LOST
「!ちっ、放送だ」
目的地まであと1時間程度。G-02にさしかかろうかというところで
花井と八雲は初めて聞く、一条と今鳥には二度目となる音楽が響く。
笹倉葉子の陽気な声は、大小はあれど、全員に不快感を与えるには十分すぎた。
覚悟を決める時間も与えられず、次々と流暢に犠牲者の名が挙げられていく。
――――女子 6番 嵯峨野 恵
――――女子 3番 音篠 冴子
――――男子 9番 田中 一也
――――男子21番 東郷 雅一
(さがの…………?)
(な…東郷、お前が!?)
(!とーごーって…マカロニがかよ!?)
(嵯峨野さん……!姉さんのお友達…東郷さんも、確かカレー皿を…)
花井、今鳥、八雲の三人は放送が終わるまで沈黙を守ることがなんとかできそうだった。
しかし、彼女だけはできなかった。友人の名を頭の中で反復し、事実を認識した直後、
一条かれんの頭の中の感情が声として外部に現れてしまう。
「う、そ……う…………うああぁっ!!」
「うっ……えっ……!さが……の……えっ…えっ…」
放たれる声は意味を持たず、その中には嗚咽と空気を飲み込む音、そして『嵯峨野恵』の名が含まれていた。
毎日一緒にお弁当を食べた。今鳥との恋の応援をしてくれた。バンドの練習で夜遅くまでつきあってくれた。
女子バスケ部が設立したときは本当に嬉しそうだった。彼女の試合も見た。中学校からずっと一番の友達だった。
数え切れない親友との思い出が溢れては消えていく。耐えるなど不可能だった。
(なんで……どうし…て…っ!)
性別を問わず親しくなれる、明るく元気でバスケの得意な女の子。
恋の話が大好きで、自らの働きで結ばれたカップルの数を誇らしげに語る彼女。
それらは全て過去のものとなり、もう新たな思い出として残ることは決してない。
あまりにも突然に失われてしまった物は大きすぎた。一条かれんはその場で何度も何度も泣き続けていた。
残された三人には慰めの手段も言葉もなく、傍にいて、存分に泣かせてやることしかできない。
「…今鳥、八雲君。一条君についていてくれ。……僕は村の様子を見てくる」
ライトとリュックを背負いながら、なんとかそれだけの言葉を捻り出し、花井は背を向け
平瀬村へ走っていく。今鳥と八雲は無言でそれを了承した。
(一条君のことは、今鳥と八雲君に任せるしかない…僕は僕のすべきことを…それにしても…)
あの東郷が死んだ。いつも自信と勇気に溢れ、自分の台詞を先取りし、決して弱みを見せない東郷が。
口だけではなくそれに相応しい実力を持っていることも花井は知っている。
悔しいが、彼の2-D内での人望の高さは自らの2-C内でのそれより上を行くことも薄々感づいていた。
播磨とは別の意味でのライバルであり、強敵ではあったが友だった。その彼が死んだ。
「くそっ……なんてことだ……」
手に力がこもる。怒りと無力感で心が満たされる。また、自分の知らぬところで友人達が死んでいった。
(皆を殺したのは誰だ…………誰が殺している?そんな奴がクラスにいるのか?)
野呂木のように、妙な興奮状態に追い込まれてしまったのだろうか。
孤独のあまり、自殺してしまったのだろうか。それとも何らかの事故で……
誰も殺し合いに参加などしていない。あったのは悲劇だけ。
そんな都合のいい理由を考えようとしている自分に腹が立つ。
(殺し合いをしている人間がいる。もう間違いないんだ……でも何故それを否定したがる……花井春樹!)
いつまで甘い考えを持っているのか。目の前に現れなければ信じないのか。
クラスの友人を疑うのか。自分のクラスに人殺しなどいない、と自己満足を得たいだけではないのか。
自問自答を繰り返す。考え事に集中し、足は動いているがそこに意思は存在しない。
そのような状態のまま歩き続けた結果、気付いたら平瀬村は目と鼻の先にあった。
「四人、か。やっぱそう都合よくバタバタ死なないよな…」
「東郷君はかなりの強敵だと思ってたけど、案外あっけなかったわね」
鬼怒川と斉藤の二人は、平瀬村に位置する一階建ての家屋で話していた。
休息をとっていた鬼怒川がチャイムが鳴るとほぼ同時に目覚めたためである。
まだ二時間も休んでいないはずなのに大したものだと斉藤は褒めたが、鬼怒川からは
『こんな状況でぐーすか寝ていられるわけないでしょう』とそっけなく返されてしまう。
脱落者の中に、二人に特に深いつながりのある人間はいなかった。斉藤は東郷と修学旅行から
多少縁があったが、死んだことを深く悲しむくらいの仲ではない。それを鬼怒川に話しても
何の意味もなく、だいたい自分達はゲームに乗っているのだから何を今更、である。
「禁止エリアが隣だけど、近づかなければいいよな。…問題なし、か」
「そうだね」
死者も禁止エリアも特に相談すべき事柄はない。従って話の種は早々に尽き、
自然と鬼怒川は休息の続きを取ろうと立ち上がる。もう少し彼女と話がしたかった斉藤にとって、
それはショックだった。せめてあと少し、と考えるが言葉が見つからない。
「や、休むか…?そうか、そうだよな…あはは…おやすみ……」
「………………ねえ、斉藤君」
「!な、なんだ。もしかして目が覚めた、とか?」
「……あれ、何だと思う?」
鬼怒川が指で指し示すその先は斉藤の背後、窓の外。明らかに人工的な光がうっすらと存在していた。
音も明かりもその村には存在しなかった。自らの足音とライトの光が場違いな程に感じられる。
試しにいくつかの家に入ってみるが、鍵がかかっているか無人かのどちらかだった。
適当に周囲の探索を済ませるが、特に誰かがいるような様子は見受けられない。
(……とりあえず、ここは安全…か…いや、もう少し様子を…北側はまだ……しかし皆が…)
おそらく全員、疲労が大分たまっているはずである。誰もいなかったというのは
残念なニュースであるが、最悪ではない。待たせていては心配させてしまう。
戻ろう、と踵を返す。帰り道もやはり何事もなく、静寂がそこを支配していた。
「…お、おい…花井のやつ行っちまうぞ。見逃すのか?」
「シッ…そんなわけないでしょう。大丈夫、花井君はきっとまた来るわ」
表通りを避け裏口から抜け出し、斉藤と鬼怒川は明かりを頼りに花井を遠くから監視していた。
「ど、どうしてまた来るってわかるんだ?お前エスパー?」
「なんでそうなるの。少しは考えて。夜に誰もいない安全な村で花井君は休まなかった。
それどころか来た道を戻ろうとしているの。どうして?…待ってる人がいるからでしょう?
安全かどうか、様子を見に来たのよ。きっと。今彼を殺してしまったら銃声が聞こえて、
その仲間達には逃げられちゃう」
あ、なるほどと斉藤は感心する。つくづく思うのだが彼女は鋭い。
「まあハズレたらみすみす見逃したってことだけど…もうちょっと南のほうで見張ってましょう」
「イチさん、少しは…落ち着いた?」
「一条先輩……」
花井が出発してからおよそ一時間。一条は少しずつ、少しずつ安定を取り戻しつつあった。
顔は真っ赤にであるが涙の粒は収まっている。いつまでも座って泣いているわけには、と
ふらふらと立ち上がろうとする彼女を素早く今鳥と八雲が支えた。
「すみま…せん……今鳥さん……八雲、ちゃん…」
「いーっていーって。あ、八雲ちゃんあとは俺がやるわ。……おっとっと」
少々危なっかしくも、今鳥は一条の腕を掴み腕ごと肩に背負う。普段の一条ならば恥ずかしさで
今鳥から離れてしまうところであるが、今回ばかりは素直に体を寄せていた。
「ゆっくりでいいから、村へいこうぜ。多分花井ももうすぐ戻ってくるだろ。そのうち出会うさ」
「はい……今鳥さん、優しいんですね。ありがとう…ございます…」
「ま……今くらい、さ。康介のこともあるし…そうそう、ドジビロンストラップもらっちゃったしさ」
少々恥ずかしいのか、プイとあちらの方角を向いてしまう。不謹慎ながらも、
八雲は隣から見るその光景がほほえましいと思ってしまった。傷ついた彼女を助けるその姿は、
姉から聞かされる今鳥恭介という人物像からは想像がつかないくらい優しく思いやりのあるものだったから。
三人の歩行速度が少しずつ上がっていく。それは一条が今鳥の助けがなくとも歩けるようになってきた証。
ポケットの中にあるものに手が触れ、八雲は少しそれが気になった。――――フラッシュメモリ。
中には何が入っているのだろう。パソコンに接続しないとわからないらしいが、
ノートパソコンを持つ冬木と同じグループにいるはずの東郷が死んでしまった。
これは一体どういうことなのだろう。ノートパソコンはまだ鎌石村にあるのだろうか?
リュックに戻そうかと思ったが、この程度の大きさならポケットでも問題ないと判断する。
やがて、道の向こう側から走ってくる花井の姿が見えてきた。その後方には集落のようなものが確認できる。
(着いたんだ…姉さん、いるかな…サラや播磨さんは…どうか無事で…)
「すげ、おキヌの言ったとおりだな…一人…二人…もうちょっといるな…」
「ここからじゃ誰がいて何人か、はっきりわからないけど何でもいいわ。さっき話したとおりでお願いね」
「ラジャー」
息を殺し、身をかがめ両足をしっかり地に付け体を固定する。
表通りをはさんで一方に斉藤。反対側に鬼怒川。入り口付近の家屋を視界からの盾にし、各々の獲物を携える。
これで花井らがここを通ったとき、即座に挟撃することができるはずだ。
「そうですか…村には誰も…」
「全部見たわけではないが、おそらく人はいないだろう。だがゆっくり休めそうな民家はあった」
「………」
なんとか自分で歩けるまでは回復した一条を今鳥はちらりと見る。回復した、といっても
表情は明らかに沈んでおり、たまに見せる笑顔が痛々しい。しかもまだ涙声だ。
いつものようにからかって済む話ではない。せっかく村についても喜びは半分程だった。
(あ〜〜もうどうしたもんかね。こういう空気スゲー苦手…花井の奴に期待できないし、八雲ちゃんは無口だし)
なんとなくポケットに手をつっこみ、ドジビロンストラップを握り締める。コレを使って
ドジビロンの例え話を使い、励ましてみようか?………そんな泣いてる小学生を励ますピンクじゃあるまいし…
考え事をしていたせいだろうか。黒い影が目の前を横切った瞬間、頭の危険信号と足の動きが合わなかった。
影に叫ばれて、初めて今鳥は足を止める。反応が、あまりに遅すぎた。
「全員動くな!」
「!?」
「後ろにもいるわよ。全員、動かないでね」
「な……お前……ら…」
突然の脅迫は前後から発せられた。見知った人間が二人。手に無骨に黒光りする銃を持ち、こちらに向けて
つきつけている。目は真剣そのものでギラギラと光っている。今鳥はただただ口をぽかんと開けるしかできなかった。
ボトリ、と花井の握るライトが落ちる音がする。二度三度転がるが、彼にそれを止めることはできなかった。
「鬼怒川君……斉藤…!これは…い、一体!これは…」
「動かないで。黙って。言うまでもないけど、私達は『乗った』側だから。でも、色々聞きたいこともあるの」
「とりあえず、両手を頭の後ろに組んでくれ。おとなしく言うこと聞いてくれ、な?」
体が動かない。ほんの一瞬の間に立たされてしまった状況に、まだ心が追いついていないのだ。
早く、と銃をちらつかされようやく花井は腕を動かす。それに流されるように、他の三人も両手を組んだ。
「花井君、今鳥君、一条さん、1-Dの塚本さん……すごいメンバーね」
「ま、ライトつけっぱなしってのがまずかったな。せめて村に入るときくらい消しとけ」
「(っ!!しまった…一条君や東郷のことで…)……………見張っていたのか?」
「花井君、もう一度言うわ。黙ってて。そして、こちらの質問にだけ答えて」
歯噛みしながらも、花井は自分と正面にいる斉藤との距離を目算する。近い。
一足飛びで懐に飛び込めるだろう。銃をつかみ、空へ向けさせれば安全に制圧できる。しかし、相手は二人。
斉藤を抑えたとしても、鬼怒川に撃たれてしまう……結局、動けない。
悟ってしまう。この状況は、同時に動くタイミングをあわせることができない限り、覆せない。
「今から荷物を順番に回収するわ。私のコレはショットガンだから、一人じゃすまないわよ」
「どうして……先輩方…こんなことを…まさか他にも、誰か……」
最初に荷物を手放すよう言われた八雲が、背からリュックを降ろし、怯えた目つきで問う。
二人は銃を手放そうとせず、八雲にそのまま放り投げるよう指示を出す。
「質問は駄目。…ま、いいか。悪いとは思ってるけど、私達はそうするって決めたの」
「まあまだ誰も殺してはいないんだけどな。でも今度はやらせてもらうぜ」
「今度?他に誰にこんな真似をした!」
「花井君、三度目。黙ってて。質問するのはこっち。……サービス。播磨君よ。逃げられたけど」
「!播磨が…」
播磨の話題になり、斉藤はまだ痛みの残る鼻の怪我を思い出す。そしてせめてもの憂さ晴らしを考えた。
「アイツの探してた彼女がここで、その……死ねば、この鼻の借りも返したってことになるか」
「それセコすぎ。補足すると、播磨君にあなたを知らないかって言われたわ。塚本さん。おめでとう」
極限状態のなか、サプライズが続く。彼らは以前自分の親しい先輩を襲撃した。
幸い失敗に終わったがその彼は自分を探していたという。
(………そんなはず、ない……)
八雲はすぐに誤解だと悟る。何故なら彼にはもっと大切な人がいるはずだから。
おそらく彼は『塚本を知らないか』と聞いたのだろう。探しているのは姉だ。それでも八雲は嬉しかった。
予想はしていたが、やはりあの人は自分の大事な姉のために動いていると分かったのだから。
「じゃ、次は一条。同じように荷物をあっちに放り投げてくれ」
鬼怒川につっこまれ、話題を切り替えるように斉藤が次の指示を出す。一条は花井のように反抗的に睨む事も、
八雲のように質問をすることもなかった。無言で荷物に手をかける。友人・知人の死に続き、
クラスメイトから襲撃を受け、浮かびかけた彼女の心は再び完全に沈みきっていた。
二人が嵯峨野を殺したとも考えたが、先程の話を信じるなら無関係ということになる。
もう、これまでなのだろうか―――言われたとおりに荷物を投げ捨て、再び腕を組む。
彼女の様子に違和感を感じ、原因が分からない鬼怒川ではないが、別に刺激する必要もないかと
触れないでおく。しかし、彼女の相方は少々口が軽すぎた。
「…そっか一条。お前なんか静かだなって思ったら、そりゃそうだよな。嵯峨野が死」
「おい、斉藤」
一条の体が反応するより早く、遮ったのは今鳥の声。別にドスが効いているわけではない。しかし一本の芯が通っていた。
じろりと今鳥は彼にしては珍しい人を非難する視線を斉藤に突きつけた。視線が重なる。
斉藤も負けじと睨み返すが、その相手は小馬鹿にしたようにプイと視線を外す。
「……今鳥、次はお前だ。さっさと捨てろ」
へいへい、と投げやりにリュックを降ろし、ぽいと捨てる。が、その飛距離は1m未満。呆れるやる気のなさだった。
しかし、今鳥は両手を後ろに回そうとはしない。続いてポケットの中をなにやらごそごそと弄っていた。
閃光弾の可能性を考え、使われるより早く撃てるよう斉藤は銃を握り締める。
「じゃーん、ドジビロンストラップ!」
何がそんなに誇らしいのか、ポケットから取り出した特撮ヒーローのストラップをかざして自慢する今鳥。
バシ、と斉藤は思わずそれを叩いてしまった。くるくる回りながら地面を転がっていくドジビロン。
「いてっ…おい、それ限定品なんだぜ。大事に扱ってくれよ。…二十六話、ブルーの活躍知らねえの?」
「!」
諦め気味にうつむいていた隣の一条が、何か反応を示した。八雲はそんな気がした。
「知るかよ、そんなもん。お前小学生か」
呆れたような斉藤の視線を受けるが、今鳥は相変わらずぶすっとした表情を崩さない。
「あのな、特撮が子供向けだなんて思うなよ?高校生や大人にだってファンはいるんだぜ?」
「知るか!お前今の状況わかってんのか!撃つぞコラ!!」
「………」
やはり、先程とは表情が違う。八雲はそう確信した。
「……もうやってらんね。あ〜あ!ちょっとでも『頑張ろう』なんて考えた俺が馬鹿だった」
「?」
一瞬、その場の全員が今鳥の言葉の意味を図りかねる。が、次の言葉と態度で
斉藤はすぐ理解できた。そしていかにもコイツらしいと思うのだった。
「ごめんなイチさん、花井。八雲ちゃん。俺、斉藤達につくわ」
「な…何を言って」
「失望しました、今鳥さん!!」
花井が激昂するより早く、反応したのはこれまで一言も喋らなかった一条だった。
「最後は死んでもいいけどさ。今すぐってのはやっぱ嫌なんだわ。頼む、斉藤。仲間にしてくれ」
「!……二度とその顔を見せないでください!」
「ちょっと彼方達。馬鹿なこと言ってないで、動かないで。今鳥君、仲間になんてしないから」
「そ、そうだぜ。今鳥、お前もここで」
「イチさん、さよならだな」
「ぜっ……絶交です!!」
鬼怒川や斉藤の声が聞こえていないかのように、ふてぶてしい態度をとる今鳥。そんな彼に背を向ける一条。
そして今までのやりとりがなかったかのように、二人は何も喋らなくなる。
今鳥は相変わらずいつものへらへらとしまりのない顔をしながら。一条は涙目ながらも頬を膨らませながら。
鬼怒川が最後の警告を行おうとした矢先、突如叫び声がした。
「「ゼロ!!」」
何が起きたのか、斉藤はわからなかった。足が浮く。体が揺れ、意思に反し後ろに下がる。目の前に誰かがいる。
体当たりを受けたと悟った。即座に鬼怒川の銃が火を噴くだろうと思いこむが、何も起きない。
正面にいる今鳥の背後に、一瞬だが組み合っている彼女と一条の姿が見えた。
「なっ!……ぐっっ……今鳥……てめ…離れろ!」
「いちじょ……さん……!や、やめ…くっ…どうして…」
ゴロゴロともつれ、ころがっていく四人。ダァン!と衝撃的な音が斉藤・今鳥組からするが、銃口の先に人はいない。
「へへっ…作戦成功、てか。ドジビロンを見てないから…そーなるんだよ!」
「ぐっ…知るかよ、この野郎!」
くいさがる今鳥を突撃ライフルで思い切り殴りつける。二度、殴りつける。三度。
ついに今鳥の体は斉藤から離れた。顔に笑みを浮かべながら、即座に構えなおす。
しかし引き金を引くより早く、事態を察した花井のとび蹴りが彼を襲い心地よい音が鳴る。
思い切り蹴り上げられ彼の手から離れた銃が空を舞い、回転しながら視界の外へと消えていった。
「ぐっ、チクショウ!」
はじかれた銃を追い、斉藤が駆ける。それを花井は追わなかった。捕らえることもできただろうが、
もう一組のほうが気がかりだったためである。月明かりがあるとはいえ、暗い村の中で銃を見つけるのは
時間がかかる。鬼怒川を制圧し逃げるほうが早いと踏んだ。
「今鳥!早く起きろ、荷物を………?おい、今鳥!?」
「はっ…!離して!くっ…全然、動かな…」
リンゴを握りつぶせるという話は聞いていた。だからといってこんなことがあり得るのか。
ショットガンの上下二箇所を抑えられ、銃の向きは完全にあさっての方向。そこからピクリとも傾けられない。
一条の筋力で完全に固定されている。鬼怒川は獲物を抑えられながらもなんとか立ち上がり、
腰に力をこめるがやはりびくともしない。
「無駄、です……鬼怒川さんの力じゃ……えいっ!!」
そして一条はショットガンを掴む片方の腕を放し、代わりに鬼怒川の手首を掴む。
足を払いバランスを崩し、そのまま力ずくで体を投げ飛ばした。体重の軽い彼女は家屋の壁に叩きつけられる。
「がっ!……あ……ぁ」
背中から強い衝撃を受け、鬼怒川はそのまま昏倒してしまう。はぁはぁと一条は息をついた。
「一条先輩!大丈夫ですか?」
「…うん、大丈夫。しばらく起きれないと思うけど…これ預かっていて」
ショットガンを八雲に渡し、汗をぬぐう。そして、
「一条君!八雲君!」
背後から花井の声がする。振り向くと、そこには今鳥を背負った花井の姿があった。
「皆さん無事で……今鳥さん…?」
「何度か銃で頭を殴られた。出血もしている。…すまない、僕のせいだ」
「!……そんな…と、とにかく血が…手当てしないと」
「いや、それよりひとまずここを早く」
――――ダァン!!
離れよう、と続きを言う前に銃声が聞こえた。先程の斉藤の銃と同じものが。
音の先に彼の姿が見えないあたり、威嚇か何かであろうがそれは十分な効果があった。
「まさかもう…!くっ…とにかく逃げよう!」
判断ミスか、と花井は後悔する。一条を信頼し自分は斉藤を追うべきだった。
そうすれば危険人物を二人押さえ、結果将来の犠牲者を減らせただろう。心で自分を叱咤する。
花井は今鳥を、一条は素手で、八雲はショットガンを持ったまま村を出る。
即座に街道を離れ、東の森を目指した。背後から何度か銃声がするが、誰にも当たることはない。
銃声が追いかけてくるという現状は三人に経験したことのない恐怖を与えていた。
もういいだろう、と思えない。走れなくなるまで走る。銃声が聞こえなくなっても走り続けた。
村が見えなくなり、森の中に入ってもまだ走った。その間、一条は花井の背の今鳥を心配する。
合図。ドジビロン二十六話。一条と今鳥が同時に動けたのは、作中での合図の応用だった。
敵に囲まれ、絶体絶命のピンチに陥ったドジビロン達。裏切ったブルー。しかしそれは演技。
「『ご』めんな」
「『し』つ望」
「『さ』い後は」
「『二』度と」
「『イ』チさん」
「『ぜ』っ交」
(………カウントダウン)
「0」の台詞を言い終えてから、5秒後に動く。そういうストーリーだった。
康介と今鳥と、仲良く遊んだ日のことを思い出す。楽しかった。嵯峨野が死んで、半日前に話していた
東郷が死んで、更に鬼怒川と斉藤に襲撃され、自暴自棄気味の自分に気力を与えたのは日常の思い出。
まだ、諦めるわけにはいかないと思った。楽しかった日々はまだ完全に失われたわけではなかったのだから。
どれだけ恐怖と気力で体を動かしても、限界というものは存在する。それの訪れは八雲が一番早かった。
「っはっは…はっはっ……す、すみません……私もう…」
「……はっ、ここまでくれば…休もう。森の中だ。……外からは…見えない」
「…!今鳥さんは……!今鳥さん……!しっかりしてください!」
一条がいくら呼びかけても今鳥は起きなかった。息はしている。血はとまりつつある。しかし目覚めない。
唯一残った花井のリュックからペットボトルを取り出し、ハンカチを濡らして顔全体を拭う。
全ての水を使い切っても、それが限界だった。湯をわかし傷口を消毒してやることもできない。
今鳥の治療がひとまず終わり、花井は今の自分達の状態と今後を考える。水を失った。
食料は自分のリュックに二食分。地図はある。東に走ったのは覚えているので、おそらくここはG-03。
なら近くに分校があるはず。探すべきだろうか?しかし下手にG-04に達してしまったら。
「私が、平瀬村へ行くなんて言わなければ……」
同じように状況を把握したのか、座り込んでいる八雲が謝罪する。そんなことはない、と首を振り励ました。
「……今鳥のことも心配だが、とにかく今は休もう。八雲君、一条君。僕が見張りをするから、
眠っていてくれ。眠れなくても、せめて目をつむっているだけでもして欲しい」
若干の距離を置き、花井は地面に座り込んだ。その腕には一条が鬼怒川から奪ったショットガンが
存在している。今日のことを思い出す。多くの守るべき存在が失われ、自分には何もできなかった。
それどころか隙がありすぎた。迷いもあった。焦りばかりが空回りしていた。
「くっ…」
自分の非力さが嫌になる。だが、それを言葉に出すわけにはいかない。幼い頃の誓いを思い出す。
彼女なら、決して弱音を吐くことはしないだろう。花井は今一度自分を奮い立たせた。今眠っている彼らを守るためにも。
「おい、しっかりしろ!大丈夫か!…くそっあいつら!」
気絶している鬼怒川を抱え、斉藤は先程まで自分達が寝泊りしていた民家へ彼女を運ぶ。
激情にかられ花井らを追い、しばらく放置していたことに強い罪悪感と後悔を覚える。
ハンカチをぬらし、額に当てる。制服のリボンを緩め、頭を高くし寝かせる。呼吸は安定しているし、出血はない。
けれども斉藤は彼女が再び目覚めない限り決して安心することはできなかった。
(…もし…もし今度あいつらに会ったら…!)
花井達の荷物にあった武器らしいものは、スタンガンくらいだった。水と食料はたっぷり入手できたが、
これを全部持ち歩くのは難しい。何より失ったショットガンの代わりにはならない。
ならばなおさら、と拳を強く握り、決意を固める。もう無駄な話はしない。軽い挑発にも乗らない。
そうしないと、大事なものは守れないと今確信したのだから―――――――――――
【夜:2〜3時】
【G-03】
【花井春樹】
[状態]:疲労。今鳥を心配
[道具]:支給品一式(食料二食分。水なし)、 ショットガン(スパス15)/弾数:5発
[行動方針] :見張り。クラスメートを守る
【今鳥恭介】
[状態]:気絶中(?)。頭部から出血(止血済)
[道具]:なし
[行動方針] :首輪を外す方法を考える
【一条かれん】
[状態]:休憩中。嵯峨野の死と今鳥の出血による精神的ショック
[道具]:なし
[行動方針] :今鳥を心配。天満を探す、サラを探す
【塚本八雲】
[状態]:休憩中。天満を非常に心配。今鳥を心配
[道具]:256Mフラッシュメモリ1本(ポケット内)
[行動方針] :天満を探す、サラを探す 、播磨さんに会いたい
【F−02】
【鬼怒川綾乃】
[状態]:気絶中
[道具]:支給品一式(食料一食分消費)
[行動方針] 1:ホテル跡に行くか分校跡へ行くかは明るくなってから考える
2:斉藤と協力しゲームに乗る
[備考]:播磨が八雲、沢近を探していたと思っています
【斎藤末男】
[状態]:鼻骨骨折(止血済み、痛みあり)、疲労
[道具]:支給品一式×4(各々が食料一食分消費) 突撃ライフル(コルト AR15)/弾数:45発
スタンガン(残り使用回数3回)、キャンピングライト(弱で10時間ほど稼動) 、折りたたみ自転車(東郷の支給品)
[行動方針] 1:鬼怒川を守る。
ホテル跡に行くか分校跡へ行くかは明るくなってから考える
2:鬼怒川と協力しゲームに乗る
[備考]:播磨が八雲、沢近を探していたと思っています
(自転車が分解寸前、要修理)
※ドジビロンストラップ(限定品)は平瀬村の入口付近に放置。
前話
目次
次話