凶つ雲
体も心も、魂すらも穢されていく。
まとわり付いてくる水蒸気。墨汁を蒸発させたかのような黒い雲。
左右に体をねじり、振り払おうとしても逃げられない。
濛々と立ちこめるそれは、私を決して逃がさない。
窒息死してしまいそうな苦しみに悶え、私はひざを抱え泣いた。
「怖い・・・怖いよ花井君」
―――届かないのが怖い
(だって花井君には周防さんがいるし)
―――届くのに
(それに塚本さんの妹さんもいる)
―――私には届かないのに
(高野さんだって・・・・・)
―――彼女らは届くというのに・・・!
たいしたとりえのない自分より、
―――大したとりえの無い自分だから
一途に彼女らを追いかけて欲しい。
―――せめて花井くんには、彼女らに追いついて欲しくない
だって、自分は
―――だったら、自分は
何よりそんな彼を愛しているのだから
―――彼女らを消してしまえばいいんだ
苦しみが消えた。喉が消えた。手も、足も、体も、頭も消えた。
―――なんだ、逃げれないわけだ。あははは、はははは、くふはははははは。
逃げられるわけがなかった。
なぜなら、その雲は―――私だったのだから。
「――――っ、く」
ゆっくりとまぶたを開ける。
目覚めたばかりの頭で、つむぎはぼんやりとあたりを見渡した。
「―――――夢?」
目をこすり、朦朧とした意識の中で呟く。
その夢は、よく覚えていないけれども。苦しいような、・・・・楽しいような夢だった気がする。
なんとか身体を起こし、眼鏡に焦点をなんとか合わせ、掛けて再度あたりを見回した。
寺か、神社のようだった。あれ?ここは・・・とつむぎは首を横にかしげ、
「な・・・なに、これ!?」
首に首輪が付いていることに気付き、そして全ての惨劇を思い出した。
夢じゃない・・・じゃあさっきの夢は?」
思い出そうとしたとたん、つむぎは頭痛に襲われた。辛い。思い出すのが辛い。
――――イケナイことを思い出してしまいそうで辛い。
溢れそうな辛さをどうにか押し込めることに、つむぎは成功した。
「なんとか、しなくっちゃ・・・なんとか」
頭を振り、呼吸を整え必死に現状と対峙する。これは現実なのだ。実際に人が死んでいるのだ。
しかも、ブラウン管ごしではなく、よく見知った人たちが!
「怖いよ・・・花井くん・・・」
独り暗闇の中にいるためか、自然と鼓舞するかのように独りごちる。
・・・・・あれ?独り?
「三原さんとララさんは?」
恐らくこの島が生徒同士の殺し合いの場にされる以前からあったであろうこの寺は、
長らく無人であったことを示すように黒ずみ、朽ち果てていた。
年季の入った貫禄というより、死に損ないのような風体であった。
そして、今はつむぎただ独り。彼女のほかに人の気配はない。
寝ていた場所、大きい柱の影から出たつむぎは、すぐ側に×印がついてある地図がほっぽってあるのに気がついた。
「まさか・・・・置いていかれた?」
いや、置いていかれただけならまだいい。みぐるみ剥がされ、捨てられるよりかはまだいい。
そうだ、ネガティブに考えるな。きっと偵察をしにちょっと離れただけなんだ!
一人なのがその証拠。遠出なら一人護衛を置いてってくれるはず。
つむぎは急いで荷物を探し回った。幸い寺にはロウソクとマッチが一箱あり、暗い建物の中明かりには困らない。
最初に至急されていたアイテムはすぐに見つかった。
バッグに収まりきらずはみ出ていたため手に持っていたそのアイテムは、本堂の壁に立てかけられていた。
「よかった・・・・」
つむぎは、ほうと胸をなでおろし安堵する。
一見使えなさそうで、しかも邪魔になりそうなアイテムだが、それでも大切なアイテムだ。
それに、このアイテムには決定的な通常のそれとは違う点があるのだ。見た目は普通なのだが、実は・・・
「・・・リュックが無い!!」
気付いてしまった。つむぎは必死に自分のリュックを探す。確かに持ってきていたはず。
倒れた後も持っていたし、三原さんにもってもらっていたし。焦るつむぎは寺中を駆け回った。
なのに無い。当然三原とララのバッグもない。誰かが間違って持っていったとしても、
それならもう一つバッグがあるはずだ。決定的だった。
(偵察に私のバッグを持っていく必要はどこにもない。どこにも!!)
「そっか・・・私捨てられたんだ・・・」
このアイテムを残していったのは使えないから。
私を捨てていったのは使えないから。
体が冷える。自然と、つむぎの頬を涙が一粒伝った。まるで、雲がゆっくりと冷やされ水滴になったかのように。
ひとしきり落ち込んだ後、つむぎは今後の行動を考えることにした。
なにかをしなくては、とても孤独に耐えられそうに無い。
とりあえず、ここで二人を待つという案は当然却下した。
捨てていったのだから、ここに戻ってくる道理はない。甘い考えをすてる。
もしかしたら考えを直して戻ってくるなんて考えては駄目だ。それに、もう誰かを簡単に信じられそうに無い。
二人に復讐するという案も却下だ。例え裏切られたとしても一度は助けられた身だ。
それに、そんなことをしても花井君は・・・
「そうだ、花井君だ!」
正義感が強くて、デリカシーがなくて、・・・優しくて強い花井君なら、
きっと殺し合いには乗らずに全員を守ろうとしてくれているにちがいない。
そして、きっと仲間を必要としているに違いない。安心して後ろを任せられる、そんな仲間を。
「花井君と合流すればきっと助かる。そして、・・・花井君を助けることができる!」
こんな弱い私でも。使えなさそうに見える私でも。きっと花井君は・・・
―――本当に花井くんは私に後ろを任せてくれる?
美琴さんは?八雲さんは?高野さんは?
私の余地は?
あ た ま が い た い。
大丈夫。これは殺し合い。もしかしたらあの子達は※されるかもしれない。
やめてやめてやめて。
そうしたら―――やめて
わたしも――――やめて
花井君のそばに――――――――
つむぎは早速行動に移すことに決めた。幸い、彼女らが忘れていった地図がある。ロウソクもマッチもある。
「まずは山のふもと沿に行こう。西から行けばいいかな。もし海沿いに南の道から行ったら、
その道を選んだかもしれない三原さんとララさんに会ってしまうかもしれないし。よし、鷹野神社に行こう。
運がよかったら神社を本拠地にしたかもしれない花井君にばったり会えるかも」
眼鏡を割ってしまった時みたいに本当にばったりかも、と明るく笑うと、立て掛けられたアイテムを手に取り寺を出た。
日は沈んでいた。まだ月は見えないが、晴れていたため視界は良い。
でもおかしい。今は冬のはず。どうして月が見えないんだろう。時間がわからないため正確な時間がわからない。
寝ていたため、わからない。でも、とうに19時はすぎているはず。この島は日本なんだろうか?とつむぎは疑問に思った。
不安になりながらも、つむぎは西の鷹野神社を目指して歩き出した。
―−―いや、本当に悩んでいるのはそんなことではない。
月が見えようが、星が見えようが、今の自分にはそれは見えない。
いつまでも曇り空。どこまでも曇り空。黒い暗い曇り空。
この雲はいつ消えてくれるのか。
花井君の後ろを任せられる人が既に居たら、どうすればいいのか。
播磨君は邪魔者をどうやって消したんだっけ・・・?
「イチ・ジョー今行くゾ!!!」
ひとり勝手に勇み足で南を目指すララに、三原はこめかみに手を当て嘆息していた。
いったん寺へ戻って結城さんにこの現状を伝えるべきだろうか。そう悩んでいるうちにララはどんどん進んでいく。
うん、独りで戻るのは怖いや。三原は心の中で結城にごめんねと謝ると、ララを追いかけた。
「ちゃんと気がすんだら寺へ戻るんだからね!結城さん、まだ寝てるんだから!」
「わかっていル!イチ・ジョーのトモダチだからナ!待ってろイチ・ジョー!」
どうしよう、この現状。寺へ着いた途端結城さんが気を失っちゃって、
しかもララさんがイチ・ジョーのニオイがすると暴れて、寺を抜け出すこの状況。
うん、野生の神秘って凄いや。三原は今度今鳥くんに教えてあげようと思った。
ふと、三原は後ろを振り返り、不安になった。結城さんは大丈夫だろうかと。
ちゃんと寺の中に、人に見つからないように柱の影に寝かせておいたけれど。
書置きしてくるべきだったと嘆きつつ、また差を広げられそうになったので三原はララの元へ駆け寄る。
「・・・で、さっきから疑問だったんだけれど」
「ナンダ!イチ・ジョーが居たのか!?」
「いや、ちがくて。ほら、右手、右手。なんでリュック2個持ってきてるの?それ結城さんのでしょ?」
「?リュック?これは私のリュックだゾ!!」
「じゃあ、・・・その背にしょっているリュックは何?」
「ム・・・?」
後ろをよじって見ると、そこには確かに、ララのバッグが存在した。伊織がリュックの中から顔を出していた。
さっきは南を見ていた伊織は、やはり今度も南を見続けている。
『ニャー!』
「・・・・・」
「・・・・・」
「ソウカ!お前もイチ・ジョーのニオイに感づいたか!さすがワタシのベントウだ!」
「ごまかすなーーーーー!!!!!」
「行くゾ、ハラミ!!!」
「・・・次その名で呼んだらその筋肉に風穴開けてあげるから」
三原はため息をつき、しばらく世の不条理さに悪態をついた。
(結城さん、もうちょっと待ってて。もう少ししたら戻るから。あのアイテムじゃ、心元ないだろうし。守ってあげなくっちゃ。)
そういえば・・・と、三原は思い出した。つむぎのもっていたアレ。
ララが結城をお姫様ダッコして運んだとき、リュックとアイテムは三原が持っていたのだが。
あのアイテムは少しおかしかった。でもおかしいところは何もないというこの矛盾。
運んでいる最中好奇心から広げてみたりしたのだが、ちっとも謎が分からなかった。
普通の市販されているようなアレ。なのに・・・
「なんであの傘、2キロぐらいもあったんだろ?」
【午後:19:00〜19:30】
【結城つむぎ】
【現在位置:F-08の右端】
[状態]:曇りときどき頭痛
[道具]:地図 ロウソク×3 マッチ一箱 重い傘(三原談)
[行動方針] :花井君と合流する。西の鷹野神社を目指す。美琴・八雲・高野を※す。
[備考]:花井以外を警戒
【三原梢】
【現在位置:F-09】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(地図は無い) ベレッタM92(残弾16発)
[行動方針] :ララと同行し南へ。後で無学寺へ戻る。冴子、今鳥を探す
[備考] :ハリー、播磨を警戒。伊織がちょっと気になる。結城が心配
【ララ・ゴンザレス】
【現在位置:F-09】
[状態]:健康 野生の神秘
[道具]:支給品一式×2 伊織(リュックから顔だけ出してます)
[行動方針]:一条を探すため野生の勘を頼りに南へ。
[備考]:ハリー、播磨を警戒
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