[行動方針] :ゲームに乗る。でも女性は殺しにくいかも…
ホテルで仮眠を取った後、ホテルにいる敵を駆逐する。最悪相手の人数と道具を確認
[備考]:結城の傘を普通の傘と認識。
:夜の視界確保のためにサングラスを外しています。
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