最初の犠牲者
照りつける太陽の下、ぶらぶらと崖っぷちを歩いていたハリー・マッケンジーが
しくしくと誰かの鳴き声を耳にしたのは、スタートしてから一時間ほどが
経過したころだったろうか?
足音を殺し、音の主へと近づこうとして…ハリーは苦笑する、確かめるまでもない。
なぜなら巨大な月影が、その正体を教えてくれていたから。
「ユーにしては随分弱気じゃないか、天王寺」
からかい半分の声に、うずくまるようにして泣いていた天王寺昇は、
地獄に仏を見た、そんな風にハリーを見上げるのだった。
「俺は俺は…怖いんだ、ハリー」
ばかでかい図体を預けるようにハリーにすがりつく天王寺、
そんな彼に八神高校の番格をめぐり播磨健治と鎬を削る、往時の姿はどこにもなかった。
「意外と弱気な奴だったんだな、ユーは」
「あたりまえだろ…なんで俺たち普通の学生なのにどうして殺しあわなきゃ
なんねぇんだよ!!」
しごく当然の話だ、どうやら彼も高校生離れしているのは肉体のみで、
そのパーソナリティは普通の高校生と変わりはなかったようだ。
「アイテムは逃げちまうし、でもお前がいてくれれば百人力だ、東郷やララと合流できれば…」
涙交じりで話続ける天王寺、そんな彼の声を少し珍しそうに聞くハリー、
どうやら普段無口な彼の長ゼリフに聞き入ってしまってる、そんな風にも見て取れる。
「ああ、そうだな…」
泣き言が一段落したあたりで、不意にハリーが口を開く。
「だが君は無理だ」
「え」
完全にハリーを信じきっていた天王寺にはなすすべがなかった。
ハリーの手に握られたナイフが、深々と天王寺の胸を貫く。
「な…んで…」
致命の一撃に血泡を吹く天王寺、それでも問いかけは忘れない。
「ルールに従ったまでサ」
耳元でささやくハリー、返り血を浴びないためにわざわざ背後に回りこんで刺すあたりは、
狡猾としかいいようがない。
「悪く思うナ、ブロンクスでは獣にならないと生きてはいけなかったのサ」
そのまま首を抱え込むと、独楽のように足を軸に一回転、もう足元には海しかない。
「狼は生きろ、豚は死ネ」
そう吐き捨てると、ハリーは天王寺をまるでいらないものを窓から捨てるように、
崖下へと突き落とした…すぐにがきんという衝撃音…この高さそしてあの傷では助かるまい。
天王寺の死を確信して、ハリーは悠々とその場を立ち去る。
「しかし…どうする」
先ほどの殺害に対する呵責など微塵もないが、それでも一人でやっていけるほど
楽観視はしていない、数少ないクラスメートを含め何人かの顔が浮かぶ、
皆、音に聞こえた武術の達人揃い…。
「1on1なら私が一番弱いナ…」
皮肉な笑いを浮かべるハリー…、その中でも花井と東郷の2人とは、
いずれ雌雄を決することになるだろうという予感があった。
「狼は意外と臆病なのサ」
しかしそう呟く表情は余裕綽綽だった。
「怖い…怖いよ」
結城つむぎは波打ち際でひざを抱えやはり泣いていた。
「花井君…」
想い人の名前を口にして、それからいやいやをするように首を振る、
もう何度繰り返したかわからない。
(だって花井君には周防さんがいるし、それに塚本さんの妹さんもいる)
大したとりえのない自分より、一途に彼女らを追いかけていて欲しい。
だって、自分は何よりもそんな彼に恋をしているのだから。
涙に塗れた瞳で空を眺める…そして波間へ視線を移す。
何かが流れてくる…流木…いや、それにしては大きい…って見たことあるよあれ。
それが近づいてくるにまかせるつむぎ、逃げたくても腰が引けて動けないのだ。
そして血まみれのそれが、彼女のすぐそばへと漂着した。
(この人D組の…いつも播磨くんとケンカしてる人だ)
流れ着いた天王寺をまじまじと見つめるつむぎ。
まだ息がある…そんな彼女に気がついたの、
天王寺が血の気の引いた顔を起こす、本来見えるはずがないのに、
逆光と波間の照り返しだけで浮かび上がったその死相を、
自分はは生涯忘れることはできないだろうとつむぎは思った。
「あの…大丈夫…ですか?」
怖くてたまらないのに、なぜ自分はこんな間の抜けたセリフを言ってるのだろうか?
「にげ…にげろ」
最後の命の灯火を燃やさんとばかりに、つむぎに訴える天王寺、
まだハリーは近くにいるに違いないのだから…。
そんな彼の訴えを、呆然と聞くつむぎだったが、
「俺…はり…はり…はり…ま…けんじ…やられ」
「!!」
信じたくはなかった、確かに播磨健治は学校一のワルだと言われてるし、
自分も最初はそう思っていた、だけど…この一年でそれは誤解だったと、
たしかにケンカばかりしてるし、授業だってサボるし、
愛ちゃんの言うことまるで聞かないし…でも本当はちょっと誤解されやすいだけの、
普通のクラスメートだと、そう思えるようになってきたのに…
「嘘、播磨君が人殺しなんてするはず…」
叫びたいのに、どうして声に力が出ない?
「ほんと…はり…だ…ちかく…にげ…にげ」
竦んだ心に天王寺の声が響く…その瞬間、つむぎの心が弾け飛んだ。
「いやぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ」
わけのわからない叫びをあげて浜を走るつむぎ、
それを見ながら天王寺は、ハリー・マッケンジーは危険だということを、
何とか一人にでも伝えることができてよかったと思いながら、死んだのだった。
【ハリー・マッケンジー】
【現在位置:G-9から内陸部に】
[状態]通常
[武器]ナイフ
[道具]
[行動方針]
1:とりあえずゲームに乗る
【結城つむぎ】
【現在位置:G-9、海岸線】
[状態]恐慌状態
[武器]不明
[道具]不明
[行動方針]
1:逃げる(播磨が天王寺を殺したと思っています)
【天王寺昇:死亡】(支給品はナポレオンでした)
――残り40人
前話
目次
次話