親愛なる兄弟へ
冬木は自分の腕時計を見る。このペースなら、放送までに東郷達の所まで戻れそうだ。
大分疲労が溜まってきたが、戻ればしばらくは休めるだろう。
烏丸を連れて来れなかったのは残念だが、彼がゲームに乗ってないという事が確認できたのは嬉しかった。
「東郷、三沢!今戻ったぞ!」
自分達が秘密基地とした建物のドアを開けた瞬間。
「冬木ぃ!」
今にも泣き出しそうな声を上げながら三沢が走ってきた。
「ど、どうしたんんだよ!落ち着けって…」
「と、東郷が…東郷が!」
「東郷…嘘だろ…!?」
ロビーに倒れているのは、間違いなく東郷雅一。
その表情は死者とは思えないように、いつもと同じく自信に溢れた笑顔をしている。
しかし彼の頭部に刺さった刃物、そして周辺に飛び散った血痕は、東郷が既に事切れている事を表現していた。
冬木はその場に膝を突いて崩れ落ちた。
「まさか…まさかお前が…」
この男の根拠の無い自信も、自分達には大きな励ましになった。
こいつだけはタダじゃ死なない奴だと思っていた。
こんな状況でも、彼に付いていけば何となかなる。そんな不思議な魅力を持つ男だった。
だがそんな彼も死んだ。こんなにも早く、あっさりと。
「もうお終いだ…結局、この島から脱出する事なんてできないんだよ!俺達も殺されるんだ!」
「何言ってるんだ!冷静になれ!」
錯乱したように泣きわめく三沢を、冬木は必死に落ち着けようとする。
冬木自身、東郷の死に大きなショックを受けている。彼もまた錯乱する一歩手前なのだ。
だが自分以上に混乱状態になっている三沢を見て、少しだけ冷静さを保っていられた。
「東郷が死ぬんだ!俺が生き残れるわけがねえんだ!思い出の男のように、殺し合うしか…!」
「…っ!馬鹿野郎!!」
冬木は思い切り三沢の顔に平手打ちをお見舞いした。
「落ち着け!自暴自棄になったってしょうがないだろ!」
三沢に向かって怒鳴る。我に返ったのか、ようやく三沢も静かになった。
「播磨が…!?」
三沢から自分がいない間に何があったかを聞いた冬木は驚きを隠せなかった。
たった今播磨への伝言を烏丸から預かったばかりなのに、その播磨が事もあろうに東郷を殺したというのだ。
「そうだよ…播磨が殺したんだよ!あいつ、殺し合いに乗ってるんだ!きっと烏丸も殺し合いに乗ってて、二人で殺しまくる気なんだよ!」
まだ少し混乱してるのか、三沢はとんでもない事を言い始める。
「落ち着けよ。烏丸はゲームに乗ってない。自分のすべき事が終わったら俺達に協力してくれると約束してくれたんだ。
大体烏丸が殺し合いに乗ってたら、俺が無傷で帰ってこれるわけないだろ。安心しろ。」
それより播磨が東郷を殺したという事の根拠が、少し曖昧だった。
三沢自身が殺害現場を目撃したわけではない。
『激しく争った跡があり、パソコンを持ち去った播磨→東郷の死体にも争った跡→播磨が殺した』
というのが三沢の見解。普通に聞けば十中八九播磨が殺したことになるだろうが…。
だがこんな時だからこそ決めつけてはならないと冬木は思った。
「…ちょっと東郷の死体を見てくる。」
そう言って冬木は再びロビーへと向かった。一人になるのは怖いのか、三沢も後をついてきた。
再びロビーに戻った冬木は、何か違和感を感じた。
さっき聞いた三沢の話と、食い違う箇所があるような…。
「三沢、東郷の死体は見つけてからは動かしてないよな?」
「当たり前だろ。」
東郷の死体を調べながら、再び少し考える冬木。
「これは…?」
恐らく東郷の死因となったであろう、頭に刺さったままの刃物を見る。
そして先程感じた違和感に気付いた。
「…東郷を殺したのは、播磨じゃないかもしれない。」
「え?」
冬木の言葉に三沢は目を丸くする。あの状況から、播磨が殺したのは間違いないと思っていたのだが…。
「このロビーを見てくれ。播磨と東郷、あの二人が争った割には形跡が無さ過ぎないか?」
「あ…。」
言われて、三沢もロビーを見渡す。確かにロビーに争った様子は全くない。
「それに、このナイフ…。」
冬木は東郷に刺さった『柄の無いナイフ』を指さす。
「これ、確かスペツナズナイフとかいうナイフで、刃の部分が銃弾のように飛び出す武器だ。東郷が言ってた。」
そう、あれは一条が去ってからすぐの事。
東郷が「相手の武器がナイフだとしても油断するな。俺が以前いた国の武器には、銃のように刃が飛び出すナイフがあった。」とスペツナズナイフについて教えてくれた。
「このナイフは遠距離用の武器だ。東郷の傷痕の向きからして、入口の方から発射されたんだと思う。
それに東郷のこの表情…。きっと油断したところに打ち込まれたんだ。播磨と揉み合うように争ってる最中に、東郷は油断するような奴じゃない。」
冬木の言葉に、三沢もなるほどと思う。言われてみれば不自然な箇所も多い。
「まあ、犯人が播磨じゃないって証拠にもならないけどな。東郷と播磨が争ったのは確実だし、もしかしたら外でやり合って、
東郷が勝ったと思って油断したところをやられたのかもしれないし。」
口ではそう言ってるが冬木自身、実は播磨が殺した確率が高いと思っていた。
ただ、友人の烏丸が助けを求めるような人物が殺人鬼のわけがない…そう思いたかったのだ。
「…ま、播磨が殺したと決めつけるには早いってことさ。」
彼は自分の推理を、そう締めくくった。
「…東郷、どうする?」
「このままにしておくのも不憫だし、どこかに運んでやろう。ベッドくらいあるだろ。」
と、二人が東郷の死体を運ぼうとした時。
「…ん?」
冬木が、東郷のポケットに何かが入っているのに気付いた。
「これは…メモ用紙?」
東郷のポケットには、数枚のメモ用紙が折り畳んで入っていた。そこには彼の字で「兄弟達へ」と記してある。
冬木はメモ用紙に記してある文を目で読み始めた。
「どうしたんだ、冬木?」
三沢がメモ用紙をのぞき込むと、冬木は黙って人差し指を鼻に当てる。三沢も黙ってうなずいた。
『兄弟達へ
これを読んでいるって事は、俺に何かあったんだろう。
だが気落ちするな。お前さん達なら、この腐ったゲームをぶち壊せるはずサ。
まず守って欲しいのは、これを読むときは、必ず口に出さず目で読んで欲しい。』
(これは…東郷の遺書?)
冬木と三沢は、息を潜めて文を追う。
『俺は、この殺し合いの存在を少しだが知っていた。』
「―!!」
二人は思わず声を出しそうになるが、ぐっと堪える。
『実は俺の親父は防衛庁に勤めている。
今、世間には知られていないが、学生のクラスを丸ごと拉致して殺し合いをさせるという事件が起こっているらしい。
まさに今俺達が巻き込まれているのがその事件ってわけだ。
親父達は極秘にその殺し合いについて調べていて、俺も僅かながら聞いたことがあった。
これまでにこの殺し合いが何回行われたは不明だが、主催者側が失敗した事はないそうだ。
だが心配するな、今回で終わらせてやればいいのさ。
まず最低限知っておくべきなのは、お前さん達がつけているその首輪、盗聴器が仕掛けられている。
先程読んだ「思い出」の中に、それを暗示した暗号が書かれていた。ギミックは省略する。
とにかく、こちらの会話は主催共に筒抜けという事だ。これから、ヤバイ事は極力筆談で済ませるようにするんだ。』
そこまで読んだところで、二人は思わず互いの顔を見合わせて、自分の首輪に触れる。
だがすぐに、黙って頷き合いメモの続きを読んだ。
『最も、盗聴器に関しては相棒達には言った後かもしれないな。このメモがいつ読まれるのかは俺自身にも分からないことだ。
読まれなければ最善だがな。
もし首輪を調べる必要が出てきて、俺の死体がそばにあったら…。遠慮する事は無い、俺の首輪を使ってくれ。
それから俺が知っている限りの情報をパソコンに残しておいた。この情報も何人かには教えているかもしれない。
パスワードは…「気まぐれな猫」だ。フッ、まだまだ先生達も捨てたもんじゃないな。
最後に…。
この殺し合いに巻き込まれてしまった兄弟達へ捧ぐ。
この状況を絶望的に思うかもしれない。諦める事もあるかもしれない。
だが、そんな時は思い出せ。お前達に正義を託したこの俺の事を。俺達には信頼をおける仲間達が何人もいる事を。
こんな時だからこそ、俺達矢神高校の絆ってのを見せてやろうじゃないか。
俺は参加できそうにないが、あの世からお前達の反抗を見せてもらうぜ。
さらばだ。アディオス、兄弟達よ。
東郷 雅一 』
一通りメモを読み終え、東郷の死体を近くの部屋に運んだ後、二人は今はもうほとんど意味の無い司令室に戻った。
「これからどうする、冬木?」
メモを読んで以来ずっと口を開かない冬木に、三沢が話しかける。
「とりあえずここにいようと思う。もう遅いし、放送も始まるだろうし。」
「でもよ、パソコンが無いと…。」
「あのパソコンのバッテリーはそう長くは持たない。夜明までには切れちまうだろ。充電はここでしかできないし、充電が切れたら播磨もここに戻って来るかもしれない。」
「オイ、でも播磨が殺し合いに乗ってたら…」
「信じるしかないさ。それに、俺は播磨に伝言があるからな。」
三沢はまだ何か言いたげだったが、やがてすぐに黙った。
冬木が喋らないのには、訳があった。どうも頭に引っかかる事があり、それについて考えていたのである。
それは、『東郷は何故このゲームに参加させられたのか』という事である。
東郷の父親が防衛庁に勤務してる事は、教師達なら知っていたはずである。東郷がこの殺し合いについて知っている可能性もある。
そんな奴を、普通参加させるだろうか?まして、東郷は本来2−Cではなく、2−Dの生徒だ。
わざわざ他クラスから、リスクを背負ってまで東郷を呼んだ意味は…?
『パスワードは…「気まぐれな猫」だ。フッ、まだまだ先生達も捨てたもんじゃないな。』
何となく先程のメモの一文が思い浮かんだ。
(気まぐれな猫…。もしかしたら、主催側はあえて東郷を…?)
ふと時計を見ると、放送まで残り五分を切っていた。
(もう二回目の放送、か…)
今度は何人のクラスメートが死んでしまったのだろう。あれだけ頼れると思っていた東郷も死んでしまった。
だが東郷は、自分達に微かな希望を残してくれた。彼は死んでなお、自分達を励ましてくれているのである。
冬木はまた、反主催の意志をさらに強く決意した。
(東郷…任せてとけ。お前の分まで頑張ってみるよ。)
一方パソコンを奪った播磨は、例の“SEARCH”を起動して天満を探していた。
「この点が誰かがいる場所を示してるんだな…。何か色が違う点もチラホラあるがどーいう事だ?」
まあそれはおいといて、播磨は移動を再開しようとMAPを閉じる。
ついでに他に機能は無いかとパソコン内を探していると、『兄弟達へ捧ぐ』という名のフォルダを見つけた。
一応起動してみると…。
「あん、何だこりゃ?パスワードを入力して下さい?知るか、んなの。」
どうやらパスワードを入れないと見れないらしく、播磨はあっさりと諦めた。
「今はパスワードなんて探すより、天満ちゃんを捜すのが先なんだよ!」
そう言うと播磨はパソコンを閉じ、再び走り始める。
まもなく、二回目の放送が流れようとしていた。
【午後:0時5分前】
【冬木武一】
【現在位置:C-03】
[状態]:精神的・肉体的にかなり疲労
[道具]:支給品一式×2、東郷のメモ
[行動方針] :1.夜が明けるまでは基地にいる 2.反主催をかたく決意 3.播磨に会ったら伝言を伝える 4.パソコンが戻ったら、東郷の残した情報を見る
【三沢伸】
【現在位置:C-03】
[状態]:精神的にかなり疲労(錯乱からは少し落ち着いたが、まだ不安定な状態)
[道具]:支給品一式、vz64スコーピオン/残り弾数40
[行動方針] :しばらくは冬木と行動する
[備考(共通)]:どちらかの支給品にカレーパンがあります。盗聴器に気付きました。
【午後:23時〜0時】
【播磨拳児】
【現在位置:C-04北部】
[状態]:健康、精神的な焦り
[道具]:支給品一式(水と食料二人分)、アイテム不明×1 ノートパソコン
[行動方針] :1.パソコンに従い天満を探す 2.沢近の誤解を解く
[備考]:サングラスを外しています。吉田山が死んだとは思っていません。
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