Moon Light






「嘘、だ……」
 放送に注意深く聞き入っていた田中一也は茫然として立ちつくしていた。  

 ここは氷川村の西の外れにある廃屋の一つ。
 麻生広義と合流したサラ・アディエマス達が夜間の移動を避け、この家を
仮の宿と定めて休息を取ろうと荷物を下ろした矢先の出来事だった。

 島のどこにいても聞こえる6時の定時放送。
 自分達を現実の殺し合いへと叩き込んだ教師の一人、加藤が読み上げた
死亡者リストの中に、田中にとっては決してあってはならない人物の名が
含まれていたのだ。 

「田中先輩……」
 サラは掛ける言葉もなくて、ただ田中の姿を見つめている。

「……」
 麻生もまた黙ったまま唇を噛みしめていた。 

「嘘だよな……? 俺達を混乱させようとして、加藤の野郎デタラメ
言ってるんだよな?」
 ゆっくりと振り返って、田中は泣き出しそうな顔に無理矢理笑顔を
形作ろうとしながら、二人に救いの言葉を求める。

「……」
 だが、自らの経験からサラにはわかっていた。
 彼らが嘘をつく理由などない。
 このゲームの主催者にとって、生徒一人一人の命など生きていようが
死んでいようがどちらでも構わない、という程度のものでしかないのだから。
 だから、サラは何も言えずに哀しげな表情で黙って視線を伏せる。

 そして、麻生は――。

「……」
 できれば田中には知らずにいて欲しかった。
 だが、これ以上黙っていても起こってしまった事実は変わらない。
 ならば、せめて真実を伝えよう。

「……他の連中の真偽はわからない。だが、少なくとも永山の――永山朱鷺の
ことだけは……偽りのない事実だ」
 田中に真っ直ぐ向き合った麻生は、意を決して重い口を開いた。

「麻生先輩……?」
 サラが驚いた表情で彼を見つめる。

「な、何言ってんだよ、麻生……。そんなことお前にわかるわけ……」
 麻生の言葉を否定したかった。
 だが、彼の哀しげな目を見てしまえば否応なく気がつく。 

「……会った、のか?」
 田中はよろよろと麻生に歩み寄りながら震える声で尋ねた。

「ああ……」
 彼の言葉に麻生はただ静かに頷いた。

「なんで……! なんでだよ!? お前、知らないって、会ってないって
言ってたじゃんか!」
 カッとなって麻生の襟元を掴みながら田中は彼に詰め寄る。

「……すまない」
 無抵抗の麻生は田中から目を逸らすことなく、真摯な目で謝った。

「それじゃわかんねえよ! なんで嘘ついてまで知らない振りしてたんだ!」
 田中はもはや止めることのできない涙を溢れさせながら麻生を責め続ける。
 ――本当はもう、わかっていた。
 麻生が何も言わなかったのは自分を気遣ったからだ。
 言ったところでどうにもならない現実を見てしまっていたからだ。
「会ったならなんで一緒に連れて来なかったんだ! ケガして動けなく
なってただけかもしれないだろぉ……!」
 ――それもわかっていた。
 怪我をして動けないクラスメイトを麻生がそのままにしてくるはずがない
ということを。

「すまない……」
 麻生はそれ以外に言うべき言葉を持たなかった。
 自分が無力であることを再び思い知らされる。

「……」
 サラにもそれが――麻生がどんな思いでそのことを隠していたのかが
わかったから、瞳に涙を浮かべて哀しく二人を見つめていた。

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!」
 田中は突き飛ばすようにして麻生を離すと身を翻してサラが床の上に置いて
いたボウガンを奪い取り、一本の矢をつがえて二人にその矢の先を向けた。

「田中先輩!?」
「……」
 驚くサラを庇うようにして麻生はすっと半歩前に歩み出る。


 田中は決して撃たない。
 麻生もサラも初めからそのことはわかっている。
 だが、この後で彼がどういう行動に出るかも麻生には薄々わかっていた。

「……」
 田中は二人に矢を向けたまま、じりじりと出口に向かって下がっていく。

「田中先輩!? どこへ行くつもりですか!?」
「彼女を……永山を迎えに行く」
 サラの問いかけにかすれた声で田中は答えた。

「無茶ですよ! どんな危険が潜んでいるかわからないんですよ!?」
「構うもんか! 彼女がどこかで俺を待ってるんだ! そのためなら今更
どうなったって……構うもんか!」
 必死に引き止めるサラに田中は半ば自棄になって言い返す。

「待って! 待ってください! みんなで力をあわせてこの島から脱出するって、
きっと方法はあるって、田中先輩そう言ってたじゃないですか!」
 田中の情けない言葉が哀しくて、サラは泣き出しそうな顔で叫ぶ。 

「そうだよ! そのつもりだった……! ――だけど、彼女はもういない!
勝手な言い分だけど、俺にとっては彼女がいてこその『みんな』だったんだ……。
――麻生、お前ならわかってくれるだろ……?」

「……!」
 不意に自分に向けられた田中の言葉に麻生は何も言えなかった。
 サラを捜して森の中を這いずり回っていた時、麻生に他のクラスメイトの
ことを気にかける余裕など少しもなかった。
 その自分が何を言って彼を止めようというのか?
 彼女はもういないけれど、残りのみんなと頑張って脱出しようとでも言うのか?


「麻生、彼女は今どこにいるんだ……?」
 田中の縋るような視線が自分に向けられている。
 教えるべきではないのかもしれない。
 だが、教えなかったところで彼を止めることなどできないだろう。
 麻生は諦めたように目を閉じて、ゆっくりと口を開いた。

「……詳しい場所はわからないが、F−07エリアの森の中にある、小さな
空き地だ」 

「……先輩」
 震える声で哀しそうにサラは麻生を見上げる。
 本当は言って欲しくなかった。
 けれど、田中の気持ちを考えれば言わずに黙っていることなど自分にも
できなかっただろう。

「F−07……」
 小さく口の中で繰り返すと田中はくるりと踵を返して出口に向かって歩き出す。

「……本当にそれでいいんですか!? 自分の命を軽んじるような真似をして、
それで永山先輩が喜ぶとでも思ってるんですか!?」
 田中を追いかけながらサラがその背中に問いかける。 

     彼女のためにも生きて欲しい――そう言ってくれたサラの言葉は、けれど
未だ朱鷺の死を受け入れられない田中の心には届かなくて。

「うるさい!!」
 カッとなって振り向いた拍子に田中の指がボウガンの引き金に触れてしまう。

『ガッ……!』

 幸いにして矢はサラの足元の板張りの床に突き刺さった。


「おい……!」
 だが、それを見た麻生の目に怒りの色が浮かぶ。
 故意でないことはわかる。
 しかし、故意でないからといって許されないこともある。

「だ、大丈夫です先輩! 当たってません。私、当たってないですから!」
 麻生が拳を固めるのを見たサラは慌ててその腕にしがみつくようにして
彼を止める。

「あ……」
 自分のしたことに青ざめていた田中だが、すぐに気を取り直して手近に置いて
あったボウガンの矢数本と自分の荷物を掴むと再び出口に向かった。 

『ガタン!』

   その音にはっとしてサラと麻生が目を遣ると入り口の引き戸を開け放って
田中が表へ出ようとしているところだった。

「田中先輩! 待って!」

「……ごめん、麻生、サラちゃん」
 一瞬だけ立ち止まった田中はそう言い残して外へ走り出していった。
 振り向くことなく背中で告げた田中の言葉は痛々しく、そしてどこまでも
寂しそうで。

「――追いかけましょう! 先輩!」
 サラが必死の表情で麻生に訴える。
 このまま行かせてはいけない。
 このまま行けば彼は戻って来られなくなる。
 過去の経験から直感的にサラは悟っていた。

「……」
 サラに対して不用意な行動をとった田中に対する苛立ちはある。
 しかし、それ以上に麻生が田中に借りがあるのも事実だ。
 この状況なら朱鷺を殺したのは自分だと思われても仕方がなかった。
 だが、田中は――そしてサラも、一言も疑うことなく自分を信じて
くれたのだ。
 その信頼には応えなければならない。

「しょうがねえな、あのバカ……!」
 麻生は小さく頷くと荷物を引っ掴んでサラとともに外へと飛び出していった。


   ◇    ◆    ◇


 氷川村を出てすでに一時間が過ぎていた。
 田中は街道を通らずに森の中の獣道を最短コースで北上しているようだ。
 麻生達もその痕跡を辿って後を追っていたのだが、月が出ているとはいえ
暗く慣れない森の中、麻生はともかくサラの足では自ずと限界があった。

「はあはあ……きゃっ!」
 後ろを歩いていたサラが木の根につまずいて転倒する。

「……大丈夫か?」

 麻生が手を差し伸べながら、表情には出さないが気遣うように尋ねた。


「すみません。平気です、急ぎましょう……!」
 サラは気丈にそう答えて彼の手を取り立ち上がろうとするのだが、

「――!?」
 右足に強い違和感を感じて一瞬その動きが止まった。

「――どうした?」
 怪訝そうな顔で麻生は尋ねる。

「な、なんでもないです。さあ、行きましょう」
 サラは笑顔で答えて歩き出そうとするのだが、それを麻生が遮った。

「足、見せてみろ」
「え――?」
 麻生は仏頂面で言うや否や彼女を近くの岩に座らせて右足の靴を脱がせる。

「先輩……」
 サラが慌てて何か言おうとするのだが、その前に麻生が口を開いた。

「捻ったのか?」
 彼女の足に慎重に触れながら麻生は尋ねる。

「あ……はい、少し。でも全然なんともないですよ」
 そう言ってすぐに立ち上がろうとするサラを麻生は押し留める。

「座ってろ。……骨には異常は無さそうだが、すぐに長時間歩くのは無理か」
 バスケ部で自分も周りも怪我には慣れている麻生の見立てでは、軽い捻挫で
一晩休めば歩くことに支障は無さそうに思えた。
 ただし、安静にしていれば、だ。


「……ま、待ってください! 私なら大丈夫ですよ。早く田中先輩を
追いかけないと!」
 麻生の言葉の意味を理解してサラは慌てて反論する。

「……そんなことは言われなくてもわかってる。けど、実際このまま
田中を追いかけたところで、この暗さじゃ見つけるのは無理だ」
 麻生は慎重に言葉を選びながら彼女を諭す。
 麻生とて田中を助けたい気持ちは充分にあった。
 だが、ただでさえ危険な夜の森を襲撃者達を警戒しながら移動して、怪我を
したサラを護りきれるかどうか――? 
 麻生にはもう選択の余地などなかったのだ。

「ごめんなさい……。私のせいですね」
 サラは麻生の隠された優しさに気づいて力なく俯いた。  

「……どうして私はこうなんだろう。田中先輩も助けられなくて、先輩にも
迷惑かけて……いつだって何もできない」
 悔しそうに唇を噛んでサラは呟く。

「――迷惑だって、俺が言ったか?」
 サラの言葉に麻生は不機嫌そうな声で答えた。

「え?」
 驚いてサラは顔を上げる。

「俺は迷惑だなんて思ってねえよ。くだらねえこと言うな。――それにな、
何もできないわけねえだろ。少なくとも田中はお前の優しさに救われてる。
それに……俺も、な」
 最後の言葉はサラには聞こえないくらいの小さな声で。
 でも、きちんと彼女の心には届いていて。

「先輩……」
 サラは嬉しそうに瞳を潤ませてじっと麻生を見つめた。

  「とりあえず身を隠せる場所に移動するぞ。ゆっくりでいいから無理すんなよ」
 麻生は照れ隠しからかぶっきらぼうにそう言うと、サラに手を貸して足に
負担をかけないようにしながら森の中を歩き出した。


   ◇    ◆    ◇


 源五郎池の西側の少し奥に入った森の中に麻生達は偶然小さな狩猟小屋を
見つけることができた。 
 麻生が先行して中に誰もいないことを確かめた後、二人はここで夜明けを
待つことに決めた。

「田中先輩、無事だといいんですけど……」
 小屋の中に入って床に座ったサラがぽつりと呟いた。

 誰にでも優しいのはサラの美徳ではあるのだが、見守る者にとっては
その優しさゆえに彼女が傷つきはしないかと不安にさせられる部分でもある。

「考えてもしょうがねえ。あいつの行き先はわかるが、この暗さじゃ
そこまで辿り着く方法がない。夜明けを待つしかないだろ」

「そう、ですね」
 麻生の言葉に頷きながらもサラの表情は晴れなかった。
 田中はこの殺人ゲームの中で得た、信頼できるかけがえのない仲間だ。
 本当は無理をしてでも捜しに行きたいのだろう。


 だが、いつどこで襲われるかもしれない闇の中で、自分一人なら
ともかくサラを連れて移動するという選択は麻生にはできなかった。

「……とりあえず、メシにしようぜ。さすがに腹が減った。
食える時には食っておかねえとな」
 麻生は彼女を気遣って意識的におどけたように言って話を変える。

「……はい」
 彼の優しい気持ちがわかったのか、サラもようやく小さく微笑んで頷いて
見せた。

 二人のバッグにはそれぞれに支給された菓子パンが3個ずつ入っていた。

「次はいつ食料が手に入るかわからねえしな……。とりあえず1個の
半分だけでやめておくか」

「じゃあ、私の開けますよ。二つ開けて半分残すより日持ちがするし
――はい、先輩どうぞ」
 そう言ってサラはてきぱきと袋を開き、クリームパンを二つに割って
その一つをにこやかに麻生に差し出した。

「ああ、サンキュ……ん?」
 受け取りながらそのパンを見た麻生はすぐにあることに気がついた。

「いただきます……」
 小さく祈りを捧げてから、サラが自分の分を食べようとぱくりとパンに
かぶりついた時。

「――ちょっと待て」
 不意に麻生の制止する声がした。


「……何ですか?」
 サラはまだ一口も食べないままパンから口を離して、食事を邪魔されたことが
不満だとでも言いたげな顔で麻生に尋ねた。

「そっち、よこせ」
 そんな彼女の様子には構わず、麻生は無造作に手を伸ばしてサラに
パンを渡すように催促する。

「なな、何ですか? どうしてですか? 先輩の分はちゃんと
あるじゃないですか?」
 少し慌てながらも何とか平静を保ってサラは麻生にそう答えた。

「……そっちが食いてえんだ。取り替えてくれ」
 麻生は少し不機嫌そうな表情になりながら、引き下がることなく要求する。

「えっと、でも……」
「――サラ」
 尚もモジモジと拒もうとするサラに麻生は一つため息をつくと
ジロッと彼女をにらんでその名を呼んだ。

「……」
 彼の視線にサラは観念したようにおずおずと自分のパンを手渡す。

「やっぱりな……」
 二つのパンを見比べて麻生はもう一度ため息をつく。
 最初に麻生に渡されたパンの方はサラの分のパンより、どう見ても
二周りは大きかったのだ。
 いびつな形のクリームパンを斜めに割ってわかりにくくしていたが
それくらいのことに気づかない麻生ではない。


「お前な……なんでこういうことするんだよ?」
 少し呆れたような、どこか寂しそうな口調で麻生は彼女に尋ねる。

「だって……先輩は男の子だし、体も大きいし、少しでも多く食べなきゃって」
 サラはしゅんとした顔でそう説明する。

「余計なことすんな。俺は見た目よりも少食なんだよ」
 麻生はそう言いながら小さい方のパンを自分の口に放り込むと
サラの手に大きい方のパンを無理矢理握らせた。
「……ほれ、こっちがお前のだ」
「だ、ダメですよ! そんなの!」
 サラは慌てて麻生にパンを返そうとする。 

  「ダメと言われても、もう食っちまったからな。しょうがねえだろ。
子供が余計な気を遣うな」
 麻生はしれっとそう答えた。

「……」
 最後の余計な一言がサラにはますます不満だったのだが、麻生はそしらぬ顔。

「……む〜」
 何事かを考えていたサラは頬を膨らませて、ずいっと麻生の目の前に
パンを差し出した。

「? 何の真似だ?」
 その意図がわからず怪訝そうに麻生は尋ねる。


「……二等分しなかったのは全面的に私が悪いです。だからきちんと
半分こしましょう。一口食べてください」
 きっぱりと言い切るサラ。
 その目は絶対に引き下がりそうもない強い決意を見せていた。
 実際こうなった時の彼女には決して勝てないことを麻生は経験上知っていた。

「……まったく強情な奴だな」
 麻生は苦笑しながら、彼女の持っているパンをぱくっと一口かじる。

「えへへ、それじゃいただきます」
 それを見てようやく笑顔に戻ったサラは満足そうに残ったパンを口に
運ぶのだった。


   ◇    ◆    ◇


   月明かりの中で麻生は地図を広げて何かの印を付けながら、支給された
手帳に情報の整理を行っていた。
 サラも先ほどからずっと自分の手帳に何事かを書き込んでいるのだが、
時折その手を止めては麻生の横顔をじっと見つめるのだった。

「……どうかしたのか?」
 麻生が手帳から顔を上げずに、不意に彼女にそう尋ねた。

「はいっ? あ、その……気づいてたんですか」
 ばつが悪そうに頬をかきながら、サラは小さく苦笑する。

「さっきからな。何か話したいことがあるんじゃないのか?」
 手帳をパタンと閉じて麻生はサラの方に向き直り、もう一度尋ねた。


「それは……」
 まっすぐに見つめる彼の視線にサラは思わず目を逸らして口ごもる。

「話したくないなら無理には聞かねえ。だけど、言いたいことがあるんなら、
それでお前が少しでも楽になれるなら、俺で良ければ話してくれないか?」
 サラが何かを迷っていることに気づいていた麻生は、彼女が抱えているものを
話しやすいように穏やかに語りかけた。

 そう、サラは迷っていた。
 3年前のことを麻生に話すべきか、それとも否か――。
 言ってしまえば、麻生とは一緒にいられなくなるかもしれない。
 彼の優しい眼差しに自分への嫌悪が浮かぶかもしれない。

 自分の命に代えてでもみんなを護ると誓った。
 その想いには今も変わりはない。
 けれど。
 そう――けれど。

 田中には言えたことが、何故、麻生には言えないのだろう。
 何故、彼に嫌われることをこんなにも怖れているのだろう。

   だが、自分を護ると言ってくれた、その彼とともに在るためにも、
この真実を伝えないわけにはいかない。

「先輩、私……」
 サラはそう決意してゆっくりと口を開いた。

 ……。
 …………。
 ………………。


「そうか……」
 サラの話が終わって、麻生は重々しく一言だけそう呟いた。
 ようやく全てが理解できた。
 彼女が時折見せる寂しげな微笑みも、決して弱さを見せないそのわけも――。

「……」
 サラは黙って下を向いている。
 怖くて麻生の方を見ることができないのだ。

 わずかな沈黙。

「――だったら、尚更生き残って今度こそこのくだらねえゲームを
考えやがった奴らに一発食らわしてやらねえとな」
 不意に麻生がおどけたような口調でそう言った。

「先輩……!?」
 サラは驚いて顔を上げて麻生を見つめる。

「なんだよ?」
「あの、今の話聞いてましたか? 私は……!」

「――3年前のお前と今の俺達と何か違うことがあるか?」
 サラの声を遮って麻生は真面目な顔で尋ねた。

「え――?」

  「……確かに俺は矢神に来るまでのお前を知らない。お前が何を見て、
どんな思いで生きてきたのか――何も知らない」
 麻生は目を閉じて言葉を続ける。


「……」
 サラはただ黙って麻生の言葉を聞いていた。

「だけど俺はお前がどんな奴か知っている。お前が見知らぬ他人のために
必死になって泣いたり笑ったりできる奴だってことを知っている。
俺がお前と一緒にいる理由なんて、それだけで充分だ」
 麻生はそう言ってニヤリと笑って見せた。 

「麻生、先……輩!」

 この人は、血にまみれた自分の過去を聞いても尚、そばにいてくれる。
 大切なことを何一つ話さずにいた自分を変わらずに信じてくれている。
 この人は――……。

 不意にサラの瞳に熱いものが滲んできて、麻生の顔がぼやけてしま

「先輩……。少しだけ、むこう向いていてもらえますか……?」

 ぐっと涙をこらえて頼むサラに麻生は素直に従って背中を向けた。

 泣くのは最後と決めたはずなのに。
 もう泣かないと決めたはずなのに。
 ――嬉しくて抑えきれない涙は後から後から溢れてしまうから。 

    「……ッ!」
 サラは麻生の背中に顔を押し当てて声を殺して泣き続けた。

  「……」
 背中に感じるその彼女の様子に麻生は穏やかな表情でそっと目を閉じた。


自分の肩に置かれた少女の手にそっと手を重ねる。
 この小さな手で、彼女はどれほどの哀しみを抱えて生きてきたのだろう。
 哀しい過去から救ってやることはできなくても、せめて彼女の未来には
光を灯してやりたい。
 そのために、例え自分が相応の代償を払うことになろうとも――。
 麻生は何かを決意した、けれど満ち足りた表情で窓の外の夜空を見上げる。


 窓から差し込む月明かりは二人の姿を優しくそっと照らし出していた。


【田中一也】
【現在位置:G-06】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式 アクション12×50CF(双眼鏡)
     M-1600(ボウガン/装弾数4本)
[行動方針] :永山を捜す。
[備考]:サラを信頼、麻生を信頼


【午後:18〜20時】


【麻生広義】
【現在位置:H-06】源五郎池西側の森の中
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 UZI(サブマシンガン) 9mmパラベラム弾(50発)
[行動方針] :サラを護る、周防を捜す、高野に敵対。田中を連れ戻す。
       他に出会った相手は警戒。


【サラ・アディエマス】
【現在位置:H-06】源五郎池西側の森の中
[状態]:健康(軽度の捻挫) 
[道具]:支給品一式(食料−1食) ボウガンの矢3本
[行動方針] :反主催・みんなを守る。田中を連れ戻す。
[備考]:麻生を信頼、高野を信頼


【午後:18〜21時】



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