Joker Trick −後半−
「・・・よし、分かった。組もう、冴子」
そっと、静かな声。
しばらく長考した後、抑揚の無い言葉で田中は冴子に告げた。
冴子の顔がぱっと顔を輝かせる。きらきらと瞳を輝かせ、軽くこぶしをあげた。
その笑顔に清涼感に溢れさせ――但し口元は妖艶であったが――、口を開く。
「やったあ♪田中君頼りにしてるヨっ。じゃあ、麻生君たちと合流しよっかあ♪あ、でもその前にー」
田中と手を組んだまま、彼女は意気揚々と声を弾ませ――――
「南の診療所へ行こうヨ」
「永山を探しに行こう」
「・・・・・・」
様々な言葉を思い浮かべ――――
冴子が考えたのはただひとつのことだった。
(・・・・どこにいるかわからないじゃないの)
この島全土を探す気なのだろうか。しかも、探し物が死体だなんて・・・冗談ではない。
彼女の顔が急に険しくなる。組んでいた腕を放し、一歩引いて田中と向き合った。
「・・・結城が、永山さんが死んだと勘違いしただけかもしれない」
「えー。でもでも、言ってたよ?結城さんは確かに殺したって」
「先生たちが、永山が死んだと勘違いしただけかもしれない」
「でも、妙センセはこの首輪のセンサーで生き死に丸分かりだってぇ」
「まだ・・・わかんねえだろ!!!」
思わず咆哮をあげて、田中は冴子に食って掛かった。
彼はまだ永山に未練があるようだった。復讐心にベクトルが向かってくれるならいい。
・・・・しかしこのベクトルは違う。現実逃避は冴子の望むところではない。
過去にとらわれ、現在を破壊してくれなくては困るからだ。
「・・・・・・」
再び沈黙―――――沈黙するしかなく、ただにらみ合いながら沈黙する。
主導権をここで田中に譲渡していいものだろうか?冴子は息を飲む。
「・・・場所は麻生から場所を聞いた、どうやら・・・この近く。F‐7に居たらしい」
不信の眼差しと沈黙に耐え切れなかったのであろう。田中は弱々しく唇を動かすと、擦れた声で語った。
その言葉を聞いて、彼女は寄せた眉をさっと元に戻した。
彼のボウガンを持った手を、近づいてきた冴子がさっと握る。
思わず身構えたが、彼女はこちらの手首を握ったまま、にっこりと笑った。
「なあんだ、それを早く言ってよー。だったら、さっさと行きましょーよ。永山さんを、さ・が・し・に♪」
突然の彼女の快活な口調に田中は戸惑う。しかし、彼女が意見を折れてくれたのには素直に感謝した。
「・・・ありがとう、冴子。それとごめんな、後ですぐに診療所へ連れて行くから」
(別にいいよー謝らなくて。まだ、わからないのならサ、・・・わからせてあげるだけだから)
冴子は独りごちながら、ぴしと人差し指を田中に向け、契約を交わした。
「やくそく、だよ?」
そうと決まれば早速出発の準備だ。冴子は結城との争いのせいで汗濡れた上着を脱ぎながら、田中のほうを見やった。
彼は地図を広げて位置を確認しながら、難しい顔をしている。
・・・死体なんだから、誰かが動かさない限りその情報の場所に居るに決まっているというのに、
田中はF‐7の周囲のブロックまで気にかけているようだった。冴子の視線に気付き、田中が顔を上げる。
「上着持ってやろっか?」
「うん、ありがとー・・・あ、そうだー。パン貰えちゃったりするかな?ほら、リュック取られちゃってさ」
田中に脱いだ上着を手渡すと、冴子は彼の足元にあるリュックに手を伸ばした。
彼の返答を待たずに、ガサゴソ、と、冴子はリュックの中を漁る。
(武器は・・・矢の他には特に無さそうね。あるのは・・・双眼鏡?
びみょ〜〜・・・でも無いか。散弾相手なら先に遠くから発見しちゃえばコッチが有利だしい)
「別に、いいよ。ところで冴子、俺のほうこそごめんな・・・・・」
「えーなにー?」
パンの袋を開けながら冴子が聞く。パンはミルクパン。・・・温かかったらもっと美味しそうだったのに、と彼女は嘆く。
「・・・冴子が傷ついている時、助けに行ってやれなかった。
・・・俺は誰も救えない・・・それどころか、サラを傷つけちまって・・・・」
悔やむようにうなだれたまま、田中は呟いた。後半の意味はよく分からなかったが、別に重要ではないと冴子は判断する。
「いいよ、もう終わったことは。それよりほら、前へ進まなきゃ」
復讐するは後ろを見るだけじゃ成り立たない。そう、前へ前へと・・・
「いや、そうじゃなくって・・・俺・・・」
程よい甘さのミルクパンをはもはもと口にくわえながら冴子は、
「俺、見てたんだ・・・さっきの、冴子と結城を」
――――思考を停止した。
「・・・え?」
冴子は聞き間違えたのかと怪訝に聞き返す。食べかけのミルクパンが、ぽとりと地面へ落ちた。
ゆっくりと田中は手にしたボウガンを、冴子に向けて構える。既に、矢はセットされていた。
冴子の表情がみるみるうちにこわばっていく。
「お前が・・・結城と戦っているのを・・・見てたんだ。ずっと・・・・ずっと」
信じられない口調で、彼女はうめいた。
「え、・・・ええ〜?だってさ、な・・・にを言ってるの?そんなの見えるわけ・・・・・」
結城を襲う際、充分に周囲は確認した。オトす時が一番別の誰かにオトされやすいのだと、彼女は経験上知っていたからだ。
絶対に結城以外には誰も居ないことを、ちゃんと視認・・・・
たっぷり一回転は思考をぐるぐる空回りさせてから―――――冴子は悟った。
「双眼鏡・・・・・・!」
小さな悲鳴をあげながら、冴子はとっさにリュックに手を入れ、中の双眼鏡に触る。
冴子の注意をそれたのにも関わらず、田中は微動だにせずボウガンを構え続けていた。
確かにこの双眼鏡なら確認した範囲内の外から見ることが出来るかもしれない。
冴子によって嘘で塗り固められていない、トリックの仕掛けられていない、事実を。
自然と冴子の手がリュックの中で双眼鏡から矢へと移り、握り締める。しかし、
(・・・まだ、取り返せる)
冴子はまだ、諦めてはいなかった。
どこからどこまで見ていたのか、肝心なところを田中は喋っていない。
冴子が傷つけられたところだけを見ていたのなら、むしろ結城が悪者になる。
銃声がした後、とっさに双眼鏡で確認したのなら・・・・いや、きっとそうだ。そうに決まってる。
銃は撃った直後すぐ落としたのだから、それから見られても嘘はバレないと、冴子は自身を落ち着かせる。
冴子は小さくかぶりを振り、ゆっくりと田中の構えるボウガンを意識しながら・・・・尋ねた。
「どこから・・・見ていたって言うの?」
「・・・お前が・・・・・銃を・・・・・結城に撃った時からだ」
――――――――意識無意識なにもかもを総動員して、冴子が取った行動はたった一つ。
だっ―――――!と全力で、全身の筋肉を振り絞り、田中へと襲い掛かかることだった。
田中は思わずボウガンの引き金を引こうとする。しかし。
田中の脳裏に思い起こされる、顔。
自分が誤ってとはいえ撃ってしまった、サラの恐怖した顔・・・
その躊躇が田中の命取りとなった。
「あああああっ!!」
冴子は身を躍らせて・・・・次の瞬間には、獲物を組み伏せる雌豹のように、田中へと飛びついていた。
かわすことも出来ず、田中は勢いのついたまま彼女とともに転倒する。
ズサササササと山の斜面を転がりながら、ボウガンを奪おうとしてきた細い腕を振り払おうとし、
・・・突如体に信じられないほどの衝撃が走った。
長い長い転倒の末、二人は終点の平坦な地面へと放り出された。
起き上がり、冴子が振り返るとそこには、腹から血を流している田中が仰向けに倒れていた。
目を凝らす。田中の腹部には、矢が突き刺さっていた。きっとさっきのもみ合いの中で引き金が作動してしまったのだろう。
冴子は思わぬ偶然に感謝しつつ、うめく田中へと足を進める。
田中はまだボウガンを手放してはいなかった。引き離そうとしても、彼は握り締めたまま離そうとしない。
横たわる田中の横腹を思いっきり手加減抜きに蹴飛ばす冴子。
「うぐ・・・ぁ」
サッカー部員として腹筋を人並み以上に鍛えていた田中ではあったが、この状況下、この傷の前にはそれも役に立たない。
ボウガンが彼の手から落ちると、冴子は力任せに弦を引き、矢をセットする。
思ったより単純な構造のため、弦の硬さ以外は難なく装填することが出来た。
これだけの硬さだ。きっと心臓を射抜けば即死だろう。
キリキリと弓から不快な音が鳴り響くも、冴子はそれを無視し構える。
荒い苦鳴に喘ぎながら、田中は冴子を見上げる。
そこには、布で傷を隠している以外はいつもと変わらない―――――不気味なほど変わらない――――冴子の顔がそこにはあった。
「両腕を頭の上に組んでくれると、助かるんだけどなー」
田中は素直に、仰向けのまま言われたと通りにした。冴子は満足げに首をうなずくと、
「ねえ、こんなことになっちゃったけどサ、私の道具。続けてくれるかなあ?」
にこやかに、甘く懇願するような猫撫で声で、田中を脅した。
「ね、・・・どうなのよ?」
クスクスと艶っぽく笑う声が、真夜中の静かな木々の中で響く。
田中はよろよろと立ち上がる。冴子は引き金に指をかけたまま、余裕の表情を見せている。
距離は先ほどの間合いの二倍。いきなり飛びついてきても、冴子の矢が、田中の心臓を穿つほうが速い。
(それでも・・・私を止められるものなら・・・止めてみなさいよ)
「・・・ごめん」
田中は先刻の冴子のように飛びついてくる様子もなく、切り札もなく、ただ否定すると・・・冴子の前でただ立ち続けた。
「・・・・・・・じゃあね」
冴子は、ぽつりとつぶやくと、向かって田中の左胸へとボウガン照準を正確に合わせる。
その瞬間、先ほどと変わらない冴子の表情を見て・・・何故か物悲しそうな顔をしていることに、田中は気付いた。
しかし、時は遅すぎる。
冴子は、黙ってボウガンの引き金を引こうとし―――――
―――――瞬間。
すべてが破裂した。
「つ・・・・・・・・!」
歯を食いしばりながらよろめく人影。土と根を踏みしめながら、満身創痍の身体を引きずり、影は息をつく。
ぐったりと肩を落としながら、人影が―――――
田中が、胸からおびただしい血を流す冴子を見下ろしていた。
「―――――――――冴子・・・無、事か?」
横隔膜を震わせながら、声を絞り出す。
なにかによって切り裂かれた胸部から止め処なく血が漏れ、冴子は苦悶に身をよじった。どう見ても致命傷だった。
「ど―――――どうして?」
冴子は、血とともに吐き出した。血が体から失われていく喪失感から、彼女の眼差しが、怯えに竦んで眼光を弛ませる。
田中は、冴子の傍らに落ちているボウガンを黙って指差した。
「弓が・・・弾けたんだ」
冴子はその声に恐る恐る目を開け、確認する。
確かに、ボウガンの弦が綺麗に断ち切れ、そして・・・鮮血に塗れていた。
斜面から転げ落ちた際、きっと弦の一点が重点的に傷ついてしまったのであろう。
先ほどの弓から発せられていた不快な音は、弦の限界を知らせる警告音だったのだ。
ボウガンの引き金を味方につけ、暴発によってピンチを切り抜けた冴子。
しかし傷つきながらも硬く引き締められた弦は、冴子にオトされなかったようだ。
「ははは・・・なによそれ?・・・そんな偶然・・・・・
・・・・ハハハハハ、おっかしーの、偶然なんて、二度も・・うアッ」
心が潰れるかのようなうめき声に、田中は顔をしかめつつ冴子に問う。
「教えてくれ・・・永山さんは・・・冴子が殺したのか?」
冴子は思わず、ふっと息をついた。そして、
「その前に教えてよ・・・どうして、私に会ったとき・・・知らないふりをしたのかな?
ねえ、見てたんでしょ?無抵抗の結城をサ、私が先に襲ったのを・・・」
話すことすら出来なさそうな身体で、いつもと同じように言葉を返してきた。
「・・・ふりじゃない。知らなかったんだ。」
正直に、彼女に告げる。
「ふえ?」
「おまえ、言ったよな?武器の詳細を敵が教えてくれるわけが無いって」
冴子は無言で頷く。
「じゃあ、なんで、お前は結城の傘が防弾傘ってこと、知ってたんだ?」
「・・・」
はあはあと息をこぼしながら、冴子はじっと田中を見つめた。・・・流石に、気付いたようだった。
「お前の発言には矛盾があった。銃で結城の傘を撃たなきゃ、それが防弾傘とは分からない。
だけど確証が無かった。嘘をついたのが、敵が教えてくれるわけが無い、って部分の可能性もあったからよ。
・・・だからカマをかけさせて貰ったんだ。お前が、結城に銃を撃ったのを見たってな」
田中が語り終わり、ごふ、と田中が咳き込むと同時に、冴子も咳き込んだ。
(使えすぎるのも・・・問題なのね。ははは、難しいや・・・・)
と、肩をすくめて独りごちると、冴子は真剣な顔をして田中へお返しといわんばかりに・・・・真実を伝えた。
「・・・私は永山さんを殺してないよ。もちろん、結城のも嘘」
「そうか・・・・」
田中は安堵した。その安堵は、永山の安否よりも、誰かを憎まずに済んだことに対する安堵のように、冴子には思えた。
「・・・ははは。私の完敗かあ。そう、残念。嘘には自身があったんだけどな」
負けた。完膚無きに負けた。いっそ清々しい気分だった。やるだけのことはやった。それでも止められた。・・・止めてくれた。
(あーあ、私、止めて欲しかったんだな)
この致命傷では、長くは持たないだろう。死を間近に感じつつも、不思議と恐れはしなかった。なのに――――――
「じゃあ、行こうか」
田中が手を――――――差し伸べてきたのだ。
「??どこへ?」
意味が分からない。もう私は終わりそうだというのに。なのに、彼は信じられないことを言ってきた。
「どこって・・・忘れたのか?南の診療所。約束したろ?」
・・・・言い返せない。息が詰まる。理解できない。田中の言葉が、まるで違う国の言葉に聞こえてくる。
「永山さんは・・・すまん、冴子を手当てしたらすぐに迎えに行くから」
田中は一人虚空へと呟く。その顔色は疲弊し、血の色を失っていながらも、決意に満ちていた。
「な・・・にを言ってるの?」
けれども、視界が霞んでいる冴子からは、田中の顔はよく見えなかった。
「約束しただろ?」
――――涙で霞んで、よく見えなかった。
急に、冴子は赤黒いナニカが、体の中から消え去っていくのが分かった。
ゲームに対する高揚感。結城への憎悪。全てが消え去り、心が冴え渡る。
そして、その代償と言わんばかりに、冴子の口から、大量のおびただしい血がほとばしった。
「・・・・・!!」
田中は無言の絶叫をあげて、横たわる冴子の元へと駆け寄ろうとした。だが、
「ち、か、づか、な、いで」
弱々しい言葉を、赤い紅い血の薫りとともに吐く。か細い息を吐きながら、さらに言葉を絞り出す。
「ね、え・・・たな、か、クン?さっきの、約束、別にい、いから。その、かわり、に、サ。
冴子のお、ねがい、聞いて、くれちゃ・・・って、も、いいか、な?」
「・・・なんだ?」
「私みたい、な、さ・・・人を、殺そ、うとして、いるひ、と、止めて欲し、んだ」
今にも消えそうな息遣いで、細い身体を痙攣させながら冴子は喋る。
「・・・ほら、ウチ、のクラス。止めてほし、そうなコ、結構い、そうな、わけよ」
冴子の瞳から、雫がこぼれ、目尻から耳たぶへと流れ落ちる。
「だ、から・・・な、んとか、し、て」
(・・・ははは、なんとかしてって言われても、困るよね?
だって、しょうがないじゃない。なんにも思いつかないんだしさ。
でも、田中クンなら、・・・思いついてくれるよね?私に勝ったんだからサ
あーあ、まいっちゃうよ、使えすぎるのも)
私を止めてくれてありがとう。
冴子は首輪に手をかけると、一気に外そうとし―――――田中が止める刹那もなく―――――首輪に仕掛けられた爆薬が炸裂した。
田中は尻もちを付きながらも、その衝撃に耐えようとする。その規模は極めて小規模であったが・・・
人ひとりの首に致命傷を与えるのには充分すぎる爆発だった。
冴子の透き通るような瞳は、すでに田中を、この世全てを見てはいなかった。
ただ、顔の傷を隠していた布切れは衝撃で外れてしまったのにも関わらず、とても、その顔は、小さく微笑んで、綺麗で・・・・
冴子の骸を背に、田中は永山を探しに向かう。
涙が、清流となってとめどなく零れる。
・・・・腹に突き刺さる、ボウガンの矢から流れる血も、とめどなく零れていた
「冴子、ごめん。その約束、かなえられるかどうか、わっかんねえ・・・」
【田中一也】
【現在位置:G-07】
[状態]:腹部にボウガンの矢が突き刺さり重症。
[道具]:支給品一式、アクション12×50CF(双眼鏡)
[行動方針]:永山を探す。約束を叶えたい。
【音篠冴子:死亡】(残り31人)
【午後21:00〜23:00時】
――――――息がつまる。
心臓が警鐘を鳴らすのを無視し、腹を貫く痛みも無視し、田中はとり憑かれたように探し、そして、遂に・・・・見つける。
森の木々の中に隠れるように存在していた小さな空き地に―――――――永山があった。
仰向けに倒れ、美しかった長い黒髪は地面に広がり…黒みがかった紅い血も胸に広がり。
田中の目の前に広がる光景。最悪の想像が…そこにはあった。
「な、……永山ぁあああぁあぁあぁあ!!……ぁぁ…ぁぁ・…」
田中は内臓がきしむのを感じながらその場に泣き崩れた。自分の目が信じられない。信じたくない。
昨日までは笑いあった彼女が・・・目の前にいるのにいない。分からない、分かりたくない。。
「嘘だと・・・言ってくれよ、冴子みたいに・・・俺に嘘ついてるんだろッ!!!えー?おい!!!」
永山の上体を抱き起こしながら、優しく揺り動かしながらも、口からは正反対に怒声が、吐血とともに放たれる。
放たれると同時に、死にたくなるような激痛が田中を襲った。視界がぐるぐる回る。
今まで己の身を支えてきた気力という名の生存本能が、一斉に死滅していくのが感じ取れた。
どさり―――――田中は、永山だったものから尻込みするように後ろへ後ずさり・・・絶望とともに、地面へと倒れた。
「・・・永山・・・すまない・・・もう駄目だ、俺」
復讐する気にもならない(永山がいないから)
生きる気にもならない(永山がいないから)
・・・なんとかする気すら(永山・・・)
・・・・・・・呼吸さえも
半失神状態で、視界が幾度も真紅に染まりながらも、田中は必死に永山の下へと地面を這っていく。
這うたびに腹の矢が食い込み、身体が引き裂かれそうになる。
(―――この状況下で、今、自分に出来るのは。)
『その首輪が爆発する条件は』
笹倉のルール説明を思い出す。こんな悲劇へ送り込んだ、笹倉の声に吐き気を覚えながら。
そして、先ほどの冴子の結末を思い出す。思いを託してきた、彼女に謝りながら。
『フィールドの中にできる禁止エリアに入った場合』
永山はさぞ寒かったろう。寂しかったろう。孤独だったろう。
『そして』
・・・今も、永山は独りで俺を待っているだろう。だから・・・
田中は、物言わぬ永山の隣へと横たわると、そっと永山の頭を優しく撫でた。
『無理に外そうとしたり』
「――――――――――――――――――今行くよ、永山」
永山の頭から手を名残惜しそうに離すと、田中は首輪に両手をかける。
後は力任せに外すだけだ。たったそれだけで、永山のところへ行ける。
恐くない。永山が待っていてくれるから。
そういえば・・・ふと田中は呟いた。
「俺たちの関係が始まったのも、サバゲでの死が始まりだったよな・・・ははは」
田中は苦笑した。何の冗談だ、これは。くそったれ。
「ああ――――――――これも・・・終わりじゃないんだ」
永山との・・・永遠の、始まり。
田中は、首輪という扉に力を篭める。
さぁ行こう。
深呼吸して、引きちぎるようにして両手を―――
―――そこで、田中は、気付いてしまった。絶望に瀕しているというのに、一抹の希望に。
「―――――――――――――――」
首輪にかけた指先に、妙な感触が伝わった。なんだこれは?この小さな穴は?
不自然すぎる穴に戸惑うも、注意深く穴をなぞる。
田中の持っているCDラジカセにも、確かこんな穴があったはず。これは・・・マイクか?
盗聴されていたことに気付き、慄く。しかし、この事実は上手く使えるかもしれない。
(なんて悪趣味な・・・でもこれで、敵の裏をかけ・・・・・)
「ごっ・・・・・・・・!!」
滝のような吐血が、田中の胸を真紅に染める。
(なんとか・・・出来るかも知れないってのに・・・このままじゃ賭けも出来ない)
俺の残り時間は刻一刻と失われていく。この体は砂時計。血と熱が、俺の砂粒。もう残り少ない。
先ほどまでははっきりとしていた思考も、今となっては錆付いたように鈍くなっていく。
せめて・・・誰かに・・・・会って・・・・・・伝えなければ。でも・・・もう・・・・
その時、小さな影が、カサカサと草を音立てて―――――――血まみれで倒れた田中へと近づいてきた。
『・・・・・・』
本来なら鼻息を顕にし、鳴き声をあげるその動物が、不安そうにこちらを見下ろす。
意識が朦朧としている田中には、月明かりに照らされた、実際は桃色なのに白く輝くソレが、
かのナポレオンの名馬、マレンゴのように見えた。
田中は最後の力を振り絞り、ポケットに入っていた油性マジックをソレへと伸ばす。
その動物は初めは恐がり震えていた。しかし、手の甲でやさしくなぜると次第におとなしくなっていく。
疲労していたのだろう。それは次第に深い眠りへと付いた。
田中は、その動物―――――――ナポレオンの背中に、マジックでメッセージをこう残した。
『首輪には盗聴器
豚を殺すと全員死ぬ
麻生、サラを守れ
みんな死ぬな殺すな
田中』
二行目は、豚を殺されるのを防ぐためだ。まさかこれを食料と思って襲う馬鹿がいるとは田中は思っていない。
この情報を隠蔽しようとする殺戮者から、情報を守るためだ。
田中は、このメッセージが、麻生とサラに、反ゲーム派に、そして、殺し合いにしか希望を見出せない者に届くことを願う。
俺に「なんとか」できるのはここまでだ。冴子、これで・・・いいか?止めて欲しがってるやつらを、止められるかな?
麻生、サラ・・・もし、どちらかが、居なくなってしまっても、俺のように、ならないでくれよ。
傍らの永山の手を、しっかりと握る。田中の腹には、既に鮮血の大河が流れていた。
肺に溜まってきた血が、喉を逆流し、しずかに溢れ出す。
永山の手は冷たかった。しかし・・・田中には、それでも暖かかった。永山の、手だから。
大量の出血で体が軽くなったかのような――――――――
(永山、あ・・・・あのさ)
(もし・・・もしこの戦いが終わって二人とも死んじまってもさ・・・・)
(デートしようぜ)
(うん)
手をつないで横たわる田中と永山の間でナポレオンは、夢のなかで、確かにそんな声を、聞いた。
【田中一也:死亡】(残り30人)
【午後23:00〜24:00時】
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