埋めてあげたくて






 既に、嵯峨野の死から30分。沢近は嵯峨野の荷物の中から必要な物を自分のリュックに移していた。
すでに彼女は度重なる走りの中で疲労がかなり溜まっている状態であり、余計な荷物を持ち運ぶ余裕などなかった。
水、食料、そして…彼女は気付いた。自分が嵯峨野に渡した金属バットが、どこにもない事に。
――あのヒゲが、持って行った…!
十分に考えられる。嵯峨野の首元には、梅津の時と同じ…播磨が自分に向けて放ったナイフの刃が刺さっている。
少なくとも、彼のナイフは使い捨てのような物だ。ならば、いずれは尽きる。その時の保健に…
彼が金属バットを振るう姿を想像し、沢近はすぐに首を振った。…頭を金属バットで殴られ、軽々吹き飛ぶ自分が頭を過ぎったからだ。
あれだけの体格で頭目掛けて振るわれれば、間違いなく即死。彼女の中で、彼に対する怒り…以外の何かが増えていく。
「どこ…よ! どこにいるのよヒゲ! 隠れてるの!? 私を笑ってるの!?」
血の気を失い横たわる嵯峨野の前で、彼女は拳銃をあちこちに向ける。
だが、いくら叫べど周囲に何の動きもない。月明かりが木々や菅原神社本殿を映し出すだけだ。
「…そう、だ。嵯峨野さん…埋めてあげなくちゃ…こんな場所じゃ、嫌だよね?」
力無く、沢近は嵯峨野に微笑んだ。彼女を野ざらしにしてここを立ち去るなど、沢近にはできそうにない。
彼女にとって唯一殺すべき相手であり、…彼女自身、気付かないようにしているが…最も恐れている相手、播磨はもういないようだ。
どの道この神社に長居をしても仕方が無いが、その前に、ゲームが始まってからずっと自分と共に居てくれた友を、せめて埋葬したかった。


金属バットが無くなってしまったので、沢近は近くの林の中から手ごろな大きさの枝を拾ってきた。
そして、嵯峨野が死んだ場所の近くの土を掘り始める。土は柔らかかったが…如何せん、人一人埋める為の穴は大きい。
周防がいてくれれば、と彼女は嘆いた。あっという間にあちこちの手の皮が剥け、血が滲む。
泥と血に手を汚しながら、それでも彼女は懸命に穴を掘った。嵯峨野を、せめて弔いたいが為に。

穴を掘り始めて1時間ほどで、枝が折れた。それと同時に彼女は地面に腰を落としてしまった。
すでに体力の限界だ。ただでさえ溜まっていた足腰の疲労は増し、腕までも放っておくと震えだす程に疲れている。
だが、穴はとてもではないが嵯峨野一人を埋められる大きさではない。休み休み掘ったとはいえ、あまりの進みの遅さが嫌になる。
彼女は唇を噛み、無力な自分を呪った。天満も、周防も、高野もいない今、自分の無力さを突きつけられている気がした。

結局彼女は嵯峨野を運び…と言うより両腕を持って引きずり、林の中の落ち葉がたくさんある場所まで来た。
そして嵯峨野を横にすると、落ち葉を掻き集めてはかけていく。それが今の沢近にできる、唯一の埋葬だった。
嵯峨野の体が、嵯峨野の横に置かれた彼女のリュックが、次々と落ち葉の中に消えていく。
「…ごめんなさい、嵯峨野さん。皆に遭えたら、今度はちゃんと埋めてあげるから。だから、ごめんなさい…」
土を掘るのと違い、あっという間に嵯峨野の全身は落ち葉に埋もれた。もっとも、風でも吹けばたちまち姿が現れてしまいそうだが。
それでも、今の彼女にできる精一杯だった。慣れない手つきで両手を合わせお辞儀をして、沢近はその場を去った。


 若干重くなった自分のリュックを手に取り、沢近は菅原神社本殿へ戻るべく歩き始めた。
本当は神社から離れるつもりだったが、もう今日は一歩も動けそうにない。彼女は夜が明けるまで神社で過ごす事にしたのだ。
…ふと、彼女は気付く。道端に靴が落ちている事に。
それが嵯峨野の物だと気付くのに、そう時間はかからなかった。引きずってきたせいで、脱げてしまったのだろう。
沢近は自分のリュックをその場に下ろし、再び嵯峨野の眠る場所に引き返した。

先ほど埋めたばかりなので、どこに体のどの部分があるかは大体分かる。沢近は足のある部分の落ち葉を払った。
2.3掃きもすれば簡単に露見する嵯峨野の足。血の気がすっかり引いており、普段より遥かに白っぽく見える。
嵯峨野の右足だけ靴下しか履いていない状態だった。沢近は彼女の足に靴を履かせようとしたが…
見えてしまった。彼女の靴下の踵の部分が泥だらけである事を。しかも、穴まで空いて居た事を。
彼女をずっと引きずったせいだ。自分がちゃんと抱えてあげられれば…
沢近は慌てて靴を履かせると、乱暴に落ち葉をかけ出した。
まだ右足が埋まりきっていないのに、彼女は走ってその場を去った。

途中で自分のリュックを拾い、彼女は菅原神社本殿に辿り着いた途端に涙ぐんだ。
嵯峨野の前では、彼女は決して弱さを見せまいと頑張った。相手が不安そうなのは明らかだったのだから。
だから、彼女は走ってあの場を去った。たとえ墓前でも、嵯峨野に心配をかけさせたくなかったから。
…天満や高野が居れば、引きずる事無く二人で運んであげられただろう。周防なら、きっと一人でも抱えられる。
でも、自分一人では無力。あまりにも無力だった。
きれいだった彼女の足が、土塗れになった姿が脳裏に蘇る。こんな事なら、いっそ何もしなければよかった。


皆はまだいないけど、今は強がらなくてもいいから……泣いていいんだよ? 沢近さん…

ふと、沢近は周囲を見渡す。誰もいないはずなのに、誰かの声が聞こえた気がしたから。
…誰もいない事を確認した途端、彼女は堰を切ったように泣いた。


【22〜24時】

【沢近愛理】
【現在位置:E-02、菅原神社本殿】
[状態]:激しい憎悪、自分に無力感、手足に疲労、手、肩に傷(片方のツインテールをばっさり切られています)
[道具]:支給品一式(水2、食料5) デザートイーグル/弾数:8発
[行動方針] 1:天満らを一刻も早く捜す 2:播磨と決着をつける 3:嵯峨野をきちんと埋葬する



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