危険なクールビューティー
(逃げなきゃ……隠れなきゃ……、出来れば誰とも会わないところへ……!)
鬱蒼と茂る森を横断する道を、永山朱鷺は必死に走っていた。
信じたくなどないが、先生の手でクラスメイトが殺された。
その事実が、この殺人ゲームが紛れもない現実なのだと否応無しに認識させてくれた。
前に学校でやったお遊びのサバゲーとは訳が違う。
死の恐怖に、朱鷺は半分恐慌状態に陥っていた。
ガサッ、とすぐ近くの茂みが音を立てた。
「ヒッ!?」
敏感に反応し、手に持った支給品の拳銃を音がした方向に向ける。
だが、ペース配分も考えずに走ってきた疲労からか足がもつれ、その場に尻もちをついてしまう。
「きゃっ」
その拍子に、構えた手から拳銃が落ちてしまった。
「あ、あぁ……」
武器がなくなった。
手を伸ばせば届くところにあるのだが、恐慌状態に陥っている今の朱鷺にはそれすらも思い浮かばない。
「いやっ! 誰? こないで、助けて田中くん……」
銃を拾うことも背後に後ずさることも忘れ、顔を覆って泣き出した朱鷺の耳に、聞きなれたクラスメイトの声が届いた。
「永山さん?」
いつもと全く変わらない落ち着いた声。
恐る恐る顔を覆っていた手をどけて前を見た朱鷺の目に、両手を挙げてこちらを見ている高野晶の姿が映った。
「……そう。安心して、私はゲームに乗る気はないから」
「うん……うん……」
数分後、高野の普段通りの振る舞いが安心材料となったのか、説得された朱鷺は落ち着きを取り戻していた。
「でも、そう多くはないと思うけど、やる気になっている人もゼロではないと思うわ。
日中は隠れてしばらく様子見した方がいいと思うの」
「う、うん」
「こんな道端を歩いていたら遠くからでもすぐに見つかるわ。
歩きづらいけど、まずはこの森の中を移動するのがいいわね。どう思う?」
ひとしきり自分の意見を述べ、高野は朱鷺に話を振った。
「高野さんに任せる……。すごいね、こんな状況でも冷静なんだもん」
高野の冷静さに感心しているのか、先ほどの自分の醜態を恥じているのか、少々顔を赤くしながら朱鷺は答えた。
「別に。それはそうと、この拳銃が永山さんの支給品?」
地面に落ちていた銃を拾う仕草に朱鷺はビクッと体を震わせたが、高野はそのまま朱鷺に銃を差し出してきた。
反射的にせよ、またクラスメイトを疑ってしまったことに自己嫌悪に陥る。
(私、何やってるんだろう……)
「シグ・ザウエルね。返しておくわ。安全装置がないから扱いには気をつけて」
「く、詳しいのね」
さすがサバゲーを提案した張本人ではある。
「高野さんが持ってて? たぶん、私が持ってるよりいいと思うから」
「いいの?」
「うん。気をつけてって言われても、私じゃどう気をつければいいのかも分からないし……」
「本当にいいのね?」
「うん」
「……分かったわ」
朱鷺の提案に無表情に頷くと、高野はシグ・ザウエルをスカートに挟んだ。
「じゃあ、代わりに私の支給品を持ってて。はい、メリケンサック」
「え、こんなもの持たされても」
「男物なの。私じゃ指がぶかぶかで使えないわ」
「私だってそうだよ?」
多少物騒ではあるが、他愛のないやり取り。
クスクスと、この島に集められてから初めて笑いが漏れた。
(なんで疑ったりしてたんだろう。クラスメイトはクラスメイトなのに)
ゲームに乗った人なんて、本当は誰もいないのではないか。そんな風にさえ、今の朱鷺には思える。
「じゃあ、行きましょう」
「うん」
(高野さんに会えてよかった)
そう思いながら、朱鷺は高野の後について森へと歩き出した。
………
……
…
数時間後。陽も多少かげって来た頃……
(そろそろ陽が沈むか……ん?)
なんとなく視線を感じたような気がして、麻生広義は足を止めた。
近くの木の陰に身を隠し、声を上げる。
「誰かいるのか?」
声と同時に、構えたサブマシンガンの安全装置を解除する。
2秒、3秒……返事はない。
「……麻生広義だ。やりあう気はないが、出てこないなら疑ってかからせてもらう」
ジャキッと銃身をスライドさせ、さらに声をかける。
と、前方の森の中から、片手に拳銃を持った女生徒が姿を現した。
「高野か……」
「私も争う気はないわ。その物騒なもの仕舞ってもらえる?」
「そちらもその拳銃降ろしてくれたらな。悪いがこの悪趣味ゲーム、無条件信頼はできそうにない」
「分かったわ」
言って、ゆっくりとシグ・ザウエルをスカートに挟み、両手を挙げた。
それを確認しつつ、麻生もサブマシンガンを降ろす。
「俺はここに来て初遭遇だ。高野も1人か?」
「ええ」
麻生の問いかけに、高野はいつも通り無表情に――
「1人よ」
――本当に無表情に頷いた。
――胸に空いた穴の痛みももう感じない。
仰向けに寝そべった土の香りと温かさが心地よいくらいだ。
(寒い……)
だが、この寒さと、空しさと、無力感は如何ともしがたかった。
自分が間違いなく死に向かっていることを、永山朱鷺は自覚していた。
(怖い……よ)
緩やかに溢れる涙で視界がぼやける。
自分はただ、怖くて、逃げて、友達と再会して、安心して、ついて行っただけ。
それが間違いだったのだろうか。信じてはいけなかったのだろうか。
優しい言葉で諭され、信じさせられてしまった。
あの状況で銃を高野に譲ることも、恐らく彼女にとっては予想済みだったのだろう。
森に入ったのは、自分に話した理由と……殺害現場を誰にも見られないため。
(でも、信じたいじゃない……)
たぶん、誰に会っても、諭されれば自分は信じてついて行っただろう。
もし会ったのが高野ではなく、ゲームに乗っていない者、いやむしろ彼であったなら……
(会いたいよ……どこ? 田中……く……)
森の中で、誰に看取られることもなく、永山朱鷺は息を引き取った。
高野と麻生が遭遇する、1時間ほど前であった。
【夕方:16〜18時】
【高野晶】
【現在位置:G-08】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 拳銃(シグ・ザウエルP226)残弾15発
[行動方針] :ゲームに乗る。パーティー潜伏型
【麻生広義】
【現在位置:G-08】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 サブマシンガン(種類は不明)
[行動方針] :会った相手は警戒。ゲームに乗っているかは不明
【永山朱鷺:死亡】
――残り38人
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