星に願いを






「もうすぐ、だよな」
「……そうダスな」
「意外とさ、前の放送から誰も死んでる奴いなかったりして。こんな広い島で、そうそう人と会うこともないだろうし」
「そうだと、いいんダスが」
 ホテル跡屋上のヘリポート。
 放送を待つ不安をかき消すように、先程からしきりに何かを話し続けているのは石山。
 西本がそれに答え続けてはいるが、心ここにあらずといった様な気の無い返事ばかりだ。
 今、ここで見張りを続けているのは彼ら二人だけ。菅と周防は放送まで休んでもらうことになっている。
 ジャンケンで決めた組み合わせだが、石山には特に不満は無い。手元には周防から借りたドラグノフ狙撃銃がある。備え付けのPSO-1スコープの赤外線探知機能が、夜の監視も容易なものにしていた。
 現在の時刻は23:47。そろそろ休んでいる二人も起こさなくてはならない。放送は全員聞き、そこで見張りの交代をするというのが、四人で決めた約束事だったからだ。
「それじゃあ俺、二人を起こしてくんよ。これ渡しとくから、見張りを続けといてくれ」
 ドラグノフ狙撃銃を手渡された西本は、すぐにスコープを覗き込み下の監視を継続する。
「ウム。放送に遅れることの無いよう、気をつけてくれダス」
「おう、わかってる。306号室と305号室だったな」
 休憩部屋は男子は306号室、周防は305号室と決めてあった。本当なら一箇所にまとめたほうがいいのだが、男女一緒ではなにかと不都合が生じるという西本の意見からそう決めたのだ。
 周防は、例え一緒の部屋でも気にしないと豪快な事を言っていたが、それでは自分達が落ち着かないので、石山も菅も西本に賛成した。


「そうダス。周防さんの部屋に入るときは、ノックを忘れてはいかんダス。まぁ、鍵をかけていてくれてると思うダスが……」
「わかってるって。いくら彼女いない歴17年だっつっても、それくらいの気遣いはできる」
 お互いに、ちょっとだけ笑い合う。
 こんな些細な冗談が言えるだけ、自分の今の状況は恵まれている、と石山は思った。
 今でもこの島のどこかでは、殺し合いが行われているのかもしれない。それなのに今この状況で、呑気に冗談なんかを言い合えるのは、一重に自分達の信頼関係がなせる業だ。
 しかしずっとそんな会話を続けているわけにもいかない。石山は自らのリュックを手にしてから、ヘリポートからホテル内部へ続くドアを開けて、階段を下りていく。
 自分の荷物は自分で管理するというのも、四人で決めた約束である。例えば誰かに襲われた時に、すぐに逃げられる様に。ただしドラグノフ狙撃銃だけは、例外であったが。
 三階までは階段を一階分下りるだけだ。そこから右に曲がれば306号室、左に曲がれば305号室がある。
 石山はまず、菅から呼びに行くことに決めた。306号室のドアノブを捻ると、ドアはいとも簡単に開く。鍵はかけないようにしていた。連絡を取ろうと思ったときに、何かと不便だからだ。


「おーい、菅? そろそろ放送が始まるんだけど……」
 そう言いながら石山が部屋に入っていくと、菅は気持ちよさそうに寝ている最中だった。
 この状況でよく寝られるものだと、石山は感心に近い思いを抱く。
「おいほら、起きろって。放送聞き逃してもいいのか?」
「うぅ……」
 肩を揺すると、菅は目を覚ましたようだ。しかしそれでも不機嫌そうに、枕に顔をうずめてベットから起き上がらない。
「あと五分、頼む」
「頼まれてたまるか。早く起きろ。約束だったろ、放送を境に交代するって。それにここじゃあ、放送の音がよく聞こえないだろ」
 石山は何度も何度も、菅の肩を揺すり続ける。
「……わーったよ。わかったから、先に屋上に行っててくれ。放送までには絶対行くからさ」
 てこでも動かないような態度を見せる菅。
 しばらく肩を揺らし続けていた石山は、それ以上の努力を行うのをいったん諦めた。放送までに本当に来ないようなら、ベッドからたたき起こせばいい。
 それに菅一人に時間をかけているわけには行かない。石山は306号室を出て、周防の寝ている305号室の前へと進んだ。

―――コンッ、コンッ

 西本に言われたとおり、ノックは忘れない。
 返答が無く、石山がもう一度ノックをしようとしたその時、
「……開いてるから、入ってきていいよ」
 中から周防が応える。
「そんじゃ、入るよ」
 本人の許可が得られたので石山はドアを開け、305号室の中へと入っていった。
 周防はすでにベッドから起き上がっており、自分のリュックを手にしている。
「もしかして、眠れなかったのか?」


「いや、さっきまでは寝てたんだけどさ。……実はさ、いつもはこの曜日のこの時間から聞きたいラジオがあるんだよ。身についた習慣ってのは、こういう時にも消えないもんだね」
 はははっ、と周防は笑っていた。それでも、その笑いが力無いものであることには、石山でさえ気付いてしまった。
 だからと言って、石山はかけるべき適当な言葉を見つけられない。
 そこんところが自分のかっこ悪いところであり、彼女できない暦17年の所以たるところであると、石山は自分で自分が情けなくなる。
「……まぁ、起きてるならいいんだよ。そろそろ放送が始まるからさ、屋上に集合な」
「ああ、そうだね。そんじゃ、行こっか」
「……おう」
 305号室を出ると、ちょうど菅も部屋から出てきたところだった。
 さっきまで寝ていたにしては、しっかりとした足取りである。
 石山は手を挙げて、菅に話しかける。
「起きたのか?」
「ああ、おかげ様でな。屋上で西本が待ってるんだろ? 早く行こうぜ」
 お前がそれをいうのか、という言葉は飲み込んで、石山は菅の後ろをついて屋上へと足を進めた。周防も、後ろからついてくる。
 放送までは、もう五分も無いだろう。
 正直、あんまり聞きたいものではない。先程は気休めであんなことを言いはしたが、石山自身、この六時間で死んだのがゼロなんて展開は予想していないからだ。
 それでもここは、聞かねばならない。
 禁止エリアの問題だけではなく、人として。石山はそんな気がしていた。
「西本―。菅と周防、連れてきたぜ」
「ご苦労様。こっちは、異常ないダス」
 いったん監視の手を緩めて、西本が皆に報告をする。こんな時間に誰かがやってくる可能性は極めて低い。しかし折角赤外線探知機能付きスコープがあるんだから監視は続けよう、という西本の提案に従って数時間。そろそろ四人の間でも、その意味は形骸化していた。
「そろそろ、だよね」
 周防がぽつりと呟く。
「後、三分か。それまで大人しく待ってようぜ」
 そう言って、菅はその場に横になった。


 誰もとがめるものはいない。なぜなら自分達は、放送が始まるまで何も出来ないからだ。全ては放送を聞いてからなのである。明日の活動も、具体的な脱出の方法も。
「まぁ、そうするしかないか」
 そう言って、石山もその場に仰向けに寝転がる。
 西本と周防も、後に続いて寝転がった。
「……すごい、星ダス」
 不意に西本の口から洩れた感想に、石山は頭の中で賛同の意を送った。
 綺麗な夜空一面の星。矢神では、こんな光景めったに見られたものではない。
 そういえば、と石山は思い出す。死んだ人は星になると、祖母に言われたことがあった、と。
 別にそれを信じるわけではないが、石山にとって今日の星の輝きはとても眩いものに思えた。
「……殺し合いとかそういうの無しで、こういう所でサバイバルだったら、楽しかったんだろうけどな」
 不意に洩れた石山の呟きに、答える者はいなかった。
 皆わかっているのだ。そんな事は、望んだところで叶わぬ願いだと。
 星の煌きが心を乱し、不安を掻き立てているのか。それとも不安が、星の表情をいつも違うように見せているのか。
 石山には判断できなかったが、そもそも判断する必要などないのだと気付く。
 どちらにせよ結果は、同じなのだから。
「あと、三十秒ダス」
「……そう、か」
 西本のカウントダウンにより、他の三人も起き上がる。それからは、会話は無かった。
 皆黙ったまま三十秒が経過し、チャイムが流れ、そして、放送が開始。
 まるで殺し合いの最中とは思えないほど脳天気な前置きから始まり、そして、死者の名前が呼び上げられ、禁止エリアが発表される。
 取り乱すものはいなかった。泣くものはいなかった。ただ誰も、一言も言葉を発しなかった。皆それぞれ、禁止エリアと死者の名前を、思い思いの方法でメモしてゆく。その作業を行うことで、皆が平静を保っている様に、石山には思えた。
 そうして皆がメモも取り終わり、やるせない時間が経過する中、最初に沈黙を破ったのはやはり西本だった。


「……皆、ショックを受けていると思うダス。でも、ここでワス達が取り乱してはいけない」
 そう言う西本の手が震えているのに、石山は気付いている。この前の放送の時だって、そうだった。
 クラス内のエロソムリエとして西本が君臨していたのは、何も彼がクラス一AVに詳しくて実家がビデオ屋だから、という理由のみではない。
 彼が自分の利益に固執せずに、常に男子全体の利益を考えて行動していたからこそ、彼はその地位を得たのだ。
 そして彼は、女性への謙虚さも忘れない漢だった。全ての漢の活力は、女性により与えられるというのが西本の持論。
 とりわけクラスの女子に対して、彼は常に友好的だった。なぜなら、クラスの女子が自分達にとってもっとも身近な現人神であるからだと、石山は以前に西本から聞いたことがある。
 そんな西本にとってクラスメイトの死とは、まさに身を切られるような思いなのだろう、と石山は思う。しかしそれは自分にとっても同様だ。
 同じ時。同じ嗜好。同じAVを共有してきた仲間を失うということは、半身を失う苦しみに近い。
そして仲の良かった2―Cにおいて、馬鹿なことを繰り返した男子一同に対しても決して避けることなく接してくれた女子達も、石山にはかけがえの無い友人達だった。
「確かに、殺し合いへ積極的に参加している者がいる事は否定できんダス。でもきっと、どこかにワス達の仲間になってくれる者もいるはず。……だから今は、耐えるべきダス」
 頭ではそうだと理解できた。しかし納得は出来ない。第一回の放送でもそうだったが、あの時は何とか抑えられた。しかし今度こそ石山は、我慢の限界に達しようとしていた。
 なんと言ってよいのかはわからない。それでも、何かが喉の奥から飛び出そうとしているのがわかった。感情に委ねて、それを声に出そうとしたその時。
「そうだな。西本の言う通りだ」
 菅の呟きが、皆の注目を集める。
「……菅、お前いいのかよ」
 石山には、菅がそう言った事が信じられなかった。
 なにしろ今回死んでしまったクラスメイトの中には、“あの娘”がいるのだから。


「何がだよ」
「何がって、その、お前……」
 言うべきか言わざるべきか、石山は迷っていた。修学旅行の賭け麻雀で、菅は特別な関係を否定していたからだ。
 しかしどう考えても菅にとってあの娘は特別だった、と石山は思う。だからこそ、その話題に触れてよいものかの判断に揺れていた。
 しかし菅はそんな自分の思いに気付いていないのか、「ふぅ」とため息をつき、いかにもめんどくさそうな顔をして、こちらを追いたてるように手を払う。
「いいからお前達は早く休めよ。ここに遅くまでいたとしても、時間がきたら俺は容赦無く起こすぞ。なぁ、周防」
「え? あ、あぁ」
 突然話題を振られた周防が、慌てる様に答える。
 これはもう、話す気は無いのだろう。石山には菅の本心などわかるはずもなかったが、なんとなくそんなふうに思った。
 言葉につまり、どうしようかと西本のほうを見る。
 西本は石山の視線の意味に気付いたのか、大きく頷いてから口を開いた。
「わかったダス。それじゃあ、ワス達も休ませてもらうダス」
 そう言って、西本は立ち上がってドアのほうへと歩み始めた。
 これ以上この場に留まったところで何も出来ない。
 そのことがわかっていた石山も、西本の後ろに続く。
 ところが、西本は二、三歩程歩いたところで急に立ち止まり、再び皆のほうへと向きなおした。
「ところで、明日の事なんダスが……、明日の朝の放送を聞き終えたら、やっぱり平瀬村ではなく、まず南にある分校跡に向かいたいと思う」
「そりゃまた、どうして?」
 当然、疑問に思ったのか、菅が西本に問いかける。
「ワス達は仲間を集める必要があるダス。こういった大きな施設には、ゲームに乗る気がない人が集団で潜伏してる可能性が大きい。」
「そんな事言ったら、平瀬村の方が可能性高いんじゃないの? それに水の事もあるし」
 周防からの提言。実際石山には、周防の意見の方がまともな様に思えた。


 しかし西本は頑としてその首を縦には振らない。
「そうかもしれない。でもワスにも、少し考えがあるんダス。今は不確かな事過ぎて詳しくは言えないが……皆、ワスを信じて欲しいダス」
 何も明確な理由も無くそう言われたとしても、やはり石山には納得がいかないものだった。仲間に会うためだとしても、安全な道を選びたい。
 もちろん、この島にもはや安全な場所などありはしないのかもしれないが、ここにきての移動は、直接生死に関わる。
 菅とかはどう思っているのだろうとそちらを見たちょうどその時、いかにも投げやりな態度で菅が口を開いた。
「別にいいんじゃねぇか」
「……菅?」
 本当にどうしたんのだろうと、石山は思う。少なくともさっきまでは、菅はこんなにも簡単に物事を決めなかった。もっと悩んで悩んで、びびってびびって、決めてきたはず。
 戸惑う石山に、菅は追い討ちをかける。
「いいだろ、石山。どうせアテなんてないんだ。だったら、西本に付き合ったって構わないさ。周防もそれでいいか?」
「え、あー、うん」
 押し切られる形で、周防も合意。
「うっし、決まりだ」
 菅にそう言われてしまえば、石山には拒否する事などできなかった。
「感謝するよ、菅君」
「よせよ西本、気持ち悪ぃ。さっさと休んじまえ」
 菅は再び追い立てるように手を払う。
 西本は決して不機嫌そうな態度は見せず、またも大仰に頷いた。
「それじゃあ今度こそ失礼するダス」


「……任せたぜ、菅。それに周防」
 他にも疑問に思う事、聞きたい事は色々とあったが、今の石山にはそう言うしかなかった。
 決して諦めたわけではない。ただ今は、菅の事はそっとしておくべきであるし、西本については信じてやるべきだと思ったからだ。
「おーう、任しとけ」
「しっかり、警戒しておくよ」
 菅と周防の返事を背に、石山は階段をゆっくりと下りていく。
 どうにも疲れが溜まっているようだ……。足取りはすこぶる重い。
 皆それぞれに悩みや苦しみ、それに問題を抱えている。自分は何も抱えてはいないが、他の皆の“それ”の重みは理解しているつもりだ。
 それなら、と石山は思う。
 それなら自分は、少しでも皆のそれを軽くする役目を担うべきなのではないかと。
 何も出来ないかも知れない。何も変わらないかもしれない。
 それでも、努力することが無駄だとは思えなかった。少なくとも自分自身は、それによって救われる。
 ……そういう事を考えている時点で、自分も何かを抱えてしまっているのかもしれない。
 ふとそんな事が頭を過ぎったが、今の石山にはどうでも良いことである。
 明日もいい天気になるといい。
 そんな何気ない事を思いながら、石山はベッドへと向かっていった。


   ※   ※   ※


 さっき西本と石山が屋上から離れて以来、周防と菅の間に会話は無かった。
 周防はPSO−1スコープを覗いて監視を継続中であったし、菅も肉眼でその補佐をしている。
 周防は、先程の放送で知らされた犠牲者の名前を思い返していた。
 皆が皆、とても仲が良かったというわけではない。それでも、大切な友人であったことは確かだ。それぞれに思い出がある。
 さっき、石山が迎えに部屋にやって来た時、本当は嘘をついていた。
 実際は彼が指摘したとおり、よく眠れなかったのだ。何度も何度も、寝付きかけては、目が覚める。そんな繰り返しだった。
 それでも今現在眠く感じないのは、やはりこの状況下で緊張しているからなのだろうと、周防は思う。人が死んでいくこの異常なゲーム。次に死ぬのは自分かもしれない。もしかしたら、“彼”かもしれない。
 周防の頭の中に、段々と浮かびだした映像がはっきりとする直前、不意に菅が口を開いた。
「……嵯峨野ってさぁ」
 それは本当に突然だった。
「何?」
 周防は素直に疑問の言葉を口にする。
 菅と嵯峨野がクラスの中でもよく話していたのは知っていた。
 だから菅が、嵯峨野の死について何かしら思う事があっても不思議ではない。
「いつも無駄に明るくて、くったくなくて、男女関係なく誰とでも仲良くなれる奴だったよな」
「……うん」
 確かにそうだと、周防は思う。
 嵯峨野恵は、いいコだった。いつでも元気だし、誰かの悪口を言っているところなんて見たことないし、いい意味で世話焼きだった。
 男子とも仲が良く、分け隔てせずよく話をしていた。
 そんな嵯峨野と菅の間に、何があるのか。
 漠然と考えていた周防に、菅は乾いた笑いを向ける。
「……俺さぁ、昔から彼女とかは出来たためしねぇけど、特に女子と仲悪いって訳でもないし、友達以上恋人未満っていうの? そんな感じになる相方がいた事は何回かあったんだよ」


「嵯峨野も、そうだったの?」
「いやいや、そうじゃねぇけどさ」
 慌てるように首を振る菅だったが、その勢いは急速に弱まり、「いや、そうじゃなくないかな」と呟いた後、寂しそうに言葉を口に出した。
「……少なくとも俺には、そういう対象だったんだな」
 周防は、急速に空気が冷たくなった気がした。菅の顔から表情が消える。
「アイツがいなくなってさ。……何だかベタな台詞だけど、心にポッカリ穴が空いたみたいなんだ。もうさ、アイツの声も聞けないし、ツッコミも受けられないって思うと、悲しいっていうよりなんか信じられねぇんだよ」
「……そう」
 本当に大切な者を失った事が無い自分には、良く理解できない感覚なのだろう。
 菅の心の中で、嵯峨野がどれほどのモノを占めていたのかはわからない。でも、心に開いた穴というものは、きっと他の何によっても塞ぐ事の出来ない類のものなのだろうと、周防は思う。
 菅は星空を見上げていた。ただぼんやりと、何を探すのでもなく。
「なんでアイツが死んだんだろうな。……俺さ、アイツは死なないだろうって漠然と信じ込んでたみたいなんだ。
 恨みとか憎しみとか、受ける感じしないだろ? だからお互いうまく立ち回ればいつか会えるだろうなぁ、ってさ」
 確かに、理屈ではそうなのだろう。
 でもこのゲームは、そうじゃない。友情とか愛情とか、いままで確かにあると思っていたものが簡単に崩壊し、幻想にすぎなかったと思い知らされたものが何人いるのだろうか。
 周防にはわからなかった。いや、わかりたくなかった。
「それは……」
「わかってるって。皆も生き残るのに必死なんだから、俺らみたいに先生方にたてつくより、正当にゲームを勝ち残る努力をした方が生存確率がたけぇって考える奴も出てくるさ。そうなったら、恨みつらみ関係ないもんな。
 俺だって、もしも最初の支給品がチェーンソーなんかじゃなくて銃とかだったら、西本と一緒に行動する道を選んだかは分かんねぇもん。……でもさぁ」


 なにを言えばよいか迷う周防の隣で、菅は空を見上げたまま自嘲気味に微笑んだ。
「なんか理由つけてやんねぇと、どうにもなんないじゃん。心配だからってさ、お前から銃奪って島ん中、嵯峨野を探し回るなんて許されねぇし。
 でも実際に死んじまって。これでよかったのかって頭ん中で言ってくる自分がいるのも確かなんだ。……何だかなぁ」
「敵討ちとか、考えてんの?」
 周防はふとそう思い、尋ねてみた。
「敵討ちねぇ」
 虚ろな視線の方向は変えず、菅が呟く。周防にとってこんな菅の態度は、煮え切らなくて気持ち悪いものに思えた。
 何か信じるものがあるんなら、それに向かって突き進むのが漢ってもんだと、周防は昔から父親に語られ続けている。
 実際、周りの職人連中は皆そんなやつらばっかりで、男っていい意味で馬鹿だなと、よく母親と話していた。
 しかし同時に、そんな父親達の後姿が格好いいとも思っていた。
 周防はスコープから目を離し、ドラグノフ狙撃銃を菅の方へと差し出す。
「何のまねだよ」
「この望遠レンズさえ置いてってくれるなら、この銃は持って行ってくれていいよ。他の二人には文句は言わせない。元々コレ、アタシのだから」
 本気だった。どうせ自分が持っていたとしても、これで人を撃つことなんて不可能なこと、周防はわかっていたから。
 菅はゆっくりと手を伸ばした。少しずつ、ためらうように。
 しかしもう少しで銃に手がかかるという一歩手前で、その手は力なく下ろされ、床のコンクリートを擦る。
 菅は力なく溜息をついた後、再び視線を夜空へと戻した。
「行かないの?」
 銃を菅に押し付けながら、周防は尋ねる。
 それでも菅は無言だった。表情は再び消え去り、手は掴む対象を失いだらしなく垂れたままだ。
 周防は追い討ちをかけるように、言葉を連ねた。
「嵯峨野が殺されて悔しくないの!?」
 もしも自分が大切な人を失ったら、と考える。自分はこんなにも落ち着いていられるんだろうか。
 殺した人物はきっと許せない。こんなゲームを開いた人物も許せない。そしてなにより、何も出来ないまま大切な人を死なせてしまった自分自身が許せない。
 そう思い、彼も同じ気持ちであろうと菅の顔をもう一度見る。


 しかしその顔に浮かんでるのは悲しみでも苦しみでも、ましてや憎悪などでもなく、柔らかな笑みであった。
 あっけにとられる周防をよそに、菅は話し始める。
「……そりゃ、悔しいさ。でもさ、誰が嵯峨野を殺したかわかんねぇだろ。手当たり次第敵っぽい奴を殺したとしても、たぶん嵯峨野は喜ばねぇよ。自己満足で終わるだけだ」
「じゃあせめて、探しに行きなよ。顔も見ずにお別れなんてさ、嫌じゃんか」
 負けじと周防も引き下がる。けれども菅は、首を横に振るだけだった。
「折角だけどさ、やっぱ止めとくわ」
「どうして……」
「周防の申し出はありがてぇよ。でもさ、そんな事したら嵯峨野は怒る気がすんだよ」
「そんな事……」
 ない、と言いたがったが、そう言えない自分に周防は気付いた。
 嵯峨野という女の子は、確かにそういうコだったからだ。自分の為に他の誰かが傷つくことを望むような、そのような人間ではない。
 そんな周防の考えに気がついたのか、菅は言葉を続ける。
「アイツはさぁ、結構世話好きなトコあんじゃん。んでさ、こういう状況でもしも不安がってる奴がいたら、絶対励ましたり助けたりすると思うんだ。だからさ、ここで周防から銃を貰って出ていくとか、アイツは許してくんねぇよ」
 乾いた笑いを浮かべてから、「きっとそうだぜ」と、そう言い切って、菅は銃を周防に押し返す。その笑顔から、周防はなにも読み取れなかった。それでも、自分にはもう菅を説得する力が無いことは理解できた。
 嵯峨野のことに関しては、自分よりも菅の方が良く知っている。そんなわかりきった事に、今まで気付いていなかったのだ。
「そうかも、しれないね」
「だろ? そういう事だからコレは返すよ。嵯峨野には、もしかしたらもう会えねぇかもしんないけど、そこは我慢するさ」
 男ってのは強いな、と周防は思う。大事な者を失っても、まだ虚勢を張って。
 もしも菅が一人きりだったら、今頃は嵯峨野を探して歩いていたのかもしれない。そう思わせるほど、哀し気な目をしているというのに。
「……ゴメン」


「周防は悪くねぇよ。まぁ、あれだな。自分の気持ちに気付くのが遅かった、俺が阿保だったってだけさ」
 その言葉を聞いても、周防は菅を阿保だとは思えなかった。そういう事は往々にしてある事なのだ。近すぎる相手への気持ちという物は、近さに比例して見つけにくい物だから。
 そこまで考えた時、周防の頭にもやはりある人物の顔が浮かんだ。周防は驚きと戸惑いの中で、首を振ってその顔を掻き消す。怪訝な顔でこちらを見ている菅を誤魔化すように、周防は話題をすり替えた。
「さ、さっきな」
「?」
「さっき菅は、始めから銃を持ってたらゲームに乗ってたかもしれない、って言ってたけど、アタシは多分、菅はゲームに乗らなかったと思う。なんでかって言われたらよくわかんないけど、そう思うよ」
 急に出した話ではあったが、確かにそれは周防の本心だった。誰かの死をまともに悲しめる奴が、こんなゲームに乗れる訳がない。
「周防……」
 真剣な顔つきで、菅は周防の顔を見つめる。
 そして菅は、そのまま真面目くさった表情のままで。
「……俺に、惚れたか?」
 そう、尋ねてきた。
「プッ、プハハハハハッ!」
 本当に、心から笑えた。第ニ回放送を聞いてからずっと沈みかけていた心に、僅かだが光がさす。


「おいおい何だよ。失礼だなぁ。まぁ、俺に惚れたって無駄だぜ。生憎、友情にはあついんだ。アソを裏切るような真似はしねぇよ」
「あ、安心しなよ。菅に惚れる事はないから。……ブハッ、ハハハッ!」
「周防……、そんなに豪快に否定されっと、流石に俺も泣くぜ?」
 笑い続けながら、周防は思う。これだけ周囲を明るく出来ているなら、菅の言う嵯峨野の望む事というのは十分に果たされているのだろうと。
 死者の世界があるかどうかは、わからない。ただ、死んだ人が星になるという話は聞いた事がある。
 もしも嵯峨野が星になっているのなら、この晴れ空は彼女が笑っている証なのかもしれない。それでいいのだと、菅に語りかけているのかもしれない。
 だから周防は笑い続けた。今くらい、不安な事は忘れて。
 無事に矢神に帰れたら皆でまた笑う為に、周防美琴は決意する。決して希望の光は消さない事を。輝く星は、皆を平等に照らすに違いないから。



   ※   ※   ※



 ―――そう、星の光は誰もを平等に照らしている。
 西本の信念も、石山の不安も、菅の覚悟も、周防の希望も。島にいる全ての者の想いが、その煌めきをあます所なく受け止めていた。そこに理由などは存在しない。
 だから今この瞬間、ホテル跡に着々と近付く一人の男の狂気もまた、その光を映し出すようにギラギラと煌めいていたのだ。
 闇の中で不自然なほどに照らしだされたナイフの輝きは、その男の……ハリー・マッケンジーの心の高ぶりをさらにかきたてる。月は明るく、狩場への道を真っ直ぐに照らす。黒いサングラスの下に隠された瞳が語るのは、彼の殺人者としての冷酷さだ。
 ハリーは笑っていた。心の底から笑っていた。血に飢えた狼の本領は、この月夜にこそ発揮されるのだ。


 【二日目 0時〜2時】

【西本願司】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康 筋肉痛  睡眠中
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) 携帯電話 山菜多数
[行動方針] :夜明けを待って分校跡に行き他の仲間を集める(それ以外にも思うところアリ)
最終方針:帰ってから皆でHビデオ鑑賞祭

【菅柳平】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) MS210C−BE(チェーンソー、燃料1/4消費)
[行動方針] :夜明けを待って分校跡に行き他の仲間(特に麻生)を集める 
最終方針:帰ってから西本の家でHビデオ鑑賞祭

【石山広明】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康 睡眠中
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) 山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載) 山菜多数 毒草少々
[行動方針] :夜明けを待って分校跡に行き他の仲間を集める 
最終方針:帰ってから西本の家でHビデオ鑑賞祭

【周防美琴】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) ドラグノフ狙撃銃(残弾10発)
[行動方針] :夜明けを待って分校跡に行き他の仲間(特に天満、沢近、高野、花井、麻生)を集める 
最終方針:帰ってから皆で打ち上げ

【ハリー・マッケンジー】
【現在位置:F-04】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(食料2、水4) UCRB1(サバイバルナイフ) スピーカー
     黒曜石のナイフ×6本(投擲用)
[行動方針] :ゲームに乗る。でも女性は殺しにくいかも…
       ホテル跡に向かい今夜の宿泊場所を確保する。
[備考]:結城の傘を普通の傘と認識。



前話   目次   次話