そして少女は吊り橋へ
ゲーム開始6時間で早くも8人が死んだ。でも残りが32人…まだまだ先は長い。
最初から予想していた通り、麻生君はやはり死んではいなかった。
その一方で、力のある天王寺君や銃器に詳しい坊乃岬君が早めに消えてくれた事は助かる。
でも…美琴、一条さん、ララさん、播磨君、ハリー君、…花井君。格闘になればまず勝ち目が無い人達は順当に生き残った。
この先互いに潰し合ってくれればベストだが、なかなか思い通りに行かないのが現実だろう。
そして死者8人の中で、私が実際に手を下したのはたったの1人。
やはり私以外にもゲームに乗った人間は何人もいる。その中に彼らがいないという保障はどこにも無い。
その為にも、私はこの先武器・弾薬を十分に確保した上で節約しなければならない。これから生き残っていく為に。
決意を固めたら次は食事の時間。麻生君に逃げられた時に見た豚は…手元に火が無いから今はいらないとして。
食料として与えられたのは、どこのコンビニにもありそうな普通の菓子パン。森の中でピクニックではないが、メロンパンを食べておいた。
それにしても、永山さんを殺した時にパンや水を取らなかったのは失敗だった。
一人パン3つでは高校生ならよほど切り詰めないと一日で空腹になる。
かといって今から死体の所まで戻るのも危険だ。足元も覚束ない暗い山に入るなど、自殺行為でしかない。
月明かりが思ったよりも明るい中、私は移動を開始した。
パンの袋は念の為に捨てずに持っていく。人が居たと敵に悟られるのは得策ではない。
次の目的地は観音堂。禁止エリアが元々あったD-06に加えE-08、C-05が相次いで指定されるからだ。
禁止エリアになった後はそうそう誰かが来る事はないだろうし、多少は安全に夜を過ごせるだろう。
もちろん既に誰かがいる可能性はあるけれど…好戦的な者でなければうまく紛れ込むし、敵なら可能なら仕留め、無理なら逃げる。
何にせよ、このまま森の中で過ごすよりはマシに違いない。
「高野…さん?」
歩き始めて2時間弱。ようやく着いたお堂で最初に出会ったのは雪野さんだった。
「こんばんわ、雪野さん。ここにいるのはあなただけ?」
「う、ううん…舞ちゃんと順子に…あと、岡君もいるわ」
「そう…私は一人だけど、ゲームに乗る気はないから安心して」
4人もいて、しかも男女混成ならまずゲームには乗っていないはずだ。私もゲームに乗っていないと意思表示すればまず紛れ込める。
この場はまず安全に違いないが、彼女が手に持つ赤黒いバールにどうしても目が行ってしまう。
「雪野さん、あなたはどうして外に?リュックもないようだけど…」
「あ、私?…トイレはあっちにあるから」
「ああ、建物から離れて作っているんだ」
彼女はトイレに行った帰りで、バールは護身用という事か。
さて…そうなるとここであまり話を長引かせては中の人達に怪しまれる。
かといってここで彼女の信用を得ずに中に入るのは得策とは言えないし、暗い室内での戦闘はかなり厳しい物がある。
極力彼女から信頼と情報を得て中に入り、パーティーにうまい具合に加わる。
そして、確実なチャンスを待って殺していくのが賢明だ。
雪野さんはソフトボールの時以来私の事をある程度は慕っていたようだし、不可能ではないはずだ。
「雪野さん、今から簡単な情報交換をしない?いきなり私が中に入っても皆恐がるかもしれないし」
「え?…うん、いいよ」
照れ気味に返事をした彼女を見て勝ちを私は確信したが…とりあえず室内の人達に話が聞こえないよう、彼女を下の広場に誘った。
「…で、舞ちゃんに誘われて順子と一緒にここに来たんだ。でも、その後岡君が来て…」
彼女は私が何も喋らなくても次々と話してくれた。今までの出来事、皆の持ち物…どれも私が欲しかった情報だ。
もちろん彼女が嘘を言っている可能性はあったけど…いや、それはない。彼女はそんな器用な嘘がつけるキャラじゃない。
彼女が言うには今までに出会ったのは先ほど話した3人のみ。少なくとも周辺にゲームに乗った人間はいない事になる。
そして持ち物だ。大塚さんの持つ薙刀は威嚇には十分だし、弾薬を使わず止めを刺す分にも申し分ない。
砺波さんの鎖鎌は全く使いこなせないだろうが、すでに彼女達はそれを使って岡君を拘束しているらしい。チェーンが長いようだ。
雪野さんが持つ工具セットだって鈍器として使うには十分だ。…岡君の玩具の銃は不要だけど。
「それで、岡君の荷物は今は順子が預かってるんだ。ちゃんと岡君にもパンを食べさせてあげてたし…」
食料は既に全員1食分ずつ消費したようだけど…まあ、これだけ人数が揃えば十分な量が得られるはずだ。
「…で、放送を聞いてからは…皆、ずっと…ここにいるの」
岡君の話をする辺りから暗くなっていた彼女の声が急速に震えていく。…チャンスだ。
「…もう、10人も死んだんだよね」
「…!」
バールが土に落ちる鈍い音が響いた。
彼女から手っ取り早く、そして確実に信頼を得る為には…まずは彼女の心を徹底的に不安にさせ、そこを慰める事だ。
だからゲームが生み出した悲しむべき事実を突きつけると同時に彼女を抱擁し、あとは何度も頭や背中を撫でる事を繰り返す。
予想通りに彼女は見る間に泣き出した。こうして今まで抱えていた恐怖を一気に吐き出させておく。
彼女は普通の女の子だ。目の前で級友を殺され、さらに8人も別の級友が死んだと聞かされて不安でないはずがないのだから。
「大丈夫、私がついているから」
「私があなたを守るから」
「これからはずっと一緒にいてあげるから」
そして、彼女の泣き声の合間に耳元で優しく囁く。その度に彼女は安心したのか、私の背中や腕を握る力は段々強くなっていった。
彼女の心を落とすのは、実に容易だった。
"吊り橋効果"…昔天満達をからかう時に使った言葉が、今の自分にそっくり当てはまるのだから面白い。
でも、サバゲーの時の永山さん達どころじゃない。本当に命がけの吊り橋効果…だからこそ、雪野さんは完全に私のモノになった。
「…ごめんね、泣いちゃって」
「いいよ、誰だって恐いでしょう。でも大丈夫…私がいるから」
いつまでも抱きついてきて離れないのは少々嫌だけど、また私は雪野さんの頭を撫でてあげた。
余程心地いいのだろうか、彼女は耳まで真っ赤になって笑みを浮かべる。
…何にせよ、手駒は揃った。あとは大塚さん達のグループに入って隙を窺うだけでいい。
この場で無防備な雪野さんを殺してその後お堂を制圧する手もあるけど、大塚さんを銃弾一発で仕留められる保障はない。
あのメンバーの中では彼女さえ排除すれば制圧は容易だろう。弾薬を惜しまなければ十分可能だが、無駄弾は使いたくない。
結局の所、夜が更けて皆に隙が生じるまで様子を見るのが一番だ。
そして…雪野さんはどうしよう?はっきり言って戦力にはならないが、囮として使えない事もない。
単純に荷物持ちでも十分だし…何より、絶対に私を裏切ることがないのが大きい。
大塚さんや砺波さんが死ぬのはさすがに彼女も嫌だろうけど、それも今後の私の動き次第。
どちらにせよ、5人の大所帯で行動されては私の身も危ないのだから。…間引きに彼女が難色を示せば、それまでの関係という事だ。
「いけない、順子達心配してるかも!戻らないと…あれ?バールは…」
さすがに抱きつかれたままも疲れてきたので、耳元で時間が経ち過ぎていると彼女に告げた。
すぐ足元に落ちているバールを見つけられず探し回る姿はどこか愛らしいが、少々ハイになりすぎている気がする。
…我ながらやりすぎたようだ。
「あ、あった!よかった…じゃあ高野さん、帰ろう?」
バールを片手に右手を差し出してきた雪野さん。…手を繋ごうと、そういう事だろうか?
仕方なく左手を差し出すと強く握られた。少々湿っぽいが、とても暖かい。
「…じゃ、行こうか」
「うん」
二人並んで夜道を歩く。別の場所では殺し合いがあっているかもしれないのに、私は女の子と手を繋いで歩いているだけ。
「…そういえば、高野さんは何を支給されたの?」
「私?…メリケンサック。手に合わなくてブカブカだから捨てたけど」
「…メリケンサックって何?」
「……」
今の彼女に銃の事を教えるのは不安がある。
うっかり他の人に喋られたら敵わないので、お堂につくまで延々メリケンの説明をしてあげた。
お堂の前には砺波さんがいた。どうやら帰りの遅い雪野さんを探しに行こうとしていたようだ。
「ごめん、順子…遅くなっちゃった」
「美奈…高野さん?」
護身用に雪野さんの荷物から拝借したのだろう木槌を持って呆然とこちらを見る砺波さん。
私はさっきまで雪野さんとは手を繋いでいたはずなのに、いつの間にか彼女によって腕組みに変えられていた。
ちょっと照れ臭そうに雪野さんは私と会った事を説明してくれ、どうやら砺波さんも納得してくれた…みたいだ。多分。
ちょっと…いや、かなり怪しそうにこちらを見ているのが気になるけど…
お堂の中に入ると、今度は大塚さんが呆然と口を開けていた。
扉を開けた時に入った少しばかりの月明かりでもはっきり分かる驚きぶりだ。
とりあえずお堂の一角に雪野さんと並んで腰を下ろしたが、他の二人からは相変わらず複雑な視線が注がれ続けた。
そしてもう一人…鎖鎌で無理やり縛られている岡君もこちらを見つめてきた。
ただ、彼の場合女の子二人とは違って…もっと純粋に私の事を警戒しているようだった。
ただでさえも散々大塚さんにリンチされた上に縛られていて、不安定な心理状況。
その上、普段何を考えているかも分からないような私が突然やって来たのが不安なのだろう。
さすがに雪野さんを使っても彼の不信感は拭えないだろうが、まあいい。
はっきり言って現在女性達からの評価が最悪な彼が何を言おうと、私の立場が危ぶまれる事はないはずだ。
その点私は雪野さんを通して他の二人からの信頼を得て、うまく扇動すれば彼を公開処刑という形にもできるかもしれない。
そして寝込み、トイレへの移動…他の人達を確実に殺すチャンスはこれから次々と生まれるはず。
何にせよ、今はまだ動くには早い。漆黒の夜はこれからなのだから…
【高野晶】
【現在位置:C-06】
[状態]:健康
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) シグ・ザウエルP226(AT拳銃/残弾15発)
[行動方針] :弾薬の消費を抑えて殺す機会を掴む。雪野は使えるなら利用する。
麻生と敵対。(ただし優先して排除しようとは考えていない)
[最終方針] :ゲームに乗る。パーティー潜伏型。
【雪野美奈】
【現在位置:C-06】
[状態]:健康、軽い興奮状態
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) 工具セット(バール、木槌、他数種類の基本的な工具あり)
[行動方針] 1:高野の為に動く。 2:高野晶、大塚舞、砺波順子と行動をともにする。
【大塚舞】
【現在位置:C-06】
[状態]:健康、かなり呆然
[道具]:支給品一式(食料1食分消費) 薙刀
[行動方針] :ゲームに乗る気なし。みんなを集めてどうにかする。
【砺波順子】
【現在位置:C-06】
[状態]:健康、ちょっとびっくり
[道具]:支給品一式*2(食料1食分ずつ消費) パーティーガバメント
[行動方針] :ゲームに乗る気なし。大塚舞、雪野美奈、高野晶と行動をともにする。
【岡樺樹】
【現在位置:C-
[状態]:打撲傷多数/鎖鎌のチェーンで体を縛られている
[道具]:無し(砺波が持っています)
[行動方針] :鎖をどうにかして欲しい。高野を警戒。
【午後:20〜22時】
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