カマキリ






人の気配がする、この家の中には誰かがいる。
梅津茂男は深呼吸を一つすると、口の中の唾を飲み込む。
「きっと大丈夫だよな」
自分に言い聞かせる、大丈夫…誰も殺し合いなんかしたくないに決まってる。
「誰かいるのか?」
なるだけ自然に自然に、そう思いながらも声が上ずる。
(誰もいないと楽なんだけどな)
少しだけそう思った矢先、中で衣擦れのような音がした。
「茂男?茂男なのね?」

声を聞いた途端、心臓に電撃が走った。
まさかこんなに早く会えるなんて…梅津は緊張感溢れる先ほどの表情から一変し、
彼本来の柔らかな表情を浮かべる。
そして家の中からは、彼の恋人である城戸円が姿を現したのだった。

「茂男、怖くなかった?」
「ちょっと怖かったかな」
本当は恐怖でガチガチだったのだが、そこは強がる梅津、
そんな彼を見て目を細める円。
その顔を見て、今度は梅津が笑みを浮かべる、傍から見ていると紛れもない恋人同士だ。
「と、とりあえず…さ、移動しようぜ…麻生や花井とかと合流できりゃ、
何とかなるかもしんねーし」

甘い雰囲気に照れてしまったのか、強引に話題を変えようとする彼だったが、
円は何かを考え込んでいる、そんな感じで動かない。
「あれ?何か予定あったのか?ここで待ち合わせしてるとか?」
こんな空気をいつか吸ったことがある、あれは確か…
『ごめん…私』
円の手が懐に入る。
『どうしてもメイド服を着てみたいの』
いつかの言葉がリフレインする間もなく、冷たい刃物の感触が梅津を貫いていた。

「なんでさ…」
心臓を貫かれているにも関わらず不思議に体の痛みはなく、ただ奇妙な満足感がそこにはあった。
「だって、死にたくないから」
平然と梅津の問いかけに答える円、その声はやっぱりいつかのサバゲーの時のそれに、
とてもよく似ていると茂男は思った。
(そうか…彼女はこんなんなんだな、わかってたのに…)
でも、だからなのかもしれないと思う、
きっと…だからこんなに今の自分は満ち足りた心境にいるに違いない。

「ごめんね茂男、その代わり私、茂男の分まで幸せになるから、茂男のやりたかったこと全部
 私がかわりにやってあげるからそれで許してね」
ごめんね、ごめんねと死に行く恋人の体を膝に乗せて叫ぶ円…しかし。
(お前泣いてるみたいだけど、涙出てないな)
でも、それは贅沢というものだろう、たとえ演技でも、
惚れた女の子が自分のために泣いてくれている、それだけで充分…。
死の間際でも梅津茂男は冷静で、そしてお人よしだった。

【城戸円】
【現在位置:F-02】
[状態]:健康 
[道具]:支給品一式 スペツナズナイフ3本(使い方を知りません)
[行動方針] :茂雄の分まで生き残る

【梅津茂雄:死亡】

            ――残り39人




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