第二回放送






日付変更を知らせる学校のチャイム。夜中に鳴らされるそれは一際異質な物だった。

「こんばんわ、笹倉です。皆元気に殺しあって…クシュン! …ごめんなさい、私風邪引いちゃったみたい。
 皆さんも風邪には気をつけて下さいね? くしゃみしちゃうとせっかく隠れててもバレちゃいますよ?
 じゃあ、早速死亡者と禁止エリアを発表しますね。

 女子 6番 嵯峨野 恵
 女子 3番 音篠 冴子
 男子 9番 田中 一也
 男子21番 東郷 雅一

 これで残りは29人ですね。ちょっとペースが落ちて残念です。

 続いて禁止エリアです。1時にB-02、3時にF-01、5時にH-07が対象になります。

 皆さん、ちゃんとメモし…クシュン!
 何だか、本格的に風邪引いたのかしら…クシュン!
 …皆さんも、本当に気をつけて…クシュン!
 人間、油断するとすぐ風邪引くから…クシュン!
 健康管理ってほんとたいへ…ックシュン!
 い、いいかげんに収まらないかし…クシュン!
 …た、助けて…ティッシュ…クシュン!
 …言いたい事はそれだけです。…あ、すびばぜん絃子さん…クシュン!」

くしゃみの音より何となく小さく感じるチャイム音が鳴り響き、生徒達の眠気も吹き飛ぶ放送が終わった。

「…大丈夫ですか?笹倉先生…」
「へ、平気です。すみません絃…刑部先生。」
刑部から差し出されたポケットティッシュから一枚だけ取り出し、笹倉はそそくさと刑部に返却する。
頬を赤らめたその笑顔に、姉ヶ崎を除く他の教師達は思わず頬を緩ませるのだった。
束の間の幸せ、である。何せ先ほどの放送を始めるまで、この管理室はかつてない緊張感に包まれていたのだから。

 22時半ばの事だ。今までのようにゲームの管理をしていた教師達の中で、郡山が突然血相を変えた。
「き、城戸が…城戸が盗聴器に気付いたようです!」
城戸と聞き、教師達は各々のモニターを見つめる。城戸がいるのは、東郷や三沢のいるC-03。…彼女は先ほど、東郷を殺したばかりだ。
彼に賭けていた加藤が落胆し、播磨がまたも人殺しと誤解されたと姉ヶ崎が溜息をついていた矢先の出来事。
そも、C-03ではすでに東郷が思わせぶりな発言をして三沢が困惑していたと同じく郡山から報告があり、警戒している最中だったのだが…
郡山は慌てて録音機の一つを止め、巻き戻した上で再生を始めた。
と、う、ち、ょ、う、き 、とたどたどしく呟き、そしてこちらに語りかけるように喋る城戸の声が響く。
私は先生達の味方、3人殺した、オマケをして、それに見合うだけの事はする…
明らかにこちらを意識し、そして懇願するような口調。盗聴器の存在に気付いているのは明白だった。
ならば、何故気付いたのか? 彼女が死を恐れず首輪の内側にまで手を回すとは考えられない。
まして、ゲームに乗って生き残る事を選んだ者だ。人の首輪に手をかけこそすれ、自分の首輪を爆発のリスクを冒して触るはずがない。
…やはり、原因が東郷との接触にあるのは間違いない。すぐに東郷との会話の様子も再生されたが、ヒントは見つからなかった。

そもそも、何故東郷が盗聴器の存在を知り得たのだろうか?
少なくとも、ゲーム開始後から彼は一貫して自身ありげに反主催を声高に主張し続けてきた。
あれほど露骨に喋るのは、最初から盗聴器の存在に気付いていればまずありえない事だ。
では、一体いつ気付いたのか? 彼らの周辺の状況ががらりと変わったのは…そう、パソコンの機能の追加があってからだ。
教師全員が姉ヶ崎に視線を向ける。播磨の事で嘆いていた時にもどこか存在した余裕が、あっと言う間に消えていくのが見て取れた。
四面楚歌…それも、全員が銃器を持っているのだ。ただでさえも裏切り者の一件があるし、今ここで一斉に撃たれては…
「…わ、私は台本を読んだだけですよ!? 本当です! そりゃ、ちょっとはアドリブ入れたけど…ううん、私何も言ってませんよ!?」
彼女は目に涙を溜めて首を振り、少なくとも男性教師達からの疑惑の眼差しは薄まった。
…が、それでも彼女の境遇は一気に厳しいものとなる。教師達は暇を見つけては姉ヶ崎を写した動画のチェックを始めた。
台詞の中に秘密のメッセージはないか? 手の動きは? 目の動きは? 彼らは姉ヶ崎のささいな仕草まで確認していく。

それと平行して、教師達はパソコンの追加機能…といっても、専ら"思い出"フォルダの中身の確認を行った。
…というより、実際は盗聴器の存在がバレた原因が追加機能のせいである事は、疑いを向けられた姉ヶ崎を除き全員が気付いていた事だった。
更に記録を巻き戻し、東郷と三沢の会話を再生する。東郷が思わせぶりな台詞を残した時に、三沢はある一ページを読んでいたのだ。
問題の一ページはすぐに教師達により開かれ、中には姉ヶ崎の動画の横に並べて閲覧する者もいた。
追加機能に関しては事前に用意したのは教師達ではない以上、例え盗聴の事実が漏洩しても本来彼らに何の責任もない事だ。
そこまで分かっていながら教師達が姉ヶ崎を疑った背景には、やはり裏切り者の一件があるから便乗したに他ならなかった。
姉ヶ崎が犯人なら、自白するよう追い込む。違うなら、彼女を犯人に仕立て上げる――結局の所、教師達の本音はそこにあったのだ。

以後、姉ヶ崎からは完全に笑顔が消えた。表情一つ変えずにモニターを見続ける彼女を唯一気の毒そうに見つめるのは、谷くらいのものだ。
他の教師達からも視線は注がれてはいたが、それは彼女が突然銃を手に取らないか、暴れ出さないかと危惧しただけの事に過ぎない。

『とうとうヤバくなってきた
 後ろから足音が聞こえてくる
 力が無い俺にはどうしようもない
 弱い俺が生き残れたのもこのパソコンのおかげか
 疑う事で仲間を作らなかった俺には、仕方ない最期だ
 希望を持って、行動すべきだった

 最期に、次の犠牲者へと言葉を送る
 前だけを見ろ
 そして、生きるんだ』

これが問題の一ページである。放送時間に近づいてきた頃には皆姉ヶ崎の動画を閉じ、このページを開いていた。
そしていつしか矢神高校の男性教師達は力を結集し、この文から暗号を導き出さんとしていたのだ。
いくら今回教師側に盗聴器に関する責任が無いとはいえ、今後も同じ事が原因で機密情報が漏れる事は避けなければならない。
それに、彼らの後ろに居る者達には原因を完全に解明した上で報告しないと、最悪の場合自分達が疑われかねないのだから。
「とりあえず、あの一文を全部平仮名にしてはどうですか?」
「…郡山先生、いくらなんでもそんな簡単な暗号とは思えませんなあ…」
郡山の提案を加藤は一蹴した。どうやら、彼が教師達のまとめ役を買っているらしい。
「それよりも郡山先生、全ての文字の画数を出しておいて下さい。そして、その数字を携帯に打ち込んでみて下さい」
「な、なるほど! そういえばそんな暗号を聞いた事がある! …ですが先生、画数が多い場合はどうしましょうか…」
「…下一桁でお願いします。あ、谷先生は全文を英訳して下さい。私は読みをそのままアルファベットにして並べ替えてみますので」
「…はあ、分かりました」
返事とも溜息とも取れる声を呟き、谷は英訳を開始した。すでに放送時間も近く、多少ゲームの管理が緩んでも支障はない。
ましてやすでに開始前の1/3近くの人間が死んでいる。それだけ、管理は楽になるのだ。
「なになに? "こたからあかさたらあさかまらな"…ええい、意味が分からん!」
男性教師達はそれぞれ頭を抱え、三沢と同じく呻き声を上げていった。
姉ヶ崎は冷ややかに、刑部は苦笑し、そして笹倉は――いつもと変わらぬ笑顔で男達を見ていた。

 現在、笹倉が席に戻ったことで束の間の安らぎの時間は終わった。
暗号解析も終わらず、裏切り者の正体も掴めないまま、彼らの新しい1日が始まるのだ。
男性教師達は相変わらず管理の合間に暗号の解析を進めていた。
新品同然だった各々のノートやメモ帳の一ページが真っ黒になるほどアルファベットや数字で埋め尽くされている。
そして、もはや天文学的にすら感じられる程のパターンの中から組み合わせを考えているのだ。
郡山は完全に終戦モードとなり、張り合うようにアルファベットを綴り続ける谷と加藤もかなり辛そうにしている。

そんな中、姉ヶ崎はいまだに一人表情が暗く、ただ黙々とモニターを見続けるだけだった。

一方、姉ヶ崎の横では、刑部が笹倉を気遣っている最中だった。
笹倉との付き合いが長い刑部だが、彼女があれほどのくしゃみをしていたのは記憶にない。
…若干わざとらしいと思えなくもないのが本音だったが、なにぶんこの異常な環境では完全に疑う事は出来なかった。
刑部は再びポケットティッシュを笹倉に差し出したが、彼女は首を横に振ってティッシュを受け取らなかった。
「…そういえば、城戸さんには何かご褒美はあげないんですか?刑部先生」
「いや、ゲームの中では生徒達を平等に扱わないといけないでしょう、笹倉先生…」
「…そうですか。そうですよね」
ふと、刑部は特に笹倉の鼻の周辺に赤みがかった様子が無い事に気付く。
笹倉は何も知らない、と言いたげな笑顔を返してきたが…
「…暗号、やっぱりかなり難しいみたいですねえ?」
何故そんなに楽しげなのか? 何故笑えるのか? 刑部には到底理解できるものではない。

時間が経つ程に生徒達は減っていく。それと同時に、管理室の雰囲気も悪くなるばかり。
そんな現実の中で、唯一人信頼できると思っていた笹倉の放送前後の行動は、刑部をより困惑させていく事となった。



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