忍び寄る不安






 静かだった。先程までの喧騒が嘘のように、何の気配もしなかった。
夜風で木々が揺れ、神社を構成する木材がわずかな音をたてる以外、沢近愛理の耳には何の音も届かない。
子供のように泣き疲れ、疲労と無力感に促され、徐々に意識が遠ざかる。何も見えず何も感じず、
ただただ体が重くなっていく。混濁の世界へ旅立つ瞬間だった。


―――――――キンコンカンコーン


「!」

 覚醒は一瞬。何が起きたのか理解するのには1秒もかからない。放送だとすぐに分かった。
犠牲者達の名前が挙がるたびに、沢近の中で無力感と怒りの感情が湧き上がってくる。

(…………!四人…)


 呼ばれた名前の中には、先程自分が埋葬した嵯峨野恵のものも当然含まれていた。
これで放送がデタラメであるなどという都合のいい可能性が排除されたことになる。

「あの、ヒゲは……」
 一体何人殺したのよ、と誰もいないにも関わらずつぶやく。もしかしたら全員かもしれない。
流石に最初の放送で呼ばれた全員が播磨の手にかかったとは考えられないが、四人ならあり得る。
ナイフと金属バットで嬉々として殺しまわる悪魔の姿を思い浮かべ、拳を握る。

(……アイツのことだから、きっと今も暴れてるんでしょうね…)

 不安がよぎる。自分がこうして休んでいる間に、彼はどんどん遠くへ行っているのでは。
それでは彼の息の根を止める前に、多大な犠牲者が出てしまうだろう。それでいいのだろうか?
一刻も早く動き出すべきではないのだろうか。

 腕に力を入れ立ち上がろうとするが、鉛を仕込まれているように重い。腕や足からはほとんど疲労が
抜けきっていないことがわかる。やはり無理だ、とその場にまた座り込んでしまった。



(……大丈夫、そんな簡単にやられたりしない…晶や美琴はしっかりしてるし、天満もきっと頼れる人といる)
 希望的観測で無理矢理不安を押し込める。とにかく、動くのは休んでから。
休めるときに休んでおかないといざというときに困ってしまう。それ以上考えることをやめ、沢近は
再び睡眠をとるために目を瞑った。先程のように、順調に意識が薄れ体が動かなくなってくる。
沢近愛理の意識は、今度は確実に途切れていった。





――――――――――――――――――――タァン

 一瞬で現実に引き戻され、がばっと頭を上げ目を見開く。再び覚醒した意識が状況を認識しようとする。
「い、今の!…嵯峨野さ」
 デザートイーグルを手に本殿から外へ飛び出す。見張りをしてくれている彼女に相談しようと。
しかし二歩目を踏み出す前に思い出してしまった。嵯峨野恵は、もうこの世にいないのだ―――


「…………私………………でも、今の銃声は…」
 きょろきょろと周囲を見渡し、異変はないか確認する。銃声は確かにした。幻聴などではない。
方角まではわからなかったが、近くの地域からのものであることは間違いなかった。

――――――――――――タァン

「!また……南、かしら…」
 聞こえた、というよりは遠くから響いてきた印象を受ける。
少なくともこちらが狙われているわけではないことがわかり、心に落ち着きが戻ってきた。
そして、この銃声の意味することを考える。

(……南…平瀬村…まさかあのヒゲ、嵯峨野さんの後に平瀬村を拠点にして…!また銃声!)
 三度目が鳴る。もう間違いなかった。南に誰かがいて、今現在何かが起きているのだ。

 その後も銃声は続き、やがて五回目を最後にもう何も聞こえなくなる。
沢近は状況を整理し考えをまとめようと、ゆっくりとした足取りで本殿に戻った。



(……やっぱりヒゲなの?昼にも確か銃声があったけど…ヒゲは銃を手に入れたの?)
 頭をかかえ考えた後、それはない、と沢近は結論づける。もし昼に重火器を手に入れていたのなら、
嵯峨野を殺害したときそのまま自分を射殺していればいいだけの話なのだから。逃げる必要などない。
しかしそうなると南に銃声の主―――播磨以外の誰かがいる、ということになる。

(誰が、何の目的で…)
 五発の銃弾は何に使われたのか。それは最悪五人が殺されたことを意味する。
それとも襲われた側が銃を持っていて、身を守るために使用したのだろうか。
危険性の高い前者を元に考えてみる。平瀬村に播磨がいるのならば、当然決着をつけにいかねばならない。
しかし、彼以外である可能性が高い。……同じことよ、と播磨以外は避けようとした自分を笑う。
播磨を倒して終わりではない。天満達と合流し、この舞台から脱出することができて初めて勝利したことになるのだから。

 更に考えを進める。後者の場合――あまり期待するのは危険だが、接触して話をしてみる価値は十分。
もしかしたら天満達かもしれないのだから。
いずれにせよ敵ならば容赦はしない。味方だったら……嬉しいな、と沢近は思った。



(!そうだ、朝の放送で……)
 朝の放送でもし五人以上の名が挙げられたら平瀬村は非常に危険であると思ったほうがいい。
正当防衛で五人殺害は考えにくい状況だ。もちろん五人未満でも油断ならない状況ではある。
頼りすぎるのも危険だが、とにかく朝の放送を待ってからまた考えよう、と一息ついたところである考えに気がつく。


(――――――朝?――――朝までこの場所は大丈夫なの?ヒゲにばれてるし、すぐ南に誰かがいるのよ?)

 嵯峨野と二人でいるときはよかった。どちらかが警戒していればよかったのだから。
いや、よくない。それでも嵯峨野は――――――とにかく、今はたった一人。しかも地図に載っている場所で、
のんびり寝ていていいのだろうか。寝込みを襲われては何もできない。背を冷や汗が伝う。

(……移動する?どこへ…闇雲に動いたって……でもここは知られてしまった…)
 時計を見る。放送があってから銃声が聞こえるまで、二時間も眠っていない。
動けないわけではないが、まだ多くの疲労が残っている体は休息をとるよう訴えている。


(どこか、どこか安全な場所―早く決めないと。いつあのヒゲが来るか――)
 周囲の状況は何も変わっていない。誰もいないはずなのだ。なのに一つの考えが浮かんだだけで、
今いるこの場所が非常に危険な空間だと感じてしまう。もはや菅原神社で眠る気にはなれなかった。
かといって、起きて警戒を続けるのも難しい。

(……!)
 地図を眺めているうちに、一つの妙案が浮かぶ。E-01ならどうだろう。すぐ下のF-01はやがて禁止エリアになる。
来るなら北か東からだが、F-01が通れない以上、北から南下してくる人が通る可能性は低い。
東からわざわざ海を目指し来る理由は0。街道を離れ、岩陰などに隠れればまず見つからない。
近場であるから早足で行けば一時間ほどで適当な場所が見つかるだろう。これ以上の適所はないと思った。


 地図をたたんで荷物を背負う。片手にデザートイーグルを握り締め、沢近は静かに外を伺う。
視界に誰もいないことを確認し、力強く一歩を踏み出した。出発前に嵯峨野を弔った場所へ足を運ぶ。
案の定落ち葉の多くは風に吹き飛ばされており、半分以上が露になっていた。


「嵯峨野さん、ごめん。……私、行くね。……もう、……ここには…いられないから……」
 落ち葉を再びかき集め、ばさりと彼女の体にかける。あまり長居はできないので三回が限界。
最後に彼女の白い顔にかかっている泥をハンカチでふき取る。やっぱりかわいいな、と思った。
「…それじゃあ、行くから…」
 ダッ、と迷いを断ち切るように沢近はその場を走り去った。いつまでも引きずっていては生き残れない。
残りの想いは、この惨劇を生き残った後に取っておこう。そう彼女は考えた。

「はっ……はっ…」
 疲労のため、すぐさま息が上がってしまう。手足が重く動かすのも辛い。
早足で移動するつもりだったのに何故走っているのだろうと疑問に思う。
そうだ、走る必要はないと足を止める。すると急激に負の感情に襲われた。素直に形容すると、『恐怖』が一番近い。
誰を恐れているのだろう……一人の男に行き当たるが、即座にその考えを否定した。
再び足を動かし、走りながら怒りを込めてつぶやく。

「…別にこれは逃げじゃない。アンタなんて、怖くないんだから。ただ、休まないと朝から動けない…
それだけなんだから、勘違いしないでよね、ヒゲ!」



【2〜3時】

【沢近愛理】
【現在位置:E-02】
[状態]:激しい憎悪、自分に無力感、手足に疲労、手、肩に傷(片方のツインテールをばっさり切られています)
[道具]:支給品一式(水2、食料5) デザートイーグル/弾数:8発
[行動方針] 1:F-01へ移動して休む。平瀬村へ行くかは朝の放送を待つ
2:天満らを一刻も早く捜す 3:播磨と決着をつける 4:嵯峨野をきちんと埋葬する



前話   目次   次話