生きるとはなんとすばらしきかな
高野が合流してからすぐ、大塚と砺波は相談を始めた。
やはり、突然の来訪者には警戒心が働くのか。
それなりにクラス内での信用は勝ち得ていたと思うのだが、この状況では無理もないのだろうと高野も納得。
警戒心ゼロな人達と行動を共にするよりは、逆に安全だろう、などと考えていた。
ただし身体検査は行われなかった。どうも三人は、不必要に岡の視線を気にしたらしい。高野にとって、それは好都合だった。
スカートの上部にある膨らみを優しく撫で、武器を再確認する。
そうしていると横から、猫撫で声がかけられた。
「ねぇ、高野さん?」
隣りから離れない雪野が何やら顔を赤くして、高野の顔を覗きこんでいた。
高野は微笑でそれに応える。
「なぁに? 雪野さん」
「もしもよ。もしも、この島から逃げ出せたら。一緒に、カラオケとか、行かない?」
……頭わいてるのかしら、このコ。緊張感の欠片もない。
もしかしたら後々一番足手まといになるのは彼女かも、という考えが高野の頭をよぎった。
しかしまだ始末は出来ない。こんなコでも、使いようだ。
そう思った高野は、断られるんじゃないかと不安そうな瞳で自分を見ている雪野の手を握って答えた。
「そうね、きっと楽しい。私も貴女と遊びにいきたいわ。だから、そうなる様に私が守ってあげる」
「あ、ありがとうっ」
満面の笑み。
これだけ上手くいき過ぎると普通、相手側の演技かもと疑いたくなるものだが、今回の高野は全くそんな心配をする必要は無かった。
「気にする事じゃないわ。私がそうしたいからするのよ」
「でも、やっぱり嬉しい」
そうして、雪野はますます高野の手をしっかりと握った。
しかし高野にはそんな趣味はない。正直、勘弁して欲しかった。
「ねぇ、ちょっとお邪魔するみたいで悪いんだけど」
不意に頭上からふりかかった声に、高野と雪野は同時に反応する。
そこに立っていたのは、砺波と話し終えた大塚だった。
「雪野を、さ。ちょっと借りてっていいかな? ほ、ほら。もう夜も遅いし。
休む前に周囲の見回りだけでもしたいなぁ、って思って」
「そうそう。それで高野さん、さっきまで歩き通しだったでしょう?
だから高野さんには休んでもらって、私達三人で見回りを、って話し合って決めたの」
なるほど。二人だけの話し合いでは結論は出なかったようだ。
ここは最初に高野と出会った雪野に話を聞こうと決めたらしい。ただし疑っていると感づかれるのは嫌だから、離れたところで。
まさに女子の集団らしい考え方だ。まったく、吐き気がするほどに弱々しい。
「ええ、わかったわ」
でもだからこそ、逆らわない。
雪野なら、悪いようには言わないだろう。
むしろ現実よりもいいように脚色して話してくれるかもしれない。
「お願いしていいかしら。実は私、もうヘトヘトで」
雪野がさも離れたくないような顔で高野を見ていた。
御免ね、という言葉を高野はアイコンタクトで送る。
途端に何を勘違いしたのか、雪野は急に顔を赤くして下を向いてしまった。
頭が痛くなる。
「じゃあ、高野さん。少しだけ、岡を見張っててもらっていいかな?」
恐る恐る問いかける大塚に、高野はいつもどおりの平静な態度で応答する。
「ええ。構わないわよ」
消費した体力を回復するには、ちょうど良い時間だった。
高野にとってはむしろ大歓迎である。
さっさと行ってしまって欲しい、と思った高野であったが、雪野はそうは思っていなかった。
「ねぇ、舞ちゃん。私も残っちゃ、駄目?」
なごり惜しそうに高野の手をつかんだままの雪野が、大塚と高野を交互に見ながら呟いた。
高野はもはや、顔の引きつりを抑えることしか出来ない。
「いいからついてきなさいっ!」
大塚が怒ったように叫ぶ。
これにはさすがの雪野も、高野の手を離して立ち上がった。
「う、うん!」
大塚に引きずられてお堂の外にでていく雪野。
そんな光景を苦笑いしながら見ていた砺波が、振り向いて高野に言葉をかける。
「じゃあ、高野さん。ちょっと見回りがすんだら、すぐに帰ってくるから」
砺波も大塚よりは警戒心が薄いようだった。
これなら、雪野の話でさらに警戒心を薄めることができるだろう。
二対一になってしまえば、後は簡単なことだ。女の子の論理は数の論理。より勢力の大きな意見につく。
高野はひとまずの勝利を確信した。
「……わかったわ」
そうして、大塚と砺波、それに雪野はお堂の外へと出て行った。
おそらく、しばらくは帰ってこないだろう。
三人が完全に自分を信用すると仮定して、高野は今後の方針を考える。
現在の死亡者は少なくとも十人。放送後に何人か殺されたとも考えられるが、それでもプラス二、三人というところだろう。
ということは……、
「なぁ、高野」
そんな思考を遮る様に、声がかけられた。
「何?」
高野は、ゆっくりと岡の方に顔を向ける。
「お前、ゲームにのってないんだよな?」
「そうよ。それがどうしたの」
高野晶はゲームにのっていない。それは先程雪野が説明したはずだ。
鎖で縛られているとはいえ、この狭いお堂の中では聞こえないはずがない。
「んで、さっきまで一人でいたんだよな」
何故、そんな質問をするのか。高野の眼差しが、無意識に鋭くなる。
「何が、言いたいの」
腰に当てた右手に、力がこもった。
上着をめくれば、中からは永山から奪ったシグ・ザウエルが顔を出す。
動かない的なら一発で仕留められるだろう。ただしそれは最終手段だ。
もう少しこのパーティに潜伏していたい。少なくとも、夜明けまでは。
「出発地点からこの場所まで歩いて二時間もかからない。つうことはここにくるまでに、色んなトコ行ってたんだろう?」
色んな所には行っていない。極めて慎重に、周囲を伺いながら進んでいたので、島の西側しか散策を終えていない状況だ。
しかし、ここでは高野は『仲間を探して歩き回っていた』という事になっている。その役を演じる必要がある。
高野は、それをわかっていた。
「……そうよ」
「それで、お前……」
なにを疑っているのか。何処が不自然だったのか。不覚にも冷や汗が流れる。
ここで岡に不審がられても、女の子三人への影響は少ないだろう。
しかし問題は、その少ない影響が今の状況と相乗効果を起こした際に、どのような効果を及ぼすかがまったく読めないことだ。
果たして、岡はどれだけ冴えているのか。高野は静かに答えの出るときを待った。
そうして岡が、ゆっくりと口を開く。
「死体とか見た?」
「え?」
「だから死体だよ。もう何人も死んでるんだ。そんだけ動き回ったんならさ、一人や二人、見たんじゃねぇの?」
正直、拍子抜けだった。高野の身体に張り巡らされた緊張感が急速に解かれる。岡という男は、要は小物なのだ。
放送ではクラスメイト同士が殺し合ったと言われていたが、岡がその目で見た訳ではない。
だからこそ実感が持てなくて、他愛のない質問を高野にぶつけたのだ。いいだろう。それなら、お望みの情報をしっかり知らせてやる。
高野は深く呼吸をしてから、重々しく言葉を発した。
「永山さんが死んでいるのを、見たわ」
「……あぁ、そうか。永山も死んだんだもんな。田中の奴、今頃どう思ってんのかな」
田中と永山がそういった関係なのは、高野も認識していた。
なるべくなら、田中とも対峙はしたくない。怨恨という感情を抱いた相手というのは、ある意味もっとも厄介だから。
この島の中で麻生と接触して永山を殺した犯人を知ってしまったら、田中の怒りの矛先は必ず自分に向かってくる。だからこそ……
「高野?」
だからこそ、必要なのだ。それに対抗するための手駒が。
自分の事を信頼する、捨て駒が。
「私、怖かったの」
うつむいたまま。握りこぶしを小刻みに震わせて。
「え?」
「こんなゲーム、誰ものるなんて思ってなくて。人を探して山道を歩いていたら、永山さんが倒れてて」
嘘だ。永山は高野が殺した。信用させた後でうしろから。
あっさりと。いとも簡単に。
「最初は、怪我でもしたのかなと思って呼びかけたの。
でも、近づいていって違うっていうのがわかった。
真っ黒だったわ。赤じゃないのよ?血が乾いて、真っ黒に染まってた」
本当は鮮血が噴き出す様も見た。映画などで観るよりも何倍もリアルで、生々しい色彩。
「全速力で走ったわ。まだ永山さんを殺した人が近くにいるかもしれなかったから。
もう方向なんてわからなかった。とにかく動いていなくちゃ、って。
立ち止まったら、何かに追いつかれる気がして。 そうしてる内に、東の道にでて、そこで放送を聞いたの」
高野は逃げる側ではなかった。つねに狩る側であろうとしていた。
勿論、今も狩りの途中だ。
「永山さんのほかにも、たくさん死んでいたわよね。そこで冷静になって、初めて気付いたの。
危険なのは私だけじゃない。力の弱い女の子は皆、危険なんだって」
真剣な眼差しで見つめてくる岡が、高野には滑稽で仕方がなかった。
ここで少しだけ声のトーンを変える。
「そうしたら、逃げ回っていた自分が恥ずかしくなったわ。
どこかに、不安で泣いているコがいるかもしれない。私より、もっと心細いと感じてるコが。
きっとこんなふざけたゲーム、逃げ出すチャンスがある。それまで、女の子達を守ってあげなくちゃ、ってね」
真っ赤な嘘。そして岡を騙すには十分な嘘。
案の定、岡の表情からは男独特の感情がみてとれた。ここが極め所だ。
「私は、そういう役回りだから」
寂し気に、微笑む。内に秘めた辛さを堪えている様な振る舞い。
岡の男の部分を、引き出す様な仕草。
そうすればきっと、
「あのさ」
「……何?」
案の定、ひっかかった。
「そういう、女の子グループの役回りとかよくわかんないけど、今はいいんじゃないかな」
「どういう事?」
答えがわかっていながら、あえて問いかける。
女は弱いモノ。男は強くあるべき。近年否定されつつあるこのステレオタイプな決めつけは、今なお大部分の日本人の心の中に生き残っている。
「だってほら、この場には俺とお前しかいない訳だし。俺、いちおう男だし。こんな時位、強がらなくてもいいと思うんだ」
エセ社会学者が何を言おうと、深く文化に根をはった思考は消滅しない。
「俺さ、このゲームが始まってから、自分の事しか考えてこなかった。だから、その、血迷った事とか考えたりしたんだけど。
でも、お前の話聞いてたら、なんか違うって思ったんだ」
「え?」
ここまでくれば、もう完璧だ。
高野は心の奥からせりあがる笑いを堪えるのに必死である。
「いやまぁ、こんな姿で『お前を守る』って言っても説得力ゼロだけどな。
なんていうか、男としての責任ってヤツ?
そんなもんがさ、あると思うんだ。だから、な? その……」
確かに今は、だ。しかし後々よい駒として使えるかもしれない。
「優しいんだね」
「い、いやぁ。そ、そんなこたぁねぇと思うぞ」
顔を赤くして、頼り無い事この上ない。これでは今まで女の子を口説く事なんてできなかっただろうに。
そうして高野は追い撃ちをかける。
ゆっくりと、気はずかしさで下を向いている岡に高野が歩みよる。
少しずつ少しずつ、本当に近くまで。
「ううん、優しいわ。私、今までそんなふうに言われた事なかったもの」
それだけ口に出して、高野は自分の頭を岡の胸に埋めた。
「たたたたっ、たくぅわのサンっ!?」
頭上で岡が随分と慌てている様だが、無視して続ける。
「今だけでもいいの。今だけでも、甘えて、いいかしら?」
いかにも泣き出しそうな声で。
「お、おう……」
「ごめんなさい。貴方も、不安なのに変わりはないっていうのに」
「気にすんなよ。こういう時に無理すんのが男の役割だ。そ、それによ」
「?」
「今だけじゃなくても、いいんだぜ」
そうだ。この言葉が欲しかったのだ。
高野はこれで、
「このふざけたゲームからなんとか逃れられたとして、その後、辛い事とか重荷になる事とかあったらさ」
岡の心を、
「俺が、支えてやるよ」
完全に掌握した。
「いいの? そんな、同情で安請け合いして」
「ど、同情とか、そんなんじゃねぇよ。ついでに本心を言っちまえば、これは男の責任とかもあんまり関係ねぇ。
俺はさ、高野。お前を守りたいって思ったんだ。お前だから、守ってあげたいって」
面白い様に引っかかる。つり橋効果も、案外馬鹿にできたモノでもない。
しかし高野はこれだけで終らない。確かに岡の心はつかんだ。
だがまだ足りない。その不足を埋めるのは、とても簡単なことだ。
そのてっとり早い方法とは、身体的つながりを持つ事である。
「岡、君」
「!?」
本当に軽く、触れる様なくちづけ。しかしそれだけで十分すぎた。
「ごめんなさい。嫌だったかしら?」
呆然とする岡に、心配そうな表情を作った高野が尋ねる。
「いやぁ、もう、全然っスよ! それどころか、もう、生きててよかったみたいな!」
露骨に浮かれているのが、高野にもわかった。これで、仕上げも完了。
岡は完全にこちらの手中。岡の胸に顔を沈めたまま、高野は笑いを噛み殺した。
ふと目の前にとまった鎖で、なんとか会話を継続する。
「……鎖、痛くない?」
「あ、あぁ。平気」
おそらくは、強がっているのだろう。
大塚が怒り任せにきつく縛りつけたせいで、手首に食い込み傷もある。
「ごめんなさい。私の一存じゃ、勝手に外せないから」
そう言って、申し訳なさそうな瞳で岡の顔をのぞきこむ。
女子グループとの関係も継続するには、勝手な行動は出来ない。
だからと言って、岡を縛り付けておくことに何の抵抗がないように振舞うのは、こうなった以上不自然だから。
「いや、高野が気にすることじゃねぇって!」
「大塚さん達が帰ってきたら、私、かけあってみるから。貴方は反省してるって。
とっても頼りになる、優しい人だって」
この場限りの言いつくろい。
おそらく、大塚達は許可などしてくれないだろう。
そのことをわかっていながらあえて、高野は己が岡の事を心配しているかのように見せようと演技を続けた。
「い、いやぁ」
そんな戯言を真に受けて、岡はまたまた真っ赤になる。
相手の本心を知らないのは果たして不幸なのか、それとも幸せなのか。
高野はふとそんなことは考えたが、それよりも重要なことがあるのに気がついた。
「ところで、お願いがあるのだけど」
「なんだ? 何でも言ってみろよ」
「私が弱音をはいた事、皆には黙っておいてくれないかしら?
私が不安がっていたら、きっと皆も不安になるから」
嘘の理由。
本当は、バレるといろいろ厄介だからだ。
今後行動するにおいて、自分と岡との間に特別な関係があるというようにとられれば、このグループ内での立場が危うくなる。
それに雪野の信頼も揺らぐだろう。ああいう人間は、そっとしておくのが一番だ。
「おう。そういう事なら、まかしといてくれよっ!」
案の定、岡は快く了解。高野は本当に岡が好きになりそうだと感じた。
ただし男としてではなく、道具として。
「ありがとう。本当に」
控えめに微笑んでから岡の胸にもう一度顔をうずめ、擦り付けるように身体を密着させる。
「もう少しだけ、いいかしら?」
「も、もちろんっ! 遠慮すんなよっ!」
裏返りそうな声で、岡が応えた。
かちゃりっ、と鎖のすれる音がお堂に響く。
自らの心に繋ぎ止めた手駒達がどのような働きをするのか、それは高野にはわからない。しかしどちらにせよ最後は棄てる駒だ。
情が移ってはいけない。
麻生の時の様な失敗は二度と許されないのだ。
だってこの世界では、殺す事こそが生きることなのだから。
【高野晶】
【現在位置:C-06】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) シグ・ザウエルP226(AT拳銃/残弾15発)
[行動方針] :弾薬の消費を抑えて殺す機会を掴む。雪野は使えるなら利用する。
岡も使えるなら利用する。
麻生と敵対。(ただし優先して排除しようとは考えていない)
[最終方針] :ゲームに乗る。パーティー潜伏型。
【雪野美奈】
【現在位置:C-06 お堂の外】
[状態]:健康、少し落ち着いた状態
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) 工具セット(バール、木槌、他数種類の基本的な工具あり)
[行動方針] 1:高野の為に動く。 2:高野晶、大塚舞、砺波順子と行動をともにする。
【大塚舞】
【現在位置:C-06 お堂の外】
[状態]:健康、ちょっと困惑中
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) 薙刀
[行動方針] :ゲームに乗る気なし。みんなを集めてどうにかする。
【砺波順子】
【現在位置:C-06 お堂の外】
[状態]:健康、だいぶ冷静
[道具]:支給品一式×2(食料1食分ずつ消費) パーティーガバメント
[行動方針] :ゲームに乗る気なし。大塚舞、雪野美奈、高野晶と行動をともにする。
【岡樺樹】
【現在位置:C-06】
[状態]:打撲傷多数/鎖鎌のチェーンで体を縛られている
[道具]:無し(砺波が持っています)
[行動方針] :「高野の心の支えになるのは俺だっ!」と素敵な勘違い中。
【22時〜23時】
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