それの価値は
「なんでだ…なんでなんだよ!」
「ごめん。僕は君には協力できない」
冬木武一は一種の興奮状態にあった。皆で生き残る。人を探す。そのためのアイテムもある。
悲しいことに、幾人かはこのゲームにのってしまったようだが、きっとそうでないものがいるに違いない。
そういった人間を集めれば、きっとなにかいい手段が見つかるはず。
その可能性を信じて、まずは烏丸大路を仲間にいれようと彼は意気込んでいた。
人畜無害な彼ならきっと賛同してくれる――冬木は、彼の心の中で烏丸がYESと言うと思い込んでしまっていた。
23時には禁止エリアとなってしまう危険な場所を駆け、疲労した体にムチを打ち、烏丸のいるという
古びたビルへ走る。人影を発見し、それが目的の彼であることが分かった時は体の辛さなどなんでもなかった。
「烏丸!よかった…まだ……いたんだな…」
「冬木君、こんばんは。よくここがわかったね」
「…っは、は……三沢から、聞いたんだよ…ここにいるって。禁止エリアに、なるから、走って…」
軽い挨拶の後、息を切らしながらも笑顔で全ての事情を話す。東郷、三沢、一条、各々の支給品のこと。
もちろん切り札のノートパソコンのことも。息をする間も惜しんでまくし立てた。
反応は薄いが、冬木は烏丸が元々こういう人間であることは知っていたため不快に感じることはない。
自分達の食料の中にカレーパンがあると言った時だけ、一瞬顔が動いた気がした。
「そういうわけで、あのパソコンがあれば安全に仲間が集められるんだ!」
「…………」
さあいこう、と差し伸べた手に何の感触もないところで初めて違和感に気がつく。
そして、烏丸大路は冬木の手を握り返さなかった。
「な……」
「悪いけど…僕にはやらないといけないことがあるから」
かくして冒頭へ。どう見ても不利の目がないはずの申し出を断られ、冬木の心には怒りより理不尽さが際立つ。
「どうして…俺が何か悪いこと言ったのか?」
「……ううん」
「やらないといけないことって…この殺し合いをぶち壊す以外にないだろ?」
「……ううん」
「まさか…お前…」
協力する気はない。脱出する以外の目的がある。つまり、烏丸は……
最悪の回答を想像した瞬間、冬木はこのゲームが開始し初めて命の危機を感じた。
今の自分は丸腰だ…相手が武器を持っていたら…
「それじゃ」
烏丸はくるりと背を向けて冬木から離れていく。そのあっさりとした態度に思わず拍子抜けする。
「ま、待てよ…どこいくんだよ!脱出しようとか協力しようとか思わないのか?」
ぴたり、と烏丸の足が止まりまたこちらを向いた。
「この村には君達がいる。ここにいたら君達を手伝わないといけない。だから別の場所に行こうと思う。
でも………もし、僕の目的が達成されたら………君達に協力するよ」
「な……」
今は協力しない。すべきことが終わったら協力する。冬木にはわからなかった。彼の目的が。
安全なところへ逃げ込んで、保身を図るつもりかとも考えたがそんな利己的な考えと烏丸の人格は結びつかない。
「やらないといけないことって何だよ!一緒じゃ駄目なのか?俺や東郷、三沢は力になれないのか!?」
意味不明の度合いに比例するように、冬木の声も意識しない間に大きくなっていく。
「…播磨君」
「………播磨?」
「もし播磨君に会えたら、僕が助けを求めていると伝えて欲しい。アメリカの間と同じことを、と言えばわかると思う」
(アメリカ………?転校と何か関係あるのか…?何で播磨が…)
この最悪の舞台から逃れ、脱出するために集ったチームに今は協力しない。別の目的がある。
そしてそれは何処にいるかもわからない播磨の力が必要で、アメリカもしくは本人の転校と関係しているのだ。
烏丸の言うことは全てが理解の範疇を超えていた。そして当の本人は言うだけ言って、
またここを離れようと歩き出している。
「…わかった。パソコンもあるし、もし播磨を見つけたらそう伝える。けど……最後に…!もう一つだけ!」
烏丸の足がもう一度止まる。けれど今度は振り向かなかった。
「道具…烏丸、お前は何を持ってるんだ!?教えてくれ」
仲間に引き入れることは今は諦めた。けれど手ぶらで帰るわけには行かない。
最低限の情報交換はしなくては…これでは自分は情報のタダ売りをしただけ。まるでピエロ。
冬木の質問を受け、烏丸はごそごそとリュックを降ろし開き、中に手を入れる。
黒く、長く、やや曲線を描いている棒のようなものだった。そこから何かが抜き取られる。一回り細い。
既に日没後ではあったが冬木は一目でそれが何かわかった。月明かりを反射し妖しい光を放つそれは、
テレビや本などメディアの中でよく見かける――――日本刀だ。
折れず、曲がらず、一説では数ある刀剣のなかで最強の切れ味を持つとさえ言われている。
「一度試してみたけれど、本物だった。身を守るくらいはできるかな」
刃を鞘に収めながら烏丸が言う。そして用は済んだとばかりに彼の止まった足が動き出した。
「冬木君も早く離れたほうがいい。もうすぐここは禁止エリアになってしまう」
最後にそれだけを言い残し、彼は今度こそその場を立ち去る。冬木はただただ立ち尽くすのみ。
もう何も言うことはできなかった。失望感と疲労が彼の衰弱した心と体を襲う。
ただ一つ確実なのは、早くここを離れなければならないということ。恐怖に駆られ、彼は再び走り出した。
(ごめん、冬木君)
烏丸大路は心の中で謝罪した。好意は嬉しかった。ゲームに対抗しなくてはならない必要性もわかる。
けれど自分は作品を完成させなければならない。二条丈の名にかけて。
皆が頑張っているのに一人漫画を描いていては、それこそグループの仲を乱してしまう。
そう考えて彼は冬木の誘いを断った。迷惑はかけられない。ただ、原稿の進みが遅いのも事実。
原因の一つは居を構えたところがいきなり禁止エリアになってしまったこと。
そしてもう一つがカレーパンを食べるかどうか、悩んでしまったこと。結局『残す』を選択したのだが…
(原稿のほうは、播磨君に手伝ってもらえればなんとかなる。冬木君が見つけてくれるといいな。
それと………………………………………………他の人も、持ってるんだ。カレーパン)
冬木の話によると、彼ではなく東郷か三沢の食料にあったらしい。
原稿が描けなくなる懸念があったため断ってしまったが今考えると実に惜しい。
まだ、他にカレーパンを支給されている人はいないだろうか。手に入らないだろうか。
そうすれば二つ。一つ食べても、まだ残る。しかし貴重な食料を誰がくれる?交換する?
自分に残されたパンは、カレーパンを除くと保存が利くが無味乾燥のカンパンのみ。
カレーの旨みとパン生地のサクサク感がたまらないカレーパンと、硬くパサパサしたカンパン。
後者を選ぶ人間がいるだろうか?烏丸大路の常識では『いるはずがない』。何か別の方法は…
一歩一歩歩くたびにチャリ、チャリと右手の獲物が自己主張する。鍔鳴りの音だ。
どこかに潜んで原稿を描いたのでは、播磨との接触もカレーパンとの出会いも期待できない。
動き回っていればカレーパンが手に入るかもしれない。いつ死ぬかわからない今、
カレーを食べられる機会は数える程度しかないだろう。今やカレーの価値は暴騰している。
それに、播磨に会えるかもしれない。原稿の遅れは二人でやれば取り戻せる。
(………………………………)
彼はなんとなくではあるが、後者のほうが多くの目的を達成できる気がした。
【冬木武一】
【現在位置:C-04】
[状態]:精神的に疲労
[道具]:支給品一式(食料はカレーパン以外)
[行動方針] :1.とりあえず基地へ戻る 2.反主催をかたく決意 3.播磨に会ったら伝言を伝える
【烏丸大路】
【現在位置:C-06】
[状態]: 健康
[道具]:支給品一式(食料はカンパン、カレーパン、水×2) 日本刀
[行動方針] :1.カレーパン探し(手段不問)、2.原稿を描く(播磨に手伝って欲しい)、3.2が終了後冬木らに協力する
【午後:22〜23時】
※東郷か三沢の食料にカレーパンがあります
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