晩餐






「はひー、はひー…つ、疲れたダス!」
「おいおい、大丈夫かよ西本…」
菅と石山が後ろを振り返ると、木の枝を杖代わりにして歩く西本が悲鳴を上げていた。
「ホテル跡まではもうちょいだから頑張れよ!」
「お…おう!」
西本軍団の面々は放送が始まるまでは山中で食料の収集を行っていた。
そして放送が終わり、現在は夜を越す為に近くにあるホテル跡に向かっていたのだった。
「えーと…あっ、見えたぞ西本!」
「おお…あれがホテルダスか!」
月明かりに照らし出されたホテル跡。もっと廃墟のような場所を想像していたが、意外にも綺麗に見えた。
「よし、早速行くダス!」
男達は走った。いくら跡地とはいえ、ソファーやベッドくらいはあるだろう。彼らは半日かけて歩き疲れた体を休めたかった。
そして、ホテルが徐々に大きく見えて来て…彼らは一様に足を止めた。
「…なあ、あそこで手振ってるの誰だ?」
「それにあの銃…スナイパーライフルじゃないか?」
彼らはホテルの屋上にあるヘリポートを見上げていた。そこには一人の少女が銃を片手に立っているように見える。
「こ、この状況は…まさか…」
彼らの脳裏に浮かんだのは、高野晶編集によるサバイバルゲームのビデオのワンシーンだった。
映像としては一瞬だったのだが、月下の屋根の上でスナイパーライフルを構える刑部絃子の姿。
…撃たれる!アイコンタクトで確認し合うや、彼らの動きは早かった。
「壱、弐、散!」
ヘリポートにいる人物から見れば分かるだろうが、三人はバラバラに逃げて見事な正三角形を描いた。…が、そのうち一角が止まる。
「に、西本ぉぉぉぉぉ!」
「ふっ…どうやら足に限界が来たようダス…君達は逃げるダス!」
「ば、馬鹿野郎!お前がいなくなったら俺達はお終いだろうが!」
止まっていた一点に集う二人。二等辺三角形を築くくらいなら、一つの点となる。それが漢達の絆だった。

「…何やってんだ、あいつらは…」
必死に寄り添う三人を見て、ヘリポートの周防は溜息を漏らした。


「ったくよぉ、最初から言ってくれよ周防!」
「だってさ、大声出して恐い人に見つかったら嫌じゃん!」
あれから10分後、三人はヘリポートにいた人物が周防である事、彼女に敵意はない事を知り彼女の元に辿り着いた。
リュックを中央に寄せ合い、四人でそれを囲む。頭上には星がいくつも輝き、さながらキャンプのようだった。
「…で、周防さんは今までここにいたダスか?」
「うん。私が見たのは城戸さんだけで…すぐに北の方に行っちゃったけど」
「城戸、か…」
先ほどまでの盛り上がりが一気に冷めていく。彼らにとって、城戸の次に思い出されるのは彼女の恋人・梅津なのだ。
そしてその梅津はもうこの世にいない事を、彼らは先ほどの放送で知ってしまった。但し、城戸が梅津を殺した事実は知らなかったが…
「…城戸さん、ナイフを持っててさ。それで恐くて声をかけられなかったんだ。…あの人、きっと今頃一人で悲しんでるんだろうな…」
城戸に対し申し訳無さそうに周防は俯いていたが、菅は違った。彼は梅津と城戸の関係がかなり冷めていた事を知っていたからだ。
とはいえ、それからしばらくは沈黙が続いた。梅津に始まり、次々と蘇る放送の内容。たった6時間で10人も死んでしまった現実。

「そ、そうだ!とりあえず食事にしないか!?俺腹減ってやばいんだって!」
わざとらしく石山が自分のリュックを開いて見せた。…少しでも雰囲気を明るくしようとしているのは明白だった。
「…そうダスな。ワスもハラペコダス」
「あ、私も!」
その意図を汲んで他の面々も同調する。彼らの中心には食料や水が次々と並べられていった。
「あれ?その草何?」
「あ、これは山の中に生えてた野草でさ。生でも食えるぜ?」
石山は並べた野草を前に得意げに説明を始めた。
菅が周防に石山が植物図鑑を支給されている事を密告した事にも気付かない程に、彼の解説は実に熱かった。


「この野苺食べていい?…あっ、おいしい!」
「だろ?これはフユイチゴっていって、冬にできる野苺なんだ」
「他の野草もあるけど、せめて水で洗って食べたいダスな。…できれば火に通したいダス」
野苺を一通り楽しんだ後、彼らは主食の菓子パンを食べ始めた。コッペパン、シナモンパン、ロールパン…バラエティに富むラインナップだ。
「あ、石山君!そのよもぎパン食べないの?私のパン一口あげるからさ、それ食べない?」
シナモンパンを石山に向ける周防だったが、何故か男達の反応は芳しくなかった。
「いや、これは…ある意味俺たちのリーサルウェポンっていうか…これ、毒入りパンにしようと思ってるんだ」
毒!?と大げさなリアクションを見せ叫ぶ周防に、石山は草や茸を取り出してみせた。と言っても草はセリのようだし、茸もどこにでも生えてそうなものだった。
「何、これも食べるの?」
「いや、こっちがトリカブトで、こっちはニガクリタケっていう毒キノコ」
「えっ…これが!?」
あまり野草に詳しくない周防でも、トリカブトは分かる。だが、あまりにも見た目が普通の植物なのでかなり意外そうだ。
「…で、さ。よもぎパンにトリカブトをまぶしたら結構気付かなくね?これで俺達にも武器ができて…」
「いや、そりゃ強いだろうけど…誰に使うんだよ!?」
「…残念ながら、このふざけたゲームに乗る人間は何人もいるダス。ワス達は同志を募っている最中ダスが、現実は厳しい…」
毒入りのパンを作ろうという発言を人殺しに加担しようとしていると取った周防だったが、彼女を制したのは西本だった。
「ワスらだって可能ならそんな物は作りたくないダス。貴重な食料を一つ無駄にする事にも繋がる訳ダスし。
 でも、ゲームに乗ってしまった相手がいたらこちらの身が危ないんダス。今までは菅君のチェーンソーしか身を守る手段がなかったし…」
「…そりゃ、そうかもしんないけどさ…ん?菅君チェーンソーなんて貰ったの?」
「そ、そうなんだよ!いやあ、生まれて初めて使ったけど意外といけたぜ?これがあったから邪魔な枝を切って山を下りられたもんな」
菅はリュックからチェーンソーを取り出してみせた。30cmをゆうに超える刃が怪しく輝く。
「…ホッケーマスクが欲しいな」
周防の呟きに男達は爆笑した。最初にチェーンソーを見た時の西本や石山と同じだ、と。

「…まあ、俺は得物がでかいからリュックに山菜は入れてないんだけどな」
「なるほどね…あ、西本君は何を支給されたの?」
「ワスは…」
西本はリュックを開けずにポケットから何かを取り出した。…どう見ても携帯電話だった。
「あ、ケータイあるじゃん!私の無くなってたんだよ!ね、電波立ってる?助け呼ぼうよ!」
初めて携帯電話を見た時の菅や石山のように目を輝かせる周防。だが西本の表情は曇ったままだ。
「これはワスのものではないダス。恐らく、主催者が用意した専用の物ダス。だから、多分電話は無理と…」
「んな事言っても分からないじゃん!電波立ってるみたいだし、とりあえず電話してみようよ!」
「…分かったダス。とりあえずワスの家にかけてみるダス」
ピ、ポ、パ…普通の携帯電話と変わらない発信音が鳴り響く。携帯電話の発信画面の明かりが密集した4人を照らしていた。
「…繋がったダス!もしもし?聞こえるダスか!?」
『…やあ、西本君。どうしたんだい、こんな夜遅くに?』
電話に出たのは西本の家族ではない事は、確かに4人に届いていた。…主催者の一人、刑部の声だ。
「お、刑部先生!?ワスは確かに自分の家に電話したのに…」
『まさか、外部に連絡できる訳がないじゃないか。それで、一体何の用だい?』
「…刑部先生、一刻も早くこんなゲームを終了して欲しいダス」
或いは悔しそうに、或いは絶望する者がいる中で、西本は一人冷静だった。
初めから外部に連絡できるはずがないと予想していたのだ。この島は甘くないという事も。
『…私は意外と忙しいんだ。今だって色んなモニターと睨めっこでね。これも大事なゲームの運営なんだ。
 だから用事が無いならさっさと切ってくれないかな?…何も無いのに話されたら、"ゲームの妨害"になる…』
事実上の最後通牒だった。西本は無言で電話を切ろうとするが――
『ああ、どうせこの島には充電器はないんだ。…バッテリーは大切にしておくように。最近の子は教室で充電するから困るよ』
刑部が最後に残した一言は、彼の頭の中に残る事となった。


 助けを呼べないと知った絶望は、西本以外を完全に支配した。
「…どうすりゃいいんだよ、俺達…このまま殺し合うか、死ぬしかないのかよ!?」
「いや、希望はあるダス!」
涙声で叫ぶ石山を西本は制した。皆の注目が一気に彼に集まる。
「このケータイでは確かに外部との連絡は不能ダス。でも、単純にライトやカメラの機能はあるダス」
「でもさ、それだけじゃどうしようもないじゃねえか」
菅は吐き捨てるように呟いた。彼の表情も完全に絶望に捕らわれているようだ。
「いや…フラッシュの光は強力ダス。ワスはモールス信号は分からないダスが、他の仲間を呼ぶ分には十分ダス!」
「いや、そりゃあ多少は便利だけどさ。でも、それだけじゃ肝心のゲームから逃げられないじゃん!」
「…それについても、考えがあるダス」
西本は三人に自分の元へ集まるようジェスチャーした。
…この場には元々四人しかいないので本来は不要な行為だが、彼は士気を高める為に敢えて耳打ちする事にしたのだ。
(…刑部先生は、バッテリーを大事にするよう言ったダス。そしてこのケータイは主催者に電話できるもの…
もしかしたら先生はあまりゲームに乗り気ではなくて、隙が出来たらワスらに連絡をくれる気かもしれないダス)
衝撃を隠せない面々。確かに電話の最後で刑部はそう言っていた。
だが、他の面々は学校のコンセントから充電していた事への苦言程度にしか思ってはいなかったのだ。
(で、でもさ。ちょっとありえないんじゃないの?だって先生最初からノリノリだったじゃん!)
(それがそうでもないんダスよ、周防さん)
西本は最初に菅達に説明した、教師達のある種困惑とも取れる行動について説明した。周防も時折そういえば、と頷いていた。
(じゃ、じゃあ、ひょっとして刑部先生が私達を助けてくれるかもって事?)
(あくまで可能性の話ダスが…少なくとも、ワスはこのゲームの主催者の後ろには何者かがいると踏んでいるダス。
その黒幕に対し何らかの動きが出れば、もしかしたら…)
教師達の動揺、黒幕の存在…今まで周防が考えもしなかった事を西本は次々と披露する。
これまで一人だった周防は、仲間が増えただけでも嬉しかった。だが、そこから更なる希望が生まれていくのを彼女は感じた。


「じゃあ、私達にできる事は…」
「仲間を集めて、力を蓄える事だな!」
彼らの瞳が再び輝き出した。そう、このゲームは希望を捨てたら負けなのだ。
「よっしゃ、明日の朝になったら仲間を探しに行こうぜ!どこに行くよ?」
「城戸さんは北の鎌石村の方に行ってたんだよなー…ちょっとそっちには行きたくないかも」
「ああ、もしかしたら梅津が死んで気が立ってるかもしれないしな…じゃあ水を集めたら平瀬村に行かね?」
「そうだな…あ、どうせなら塚本とか沢近とか…一応、高野も探したいな。あ、あと花井も」
「おいおい、麻生はいいのかよ周防?」
「ああ、菅君に譲るよ」
「るせぇ!」
束の間の談笑だった。西本軍団は女子との相性は最悪だと言われていたが、この状況では関係ない。
「にしてもさ、俺達が勝ったらどうするよ?とりあえずカトセンとゴリ山は俺の毒よもぎパンの刑な」
「刑部先生は裸Yシャツで授業!笹倉先生はヌードデッサンのモデル!姉ヶ崎先生は放課後の保健室で保健の個人授業ダス!」
「うわっ、やーらしー!あっ、家に帰ったら皆で打ち上げやろうよ!カラオケとかさ」
「おっ、いいねえ!…あ、でも俺達はその前にやらねばならない事が…」
「はいはい、どうせAV鑑賞会だろ?」
「げっ、何でそれを!?」
「あんたらがやりそうなのはそんなのしかないじゃん!」
普段では考えられないほどのノリで周防は笑った。安心して信じられる仲間に出会えた喜びがあるからこそだといえる。
「じゃ、今日は0時の放送を聞いたら寝るとしようか」
「いやー、シーツがなくてもベッドで寝れて助かるぜ!」
「ほんとダス…あたた、さっきから足腰が痛いダス…」
「筋肉痛かよ西本、だっせぇ!」
ヘリポート上では笑いが絶える事はなかった。束の間の、本当に束の間の幸せな一時だった。


「全く、いたずら電話をされては困りますよ」
ゲームを運営している管理室。電話を切った刑部を他の教師達は笑って迎えた。
「まあまあ、次に電話してきたら爆破しちゃえばいいじゃないですか」
「いや、あまり主催者権限で殺害したらゲームが面白くないですよ?笹倉先生…」
愛用のマグカップに入ったコーヒーを啜る刑部。傍には姉ヶ崎が配ったクッキーも転がっている。
「それにしても、西本君は何か勘違いしていたようですねえ…」
加藤は西本達の会話を聞いて笑っていた。生徒達には知らされていないが、首輪には盗聴器がついているのだ。
「まるで刑部先生が裏切るだなどと…いやいや、刑部先生は正しいですよ?
 最近の学生…特に2-Cでは教室中のコンセントに充電器が差し込まれ、やれ携帯だやれゲーム機だ…」
「まあいいじゃないですか。勘違いして困るのは生徒達だけですし…」
加藤の横で谷はぶっきらぼうに答える。姉ヶ崎に配られたクッキーは既に空になっていた。

(しかし実際問題、情報を漏らしたのは刑部先生なのか?だとすれば妙な生徒への援護も頷けるが…
いや、逆に彼女こそが主催者の犬で、それが露見しないよう敢えて生徒を援護するような発言をしたとか…
それとも、彼女は何も関係なかったのか…生徒を援護するのだって、元が普通の教師ならある種自然だ…)
教師達の中で情報を漏らした者でも主催者の犬でもなかった者は、今回の電話でさらに疑問を深める事となった。
このゲームが始まる前、教師達はいわゆる"黒幕"からそれぞれ銃器を支給されていた。
今も全員が机の上や引き出しの中に置いているが、いずれも生徒達の物より性能に優れるものばかりだった。
当初はゲーム開始を円滑にする為との触書で配られた物であり、実際に郡山や笹倉が使用したが…
(今思えば、これも一種の抑止力だったのか…)
銃は誰もがいつでも撃てる状態にある。元より特殊なスキルが必要な訳ではない管理者の仕事だ。
ゲームに不要になれば排除しても何ら問題はない。…むしろ、ゲームの妨げになるなら進んで排除せねばならないのだ。
生徒達のゲームと違い、こちらは一方的だ。主催者の犬を撃てば死ぬのはこちら。逆に情報漏洩者に与えられるのは死。
見つかれば終わるこのゲーム。管理室は、ゲーム開始直後とは違う緊張感が漂い始めていた。


【西本願司】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康 筋肉痛
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) 携帯電話 山菜多数
[行動方針] :夜明けを待って平瀬村に行き他の仲間を集める 川で水を集める
最終方針:帰ってから皆でHビデオ鑑賞祭

【菅柳平】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康 ちょっと疲れ
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) MS210C−BE(チェーンソー、燃料1/4消費)
[行動方針] :夜明けを待って平瀬村に行き他の仲間(特に麻生)を集める 川で水を集める
最終方針:帰ってから西本の家でHビデオ鑑賞祭

【石山広明】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康 ちょっと疲れ
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) 山の植物図鑑(食用・毒・薬などの効能が記載) 山菜多数 毒草少々
[行動方針] :夜明けを待って平瀬村に行き他の仲間を集める 川で水を集める
最終方針:帰ってから西本の家でHビデオ鑑賞祭

【周防美琴】
【現在位置:E-04】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) ドラグノフ狙撃銃(残弾10発)
[行動方針] :夜明けを待って平瀬村に行き他の仲間(特に天満、沢近、高野、花井、麻生)を集める 川で水を集める
最終方針:帰ってから皆で打ち上げ

【午後:20〜22時】



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